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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編3 嵐が去って
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STEP 2

 

 

 Scene2



 淡く緑に光る草原にあいた穴から、ひょっこりと少女が顔を出した。


『おー。いつ見ても綺麗。神秘的って、こういうのを言うのかなぁ』


 少女は穴から這い出ると、服に付いた土を払い落とした。


『おーい! ヘスティアー。今日も来たよー』


 少女はキョロキョロと誰かを探しながら声を張る。しかし、いつもはすぐに現れるその誰かからの返事がない。


『あれぇ~、おっかしーなー。ヘスティアー? いないのー?』


 少女は不思議そうに首を傾げる。

 今まで一度もいなかったことがないため、少女は少し戸惑っていた。


 しかし。


『……あれ。話し声だ……ヘスティア?』


 少女はどこかから聞こえてきた声を辿って進みはじめた。あまり入ったことのない木々の間をくぐり抜け、声の主を探していく。


『ぷはっ! ふぅ、声が近い。でも、私以外にここを知ってる人なんかいるのかなぁ』


 ◇◇◇






 女王が目覚めて、翌朝。

 柔らかいベッドの上でリリカは目を覚ました。薄いカーテンを通して日の光が部屋に差し込んでいる。


「ああっ!」


 リリカは毛布をはね除けて上体を起こした。

 途端に全身、特に頭がひどい痛みに襲われる。


「いたたたたたっ! あうぅっ……」

「朝っぱらから何やってんのさ、リリカ」

「えっ、ソリューニャ!?」


 リリカの隣でソリューニャが呆れていた。見ると体のあちこちに包帯が巻かれており、薬草の青臭い匂いもする。


「ソリューニャ、ここどこ!? あいつは!? ミュウちゃんは!?」

「落ち着きなよ、リリカ。あれからジンが来てくれて、ミュウもみんなも無事さ」

「よ、よかったぁ」


 リリカが胸を撫で下ろした。

 しかし、ふとその表情が陰る。


「……ねぇ、ソリューニャ。あたし、弱いね」


 脳裏には手も足も出なかった自分と、圧倒的なシドウの姿が浮かぶ。


「あたしね、ずっと自分が強いって思ってたの。ほら、ここまでずっと勝ってきたしさ」


 ソリューニャからはリリカの表情はよく見えない。だが、震えるその声から彼女の悔しさが伝わってくる。


「カキブでもさ、勝てないと思った強い人と戦って勝ったし。フクロウにも勝ったしね? 怖いけど、逃げなければあたしは負けないんだって、強いんだって、思ってたんだ……」


 ポツポツとシーツに染みが浮く。

 リリカは鼻を啜って続けた。


「それがデコピン一発で負けちゃってさ。んん、死んでたかも、しれない。それで分かった……あたし、弱い……っ! 今までもっ……運がよかったんだ……って」


 我慢できずに飛び出したことや、考えなしに飛び込んでいくリリカの姿をソリューニャは覚えている。確かに、戦いは上手くなかっただろうが、それでリリカが弱いとは思わない。


 だがソリューニャは、それを伝えて慰めようとはしなかった。


「悔しいよぉ……! もっと強くなりたいよ、ソリューニャぁ……!」

「……そうだね」


 その必要はないからだ。

 何も言われなくとも、リリカはこうして強くなろうとしているのだ。自分から変わろうとしている彼女には、どんな言葉も必要ないだろう。


「悔しいのはアタシもさ。強くなろう、きっと」

「うん……!」


 そのタイミングを見計らったかのようにノックの音が部屋に響いた。


「失礼します」

「う、わわっ!」


 慌ててリリカがシーツを被る。泣き顔を見られたくはないのだ。

 リリカが潜った直後、二人のお手伝いさんが入ってきた。


「おはようございます。リリカ様、ソリューニャ様、お水をお持ちしました」

「ああ、ありがとう」

「リリカ様はまだお目覚めでないのですか? 一応二人分のお水をお持ちしましたが」

「いや、起きてる。気にしないでやってくれ」

「はい。それとあちらのクローゼットにお着替えを用意させていただきましたので、お好きな服をどうぞ。ただ、ソリューニャ様に合うサイズのものがなく、少し小さいかもしれません。申し訳ありませんが、何かあればこちらに声をお掛けください」

「あ、あとの二人はどこにいるか知ってる?」

「はい。隣の客室に」

「ありがとう」


 水の入った桶を置くと、お手伝いさんは丁寧なお辞儀をして出ていった。


「ぷはぁ!」

「心配してたよ」

「う~、なんか恥ずかしいじゃん。恥ずかしいじゃん!」

「まぁ、分からないでもないけどね。さ、着替えてジンたちのお見舞いに行こうか」

「よぉーし、行こー!」


 リリカは手早く顔を洗うと、勢いよくクローゼットを開けた。

 そこには上質な衣類がずらりと吊るされていた。


「わぁーっ、すごーい! ねぇソリューニャ、これ好きなの選べるの!?」

「ああ。遠慮はむしろ失礼になるから、好きなの着ればいいよ」


 ソリューニャは薄手の服を何着か手にとって広げはじめた。リリカも目についたものから次々と手にとってゆく。


「ソリューニャ、これとか……うわぁ!」

「うわぁ! もう、びっくりしたなぁ。なんだよリリカ」

「びっくりしたのはこっちだよもぅ! 何してんの!?」

「何って……試着だけど?」


 ダークエルフは人間と比べると小柄だ。必然、衣類も小さいものが多い。またソリューニャは仲間内でも一番の長身である。


「なんかエッチ!」


 その結果がこれである。面積が少ない服装は見慣れたはずなのに、妙な色気に溢れていた。


「厚着は嫌いなんだよ! ヘソ出すくらいで丁度いいの!」

「それにしたってほら……ピッチピチじゃん! パツパツじゃん! もうそれ裸と同じだよ!」

「ぶっ!? こら、人を変態みたいに言うなよ!」


 二人がじゃれ合って笑う。

 くだらないことで騒げるのも平和という証拠である。





 “このーっ! 待てーっ!”

 “きゃー!”


 楽しそうに騒ぐ声が壁一枚挟んで聞こえてくる。

 全身を包帯で覆ったレンとジンは並んで天井を睨みつけていた。


「うるせぇ……頭痛ぇ……」

「ジンお前、頭もやったのか」

「あー、あの白いの使ったからかもしれねぇ。あん時みてーなダルさだ」


 初めてあの魔力が発現したのはカキブだったが、そのときも今回に似た症状が表れた。

 さしずめ、強力な力の反動といったところだろうか。


 そのとき大きな音を立てて扉が開き、リリカが飛び込んできた。


「レンー! ジンー! 遊びに来たぞぉー!」

「待てリリカーー!」


 どうやらここが新たな逃げ場になったようである。


「ふっふっふ! リ~リ~カ~ちゃ~ん?」

「わーっ、くすぐっ……きゃははははは!」


 体をよじって暴れるリリカが、どういうわけか二人の方に飛んできた。咄嗟に避けようとする二人だったが、ボロボロな体ではさすがに無茶だった。

 結果、リリカダイブの直撃を食らう。


「ぎゃああああああ!」

「いってーーーー!」


 レンとジンがのたうち回る。


「このやろーー!」

「やりやがったなバカ野郎!」

「わーーっ、レンとジンが怒ったーー!」


 レンとジンが参戦し、いつも通りの光景になる。

 備品のいくつかが壊れるのもやむ無しかと思われたとき、再び勢いよく扉が開かれた。


「こらーーーーーー!」

「誰?」

「あれだよほら、牢屋でさ。いただろう、ちっちゃいの」

「あーあー!」

「ちっちゃい言うなーー!」

「うるせーぞリエッタ」


 怒鳴り込んできたのは、リエッタである。


「早速いじめられる小動物……」

「赤髪のお前っ! 聞こえてるぞっ!」


 相も変わらずその仕草は子供っぽい。

 ソリューニャは不憫に思いながらもからかうのをやめられない。最近分かったのだが、これはどうやらリエッタの個性によるものらしい。普通は見た目が若くとも所作は成熟している。


「はいはい。で? 少し騒ぎすぎたのか?」

「む……。それもあるが、お前たちを呼びに来たんだ」

「え? まだ何も壊してないよ?」

「慣れは怖いね、リリカ」

「いいから話をだなーー!」

「分かった分かった。それで? 誰に呼ばれてるの?」


 なぜか誇らしげな表情のリエッタの口から飛び出したのが。


「女王陛下だ」


 超大物だった。

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