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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編3 嵐が去って
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STEP 4

 

 

 Scene4



「とりあえず悪い人じゃないのは信じてあげる」

『そうだよー。だから言ってるのに』


 この二人、話を聞く限りでは悪人ではなさそうだし、ヘスティアとも仲良くなっているようである。


「いやー、なんかすげぇでっかい樹が見えたからさ!」

「どっちが早く登りきるか競争だーってなって」

「だめーー!」

『あははー。大丈夫、私も止めといたから』

「おう。なんか大事なもんらしいし」


 第一印象は、軽い。

 この二人はセレナーゼが聞いてた人間とはだいぶ異なる。


「ていうかさ、見つかったら厳罰だよ? 知らないの?」

「知らん。なんでだ?」

「本当に知らないの? この国は外との交流を断ってるから、人間とか全然来れないんだけど」

「来たぞ」

「普通は来れても来ないの!」


 どうやら本当に知らないようだ。


『まぁまぁ。別にいいじゃない、私たちが黙っておけばさ』

「うー。まぁ、ヘスティアの友達っていうなら言いふらしたりしないよ」

『そんなことよりさ! セレナーゼも一緒に聞こーよ!』

「何を?」

『お外のは、な、し!』


 セレナーゼが来る前、ヘスティアは二人から自分が行けない世界の話を聞いていた。封鎖的なこの国にはなかなか外の情報も入っては来ず、この二人との会話はとても魅力的に思えた。


「うん」

『ねね、続き話してよ!』

「いいぞ~」


 ◇◇◇






 ミュウは久し振りによく眠っていた。

 昨日の戦いでマルー、リカルドの連戦に加えてミカゲとの対峙、セレナーゼの復活などと様々なことがあり、心身共に疲れきっていたのだ。


 そんな彼女が目覚めると同時に、賑やかな来客があった。


「んむぅ……」

「おはよーーーー!」

「ふゃぁ!?」


 勢いよく開け放たれた扉が大きな音を立て、ミュウはベッドから転げ落ちた。

 シーツを頭に被ったまま音の主を見る。


「リリカさん……」

「寝てたの? おっはよーー!」

「お、おはようなのです」


 あとから三人も入ってきて、たちまち部屋は騒がしくなった。


「みなさん……もう起きて大丈夫なのです?」

「ああ、これ? ミュウちゃんのお母さんが治してくれたんだ!」

「おお! すっげー早かったぞ!」

「とにかく無事でよかったのです」

「ミュウもな!」


 五人が揃って話すのが妙に懐かしいと感じるほどにはいろいろなことが立て続けに起きた。


 ふっと寂しさが胸をよぎり、それに弾かれるように思い出したことがある。ミュウは勇気を出して話を切り出した。


「それで、あの。もう分かってると思うですけど、私、フィルエルムの王女で……」


 寝る前にどう言おうか繰り返し練習していたのだが、いざ四人を前にすると言葉が詰まってしまった。


「その、黙ってたこととか……本当に……」


 ごめんなさい。その言葉はリリカの底抜けに明るい声に遮られた。


「ほら、ミュウちゃんも行くよ!」

「え」

「観光!」


 顔を上げると、みんなが笑っていた。


「あ……」

「行こうぜ!」

「案内してよ、ミュウ」

「…………っ」


 彼らは変わらない。地位とか、肩書きとか、そんなもので彼らは変わらない。

 そんなことで恐れていた自分がずいぶん滑稽に思えた。


「はいですっ!」


 ミュウが笑った。


 ◇◇◇






 木漏れ日は燦々と輝き、鳥たちは陽気に歌う。絶好の観光日和。昨日のことが嘘のように町は平和だった。

 石と木でできた建物が並び、道も石で舗装されている。そして民はいつも通りの生活をしており、活気に溢れていた。

 ただ少し落ち着かないのはやはり神樹のことがあるからだろう。聞こえてくる話題も神樹のことばかりだ。


「おぉーー!」

「みんなダークエルフだ! 凄い、変な感じ!」


 いつもの三人が感嘆の声を上げた。


「なんだ、意外と落ち着いてるじゃないか」

「昨日お兄がみんなの前で演説してたです。それでみんな安心してるんじゃないですかね」

「なるほど。それにしてもアンタのお兄さんはすごい人だね」

「ありがとなのです」


 楽しみにしているのはソリューニャも同じだが、やや冷静な彼女はフィルエルムという国を観察している。隣にはフードで顔を隠したミュウが並び、いつもの形である。


「神樹は根本にダメージがあるので、もしかしたら倒れたりもするかもしれないのです」

「ああ、たしかにバランスが崩れてるね。でもそれってかなりヤバくないか? 町に倒れたら大惨事になるだろう?」

「今は兵隊のほとんどが神樹の保護に駆り出されてる。そんなことにはさせないさ」

「リエッタ」


 二人ほど除けば、という注釈がつくが。


 セレナーゼの遣わせた案内役というのがなんとリエッタとその部下だったのだ。

 リエッタはこれでも三人いる隊長の一人だ。兵隊のトップの一人ということで知名度も高く、もう一人もリエッタの隊の副隊長ということでそれなりに知名度がある。

 人間という異分子の案内は、名が知られていてその言葉に権力を乗せられる人物がふさわしいというセレナーゼの判断である。


(うーむ、隙がない……。リエッタが選ばれてるのはアタシたちの行動を通すためだけじゃなくて、ミュウの護衛も兼ねてなんだ。きっと。あとは面識のある人を当ててくれた、とかかな?)


 ふとセレナーゼが最後に見た笑顔が頭に浮かび、ソリューニャは苦笑いを浮かべた。

 セレナーゼは今まで会った中で最もしたたかな女性だと思う。あの表情は完全にイタズラっ子のものだ。お淑やかに見えて深い考えのある侮れない女性だろう。


「さんをつけろー! 歳上って言ってるだろー!」

「落ち着いてください! 隊長!」

「喧嘩はだめなのですよっ。ソリューニャさん」


 ミュウと副隊長が二人の間に入る。


 こんなやり取りでも注目は集まる。人間と竜人族が偉い人物と対等な会話をしているのだ。

 上品な紳士が声をかけてきた。


「これはこれは隊長様。よい天気でございますな」

「ん? ああ、そうだな」

「して、この方々はどのような?」


 当然の疑問である。周囲の人々もみなその答えを聞こうと、聞き耳をたてているのが分かる。

 しかし、馬鹿正直に「英雄です」などと言うわけにはいかない。昨日何があったのかは未だに秘匿されているのだ。


「友好大使のようなものだ。外との交流を広げていく王子の政策は知っているだろう?」

「なるほど。ですが昨日の今日でこれでは、何やら気にしてしまいますな」

「安心しろ。断じて悪人ではない。女王陛下も認められている。なんなら証拠の書状もあるが」

「とんでもありません! 女王陛下を疑うなど……」

「そうか」


 リエッタからすると今回任された仕事はかなり重要なものだ。混乱を招くような情報を伏せ、さらに今後のために友好的に接するポーズも求められる。

 ちなみにミカゲたちも滞在していたが、あまり人目につかないような生活をしていたために印象は薄い。人間を生で見たという人も少なくないのだ。


「大人っぽーい!」

「む、当然だろう? いまさらどうした?」

「似合わなーい!」

「う……く……っ! そ、そうか?」

「た、耐えたです」


 そのポーズが難しいのだが。

 例の三人に対しては敬語など望むべくもなく、ソリューニャの的確な助言により口止めの約束だけは辛うじてすることができた。問題はリエッタがどれだけ近すぎる距離に我慢できるかという話である。


「随分と親しいようで。はは、未来は明るいですな。応援しますよ」

「は、はは……。いや、子供相手に礼儀は求められませんから……」

「子供ってそりゃ……」

「レンさんっ!」


 ミュウが慌ててレンの口を塞ぐ。少し戸惑いながら紳士が離れていくと、そこには顔を赤くしてプルプル震えるリエッタが残されたのだった。


「た、隊長! よく我慢できますね。わ、私には難しいですよ~!」

「あーうん、悪かったよ。アタシも遊びすぎた」

「えっと、ごめんね?」

「う……うっ……」


 依然として注目を集めているのであまり騒げない。苦肉の策として男子組と女子組に別れて観光を楽しむことになったのだった。


「……ぐすん」

「よしよし、よく頑張ったね」

「うぅっ。撫で……るなぁ……」

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