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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編3 嵐が去って
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言え

 

 

 翌日、朝。

 ソリューニャは柔らかいベッドの上で目を覚ました。この天井を見るのも二度目になる。


「ん……あれ……? 頭が……」


 昨日のことはよく覚えていない。部屋に戻った記憶などないのだ。


「クラクラする。まるで……」


 酒を飲んだかのような。

 ここでソリューニャは思い出した。アーマングに勧められて初めてお酒に口をつけたことを。

 そこから先の記憶が曖昧というのは、つまりそういうことなのだろう。


「あ、おはよー」

「ああ、リリカ。おはよう」

「……今日、だよね」

「うん」


 起きて早々にリリカのテンションが低いのは、今日が出発の日だからだ。


 怪我が治った今、内情も慌ただしいフィルエルムに滞在する理由はなかった。昨日のうちにセレナーゼの合意は得ており、荷物もまとめてある。


 出発の日。それはつまりミュウとの別れの日でもある。







 見送りはごく少数で行われることになった。

 セレナーゼと、ミュウとフェイル。それにアーマングやリエッタと、護衛の兵士が数人。ヘスティアもセレナーゼに同化するように姿を隠して参加している。


「ありがとう。君たちのおかげで今のフィルエルムが平和でいられる」

「そっか。オレたちもたくさん遊べたし、満足だ」

「それはよかった。また来るといい。いつでも歓迎する」

「おう! 楽しみだ!」


「おいチビ! しっかり食ってもっと背ェ伸ばせよ」

「う、うるさい! 余計なお世話だ! それに……」

「ははは、そうだったな。リエッタ」

「まぁ、その、色々とあ、ありがとうな。ジン」


「……ねぇ、ヘスティアいる?」

『しーっ、いるよ。今はセレナーゼに隠れてるけど』

「そっか、あのね、楽しかったよ」

『……また、会える?』

「来るよ。きっとまた。そのときはたくさんお話ししよーね」

『うん。待ってる……』


「ソリューニャ様、昨日はお酒に弱いとは知らずに……」

「あ、あはは……。アタシも知らなかったんだから、気にしなくていいですよ」

「そう言っていただけると助かります」


 皆それぞれが最後の別れで盛り上がる中、ミュウはずっと黙って見ていた。出会ってからそれなりに長く共に居た彼女としては一朝一夕で精算できないほどの想いがあるのだ。


「…………」


 僅かに俯き、小さな唇をきゅっと結んで、ミュウは立ち尽くす。


 やがて一通りの挨拶が済むと、セレナーゼはリエッタたちを先に戻らせた。

 そしてミュウの番がきた。


「…………」

「ミュウちゃん、またね。きっとまた会いに来るから、だからそれまでは……」

「…………」

「うぅ、また来る。また来るからね……っ」

「…………っ」


 リリカは最初から最後まで泣いていた。


「ミュウ。別れは寂しいけど、生きてればまた会えるさ」

「…………」

「……分かってるよ。また、がどれだけ曖昧かなんてこと。でも信じて、約束するから」

「…………っ」


 ソリューニャはいつも通りの口調でいようとして、でも隠しきれない感情が漏れ出していた。


「おう、またな!」

「元気でやれよ!」

「…………」

「なんかあったらいつでも助けに来てやるから」

「離れてても仲間だからな。俺たち」

「…………っ」


 レンとジンはいつもと変わらない声で、いつもと変わらない笑顔で、ミュウの頭に手を乗せた。


「うぅ、バイバイ……」

「またね」

「じゃーな!」


「…………」


 時間をかけても辛くなるだけだ。いよいよ限界になったリリカが一言を絞り出して背を向けた。

 ソリューニャも、ジンも、レンも。


「……ん」


 レンが足を止めた。


「…………」


 ミュウはまだ黙ったままだ。

 黙ったままレンの服の端をぎゅっと握っている。


 レンは振り返らない。

 気づいて足を止めた三人も振り返らない。

 ただその背中を向けて、何を言うでもなく立っている。


「…………っ」


 掴んだ手に一層の力を込めて、それが小さな小さな、そして最後の意思表示。


「…………」

「…………」

「…………」


 どれだけ経っただろうか。

 その沈黙を破ったのはレンだった。

 だが、それはミュウが望んだ言葉ではなかった。


「おい、ソリューニャ」

「ダメだ」


 ソリューニャは即答した。


「いや、もう我慢できねぇ!」

「ダメだっ、レン……!」






『ねぇ、やっぱりミュウちゃんは連れてけないの?』

『ああ、言っとこうと思って忘れてた』


 時間は少し遡る。

 城の廊下を歩きながらリリカはぽつりと呟いた。


『ミュウに決して言っちゃいけない言葉がある。“一緒に行こう”だ』

『え!? な、なんで!?』


 ソリューニャはリリカが考えていた言葉を正確に撃ち抜いた。


『ミュウはね、賢いんだ。きっと一緒に来たいんだろうけど、自分からは言わない。言えない。なぜならそれは我儘だからだ』

『あん? 我儘くらい言えばいいだろ』

『ミュウが今まで一度でも言ったことがあるか? ……賢いから、自分の立場も分かってるんだ』

『よく……分かんないよ! ミュウちゃんの気持ちが分かってるのになんでそんな……!』

『とにかく! 誘っちゃダメだ。誰よりも、ミュウのために』


 ソリューニャはミュウのことをまだよく知らない。それでも彼女がどんな幼少期を過ごしてきたのかは推測できる。


 だが、それはミュウの問題だ。

 ミュウが抱えたものは、ミュウが責任を持たなければならない。それをソリューニャたちが無責任な立場から揺らしてはいけないのだ。

 我ながら優しくないとソリューニャは思う。

 ソリューニャも本当はミュウと冒険したい気持ちはある。それでも甘くしてはだめなのだ。これはミュウが自分の意志で戦わなければならないことなのだ。


 痛む心を抑えて、ソリューニャは念を押したのだった。


『いいね?』

『ん、分かった。ソリューニャがそう言うなら』

『ああ。俺もいいぜ』

『リリカ』

『……うん』









「言えーーーーーーーーーーーっ!!」





 レンの叫びが空気を震わせる。

 ビクリと驚いたミュウが手を離した。


「あんにゃろ。……で? ソリューニャ」

「はぁ、まあ約束は破ってないよね」

「えへへ、にやけてるよ」

「うっさい」


 前の三人もやれやれといったふうに肩をすくめる。

 その顔は笑っていた。


「言えーーーーーーーーーーっ!!」


 ジンが続く。


「言えーーーーーーーーーーー!!」


 リリカも。


「言えーーーーーーーーーーーー!!」


 ソリューニャも。


 セレナーゼは優しく微笑みながらそれを見守っていた。



 ――――そして。


「…………っ!」


 四人の叫び声は、殻の中の少女に確かに届いた。


 ゾクゾクと全身を熱いものが巡り、弾かれるようにしてミュウは駆け出す。ドレスの裾をはためかせながらセレナーゼの前まで来ると、四人に負けじと叫んだ。



「私も……私も行きたいですっ! みんなとっ、一緒に冒険したいのですっ!!」





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