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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編2 嵐の中で
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誇れ!

  

  

 圧倒的な肉体差。それは共に物理型の前衛魔導士であるリリカとソリューニャにとって厳しい戦いを意味していた。


「つあああっ、はっ!」

「弱い弱い! そんなものかぁ!」


 シドウが軽く腕を上げると、攻撃を加えていたリリカが慌てて下がった。シドウの一発がどれほどの危険なのかは食らってもいないのにはっきり分かるからだ。


「おいおい、オレはちょっと頭が痒いだけだぜ?」

「う、うっさい!」

「そうも逃げまわるんなら、しょうがねぇな。今度はオレから行くぜ」

「うっ!」


 恐ろしいのは、未だにシドウのパワーが上がり続けていることだ。手加減しているわけではなく、体が温まっていくということなのだろう。


 ここではじめてシドウが仕掛けた。

 そして二人はシドウの底知れない戦闘能力を目の当たりにすることとなった。


「むんっっ!」

「え?」


 一瞬シドウの動きが止まったかと思うと、次の瞬間にはリリカの目の前にいた。


「まぁ、趣味じゃねぇし主義にも反する。女子供は殺さねぇ」

「あ…………」


 反射的にガードしようとするも、全てが遅い。

 シドウとの戦闘は反射だけでなく読みが必須なレベルだ。そしてリリカはその領域に達していない。


 デコピンがリリカの額を撃った。


「──ッ! ────ッッ!!」


 それだけだった。

 リリカの体は豪快に弾かれて森の方に飛んでいき、樹に衝突して半身をめり込ませた。リリカの頭は力を失って垂れ、ドロリと鼻血が溢れて服を染める。


「リ、リリカぁぁ!」

「つれないなぁ。お前の敵はここにいるぜ、赤髪」

「このぉぉお!!」


 ソリューニャの剣とシドウの拳がぶつかり合う。


「がはは、今までで一番いい!」

「う、おおおお!」


 剣が砕けた。

 ソリューニャは剣でなくなったものを捨てると、シドウのパンチをすれすれでかわして懐に潜り込んだ。


「おお?」

「喰らえ……! 突角ツノウチ!!」

「かっ……」


 ソリューニャ渾身の突きがシドウの胸に炸裂し、赤い魔力がシドウを貫いて抜けていった。

 反撃に転じさせまいと、ソリューニャは剣を休めない。


「はっ! たぁっ!」

「が……っ!」

「あああああ!」

「ぐふ、う!」


 至近距離での連撃をまともに浴びて、シドウが二、三歩後ずさった。体内を走り抜ける魔力がシドウの内臓に負荷をかけているのだ。

 シドウは血液混じりの唾を吐くと、ソリューニャの剣を掴まえて握り砕いた。


「赤髪、お前は怒りを力に変える術を心得ているようだなぁ! 少し効いたぜ!」

「う、おおおおお!」

「剣を失ってもひるまず殴りかかってくるその意気やよし! だが出直せ!」


 意識だけを刈り取るように手加減された拳が、鱗を突き破ってソリューニャの腹に当たった。


「が……あ、あぁ!」


 ソリューニャもリリカのように吹き飛ばされて樹にぶつかると、それに背中を預けてずるずると崩れ落ちた。


「あ……あ……」


 それでも意識を保っていただけソリューニャはよくやれた方だった。

 だがもう森を守る者は誰もいない。ソリューニャとリリカは負けたのである。


「よぉし、終わったぞぉ!」

「うおおおお!」

「シドウさんさすがだーー!」


 ギャラリーと化していた団員たちはシドウを絶賛すると、森に向かって進撃を再開した。倒れていた者たちもふらふらと立ち上がり、その中にはチャオロンの姿もある。

 チャオロンは充血した眼でソリューニャとリリカを睨め付けると、怨みの籠った声で恐竜を召喚した。


「副団長! おれはこいつら殺さないと気が済まねぇ! 殺してもいいよな!」

「……好きにしろ。殺さずはオレが勝手に団長に倣ってるだけだ。だがやるならやるで遊ぶなよ」

「ふ、ふふふ……!」


 チャオロンの指示を受けた恐竜が大口を開けて二人に迫る。

 狂暴な肉食の獣を思わせる牙を見て、ソリューニャは動かない体がどうしようもなく悔しかった。


(クソ……動け、動け! こんなとこで死ぬつもりか!)


 敵はどうやらソリューニャを最初の獲物に選んだようだった。


(く……そ……ぉっ)


 だが霧がかってぼやける頭からは緊迫感すら遠ざかってゆく。最後に視界いっぱいの牙を見て、ソリューニャの意識は暗闇に溶けていった。




(………………?)


 ふと、ソリューニャは意識を取り戻した。


(生きてる……アタシ……)


 どうやら気を失っていたのは一瞬だったようだ。全身は動かないし、痛みは変わらずそこにある。


 だが。

 ゆらゆら定まらない焦点で正面を見たそのとき。


「ジン……」

「………………」


 そこにはソリューニャが憧れた背中があった。


 ジンの足元には恐竜が転がっていて、ソリューニャはジンに助けられたことを知った。




「ジン。ごめ……っ、負け……た」


 ソリューニャの口をついて出たのは涙まじりのかすれた声だった。


「アタシまた、勝てなかった……っ! リリカも守れなかった……!」


「アタシが、弱いから……っ!」

「そうだな。負けたのは弱かったからだ」


 ソリューニャの心からの悲鳴に、ジンは冷徹なまでに淡々と肯定した。

 ソリューニャはどうしようもない気持ちに支配されて俯いた。



「けどな。負けられたのは、戦ったからだ。だから……」


 ジンの言葉は変わらず淡々としている。


 ジンは一度言葉を切ると、大きく息を吸い込んで、



「誇れ!!」



「ジン…………」

「ありがとな。リリカとソリューニャのおかげで、ミュウとの約束も守れそうだ」

「うん……」


「まっ、これが終わったらまた特訓して一緒に強くなろーぜ。だからあとは俺に任せときな」

「うん、うん……」


 ガサリと草が擦れる音がして、リエッタが遅れて到着した。


「ジーーン! 置いて行きやがって貴……様?」


 リエッタはぽかんとして固まった。


「リエッタ。二人を頼む」

「え、あ、いやでもお前、一人でそんな」

「二人を頼む」

「う、うん……」


 リエッタには有無も言わせず、ジンは一歩踏み出した。


「てめーら、逃げるなら今のうちだぞ。今はちょっとムカついてんだ」

「お前も女の仲間か! ならばおれの最強の召喚獣で殺してやる! Tレックス召喚!」

「…………」


 巨大なゲートをくぐってジンの何倍もの大きさのある恐竜が姿を現した。


『グルルル……』

「パワーも凶暴性も高い最強の恐竜だ! 行け、一人残らず食い殺せぇ!」

『ガァァァァァ!』

「俺は言ったからな」


 次の瞬間、それは沫を吹いて倒れた。


「え?」

「俺の仲間に手を出しやがって……!」

「ぐああああああ!?」

「腹ァ、立ってんだ!!」


 ジンはチャオロンを殴り倒すと、何度も踏みつけてから蹴り飛ばした。


「これで最後だ! 手加減できそうにねぇ、死にたくねぇ奴は消えろ!!」


 実際に目の前でチャオロンを倒したことはジンの凶暴さを見せつけるのに十分だった。

 盗賊たちの間を戸惑いが支配する中で、勇敢にも腕に覚えがある一人が森に踏み入ろうとした。


「ハッタリだぜ、ガキ一人! こっちにはシドウさんもいびゅ!」


 次の瞬間、その男は顔面に拳をまともに受けて吹き飛ばされていた。


「あ、ぎゃあ! いてぇよぉぉ!」

「やりやがった……!」

「おいおい、マジかよ!」


 口から血を吹きのたうち回る仲間の叫喚は、戦意を完全に折るのに十分だった。


「退かねぇってのは、そういうことだな?」

「!!」「!!」「!!」


 ダッシュの構えをとったジンが消えると、一瞬遅れて盗賊たちの悲鳴が沸き上がる。

 少し離れた場所で仲間が倒れるのを見ていた一人が、呟いた。


「な、何がどうなって……」

「ぎゃああああああ!」

「!?」


 その隣にいた仲間がもんどりうって倒れる。


「さっきまで向こうにいたのにぃ!」

「だらぁぁぁぁ!!」

「ごはっかっ!」


 目の前で銀が煌めいた直後、その男は意識を手放した。


 縦横無尽。たった一人で荒くれたちを蹂躙していく様はまさに鬼神のごとく。


「す、すごい。ジン、なんて強さだ」

「ふ、あんな活き活きして……」

「あれが人間の戦いなのか?」


 ソリューニャを担いで安全な場所に寝かせていたリエッタが、戦慄した。さっきまでリエッタの手を引いていた少年が今は自分より大きな敵を一方的に叩き伏せている。


「とっとと消えろ!」

「ふんっ! 瞬身か、オレも使えるぜ!」

「……へぇ!」


 ジンのトンファーを、シドウが腕で受け止めた。


「強いな、小僧!」

「お前もな、筋肉だるま。俺の仲間やったのはお前だろ?」

「ああ。ありゃ先が楽しみだ」

「お前は先なんか見れねぇよ。ここで終わりだからな」


 トンファーが高速で伸びて、シドウの顔に迫る。

 シドウが首を反らしてそれをよけた隙に、もう片方のトンファーがシドウのボディーに入った。


「ぐ……はは! 全然効かねえ!」

「分かってら」

「ぬぉ!?」


 ジンがトンファーから手を離すと、トンファーが消えた。トンファーを通じて押し合っていた腕が急に自由になり、ほんの僅かだけシドウの姿勢が崩れる。

 狙ったジンと虚を突かれたシドウ。この二つが均衡を揺らし、そしてジンにはその隙を突くだけの能力があった。


「おおおっ、らあぁぁぁ!」

「く……っ、今のはなかなか……」

「うおぉぉお!」

「うおあっ、ぐっほぉ!」


 ジンのパンチを筋肉で跳ね返したシドウだったが、爪先に走った強烈な痛みに否応なく体を硬直させる。

 ジンは体をしならせると渾身のキックをかました。


 よろよろと後ずさると、シドウは口元を拭って笑った。


「かははっ。作った隙を突く一発目すら布石にする度胸! 爪先を踏んで怯ませてからの蹴り! 完璧な奇襲だったぜ!」

「そういう割には効いてねぇな」

「鍛えた筋肉は嘘をつかないからな。そんな打撃なら百でも千でも耐えられるぜ」

「へぇー。なら万回殴って倒すだけだ」

「その間に一発入れてオレが勝つぜ」

「ははっ、はははははは!」

「くはっ、がははははは!」


 大口を開けて笑い合う奇妙な光景。

 だが、誰にでも分かるほどの戦意の高まりがそこにはあった。ボルテージが高まり、そして最高潮を迎え、


「消えろぉぉぉぁああ!」

「てめぇがなぁぁぁぁあっ!」


 様子見の衝突を経て、本気のぶつかり合いが始まるのだった。

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