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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編2 嵐の中で
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ジンVSシドウ

 

 

 ジンとシドウの戦いは端から見ればジンの優勢で進んでいた。ジンの攻撃は何十発と当たり、シドウのパンチは空を切る。


「すごい……! あの大男に一方的だ!」

「いや、違うな」


 遠くでジンの戦いを見ていたリエッタが感嘆の声を上げるが、寝かされたソリューニャが呻くように否定した。

 実際に戦ったから、そしてダメージも与えたから分かる。


「ジンの攻撃はダメージが少ない。でも敵の攻撃は当たれば怪我する云々のレベルじゃない……」

「ジンの方は一撃でも受けたらマズいってことか?」

「敵も手加減しなくなってる。たぶん……死ぬ」

「!!?」


 リエッタが驚いてソリューニャを見た。ソリューニャは表情を変えることもなくジンの戦いを見守っている。


「……アンタ、剣差してるってことは接近戦が得意か?」

「いや、悔しいがあれほどの相手には勝てない……。だが、何かできることがあるなら命も惜しくない覚悟だ」

「そっか。じゃあ頼みがあるんだけど、もしジンが……」




 ジンの脇をシドウのパンチが掠める。ジンは膝と肘で敵の腕を挟むように打つと、即座に下がった。

 シドウは痛がる様子も見せず、腕を上下に振って異常がないことを確認した。


「てめえ……段々動きがよくなってるのはどんなカラクリだ?」

「ガハハハ! 別に手を抜いてんじゃねぇよ! 酒が抜けてきただけさ!」


 シドウが数刻前よりも速い動きで踏み込んだ。


「くっ」

「だっはぁーー!」


 その巨体から繰り出されるタックルをジンは横っ飛びに転がって回避する。シドウは手応えがないことに気付くや否や踏み留まり、狙いをつけてさらにタックルを仕掛けた。


「ぬぉあ!」

「ガハハハ! 捕まえた!」

「あヤベ……っ」


 広げた腕にジンが引っ掛かり、ふわりと体が浮く。

 全身が死の気配を感じとりジンは咄嗟にトンファーを伸ばしていた。トンファーは地面についてもさらに伸びてジンを押し上げ、ジンはなんとかシドウの腕から抜け出すことに成功する。


「ふぬぉ!」

「おおお! あっぶねぇ!」


 シドウが腕を地面に叩きつけた。おおよそ人と大地がぶつかったとは信じられないような音が響き、地面がひび割れた。


「げぇ! なんつーくそ力だ!」

「はっはっは! まだまだぁ!」


 シドウは全身に力を込めると、気合いを入れ直した。


「ふんっっっ! だぁーーーー!」


 筋肉が盛り上がり、ぴったりのシャツが弾けるように破れた。ズボンも内側から押し上げられ太腿の筋肉の形を如実に浮き上がらせる。

 だが、いつものパフォーマンスに合いの手を入れる仲間たちはいない。全員が二人の迫力とジンからのダメージで動けないのだ。


「ガハハ! 上げてくぜ!」

「へへ、ちょうどこっちも温まってきたとこよ」


 ジンは強がってはいるが、マーキィ=マーティーやリカルドとの連戦そして長距離の全力疾走で消耗した体力は確実にジンを追い詰めている。

 対して、シドウはようやく全力だ。ソリューニャに受けた内臓のダメージはあるが、それでもシドウの優位は揺るがない。


「いくぜ」

「────!!」


 シドウの体が僅かに沈んだのを見て、ジンは反射的に動いていた。


 瞬身。空気との摩擦を減らし、足に魔力を集めて地を蹴ることでまるで瞬間移動のように移動する技術だ。

 ジンのすぐそばに現れたシドウはジンの反応速度に驚きつつも構わず地面を殴りつけた。


「うおおおお!」

「がっ、ただのパンチでこれか!」


 地面が円く抉れて、小さなクレーターができあがる。飛散した土や石がジンの体に刺さった。

 だが、ジンは防御の姿勢には入れない。一旦受けに回ってしまうと格段に不利になるからである。攻撃させないためには攻め続けなければならないのだ。

 無理やりジンが前に出る。


「だらぁぁぁぁ!」

「ぬぅおおお!」


 そのとき、ジンの体から光沢のある白(プラチナシルバー)の魔力が漏れ出た。魔力はジンから離れるとその色を失い消えていく。


「なんだ、奥の手かぁ!?」

「知らねぇ! 勝手に出る!」


 ジンの一撃を受け止めた腕が鈍い痛みを感じた。ジンの攻撃の威力が上がっているのだ。


「ぬうう、前より重い!」

「うらぁぁぁ!」

「だがっ!」


 シドウは魔力を込めた足で思い切り地面を踏みつけた。地面が爆発したように崩れ、足場が不安定になる。

 不意をつかれてよろけたジンの脚を掴もうと、シドウが手を伸ばす。ジンはそれをかわせない。


「くっ!」


 ジンが思い描いたのは、トゲのあるブーツの形。それはシドウの手が届く直前に具現化し、ジンの足を覆った。


「っ!?」

「ガハハ、そんなんじゃ怯まねぇ!」


 構うことなく、シドウはトゲの上から足を掴んだ。

 トゲはそのいくつかが刺さったが、残りは折れてしまった。トンファー以外の創造はまだ練度が低く脆いのだ。


「咄嗟の判断は悪くなかったが、これしきっ!」

「ぐ、ぬぉああ!」


 シドウが手に力を込めて、ブーツごと握り潰そうとしてくる。ジンはなるべく小さな刃物を思い描き、顕れたナイフをシドウの腕に振り下ろした。


「おお!?」

「ぐっ、離せ!」

「ならばっ!」


 ナイフが刺さる前にシドウはジンを投げ上げた。人ひとりを投げたとは思えないほど高くジンの体が浮いた。


「うおおお!? ヤベェ!」

「終わりのようだな!」

「うあああああっ!」


 ジンはレンと違って空中では思うように動く手段を持たない。あと数秒のうちに訪れる死の予感。


 そのとき、ジンの体に魔力の縄が巻き付いた。強制的に地面に引き戻される。


「ジン!」

「おお、リエッタ! 助かった!」

「いや……お前の仲間にピンチになったら助けてくれって頼まれててな」

「ソリューニャか。いやホント危うく死ぬとこだったぜ」


 ソリューニャが弱々しく笑って親指を立てるのに、ジンは親指を立てて返した。

 だが、笑ってはいられない。今回の敵は今まで戦った中でも特に強い。


「くそ。正直強いな、あいつ。訓練のときの父ちゃん並だぞ」

「やはりジンでも難しいのか? それほどの魔力まで使っても?」

「これは俺にも制御しきれねぇんだよ。一回魔力が空になんねーと出ねぇみたいだし、ずっと出続けるから時間もねぇ。それに、使うのはまだ慣れてねぇ」

「……勝てない、か……」


 自分のことのように悔しそうに唇を噛むリエッタ。無力な自分のことも、フィルエルムを守れないことも、そしてジンが負けることも彼女は悔しいのだ。


「…………ちょぷー」


 ジンはそんな彼女の頭にチョップを落とした。


「あびゃっ!? な、なにをする!」

「なんでお前が決めつけんだよ、バカヤロウ。いいか、俺はこんなとこで死ねねぇんだ」

「だが、このままでは!」

「わーってるよ、んなこたぁ。だからリエッタ、お前も手ぇ貸してくれ」


 ジンがポケットから取り出したのは、断罪の森で拾っておいた封魔の手錠である。


「これは」

「俺は死んでもあいつを止める。どんだけ止められっかは分かんねーけど、リエッタはその隙に」

「なるほど、これを掛ければ魔法が使えなくなる。いくら力が強くてもこれなら……!」

「ああ。あとのことは頼むぜ」


 ジンは再びシドウとの戦いに赴く。光沢のある白は今も漏れ続けており、いつなくなるかも分からない。


 ただひとつ。誰の目にも明らかなのは、


「待っててくれてサンキューな、筋肉野郎」

「がはは、なあに。時間がねぇのはお前だろう?」


 これが最後だということだろう。どのような結末になろうと、あと少しのうちに戦いは終わる。


「いんや、てめーだよ。勝つのは俺だからな」

「気合いよし! じゃあいくぜ……」

「行くぞぉぉぉぉ!」


 白い軌跡を描きながらジンが駆け出した。

 拳を引きながら待ち構えるシドウ。


「どおおお!」

「だらぁぁぁ!」


 音すら突き破って放たれる拳を首を反らすだけでかわすと、ジンもシドウの顔面に拳を打ち出した。シドウもまた真似するように首だけでそれをかわす。

 しかし、完全にかわしたはずがシドウの頬がぱっくりと割れて血が流れた。


「……っ!?」

「まだまだまだぁ!」


 ジンの手には何もない。がシドウは何が起こったのかを即座に理解した。

 一瞬だけナイフを具現化させ、すぐに消したのだ。頬のキズはそういうことだろう。


「ぐっ、ぉお、おおっ!」

「どぅらあああ!」


 シドウの攻撃を紙一重でよけながらジンはひたすらにボディーを打つ。この連撃が最後の攻撃だ。効かなければもう打つ手がないと言えるだろう。

 だが、気迫を込めた全力は確かにシドウの肉体に届いていた。


「ぐっ、はは! ただの肉弾戦でここまで響かせやがる敵は久しぶりだ!」

「まだ終わらせねぇ!」


 ジンの手にトンファーが握られた。一撃がさらに重くなり、シドウの肉体を打ち付ける。


「あああああああ!」


 ひたすらに攻め続ける。ここで押しきらねば、未来はない。


 シドウもやられっぱなしではない。攻撃が当たらないのを知るとすぐに作戦を変え、正面からの殴り合いをやめ相手の体勢を崩すことにした。


「なかなか速いが、焦りすぎだぜ」

「っ、くそ! またか!」


 地面が揺れてジンの踏み込みがやや甘くなる。浅く入った攻撃を無視して、シドウは拳を繰り出した。

 威力より当てることを優先したパンチだが、当たればジンが耐えられる威力ではない。


 そして天秤はシドウの方に傾いた。


「よけ……れねぇ!!」

「勝負あったか、小僧!」

「あ、あああああ!」


 よけきれない。

 ここでジンが初めてとった防御の姿勢は、しかし全く意味をなさない。





 ジンの派手な性格とは裏腹に、彼の魔導は非常に地味な部類に入る。

 イメージを魔力に投影し、鉄として形作る魔導。鍛練がものを言う魔導で、イメージと練習の足りない創造は脆く、保たない。

 だが、これに疑問を抱いたソリューニャが聞いたことがある。


『なんで手を離すと消えるように作ったんだ? 他の魔導士はみんな体から離しても消えないように設定して作ってる。それに、一つの創造に要する訓練量も他とは桁違いだ』


 ジンは言った。


『俺の魔導は生まれつきでな、俺もレンも何ができるのか、あとから知ってった。で、俺のは敵の攻撃を弱くするようにできてたらしい』

『攻撃を……弱くする……?』


 ソリューニャが聞いていくと、どうやらジンの魔導にはとあるオマケがついていたことが分かった。


『なるほど。強力な特殊能力の制約として消えやすいデメリットがついたわけか』


 『創造した鉄を通ってジンに届く力は半減する』

 言葉にするとこんな感じの能力が彼の魔導には備わっていた。彼の魔導は攻撃的な彼の性格とは真逆の性質を持っていたのだ。



 つまるところ、ジンの魔導は防御型なのである。




「ああああああ!」

「むぅ!?」


 シドウの拳が交差したトンファーと衝突する。

 上半身の骨が粉々になるような攻撃だったその力はジンに届く頃には半減され、ビリビリと腕の骨に響くに留まった。


「本当に最後のチャンスだ! 行くぞリエッターーーーッ!」

「ぐっ、バカな……! この感触、確かに殴った!」


 この魔導の特性として、衝撃は鉄を通る間に減衰する。そのため、シドウが感じる反作用はそのままでも実際はジンに伝わっていないという奇妙な状況が成立する。


 ジンが握っていた砂利をシドウの目に投げる。


「目つぶし!」

「うおおおおおお!」

「はあああああああっ!」


 まっすぐに迫るジンの起死回生の一撃。

 目潰しで微妙に狙いがずれたシドウの圧倒的一撃。


「おおおおおおおおお!」

「ああああああああああっ!」






 走り出していたリエッタは、ジンが崩れ落ちるのを見た。

 それを見下ろすように立っているのは、シドウだ。


「あ、あ……ジン!!」


 全身を打たれるような衝撃を受けたリエッタは、どうしていいか分からないままただ走った。

 シドウは一歩も動かず立ち尽くしている。それは、ジンとシドウの間にリエッタが割り入っても同じだった。


「……あーあ、オレの負けか」

「きっ、貴様! 何を言って……!」

「やられたぜ、畜生。しばらく動けそうにねぇなこれは」


 よく見ると、シドウの眼差しはどこか遠くを見るようにぼんやりとしていた。


「…………!」

「手錠。かけんなら早くかけねーと動けるようになっちまうぜ、嬢ちゃん」


 シドウのあごが赤黒く変色しているのを見て、リエッタは全てを理解した。


「腕を捨ててくるとは、思いきったことをしやがるぜ。拳一つズレてりゃ死んでたってのに、なんてイカれた野郎だ」

「ジン……」


 倒れたジンの左腕は真っ黒に腫れ上がり、ぐにゃぐにゃとあらぬ方向を向いている。見ていられず、リエッタは目を逸らしてシドウを睨んだ。


「っ……、貴様を捕らえる」

「ああ」


 シドウの腕に封魔の手枷がかけられた。

 シドウは最後まで仁王立ちで、威風堂々とした姿勢を崩さなかった。


「ふ、副団長が!」

「バカな、シドウさーーーん!」

「ど、どうすればいいんだ?」


 そのとき、置き去りにされていた援軍がようやく追い付いた。


「遅いぞ貴様ら! 賊どもは一人残らず捕らえろ!」

『オオオオオオ!』


 リエッタの号令で、兵士たちが一斉に残党に襲いかかる。浮き足立った残党たちはなす術もなく捕まっていく。


「ジン。終わったぞ」


 ここに死闘は終結したのであった。

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