レンVSミカゲ
レンに遅れて到着した部隊の隊長は、遠くで繰り広げられるレンとミカゲの戦闘に戦慄した。
「隊長! 負傷者全員、確認しました!」
「報告です! 住民の避難は順調に進んでおり、大きな混乱もなく既に八割ほどが避難を済ませております!」
「よし……ん? あれは」
隊長が見つけたのは、気を失っているタイヤーである。
「おい、下手人の一人を発見! 最優先で確保しろ! 残りの者は二人一組で負傷者を運べ!」
「たっ、隊長! 人間の加勢は……」
「あれが、見えるか? あれに、飛び込むつもりか?」
「…………!」
言葉に詰まる部下。眼下で行われているのはまさに異次元の戦いだった。
「我々では邪魔になる。それに負傷者も多く十分な戦力を配置できない。今はまだ、その時ではないということだ」
「は、はいっ!」
「勘違いするなよ。もし彼が負けたとき、そのときは我々がやることになる。……とにかく今は負傷者の運び出しと消火作業にかかれ! 魔導具も使えるものは惜しまず使え! いいか、ここが正念場だぞ!」
隊長の命令で部隊は一斉に行動を開始した。戦っているのはレンたちだけではない。ダークエルフたちもまたそれぞれの戦いに身を投じているのだった。
一段階上の力を解放したミカゲは、凄まじい火力でレンを追い詰めていた。
「ハアッ!」
ミカゲの手から炎が放たれ、同時に炎の翼もレンに向かって伸びる。
「っ、ぬぁああ!」
「ふん、上手くかわしたか。だが!」
レンは三本の炎の隙間に体をねじ込むようにしてこれをかわした。炎はまっすぐ進み続け、神樹に直撃する。
先ほどと違ってレンを相手にしつつ神樹を攻撃するだけの余裕があるのだ。
「どうした! 神樹を守るんだろう?」
「うるせぇ、テメーを吹っ飛ばすのが一番速ぇ!」
「道理だな。なかなかキレるじゃないか」
「おおおおお!」
後ろの神樹に気をとられることなく、レンは一直線にミカゲに迫る。
ミカゲは翼を戻すと、手を交差させて炎を纏った。そこに両翼も重ねられ、炎の魔力が集っていく。
「十字砲火!!」
「ぐっ、おおおおお!」
両手両翼が広げられ、解放された炎が十字を描いてレンを迎え撃つ。威力、範囲ともに優秀な技である。
レンはそれでも突進しながら、十字の中心に腕を突っ込んだ。
「熱っちぁぁ、っ消し飛べェ!!」
「おぉ、はははは!!」
圧縮された空気が膨らみ、炎を内側から吹き消した。
すでに距離はだいぶ縮まっている。レンは足から空気を噴射してミカゲに肉迫すると、その勢いのまま蹴りを放った。
ミカゲは片翼を後方の地面に突き刺すと、それを縮ませるようにして下がる。レンの脚は空を切る。
「ちっ、フラフラ動きやがって!」
「燃えろ!」
レンが再び距離を縮めて来るのを、ミカゲは残った翼で妨げる。それを紙一重の僅かな動きだけで避けると、レンは大きく踏み込んだ。
「ぐっ、ちょこまかと……っ!」
「はっああ!」
ミカゲは冷静に大振りの回し蹴りを見切ると、上半身を反らしてそれをかわした。
「……っ!」
ピタリ、と。
ミカゲの目の前で靴底が停止し、ミカゲの頬を冷や汗が伝う。
その直後、風が吹き出してミカゲは吹き飛ばされた。
「ぐっ……だがっ!!」
「ぐぁ!」
レンの足元から炎が昇り、レンもまた炎の直撃を食らう。
「あちち、その羽……ってか腕みてーなそれ、厄介だな。伸びたり縮んだり潜ったり……ッ!」
レンはすぐさまそれが地中を通ってきた炎の翼だと看破した。
噴き出した炎は上空で旋回して、レン目掛けて急降下してくる。
「ちぇ、鬱陶しいな」
炎は地面を縫うように進みながらレンを襲う。それをかわし続けるレンはミカゲのもう片方の翼も地中に伸びているのをみた。
「ちぃっ、やべぇ!」
「炎陣!」
「っ、エア……」
足元から炎が渦巻くのとレンが風衣を発動しようとするのは同時だった。ただ、以前くらったものとは威力が違う。
レンは受け流せずに奔流に飲まれた。
「ぐあああああ!」
「くはははは!」
「つああっ、くそ……!」
「十字砲火!」
再び十字に広がる炎が襲いかかる。レンは受けてきたダメージの蓄積で避けきれずにまともに喰らった。
「がぁあ!」
「もう動けんか。ならば燃え尽きろ!」
ミカゲが両手を天に掲げる。瞬く間に炎の魔力が集まって一つの球体ができあがった。
接続された翼からも魔力が供給され、球体は大きく成長していく。
「火の玉……!?」
「全てを灰に帰せ! 火鳥封月!!」
ありえないほど凝縮されてそれでもなお巨大な灼熱の球体が、レンに放たれた。
「間に合わねぇ……!」
あまりの高温に白くなった球体がレンの正面に迫る。
逃げられない。レンは覚悟を決めると真っ向からぶつかった。
「アアアアアッ!」
「はははは! 無駄だ!」
手を触れた瞬間、掌の皮膚が溶けた。それでもただ叫んで押し返す。
「グアアアアアアアアア!」
しかし、及ばない。火鳥封月はレンが対抗できる威力を遥かに超えていた。
ミカゲの切り札はレンを巻き込み、神樹に衝突すると高温の衝撃波を撒き散らして破裂した。
神樹の根本は大きく抉れ、炎が絡み付く。聖域は一瞬で火の海になり、幻想的な緑の世界は赤い炎とそれに合わせて影が揺らめく地獄に変わる。
「クハハハハハハッ! さぁ、神樹に封じられし伝説の宝がもうすぐ俺のものになる!」
高笑いするミカゲは炎の向こうにレンを見つけた。
「ククク、肉体が残っているとはな。しかも息もある。大したものだが、間もなく死ぬ」
レンは酷い有り様だった。上半身は水ぶくれて真っ赤に腫れ上がり、喉や肺もやられて呼吸するたびに死ぬほどの痛みに襲われる。
僅かに繋ぎ止めていた意識すら消えていく。
蝋燭の灯が消えるように、静かに。
どこかから声が聞こえた気がした。
“……………………”
“………………ん……”
“……ん…………さ……”
「…………レンさんっ!!」
「っ!?」
はっとして目が覚めた。目だけを動かして声の主を探し、遠くにぼんやりとミュウを見つけたとき。
レンは完全に意識を取り戻した。
「…………!」
「レンさん! いやっ!」
だが、声が出ない。指一本動かない。
何もできない。
ミュウが泣いているのに。
「死んじゃいやです! レンさん、レンさぁぁん!」
「………………!!」
今さらになって、ミュウとの約束が思い出される。
それでも動かない。動けない。
「王女がいる。リカルドたちは失敗したということか」
「いやぁぁぁぁぁあ!」
ミュウの慟哭が焼け野原に木霊したそのとき。
辺り一面を緑色の閃光が覆った。
「きゃっ!」
「くっ、何だ!」
光が収まり、ミュウが恐る恐る目を開けると。
「え……」
目の前に緑の魔力で象られた女性がいた。
その女性はウェーブがかかった長い髪に、ゆったりとしたドレスを着ている。
『…………』
彼女はふっと微笑むと、すっと消えていった。
「今のは……!?」
刹那、ミュウの体が魔力に包まれた。
「わぁ!? こ、これは……?」
ミュウだけではない。聖域そのものが淡く輝き、見る者全てを魅了する幻惑的な空間となっている。
「すごい……暖かい……!」
大地から、神樹から、魔力が光の帯となってミュウに集まってゆく。
『ミュウ=マクスルー』
どこからか声が囁いた。
「えっ! な、誰なのです!?」
『今は、あなたに力を』
それだけ伝えて声は聞こえなくなった。残されたのは溢れんばかりの魔力のみ。
「はっ。次は王女、お前が相手か?」
「……ミュ……ゥ!」
「はっ、レンさん! 生きて……!」
「くく、来いよ。王女」
ミュウは天に杖を向けた。全身を力が駆け巡る感覚。
自分しかない。今ここで、何かができるのは。
「千星……」
「なっ!」
杖から放たれた緑の魔弾が天に昇っていき、
「流星群!!」
「これは、まずいなっ!」
緑の閃光と共に弾けた。
潤沢な魔力量で一発ごとの威力も強化された、まるで隕石のような極大の魔力。たった一発で周囲の炎を吹き飛ばすそれが一斉にミカゲを襲う。
「うっ、ぐぉおおおああ!」
ミカゲの体を炎の翼が覆い、防御の体勢に入る。
直後、無数の星が降り注いだ。轟音が響き地面が揺れる。
しかし、土埃の奥でミカゲは立ち上がった。
「ぐっ……はぁっ、はぁっ! この規模は想定外だったが、惜しかったな……! さすが天才と謳われることはある!」
「…………」
「次は、俺の番だ! 貴様を脅威と認めるぞ!」
ミカゲが動いた。ミュウは黙って杖を握りしめた。
炎を纏った腕がミュウに迫る。
「燃え──っ!」
それがミュウに届く刹那。
「バカなっ!? なぜ……」
眼前に迫る拳。不意のカウンターをまともに喰らって、ミカゲは吹き飛ばされた。
「なぜそこにいるッ!? レン!」
間髪おかず、レンが飛び出す。ミカゲは翼でバランスをとって体勢を立て直した。
(体はボロボロだが……動けるくらいには回復しているだと! ありえ……いや、まさかッ!?)
同時に、レンが復活したからくりにも思い当たる。
「さっきの攻撃は治癒魔導のためのカモフラージュだったのか!?」
「おおおおお!」
「うし……」
一瞬で背後に移動したレンの強烈な蹴りを喰らう。
「がっ!?」
「まったく、ムカついて仕方ねぇ……!」
「ぐはっ!」
風を纏った脚で蹴りあげられて、ミカゲは空中に巻き上げられた。
「テメェにも……!」
「がはぁ!」
空中で翼を広げるも、すでに空中に跳んでいたレンに風で加速したパンチで地面に叩き落とされる。
「オレにも!」
地面すれすれで羽ばたいて衝突を防いだミカゲが一旦離れようと動くが、加速落下してきたレンの蹴りをまともに受けて吹っ飛ばされる。
「がはぁぁぁぁっ!」
「泣かせねぇって約束したのに……!」
「くそっ……! 今度こそ消し炭にしてやる!」
ミカゲの頭上に再度球体が形成される。先ほどの二倍はあるそれを見て、レンは両手に風を集めはじめた。
「終わりだッッ! 火鳥封月ッ!」
ミカゲ全力の火鳥封月が地面を抉りながらレンを呑み込もうと迫る。
「…………」
レンはポケットからミュウに貰ったお守りを取り出すと、強く握りしめた。
「もう、負けねぇから……!」
「使って下さい、レンさん! 青風の巻星!!」
「ミュウ!」
ミュウが緑の魔力を全て込めた一撃をレンに放った。
青から緑に変色した風の弾丸がレンの両手に吸収されていく。
「はああああああああ!」
レンが両手を突き出して、一気に風を解放した。
レンの魔力と混じってエメラルドグリーンとなった竜巻が光球と激突する。
「わ、あああ!」
衝突の余波でミュウが吹き飛ばされる。
「あああああ!」
「うおおおおお!」
両者の全力が拮抗する。魔力同士の摩擦でプラズマが迸る。
「負けるかぁぁあああ!」
「うおおおおおおお!」
そしてついに、レンが押しきった──!
竜巻が球体を貫いて、大きな爆発が起こる。凄まじい衝撃波が大地を揺らす。
「吹っ飛べぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ぐああああああああああああ!」
竜巻がミカゲを呑み込んだ。
「……っはぁ! ゼェ……ゼェ……っ」
「レンさーーん! やったです、勝ったのです!」
「ミュウ……ごめん。オレ、約束……」
「いいのです、今ここに無事でいてくれるから。本当に、ありがとうなのです……!」
それから間もなく全員の無事と敵の全滅が伝えられた。
フィルエルムに訪れた危機はここに幕を閉じたのだった。




