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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編3 嵐が去って
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STEP 3

 

 

 Scene3




「だ、誰っ!? あなたたちは!?」

「ん?」


 そこには三人の人影が円を描くように座っていた。

 そのうち一人は全身が緑の魔力で象られた女の子で、彼女こそ少女が探していたヘスティアである。


 そしてあとの二人は少女にとって未知の生物も同然であった。


「へ、ヘスティア! 離れてっ!」

『待って! 違うの!』


 ヘスティアがその二人をかばうように立ち上がる。

 かばわれた二人はきょとんと少女の顔を見ていたが、ニカッと笑うと口を開いた。


「よっ! 邪魔してるぞー」

「ダークエルフだっけ? 初めて見たぜ!」


 これが、セレナーゼが人間というものを初めて見た瞬間であった。


 ◇◇◇






 ソリューニャは緊張していた。

 目の前にいるのは、伝説ですらある人物。


「はじめまして。私がミュウの母であり、またこの国を治める王でもあります、セレナーゼ=マクスルーです」


 フィルエルムの女王である。

 光を反射し銀色に輝く長い髪と、褐色の皮膚。柔和に微笑む顔は種族が違ってもはっきりと美人と分かるほど整っており、優しげな空気を纏っている。


「は、はじめまして……」


 ソリューニャがガッチガチになりながら挨拶を返す。


「うっす」

「おお。なんかミュウに似てるぜ」

「うわぁ~。美人さんだぁ」

「ぶっ!」


 思わず吹き出すソリューニャ。残りの三人は平常運転であった。


「うふふ。いいですよ、どうぞ楽にしてくださいな。ソリューニャさん」

「え、な、どうしてアタシの名前……」

「聞いていますよ。あなたがたのことは全部あの子から。レンさん。ジンさん。あなたがリリカさんで、あなたはソリューニャさん」


 名前を呼ばれて、ソリューニャは居心地悪そうに椅子に座り直した。金糸で刺繍を施されたふかふかのクッションがお尻の下で擦れる。


「あなた方があの子を守ってくださったことも聞いています」

「あ、いや。アタシたちもミュウ、さんに助けられたこともありますし」

「おお! あいつの治癒魔導だっけ、あれとかすげぇ世話んなったぞ!」

「火とかも便利だったな!」

「うふふ。そうですか」


 セレナーゼが嬉しそうに微笑む。娘を褒められて喜ぶ母親の顔だ。


「さて、あなた方を呼んだのはお礼を言いたいと思ったからです」


 セレナーゼは紅茶でのどを湿らせると、本題に入った。


「ここに来るまでにリエッタが説明してくれたと思うので、今回なにがあったのかは知っていますね」

「あ、はい。たしか毒を盛られていたとか、アルデバランに騙されていたとか……」

「ええ。間違いありません。だからあなた方がミュウを無事に連れてきてくださったこと、そのおかげで私の命も助かったこと、そしてこの国のため勇敢に戦ってくださったこと、本当に感謝しています。ありがとうございました」


 セレナーゼは立ち上がると、深々と頭を下げた。その美しい所作に一瞬見とれたソリューニャが慌てる。


「い、いえっ! そんな……感謝されるほどのことは」

「そーだぜ、全部ミュウのためにオレたちが決めてやったことだからな」

「おお! その通りだぜ! なぁ?」

「そうだね。でもミュウちゃんもお母さんも無事でよかったよ」


 楽しそうに笑い合う四人につられてセレナーゼも顔を上げる。


「さて。私も王族ですからね、こう見えて知っていることもできることもそれなりにあります。たとえば、こんな」

「!!」


 セレナーゼが手を上げると、四人の上から黄緑色の魔力がゆっくりと降り注いだ。魔力は四人の体に触れると光を強め、吸着する。

 魔力に包まれると、変化はすぐに訪れた。


「あ、なんか……優しい?」

「治癒魔導です。あの子にこれを教えたのは私なんですよ」

「すげぇ……! 火傷がどんどん消えてくぞ!」


 ミュウのそれが完治にだいたい一時間以上はかかるのに対して、セレナーゼのものは完治までの時間が著しく短い。使い手の稀少さも相まってそれは奇跡と呼んで差し支えない。


「私の治癒魔導は一度に治せる人数もかかる時間もあの子より優れていますが、次に使えるまでが長いんです。魔導はおもしろいですね。同じ現象も使い手で大きく形を変える」

「そうですね。それにしても親子で治癒魔導が使えるなんて凄いですね」

「でも、治せる力を持つと辛いこともありますよ。決断に苦しむこともありますから」


 雑談に興じているとソリューニャとリリカは五分、レンとジンは十五分ほどで完治した。


「ありがとう! すげぇな!」

「ああ! 助かったぜ!」

「どうもありがとう!」

「いいえ、これくらいなんでもありませんから。あとは、会いたい人というがいるんです」


 その瞬間。

 四人の背後で濃密な魔力の気配がした。一斉に振り返ると、そこには緑の魔力でできた人の姿があった。


「っ!?」

「紹介しますね。私の友人のヘスティアです」

『はーい。ヘスティアでーす』

「この声って! えと……なんだっけ?」


 四人ともその声に聞き覚えがあった。つい最近この声を聞いた気がするが、霧を捕まえようとするような曖昧さがあってはっきりと思い出せない。

 だがその答えは本人の口から語られた。


『えーっと、断罪の森って呼ばれてるんだっけ? そこからみんなを出したのが私です。ちょっと私も戦ってて声も途切れ途切れだったけどね』

「あ! 思い出した!」

「ああー! すっきりした!」

『あと、レンくんは一回私を見てるよね。ミュウちゃんに魔力を与えたあれも私です』

「なるほどなー、どうりで見覚えあるはずだ」


 冷静に考えて魔力の体でできた人形(ひとがた)などイレギュラーな存在だが、レンやジンやリリカの前では多少の違和など壁にもならない。

 未だ混乱が続くソリューニャをよそに彼らは会話を始めた。


「へぇー。でもなんだか違うな。喋り方とか」

『あれはちょっとした茶目っ気だよ』

「助けてとか言ってたのに?」

『だって今の私が助けてって頼んでもなんだか大変そうに聞こえないでしょう? ちゃんと助けてもらえるように考えた上での遊びだったんだよ』

「へぇーー」「たしかになー」


「ちょちょ、待った!」


 ようやく適応をはじめたソリューニャが制止する。ヘスティアの存在とその言いぐさからその正体にいくつかの予測が立ったが、真相は聞かなければ分からない。


「えーと、ヘスティアさん?」

『ヘスティアでいーよ。そうだね、あなたが聞きたいのは私の正体だよね? 今から話すよ』

「あ、ああ。お願い、します?」

『堅いよー。でもごめんねー、久し振りのおしゃべりでついはしゃいじゃって。ほんとは私から言い出すものだよね!』

「そうですよ、ヘスティア。少し落ち着きなさいな。自己紹介もまだでしょう」


 セレナーゼからも軽いお叱りが入る。どうやらこの二人はそれなりに付き合いがあるようである。


『えーと、ヘスティアです。いつもは神樹に宿ってますが、今ちょっと神樹が弱っているのでセレナーゼが召喚してくれました。身長は伸縮自在で体重は測定不能、物理干渉はできません。いつも一人なのでみんなに会えて楽しいです! よろしく!』

「いえーー!」

「よろしくな!」

「まったくあなたは……はぁ」


 セレナーゼがやれやれと肩をすくめるが、顔は笑っている。なんだかんだではしゃぐ友人が嬉しいのだ。


「耳尖ってないね!」

『私はダークエルフじゃないからね! この姿も作り物で、実体はないよー』

「ねね、触ってもいいかな!」

『いいよー。魔力は普通混ざらないから、私も魔力になら触れるんだー。ほら!』

「すげーー! 机はすり抜けてんのに、リリカのほっぺたはつまめるのか!」

「ひゅごーい」

『リリカちゃんが魔力を切ったら触れなくなるけどね!』


 はしゃぐ彼らのテンションについていけなくなったソリューニャはセレナーゼに話しかけた。


「あの、結局ヘスティアさんってどんな人なんですか?」

「うふふ、そうですよね。結局謎のままですものね」

「は、はい」

「ヘスティアはこの国で『神樹の至宝』と呼ばれています。大地を潤し穢れからフィルエルムを護る存在……」


 これからソリューニャが聞く話は、フィルエルムでもほとんど誰も知らない秘密であった。


「ヘスティアは肉体がありません。神樹に宿った“意志”です」

「神樹に……」

「はい。彼女は、民が神樹を崇めることでその存在を維持し、代わりにフィルエルムに豊穣をもたらします。民はその豊かさに感謝をし、神樹を崇めるのです」

「なるほど……。でも、樹に意志が宿るなんてこともあるんですね」

「この世界にはまだまだ謎が多いですからね。それに、そっちの方が楽しいじゃないですか?」

「ははは、こいつらも喜びそうな話です」


 楽しんでいるのはセレナーゼも同じなのだろう。ソリューニャもつられて笑顔になった。


『だからあいつらが神樹を攻撃したってことは、きっと“神樹の至宝”を物か何かだと思ったんじゃないかなー。どのみち神樹が倒されちゃ私も死んじゃうんだけどね!』

「あ、聞いてたんですか」

『いい感じに砕けてきたね! ご褒美にもっと教えちゃう!』

「ありがとうございます」


 ヘスティアがソリューニャの周りをクルクル回る。


『そうだねー。たとえばさ、断罪の森ってなんだと思う?』

「え? 罪人を放り込んでその心を透かされて……」

『そそ! その判断をしてるのが私。あの世界じゃ人の本性が覗けるようになるのです!』

「ええーー!」

『いい反応! ちなみにあそこは別の世界でね。神樹の裏側みたいなものだよー』


 ヘスティアはべらべら喋っているが、これは本来なら知られてはいけない機密事項だったりする。

 ヘスティアの正体といい超機密のオンパレードだが、セレナーゼがこの部屋に音漏れ防止の魔導をかけているため、まさにここはブラックボックスの中である。


「裏側?」

『異世界ってこと。だから出るには私か外部からの接触が必要なんだよ』


 異世界。その存在は各地に伝承として残されており、ソリューニャの故郷にも竜が棲むなどという話とともに伝わっていた。

 と、セレナーゼがふと何かを思い出した。


「こら。ヘスティア、言うことがあるでしょう?」

『あー……。えと、あのときは緊急だったからレンくんとジンくんはミュウちゃんとかの助っ人に、リリカちゃんとソリューニャちゃんは増援と当たるように出しちゃったけど、そのせいでみんな大変な目に合わせちゃって……ごめんなさい!』


 脱出にあたり、ヘスティアはどうにか状況を好転させようと考えていた。その結論があの配置だったという。


『いやー、助かりたい……じゃなくて助けたい一心で。あ、でもね、みんなの強さを頼っての決断だったからあれは。だからそのー……』

「別にいいぞ。そのおかげでミュウとか助けられたわけだしな」

「あたしも怒ってないよ!」


 しどろもどろになってゆくヘスティアの言葉を、レンたちは笑い飛ばした。彼らは根に持たない。

 その証拠にリリカが自然に次の話題を出した。


「それよりさ! なんか家っぽいのとかあったよね」

「あったあった! あれなんだ?」

『えっと。分かりません! でも推測はできるよ。例えば、すでに滅びた世界が神樹の……まあ私のだけどね、魔力に当てられて繋がったとか』

「よくわかんねーけど、そんなこともあんのか」

「あるんだねー。すごーい!」

「アンタらの適応力もすごいよ。なんでそんなあっさり納得できんのさ」


 フィルエルムの女王とお茶を飲んでいる現実も、ヘスティアが飛び回る目の前の光景も、会話の内容も、信じられないことばかりである。常識があるほどこれは……キツい。


 ソリューニャは震える手でティーカップを持つと、砂漠のように渇いた喉を潤すのだった。






 不条理と非現実が飛び交うお茶会が終わったのは、ソリューニャの常識がすっかり折れ曲がった頃だった。


『みなさん~。またお喋りしましょう~!』

「ははは、泣いてら」

「また遊びに来るね!」

『今約束したからね! 忘れないでよリリカちゃん!』


 すっかり仲良くなった彼女らは、名残惜しそうにほっぺたをつつきあっている。


『だいたいさー。セレナーゼが人前に姿を見せるなってうるさいからさー』

「当然ですよ。民が神樹を崇めるからあなたは存在できるのですよ? バレたら何が起きるか知れたものじゃありません。あなたたちもこの部屋での出来事は他言しないでくださいね」

「約束は守る!」「おお!」

「うふふ、信用しますよ。ヘスティアがお礼を言いたいってうるさいので会わせたのですが、これはこれでよかったと思います。あなた方もいろんな疑問が解けたようですしね」


 本来ならセレナーゼが怪我を治すところまでが想定されていた。

 しかし、ヘスティアが『お礼をするべき!』などとごねるものだから、明らかに人間と話したいだけと分かっていても条件付きで許可をしたのだった。


『ちぇー。なにさなにさ、はじめっから信用できそうだったから私を会わせたのにさー! あ、これ秘密だったっけ? ぷぷぷ』

「後でお仕置きです」

『ごめんなさい!』

「あははは、仲いーんだな!」


 二人の会話からはお互いへの信頼のようなものが伝わってくる。


「あ、そういえばなんでセレナーゼさんのところにいるの?」

『だから神樹の調子が悪くてね。あそこにいたら死ぬかもしれないから、しばらくセレナーゼに宿ることにしたんだよ。セレナーゼもけっこう人望あって居心地いいし!』

「より正確には、私がヘスティアを保つ魔導を使えるんですよ」

「そんな魔導があるのにヘスティアの存在はバレてないんですか?」

「大丈夫ですよ。だってこれは私がこっそり発明しましたから。私しか使えません」

「え……す、すごい!」


 簡単に言っているが、やっていることは凄まじい。改めてソリューニャは目の前の人物がフィルエルムの王族ということを思い知った。


「さて、長々と時間を頂いてしまってすみません。これからの予定はありますか?」

「あ。まだ何も……というか本当なら怪我してたわけで」

「けど治っちゃったな!」

「治っちゃったね!」

「うふふ。では退屈でしょうね。案内をつけますから、観光でもしてみては?」


 すでにレンたちがじっとしていられないのを見抜いたのだろう。どちらにせよセレナーゼの提案は魅力的だった。


「わーい! 探険だね!」

「行こうぜ!」

「そうだね。……乗り気みたいなんで、お願いできますか」

「もちろんです」


 そうと決まれば行動が早い。

 セレナーゼとヘスティアに手を振ると、レンたちが出ていった。


「じゃーな!」

『またねーー!』

「はは、騒がしくてすいません」

「あ、ソリューニャさん」


 セレナーゼが最後にソリューニャを呼び止めた。


「トゥレントの件は不問とさせていただきますね」

「ぶっ!?」


 セレナーゼはソリューニャの胃に強烈な爆弾を落とすと、イタズラっぽく笑って手を振ったのだった。






 廊下を騒がしい声が遠ざかってゆくのが聞こえる。

 彼らがいなくなって、残された二人は急に訪れた静寂を感じていた。


『はぁー、行っちゃった。私も行きたいー』

「無理を言わないで下さいよ。あなたにもやってもらいたい仕事はあるんですよ」

『まったく親バカだねー。無駄になるんじゃないの?』

「どうでしょうねぇ……」

『あはははは! とぼけちゃってこのー! すーなおっじゃなーいねっ!』

「お仕置きですね?」

『ごめんなさい!』


 二人は年頃の少女のように会話を楽しむのだった。

答え合わせ回です。フィルエルム編はもう少し続くので、最後までお楽しみください!

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