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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編2 嵐の中で
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フィルエルム事変 2

  

  

 森を守るソリューニャとリリカは、次第に押されはじめていた。


「ぐっ、通さないっ! 翼切ハバラ!」

「ぐぁああ!」「うわぁ!」

「くくっ、隙ありぃーーっ!」

「っ、たぁっ!」


 ソリューニャは一人でディノニクスと盗賊を相手に苦戦しており、ジリジリと森に向かって後退していた。


「このアマぁ! いい加減そこをどけ!」

「ぶっ殺すぞおら!」

「絶対に通さない! 一人たりとも、一歩たりともミュウの国には入らせない!」


 また少し離れたところではリリカがチャオロンと戦っていた。


「たぁぁあっ!」

「召喚! 翼竜!」


 ゲートをくぐって現れた巨大な鳥のようなトカゲがリリカに襲いかかる。


「ギャァーーーー」

「うわっ、風がっ!」

「小娘が! 邪魔をするなぁ!」


 翼竜が羽ばたき、風を起こしてリリカの視界を奪う。顔を守ったリリカの横っ腹にディノニクスが頭突きをした。


「やっ、うわぁ!」

「これで終わりだっ!」

「…………っ!」


 僅かな気配を感じて、リリカが前方に転がった。

 薄目で確認すると、リリカのいた場所にはアロサウルスの顔がある。


「ひゃぁ、危ない! 死ぬ!」

「グラァアアアア!」

「もうっ、痛そうなことしないでよね!」


 リリカがアロサウルスの顔面を蹴り飛ばした。アロサウルスは数匹のディノニクスを巻き込んで倒れた。


「やった!」

「無駄だ、俺を止めない限り代わりはいくらでも出てくる!」

「なら、止める!」


 リリカが走る。

 チャオロンを守るようにしてディノニクスたちが立ちふさがるが、リリカは間をうまくすり抜けてチャオロンに殴りかかった。


「はぁーー!」

「ぐっ、装盾竜!」

「わ、きゃああああ!」


 突然現れた四足の恐竜のハンマーのような尻尾を受けてリリカは弾かれた。ガードは成功したが、じんじんと痛む腕に顔をしかめる。


「うぅ、痺れる……!」

「止めてやる、だと? 威勢だけはいいが、近づけやしない!」

「くっ、多いなぁ!」


 直線的なリリカの攻撃ではこの敵に届きにくい。当たれば相当のダメージを与えられるのだが、当てる戦闘技術がリリカには足りない。


 そのとき、ソリューニャの声がリリカに届いた。


「リリカ! これで決めろ!」

「ソリューニャ!?」


 乱入してきた赤い魔力の奔流がリリカの前にいた恐竜たちを薙ぎ払った。急に減った障害物に、リリカは考えるより先に動いていた。


「これで……!」

「くっ、翼竜!」

「足を止めないことっ!」


 上空から翼竜が急襲してくる。リリカはこれをギリギリでかわした。


「あとは!」

「くそ、装盾竜!」

「あの重い奴だ……!」


 遠心力を上乗せしたハンマーが横からリリカの骨を折りに来る。リリカはジャンプでそれを避けると、装盾竜の硬い背中に着地した。

 もうチャオロンとの間に彼を守るものはなかった。


「バカな……!」

「えいやっ!」

「ぐがぁ!?」

「もう一発っ!」

「がはぁあ!」


 チャオロンはリリカの攻撃を二発とも受けて宙を舞った。

 主人が気絶したため、呼ばれていた恐竜たちも次々と消えていく。


「リリカ! こっち……うぁっ!」

「ソリューニャ! 今行く!」


 リリカの手助けをしたからだろう。その隙に攻撃を受けたソリューニャは肩を押さえてよろめいた。


「今だ、やっちまえ!」

「おおおお!」

「だめーーっ!」


 リリカの飛び蹴りで盗賊たちが一斉に吹き飛んだ。


「くっ、ありがとリリカ」

「大丈夫!?」

「ああ、浅い傷だよ。それより、召喚魔導士は仕留めたんだね」

「うん! ソリューニャのおかげだよ!」

「トカゲも消えたみたいだし、あとは!」


 リーダーを倒されたことで敵には動揺が広がっており、士気も低下している。未だ数的不利ではあるものの、優勢なのはリリカとソリューニャだった。


 しかし、事態はそう簡単に終わらない。


「ぉぉぉぉぉ……」


 いち早くそれに気がついたのはリリカだった。


「ん? ソリューニャお腹すいたの?」

「アホか。アンタこそさっきから鳴いてない?」

「鳴くってなに!?」


「ぉぉぉぉぉおお……」


 遥か地平線からなにやら音が聞こえる。


「!!」

「やっぱり聞こえる! あっちから……!」

「リリカじゃなかったのか」

「それはもーいいよ!」


 やがて地平線が砂煙で盛り上がり、その中心に小さく走る人影が見えた。


「おおおおおお!」


「人だ、速いっ!」

「なんだあれこっちに来るぞ!」


 戸惑うリリカとソリューニャ。

 だがその人影の接近に盗賊たちが沸いた。


「あの声は……」

「げぇ、副団長!!」

「ヤバい、怒ってる!」


 悲鳴と歓声が半分ずつのざわめきが広がる。

 そうこうしているうちにもその人影は猛スピードで近づいていて、すぐにその正体を明かした。


「マッチョだ、マッチョ!」

「副団長だって……? なんでここに!」

「知ってるの? ソリューニャ」

「ああ、アルデバラン副団長といえば……」


 それからは一瞬だった。


「ほぁーーっ、とうっ!」

「わわっ!」


 その男は飛び上がると、地面を削りながら豪快に着地した。

 慣性を殺すために有した距離は数十メートルにも達し、残された二本の長いラインがその凄まじいスピードを物語っていた。


「オレこそがアルデバラン副団長シドウ! ここに見参だぜっ!」


 びしっとポーズを決めると、シドウはくるりと振り返って口を開いた。


「おい、テメーら!」

「は、はいっ」


 呼ばれたのは盗賊たちだ。

 全員が一斉に硬直し、緊張の面持ちで次の言葉を待った。


「なんで起こさなかったんだ! 勝手に祭おっぱじめやがって、覚悟はできてんだろうな!」


 弁明タイム突入。


「だ、だってシドウさん! 酒飲んで寝てたっスから!」

「シドウさんが酒を飲むと顔に火ぃつけても起きないじゃないですか!」

「だいたい、何回も起こしましたよ!」

「俺なんて起こそうとしたらぶっとばされたんスよ! 歯ぁどうしてくれんですか!」

「だからもう仕方なく置き書きして来たんじゃないっスか!」


 全員が必死に訴えてくるのをシドウは黙って聞いていたが、やがてその厳つい顔で頷いた。


「なるほどな、事情は分かった!」

「ほっ……」「セーフっ」

「さっすが、話せば分かる男前っ!」

「ガハハハ、そうか? ところでチャオロンはどこだ。あいつがまとめてたんだろ?」

「そ、それが……」


 団員たちがささっと脇に寄ると、倒れているチャオロンの姿があらわになった。


「実はおれたちもここで足止めくらってたんス」

「なにぃ!? 誰にだ!」

「それが……女です」


 また団員たちが動くと、今度はソリューニャとリリカの姿が。


「たしかにいい女だが、お前ら。美人につられて本来の目的を忘れたのか?」

「ち、違います! あいつらなぜかここを通さないんです!」

「しかも、かなり強くって。チャオロンさんも倒されるくらい!」

「むう?」


 シドウは二人を興味深そうに眺めた。

 そして得心したように頷くと、命令を下した。


「ようし、お前ら! オレがやる!」

「おお!」

「じゃ、おれたちゃ先に行って……」

「バッキャロォーー!」

「!?」「!?」


「テメーらそこ通ろうとして、通したくねぇあいつらに負けてんだろ? だったらあいつら倒せずして行くのは違うだろうが。男ならきっちり筋通して、どっちかが勝つまで待ってろ!」


「!!」

「たしかに……!」

「そうだ、シドウさんに任せて先に行くのは男じゃない……!」

「さすがっス! 副団長ぉ!」

「よっ、男の中の男!」

「かーっくぃー!」


 団員たちはシドウの一声で立ち止まり、シドウコールを始めた。シドウはそれを両手で制すと、リリカとソリューニャに向き直った。


「てことで、今度はオレ様が相手だぁ! だが安心しろぉ! ここにはこの隙に行こうなんて姑息な真似する奴ぁ一人もいねぇ! 互いの信条を賭して闘い、勝った奴が信条を通すのが筋ってもんだからな!」


 シドウはガハハと豪快に笑った。


 相対するソリューニャとリリカは一歩も動けずにいた。

 リリカは野生の、ソリューニャは竜人族の勘でシドウの実力を肌で感じとっていたからだ。


「ソリューニャ。こいつ、ふざけてるけどなんか強そう」

「ああ……! リリカ、アンタは逃げろ」

「えっ? ソリューニャは?」

「あの走りからは逃げ切れない。だからアタシは足止めを」

「だ、ダメだよっ! ソリューニャ置いて逃げたくない! あたしだって仲間だもん、覚悟はあるよっ!」

「……分かった。勝とう。二人で」


 シドウが一歩踏み出した。たった一歩。まだ十分な距離があるが、たった一歩分近づいただけでリリカとソリューニャは戦闘体勢に入った。


 冷や汗が二人の頬を伝う。


「ほぉー。赤髪のお前、若いくせになかなかいい構えだ」

「……っ」

「だが緊張は駄目だ。筋肉が動かんぞ」


 シドウは冷静に敵を観察しながら歩み寄ってくる。


「黒髪の。戦闘は素人か?」

「う……な」

「見る奴が見れば分かるぜ、そりゃあ」


 シドウはその肉体に圧倒的なオーラを纏っていた。距離が縮まるにつれ徐々に二人にかかる重圧が強くなる。


 ゴクリ、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。


 刹那、リリカが動いた。重圧に耐えきれなくなったのだ。


「ばっ、リリカ!」

「やぁぁあっ!」

「ちっ!」


 ソリューニャも本意ではないが連携のために動き出した。

 一方シドウは試すかのように足を止めて、両側から挟むように仕掛ける二人を見た。


「とやぁーー!」

「竜の鱗! はああ!」


 バシィッ!!

 と強く肉体を打つ音が響いた。パンチを放ったリリカがすぐにバックステップで離脱し、再び攻める。


(当たってるのに全然効いてない! 力が通らない感じ!)


 ソリューニャが振るう曲剣もシドウの皮膚の一枚すら裂くことがかなわない。


「ふん、ぬおおおお!」

「!!」

「リリカ、離れろっ!!」

「わぁぁあ!」


 そのくせシドウのパンチは音速を超え、当たれば一撃という恐怖を二人に与えてくる。


「ひゅっ!」

「ぐぅっ……ああっ!」


 パンチがリリカの頬を掠め、それだけでリリカを吹っ飛ばす。


「どらぁっ!」

「つぁっ!」


 無造作な腕の一振りがソリューニャの双剣を弾く。


 特別な強さがないことが強さ。

 シドウは徹底的に己の肉体と魔術だけを鍛え上げた“魔術師”であり、それ故に突ける弱点がほぼ存在しない。


「はっ! ふっ!」

「黒髪の。なかなか良い肉体カラダしてるが、だからこそ勝てんぜ」


 またシドウはタイプとしてはリリカと同じであるわけだが、リリカに対しての相性は抜群だった。


 魔術師どうしの戦闘は非常に結果が分かりやすいこともその特徴だ。

 十中八九、相手より技術や肉体が強い者が勝つ。

 これはどちらにも魔導という変則的な道具がないことが原因で、単純な要素、つまりパワーや耐久力だけで勝負が決まるからである。


「それじゃオレの肉体には響かねぇ!」

「きゃあ、あああ!」

「リリカっ!」


 リリカのキックを腕で受けたシドウがリリカの足を持って投げ飛ばした。間一髪でリリカを受け止めたソリューニャだったが、予想外の威力でリリカ共々あお向けに倒れる。


「ガッハッハ! さぁ来い! 立てぃ!」

「ぐ……う、大丈夫か? リリカ」

「うう、うっ。あいつ、強すぎるよ……!」


 豪快に笑うシドウとそれを見上げるリリカとソリューニャ。

 二人の心に絶望が広がりはじめていった。

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