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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編3 嵐が去って
84/256

STEP 5

 

 

 Scene5



「でも、結局中身は空っぽだったんだけどな」

「ありゃなかったよなー!」

「へぇー!」

『続き、続き!』


 初めの警戒はどこへやら。セレナーゼとヘスティアは時間が経つのも忘れて二人の話に夢中になっていた。


(外の世界って……! すごい、やっぱり広いんだ!)


 見た目はセレナーゼと同い年くらい、つまり自分よりも年下であろう二人がこれほど多くのことを見聞きし、冒険をしていることがとても羨ましく感じられた。


 時間は本当にあっという間に流れ去っていった。


 ◇◇◇





 ソリューニャとリリカとミュウは、リエッタの冷却期間として人気ひとけの少ない裏地を散策していた。


「いや、いい国だね。なんというか、平和でゆっくりと時間が過ぎてる気がするよ。アタシの故郷より活気があるのに、余裕があるっていうのかな」

「種族の違いじゃないですか? フィルエルムの歴史にも内紛などは記されてないですし」

「あー。なんかみんな優しい感じがするよね!」

「喧嘩は苦手なのです」


 ソリューニャの本心からの感心にリリカが同意する。

 確かに注目を浴びてもそのほとんどが好奇の視線であり、強い警戒などは感じなかった。リエッタ効果もあるだろうが、異分子が紛れ込んでも排斥の動きがないのはダークエルフ共通の性格が関係しているのだろう。


 現にこうして店に顔をだしても居心地が悪くない。


「おや、肌の白いお客さんは初めてだね。いらっしゃい」

「うん。少し店を見てもいいか?」

「もちろん。フィルエルム唯一の武器屋へようこそ」


 ソリューニャが足を踏み入れたのは武器屋だ。壁には槍や剣、杖などが飾られており、中には木のボディの銃などもある。

 埃を被った武器がないのはよく手入れされているからであろう。店内に差し込む僅かな光を反射して鈍い光沢を纏っていた。

 それほど大きい店ではないがこれで唯一ということはダークエルフの穏和な性格を裏付けているようである。


「君たちはホムラさんの仲間かな?」

「ホムラ……ああ、ミカゲか。ううん、知ってるけど違うね。そういうあなたは知ってるのか?」

「武器の納入に行った時にお城で会いましたよ。彼らも商売人、遠目でしたが珍しい品々を売っていたようでした」


 なるほど、とソリューニャは思った。ミカゲたちのこともあったから過敏な反応も幾分か抑えられていたのかもしれない。

 と、顔色も戻ったリエッタが会話に混ざってきた。


「うちの兵隊の武器は全てこの武器屋のものなんだ。いつも世話になっているな」

「ああ、隊長様。いつも贔屓にしてもらっております。この平和な国で武器を持とうなどという物好きもいない中で、うちがやっていけるのはそちら様のおかげでして」

「なに、こちらとしても助かっている。それに、贔屓などではないさ。私が打ってもらった剣も使いやすく、そちらの腕が確かなのは明白だからな」


 そう言ってリエッタが腰に差した剣を引き抜いた。

 白銀の身に青い柄の見事な剣だ。ダークエルフというよりリエッタに合わせて打たれたのだろう。

 ふと、その剣の一部がソリューニャの目を引いた。


「なぁ、その剣に何か奇妙な模様があるんだけど」

「ああ。軽量化の術式を彫ってもらったんだ。武器屋は彫刻も一流の腕を持つのさ」

「私など先代に比べればまだまだですよ」


術式。


魔方陣は大小幅広く存在するが、大きいほど効果が強くなるわけではない。例えば大小二つの魔方陣が同じ効果を持つとき、大きい方には無駄な回路が多いのだ。


術式とは小型の魔方陣のことであり、必然無駄が少なくスマートな回路である。

長所はそのまま小型であること。魔力の消費が少なく効率もいい。

逆に短所は効果が小さいことと単純なことだ。複雑だったり強力だったりする効果を求めるならば、やはり大型の魔方陣が必要になってくる。


「なぁ、それなら少し頼みたいことがあるんだが」


 ソリューニャが今朝返却された荷物の中からカトラスを取り出した。

 このカトラスはチアンで購入した安物で、魔力こそ通すもののこれから旅を続ける上で持つ武器としてはいささか心許ない。


「これに術式は刻めるか?」


 ソリューニャは術式を武器の強化に利用しようと考えたのであった。


「ちょいと失礼。……ふむ、刃が広いですな。刻むだけなら可能でしょう。効果はどえします?」

「じゃあ、魔力の放出と刃の硬度を高めるのを重点的に、今のバランスは崩さないように」

「こんな依頼は初めてで、どうなるか分からないのが本音ですがね。やれるだけやりましょう」


 このカトラスは武器屋がいつも扱う金属とは違う素材のものだ。いつも通り彫ったとしてもどうなるかは本当に分からないのである。


「安物だし、構わないさ。じゃあ預けるけど、いつまでかかる?」

「明日には。……あ、そういえば明日はお城にも用事がありました。明後日に引き取りに来ていただけませんか?」

「いや、その必要はないさ。明日ついでに城まで持ってくるといい。こいつらは城に部屋があるからな」

「でしたら、そういたします」


 リエッタの提案で明日武器の納入のついでに城まで届けてもらえることになったのだった。


 そんな小難しい話に興味が湧かないリリカは、ミュウと二人で店内を回っていた。彼女としてはいろんな形の武器を見て回る方が面白いのだ。


「ミュウちゃん、これについてる宝石キレイ!」

「宝石じゃなくて魔導水晶なのです。魔力を与えることで効果を発揮する変則的な剣なのです」

「どうなるのかな?」

「あっ、ダメですよ勝手に……」


 リリカが柄に赤い魔導水晶が嵌められた剣を手に取り、ミュウが止める間もなく魔法を使った。魔力が水晶に流れ込む。

 すると、剣身が赤い魔力に包まれた。


「光った! でもこれは何に使うの?」

「さ、さぁ?」


 ミュウが首を傾げて剣身に手を伸ばす。直後、この赤くなった魔力が何を意味するのか理解した。


「分かったのです。これ、熱くなる剣なのです」

「熱く……?」

「正解ですよ、お嬢さん方」

「わっ!」


 二人の後ろにさっきまでソリューニャたちと話していた武器屋がいた。


「それは発熱の魔導水晶を組み込んでみたんだ」

「ごめんなさいです、勝手に触って」

「いいんですよ、他に買う人もいないんですし。それに、失敗作なんです」

「え?」

「調整のための術式に失敗しましてね、そのうち柄まで熱くなる欠陥品になってしまったんです」


 それでも武器屋は大切そうにその剣を棚に戻した。欠陥品と認めながらも飾っているのは何か思い出などがあるのだろう。


「お嬢さんは武器などは?」

「あたし、使わないの」

「ほぅ。素手でということですか。ならばこれ、いかがですかな」


 武器屋はカウンターの下から木箱を取り出した。箱に乗った埃がふわりと舞い上がる。

 興味津々といった表情のリリカ。


「開けて見てください」

「いいの? ……よーし、ワクワクするなぁ」


 リリカは箱の金具を外すと、ゆっくり木箱を開けた。

 そこには、黒を基調とした指出しの手袋が一組、横たわっていた。甲のところには無色の薄く切り取られた水晶が貼り付けてある。そして水晶の向こうには金の糸で複雑な幾何学模様が描かれてあった。


「これは?」

「先代最後の作品です。魔力を通す特殊な糸で魔方陣を“編み込む”という技法を開発した父の、最初で最後の試作品なのです」

「ふーん?」

「編み込む……!? そんなことができるですか!?」


 リリカが首を捻る。ミュウが驚く。つまりそれほどの技術ということだ。


「すごいですよリリカさん! 糸で魔方陣を描くなんて、グローブそのものが複雑な魔方陣ということです! こんな技術が……!」

「さすがですね。多少の伸縮にも影響されない、可変型魔方陣というわけです」

「うん? よく分かんないけどすごいのね!」

「ええ、まぁ……」


 武器屋がそれを手に取ってリリカに差し出した。


「試してみてはいかがです?」

「え? いいの?」

「ええ」


 リリカが恐る恐る受け取り、手に嵌めた。

 ダークエルフ向けだったのだろう。少しキツい。


「魔力を通して、軽く動かしてみてください」

「こう、かな?」

「わぁ!」


 リリカは魔法を使った。するとキツかったグローブが緩まり、リリカの手にぴったりのサイズになった。

 リリカが軽く手を振ると、黄色い魔力が手の動きの軌跡を描いた。まるで空中にペンキを塗っているかのような不思議な光景だ。

 すぐさまリリカが遊ぶのに夢中になり、ミュウはそれを見ながら武器屋に説明を求めた。


「綺麗! すごーい!」

「これはどういうものなのです?」

「簡単に言うなら、魔力の固定化です。魔力は普通は体から離すと消えてしまいますが、これは消えるまでの時間を長くするものなのです」

「固定化……! でもこれって、空間的に固定されてるような……?」

「さすが、いいところに目を着けなさる。そう、空間的に固定しています。むしろそれくらいの効果を持たせなければグローブの形にはできなかったようです。どうしても複雑になってしまったようですからね」


 小難しい話はやはりリリカの耳に入らなかったが、代わりに自分で遊んで分かったこともあった。


 大量の魔力を注げば消えるまでの時間も長くなり、固さも増す。そして消えるまでの時間は魔力の量に依存しているようで、速く動かせばそれだけ空間に固定しておける魔力も増える。ただし消えるときも現れたときと同じ速さで消えてしまうが。


「でもこれ、どうしてリリカさんに勧めるのです? すごく貴重で、大切なものじゃないのです?」

「いえ、どうやら王女様の御友人のようでしたので」

「っ!」

「ぶはっ!」


 向こうで武器を見ていたソリューニャとリエッタが同時に反応した。

 ミュウは慌てて頭を触るが、フードはしっかりと被っている。


「武器屋っ。それは……!」

「ははは、安心してください。他言はいたしませんから」

「い、いつからです?」

「その話し方ですよ。お城で何度かお目にかけたこともありましたしね」


 一同ほっと胸を撫で下ろす。

 武器屋は穏やかに続けた。


「王女様誘拐の噂などもありましたし、昨日の今日ですし、何か事情がおありのようです。詮索はいたしませんが」

「う、うむ。助かる」

「でもそれがどうして理由になるです?」

「なに、王女様の御友人というから勧めてみようかと思いましてね。深い理由とかはなくて、ほんの気まぐれですよ。こうした方がいいんじゃないかなっていう、縁みたいなものに……」


 もとは売り物ではないから仕舞ってあったのだろう。

 ただ彼は武器屋で、リリカに何かを感じた。それだけのことであった。


「うん、面白い! でもソリューニャ、これ……」

「いいんじゃないか? 使い方次第じゃ強力な武器になる。なにより武器が使いこなせるかどうかで戦力も変わってくる。欲しいならいいと思うよ?」


 このグローブは今まで素手での戦闘を行ってきたリリカには馴染みやすいだろう。あとはリリカのセンスと努力次第で今まで以上にやれるようになるはずだ。


「戦力……」


 今朝のことが頭をよぎった。強くなりたいと悔し涙をこぼしたあの瞬間を。


「……うん、分かった。あたしこれ使ってみたい!」

「ありがとうございます」

「代金は我々から出そう。明日まとめて払う」

「お、ありがとうリエッタ」

「ふふん。構わんさ」


 店を出て、リリカは自分の新しい可能性を見つめる。水晶は静かに光をたたえていたのだった。

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