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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
番外編2 ミカゲ=イズモ
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獄中の牡牛

 


 つい先日までレンたちが入っていた牢屋の中に、今はアルデバランのメンバーが入っている。


「にゃー。なんであたしだけ個室にゃ? だんちょと相部屋がよかったのに」

「それはお前がただ一人女だからだ、マーキィ」


 猫の獣人、マーキィ=マーティーがごねると、別の部屋から冷静な声が返された。

 声の主はミカゲ=イズモ。レンに敗れ捕らえられた、アルデバランの団長である。


「団長。まさかあんたが負けるとは驚いたぜぇ。油断でもしたか?」

「はは。こっちの台詞だ、副団長。お前こそ手加減でもしたのか?」

「がっはっは!」


 別動隊として配置していた、副団長シドウをはじめとする一団も捕まっている。大陸で最も有名な盗賊団が散々なやられようである。

 しかし、団長と副団長は牢屋の中とは思えないほど明るく談笑している。


 そこへカツカツと、石の床を鳴らす乾いた音が近づいてきた。音はだんだんと増えていき、格子を挟んでミカゲの前に現れたのは。


「……お久し振りです。女王陛下」

「ええ。ホムラ……いいえ、ミカゲ=イズモ」


 セレナーゼだった。背後には護衛が整列しているが、皆一様に不安げな表情を見せている。


「ホー。我々は捕まっているというのに向こうが怯えている」

「ここから出せー! さもないともっとひどい目に遭わせるぞー!」

「やめなさい、マルー。みっともないですよ」

「なにおー! リカルドだって失敗したくせに!」


 不安に感じるのは当然だろう。目の前の奴らを倒したのはレンたちであり、フィルエルムの兵士たちが勝ったわけではないのだ。


「で? わざわざこんなところまで何をしにきた?」

「あら、あなたがたの食事を持ってきただけですよ」


 セレナーゼが合図をすると、後ろで控えていた兵士たちが怯えながら牢屋の前に食事を置いていく。


「おい、手が届かないだろう! ぶっ殺してやろうか!」

「やめろ、チャオロン。品がねぇぜ」

「シドウさんに言われちゃしめーだな!」

「……うす」

「ぎゃはははは!」


 捕まって初めての食事に沸き立つ囚人たち。

 ミカゲは目の前で微笑むセレナーゼに笑い掛けると、皮肉を吐いた。


「女王自ら食事を運んでくれるなんて、光栄だな。こんな場所で随分な贅沢じゃないか」

「うふふ。毒でも盛ってあるかもしれませんよ?」

「くく。仕返しか」


 口ではそう言いつつも、ミカゲは躊躇うことなく乾いたパンを齧って飲み込んだ。


「で? 本当の目的は?」

「少し、お話をしにきました」

「ほぅ?」

「フェイルが外部との交流のためにあなた方を置いておいたことは知っていますね?」

「ああ。リカルドから聞いている」


 フェイルの思惑がどうであれ、滞在が延びるのはミカゲたちにとって都合がよかったため放置していた記憶がある。興味もないことだったが、ミカゲたちがフィルエルムを狙った盗賊だったことでフェイルの思惑は失敗したのだろうと予想された。


「我々はあなたがたの身柄を引き渡して外部と繋がりを強化するつもりです」

「なるほど。いい手土産になるだろうな。アルデバランが解散するんだ、話題くらいにはなるか」

「解散?」

「アルデバランの半分は今回の作戦に参加していない」


 実はそうなのだ。

 今回の作戦は時間をかけて行われるものだったため、ミカゲとの関係が薄い団員の多くは別の場所で活動していた。ミカゲたちが半年も一ヶ所に留まっていられたのはその別動隊が注意を引いていたからである。

 また、これは保険でもある。ミカゲはセレナーゼという強大な魔導士を相手にするという危険性を正しく理解していた。


 このような状況も想定のうち、ということなのだ。

 当然悪い想定ではあったし、彼らがどのような行動を起こすのかは予測できないが。


「まぁ、俺に会いに来るかは半々だな。真実アルデバランはここにいるので全員だからな」

「そんなことまで話すのですね。不用心ではないのですか?」

「くっくっく、構わないさ。その代わり頼みがあるんだが、あいつらをここへ呼んでくれないか?」

「なぜですか?」

「少し話がしたい」


 ◇◇◇







「んだよ」

「そうカッカするなよ」

「お前は嫌いだ」


 はっきり言い切るレン。


「くくっ。まぁ、本当に呼んでもらえるとは思っていなかったがな。女二人は来なかったのか?」

「宴会やるから着替えるって来なかった」

「そうか、まあいい。俺が会いたかったのはお前だからな」


 怪訝そうな顔のレンに、ミカゲは宣言した。


「次は負けん」

「!」

「いつかまた俺たちは会うだろう。そのときは負けない」


 ミカゲは確信していた。レンとはいずれまた会うことになると。


「だったらなんで全開でやらなかった!」

「ん?」


 同時にレンにも確信があった。ミカゲが見せた力は限界ではないと。

 声を荒げたのは、手加減されたような悔しさがあったからだ。


「気づいていたのか」

「オレは全力だった! ミュウにも助けられた! なのにテメーはどうして……!」

「……制御できないからだ。正真正銘、あれが俺の全力だったさ。制御できる全力」

「!?」


 確かに、ミカゲの力はまだ先があった。それを認めた上で、ミカゲは理由を話した。


「とにかく負けないことだけを考えるなら、お前の言う全力を出して暴走すればよかっただろう。だが、それでは駄目だ。目的はあくまで宝だからな。あらゆるものを破壊すればいいというわけじゃなかった」


 ミカゲは宝至上主義なのだ。ミカゲが持てる力を全て出したとして、それが何かも分からなかった『神樹の至宝』が無事である保証はどこにもない。


「俺はな、制御できない力を己の力とは呼ばない。だからあれは全力だった」

「……」

「身の丈に合わない力を振るうのは強さとは別だ。強くなるというのは大きな力に見合うように己を高めることじゃないのか?」


 レンにも覚えがある。

 透明な白(クリアホワイト)。よく分からないままに使い、それで窮地を脱したも最後は反動で気絶した。

 あれこそ力に振り回されるということだったのだろう。


「……分かった。ならオレも次は負けねぇ。約束を守れるくらいに強くなってやる!」

「ふっ、楽しみにしていよう」


 いつかまた二人が出会うときはきっと来るだろう。



 レンの隣ではジンがシドウと話をしていた。


「あの女たちは来ねぇんだな」

「なんだとコラ」

「怒んなよ。オレは評価してんだぜ、お前のこともな」

「ふん。あんなの勝ちに入らねぇ」


 ジンもまた、あの勝利に不満があるようだ。


「悔しいけど、みんながいなかったら死んでた。俺が一人じゃ届かなかった」

「それも力だぜ。一人でなんでもできるなんてそれこそ弱者の考えだ」

「む……」

「がはは、そんな顔すんな。心配しなくてもお前は強いぜ」


 むっすりした表情はジンの気持ちをはっきりと示していた。


「ま、こうやって団長が脱獄するって言ってるからな。ジンっつったか? そんときはまた戦闘ろうぜ」

「けっ。ぶっ飛ばして牢屋に逆戻りさせてやる」

「がっはっは! あいつらにも言っとけ! なかなか見所あったぜってな!」





「……あーあ。もっと強くならねーとなぁ」

「おう。修行だな」

「その前に飯だ! 行こうぜ!」

「ああ!」


 二人はまだまだ強くなるだろう。今回感じた悔しさも全て糧にして、さらなる高みへと。


 ◇◇◇






「彼らは旅立ちましたよ。娘とともに」

「へぇ? 思いきったことをしたな」

「ええ」


 この日セレナーゼは護衛もつけず一人で牢屋の前にいた。


「それをなぜ俺に?」

「あなたなら取り乱さないと思って。うちの者たちはきっと騒ぐでしょうしね。静かなうちにと」

「理由になってないんだが?」

「ならきっと理由なんてなかったのでしょうね。気分ですよ」


 余裕を崩すことなくセレナーゼは続ける。それが本心なのか嘘なのか分からなくさせるような振る舞いはわざとやっているのだろうか。それすら悟らせない。


「……強いて言えば。お礼、ですかね。あなた方の一件が娘を変えました」

「それこそ変だぜ。普通は怒るところだ」

「ふふ。そうですね」


 それだけ言って立ち去ろうとしたセレナーゼに、ミカゲが問いを投げかけた。


「……そういえば『神樹の至宝』とは結局なんだったんだ?」


 セレナーゼは振り向くと唇に指を当ててイタズラっぽく笑た。


『「ナイショです」』

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