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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編3 嵐が去って
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スターライト 2

 

 

 ミュウの偽りなき心からの言葉を聞いて、セレナーゼは静かに口を開いた。


「ミュウ。あなたは賢く、子供らしくない子供でした。一度も我儘を言ったことはなく、私も一度も親らしいことをしたことがありません。私はそれが心配でしたが、今、私は嬉しい。娘の口から初めて子供らしい我儘が聞けました」


 セレナーゼはここで一度言葉を切った。


「フィルエルムの女王として王女に命令します。仲間と共に大陸の中心国である“シルフォード”にいる私の友人に手紙を届けなさい」

「え……」

「いいですね?」

「は……はいですっ!」


 命令、と言ってはいるが、これは事実上のお許しだ。

 セレナーゼがミュウの我儘を聞き入れたのだ。


「ソリューニャ。どゆことなの?」

「また五人で旅ができるんだよ、リリカ!」

「ええーーっ!」

「そういうことです。どうか娘と一緒にシルフォードまで、お願いできますか? あそこは情報もよく集まる国ですから、レンさんやジンさんの探し物のヒントもきっと見つかることでしょう」

「もちろん! もとよりあてのない旅さ」

「ありがとうございます。さて、そうと決まれば」


 セレナーゼが手を出すと、アーマングが恭しく何かを手渡した。特に驚いた表情も見せないフェイルとアーマング、その様子を見るにあらかじめこうなることを予想して準備していたのだろう。


「はい、ミュウ。これを」

「え……これは」


 受け取った魔導水晶に魔力を通すと、水晶が消えて代わりに荷物と長細い袋が現れた。


「旅支度はしておきました。手紙も入っています」

「お母様……」

「羨ましいです。私は今も外に焦がれていますから。だからあなたの荷物を作っているとき、とても楽しかったですよ」


 初耳だったが、それなら納得できるところもある。

 娘が旅に出るなど普通は止めそうなものだが、同じ夢を見た者として思うところもあったのだろう。


「次に帰ったらいっぱいお土産話をするです! 約束するです!」

「それは楽しみですね。ちゃんと日記も入れときましたから」

「抜け目ない!」


 セレナーゼは外を諦めざるを得なかった。しかしその娘にはチャンスが巡ってきた。

 それを叶えてやりたいと願った、それだけだ。


「あとは、はい」

「うわっ……!」

「わぁー! ミュウちゃんが着替えた!」

「すげぇ! 服が変わったぞ!」


 セレナーゼがミュウに手をかざすと、ミュウが着ていたドレスは新品のローブになり、ヒールも厚手のブーツに変わった。一瞬で旅装束に着替えたミュウに本人すら含めた皆が驚く。


「まさか……今朝から仕込んでたのです!?」

「こればっかりはぼくも止めたんだが……さすがに技術の無駄使いも甚だしいと思う」

「あら、着せ替えの魔方陣なんてものがそもそも無駄な技術じゃないですか」

「うわぁ、無茶苦茶やるな。イタズラが成功して喜ぶ子供みたいな顔してるよ……」

「あらソリューニャさん。なにか?」

「い、いえっ!」


 今見せられた手品の種はあらかじめミュウの服に仕掛けてあったものだ。つまりセレナーゼはミュウが行く場合と残る場合、どちらにも対応できるように根回ししていたということだ。

 相変わらず隙も掴み所もない女性である。


「ミュウ。その袋を開けてみて下さい」

「この長いのです?」


 言われるがままに袋に手を突っ込むと中から出てきたのは、杖とベルトと不思議な小物だった。


「杖……?」

「神樹製です」

「え!? し、神樹っ!?」


 杖は木目が鮮やかな肌色で、二本の木がねじれたような形をしていた。先端は少し広がっており、その分だけ中に円錐状の空洞ができている。


「ちょうどいい機会だったので、神樹から材料を少しだけ拝借して作りました」

「……なんか、持ってると心地いい気がするです」

「神樹ですからね」

「このベルトは?」

「私のお古です」


 少しだけ使われた跡が残るベルト。肩から袈裟懸けにするタイプのもので、背中にあたるところには杖が納めるようになっている。


「じゃあ、これは何なのです?」

「それは私からみなさんへの贈り物です。人数分、五つあります」

「へ? 俺らに?」


 ジンは手のひらに乗った小さなそれをまじまじと眺める。木製の立方体、一見してただのサイコロである。


「お守りです。距離が離れすぎていなければ、お互いを引き合わせるという魔方陣を刻んであります」

「おー?」

「方角がなんとなく分かるだけですよ」

「あー。それで“お守り”ですか……」


 ソリューニャだけが納得したように苦笑した。


「そこまでするのによく許しましたね」

「うふふ。何のことでしょう?」

「いえ。……任せてください」

「ええ。信頼してますよ」


 この立方体を渡したのは、ソリューニャたちがミュウを守りやすいようにするためのものであろう。ミュウが彼女らから離れることのないように、セレナーゼはこれを作ったのだ。

 まさに「お守り」である。


「とりあえずこれで全部です」

「あの、ありがとです」

「気にしないで。私も大いに楽しめましたから」

「……じゃあ」


 今度こそ本当の旅立ちのときだ。

 ミュウはアーマングとフェイル、そしてセレナーゼと別れの言葉を交わした。


「じーじ。今までありがとなのです」

「ふむ、ご立派になられました。あのとき私の言葉を振り切って助けていただいたとき、本当にそう思いました」

「……じーじはちっちゃな頃からずっと見守っててくれたです。まだまだ何も返せてないのです」

「……そのお気持ちだけで、私は」

「長生き! ……長生き、してください。私、もっと立派になるです。帰ってきたら、いっぱい返すです。だから……」

「分かりました。約束します」



「ミュウ。またお前はぼくを差し置いて行くんだな。悔しいよ」

「えっ……お、お兄?」

「……ぷっ。ホントに気づいてなかったんだな。でも、怒ってないよ」

「あの……ごめんなさいです」

「気にするな。……そうだな、いっぱい勉強してこい。外を見てこい。それで、帰ってきたらそれをぼくに教えてくれ」

「え。は、はいです」

「ぼくはこの封鎖された国を変えるつもりだ。そのために、ミュウの力も必要だ。見聞は広い方がいいからな。……あとは、ぼくから宣戦布告するよ」

「え?」

「ミュウ。お前が帰ってくる頃には、お前が夢見てたような国にフィルエルムはなってるよ。競争だ。次は負けない」

「……! はいですっ!」



「ミュウ。さっきも言いましたけど、羨ましいです。かわりに私が行きたいくらい」

「そ、それは……」

「楽しいこと、辛いこと。たくさんあります。それを全部、私の分まで拾ってください。糧にして来なさい。それが母親としての私の願いです」

「はいです!」

「いい返事。さぁ、もうみなさん待っていますよ」

「……お母様。ありがとう」

「ええ。ようやく母親らしいことができて私も嬉しかったですよ」

「……行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 一抹の寂しさを抱えて、ミュウは手を振った。


「行ってくるです!」


「ふむ、お体にお気をつけて」

「あとのことは任せろ!」

「楽しんできなさい」


 空は雲一つない快晴だ。

 今夜はきっと、満天の星空が見られるだろう。


(私も、綺麗な星になるです!)


 駆け出す先には四人の背中。

 ミュウにはまだ眩しすぎる輝きだ。

 だけど、いつか必ず自分も輝けるようになる。

 そう決意を固めてミュウは彼らに追い付いたのだった。








 五人が見えなくなったところで、ヘスティアがセレナーゼに囁いた。


『……思い出してた? あの日のこと』

「えぇ。もちろん」

『私もちょっとグッと来たよ』

「ふふ。私もです」


 セレナーゼは過去に想いを馳せる。




 Last Scene



「私も連れてって!」

『ちょ、セレナーゼ!?』

「だって、このまま戻っても何にもない!」


 あのとき、二人との別れを前にして咄嗟に出た言葉がそれだった。

 今でこそ落ち着いてはいるが、セレナーゼはとても活動的でじっとしているのが嫌いな子供だった。

 我儘もたくさん言った。この言葉も突発的に出たもので、いつもの我儘と変わらない気持ちだった。


「ダメだ」

「え」


 返答はあっさりしたものだった。


「なんで!? 私いろんな魔導が使える! 危ないことがあっても戦える! 足手まといにはならない!」

「ちげーよ。ダメなのは、それが逃げだからだ」

「逃げ……?」

「ああ。お前はいろいろ不満があるって言ってたよな?」

「なら戦えよ。そこから逃げずに戦えるくらいの奴じゃねぇと、冒険はできねぇぞ」

「う……」


 ショックだった。

 ばっさりと切り捨てられて、セレナーゼの心には大きな戸惑いが渦巻く。裏切られたような気になって、セレナーゼは俯いた。


 だが。


「その代わりさ、また来るから」

「え……」

「そん時はお前も連れてってやる」

「ほ、本当に……!?」


 セレナーゼはその言葉を聞いてばっと顔を上げた。溜まった涙が見られることなどちっとも気にならなかった。


「私を迎えに来てくれる……?」

「約束する」

「だから、それまでに全部片付けとけよ」

「うん、うん……!」


 小指と小指を絡めて、二人とセレナーゼまたそれぞれの人生へと帰っていった。


「…………」

『よかったね!』

「うん……!」


 小指に残る温もりは二人から教わった“約束の証”だ。



 後日、過労で王が倒れそのまま静かに息を引き取ったことで、セレナーゼはその若さで王位を継承する。それを期に我儘も悪戯もばったりと止まり、ヘスティアとも会わなくなった。

 それを見た周囲は安心したが、セレナーゼの胸中にはどうしようもない寂しさが常に付きまとうようになる。


 もうこれで、冒険の旅は諦めなくてはならない。

 しかしセレナーゼは我慢した。

 自分の居場所で戦うと約束したのだ。

 役目を放棄して逃げ出すことはしない。

 次に二人に会っても共に行くことはできないだろうが、その代わり胸を張って会えることだろう。


 ◇◇◇





「時を経て、世代を超えて。約束を守りに来てくれたのかもしれませんね……」


 目を閉じて、うっすらと微笑みながらセレナーゼは呟いた。


『いい解釈! それ好きだなー』

「ミュウはいい仲間に恵まれました」

『楽しい人たちだったよね。あーあ、行きたかったなー』

「行きましょうよ。いつかフェイルに立場を譲って、二人で。そのためにあなたを召喚できるようにしたのですから」

『いやーん、セレナーゼ大好きーー!』

「やめてくださいよ、もぅ」

『あっはは、照れちゃって~。このこの~』

「む、お仕置きです」

『ごめんなさい!』


 彼女は願う。娘の行く先に希望があることを。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

ミュウ編はここまでとなります。お楽しみいただけたでしょうか? 感想などございましたら気軽にどうぞ。


これから先の話は大雑把には決まっていますが、具体的なことは全て未定となっております。何話かオマケを投稿して、再開はしばらく先になるかと。

詳しくは活動報告にて発表させていただきます。

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