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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編2 嵐の中で
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だから来た!

 

 

 どこにいても見える神樹を目印に、レンはひたすらに走っていた。すれ違うダークエルフたちの驚く顔を置き去りにしてスピードを上げる。


「壁……行き止まりのつもりか!」


 ここから先は聖域ということなのだろう。レンの行く手を高い壁が阻む。


「悪ぃけど、それじゃ止まんねーぜ!」


 だが、その程度では大した意味を為さない。

 レンは風を纏った脚でそれを蹴り砕いた。風の力で加速した蹴りは見た目以上の破壊力がある。


 壁にあいた穴をくぐると、もう神樹までの道に障害物はなかった。

 残りの距離を一気に駆け抜けようと、レンは両腕を広げて後ろに持ってくると掌から空気を放って加速した。


「おおおおお!」


 加速、また加速。目まぐるしく流れる景色は徐々にその輪郭を失い、レンの通った後には抉れた大地だけが残る。


「あそこかっ!」


 もう神樹は目前だった。レンを待つのはこの道の終わり、崖だけだ。

 レンは崖から飛び出すと、聖域へとその身を投げ出した。


「いた!」

「ほぅ…………!」


 空中で、ミカゲとレンの視線がぶつかった。


「…………排除、する」

「!!」


 偶然レンの直下にいたタイヤーが、その巨体に見合う大斧を構えた。

 そして、レンに向かって振り上げる。


 空中の人間を仕留めるのは実に簡単だ。

 なぜなら、かわしようがないから。タイミングさえ合わせれば確実に直撃させられる。


「うぉっ、あっぶね!」


 だが、何事にも例外は存在する。

 レンがそうだ。風の魔導士レンにとって、落下のタイミングをずらすことなど造作もないことである。

 大振りの攻撃が空を切り、タイヤーは致命的な隙をさらす。


「……う……っ」

「テメーに用はねーーっ!」


 空気が弾けてレンの体を押し出す。

 急降下の勢いに任せたレンのかかと落としがタイヤーの脳天に直撃して、その巨体はぐらりと傾き地に沈んだ。


 レンはひらりと宙返りをすると、魔力沸き立つ大地に立った。

 ミカゲはちょうど最後の魔力人形を片付けたところで、グリーンの魔力をその身に浴びながらレンに問いかけた。


「なぜここへ来た。くだらない正義感か? それとも王女からの命令……」

「うるせぇ」


 ミカゲの問いを遮ってレンは言い放った。


「ミュウが、泣いてた」



「だから来た!!」



 揺らぐ神樹を、逃げ惑う民を、そして仲間たちを想って、ミュウは胸を痛めて泣いてた。

 だからレンは来たのだ。ただ仲間が涙を流さないために。


「お前が何してんのかはどーでもいい! けどお前のせいでミュウが泣いてるから! オレはお前を倒すんだ!」

「ははは、順調すぎて退屈してたところだ!」


 ミカゲが炎を纏って、レンが風を纏って、そして二人は衝突した。

 一瞬の凪の直後、吹き荒れる熱風。


「うおおおお!」

「はああああ!」


 レンのパンチを掌で受け止めたミカゲは勢いに圧されてやや後ずさったが、すぐに体勢を立て直すと押し返しはじめた。

 今度はレンがずるずると後進したが、すぐに踏み留まると押し合いは拮抗した。


「そんなものか!?」

「けっ。準備運動だコラ!」


 レンは腕から圧縮した空気を吹き出すと、ミカゲを押し始めた。

 ミカゲもまた炎の噴出を推進力に、レンを押し返す。


「ぬおおおおお!」

「はあああああ!」


 レンがさらに風を強めると、ミカゲもすぐに炎を強める。

 レンが押してミカゲが押され、ミカゲが押してレンが押される。

 両者ともに一歩も退かずに拮抗は続く。


「これでどうだァ!?」

「ぬあっ!」


 拮抗を破るべくミカゲが出力を最大にした。今までとは桁の違うパワーに押されてレンが大きく後退する。

 レンは崖に背中を叩きつけられた。


「知っているか? そんなそよ風じゃあ炎はより燃えるだけだ」

「……へへへ。ならお前も知ってるか?」


 レンは薄く笑うと、拳から圧縮した空気を解放してミカゲを吹っ飛ばした。


「その程度の火じゃ風に吹き消されちまうぞ、アァ!?」

「くくくっ、いいや俺の方が――!」

「オレの方が――!」


『強ぇ!』


 二人は再び接近すると、至近距離での殴り合いを始めた。炎と風が衝突する派手なラッシュで、二人は自らの強さを見せつけ合う。


「んなろっ!」

「がっ!?」


 ノーガードの競り合い。押し勝ったのは、レンだ。

 だがミカゲもすぐに反撃に転じる。


火具土カグツチ!」


 三匹の蛇を象った炎が伸びてレンを襲う。

 レンは軽やかな身のこなしで蛇をかわした。


「なん!?」

「操作式だ」

「ぬあちちちっ!」


 蛇はレンの背後で旋回すると、死角から左腕に咬みついた。レンは炎に咬みつかれたことに驚きながら、慌てて蛇を吹き飛ばした。左袖は焼失したが、レン自身にはダメージは少ない。


「火に咬まれたのは初めてだ!」

「百火繚乱!」

「うわわわっ!」


 無数の火の弾丸がレンに發たれた。


「がっ、あっ! いてて、ぶつかってる……!」


 弾丸はレンに当たると弾けて消えていく。

 レンはその並外れた動体視力で見切ると、一発の弾を掴んで吹き消した。


「お、掴めた。やっぱ普通の炎じゃねぇみてーだけど、関係ねぇな!」

「まだまだ。百火繚乱!」

「豆鉄砲がっ! まとめて吹っ飛べ!」


 再び放たれた無数の弾丸に対して、レンは竜巻で迎え撃つ。弾丸を消し、土を抉りながら進む旋風がミカゲを巻き込んだ。


「ぐ、ぉぉおおお!」

「今だっ!」

「くっ、させるか! 炎陣っ!」

「う!!」


 追い討ちをかけようと走るレンの足元を炎が囲み、次の瞬間、レンを包んで球状に膨れあがった。直撃は避けられないだろう状況で、レンは切り札を使った。


風衣エアロコートっ!」

「なにっ!」


 巨大な火の球を無傷ですり抜けたレンに、ミカゲは今度こそ隙をさらした。


「おおおおおお!」

「ぐっはぁ!」


 突き上げるような頭突きがミカゲの腹部を打ち抜き、ミカゲは体内の空気を全て吐き出した。レンはそのまま空中でミカゲを掴むと、急降下して大地に叩きつける。


「オォ落ちろぉおあああ!」

「がぁああっ!?」

「くらえぇぇっ!」


 さらにレンはミカゲに手のひらを押し当て、渾身の一発を放った。


「ぶっ飛べ! ゼロ距離ッッ!!」

「がっ、ごあああああああ!」


 圧縮された空気の球が超至近距離で弾けて、ミカゲを吹き飛ばした。

凄まじい衝撃波。ミカゲはバウンドしながら吹き飛んで強く神樹に叩きつけられてようやく止まった。


「はぁ、はぁ。立てよ、まだあんだろ?」

「か、はあっ、はあっ……何がだ……」

「力隠してんだろ? 本気で来いよ」

「っ……なぜ……!」


 ミカゲが驚いたふうに目を見開いた。


「くっ……はは」


 ミカゲはおもむろに笑い始めると、よろけながら立ち上がった。


「気に入った! どうだお前、俺と盗賊やらないか?」

「あぁん? いきなりなんだよやらねぇよ」

「ははは、まぁそうだろう」


 ミカゲは腰に差した剣を抜くと、地面に突き立てた。

 その剣は柄も刃も同じ一つの金属でできていて、武器として使えないほど完全に錆び付いていた。


「これは宝剣“草薙”。日ノ丸国の宝でな、炎を封印する力がある」

「あ?」

「つまりはこういうことさ」


 ミカゲが炎を纏った手をかざすと、剣に彫られた溝に沿って魔力が地面に流れ出した。溝は複雑な幾何学模様になっており、どこか神秘的な雰囲気がある。


「これは……!」

「力を隠すということは、隠すなりの理由があるということさ。性格も攻撃的になるから、手加減もできなくなる」


 剣を中心に大きな魔方陣が広がり、ミカゲの全身が炎に包まれた。


「殺してしまわんうちにせめて名前が知りたいな。なかなか惜しい男だったお前の名が」

「レンだ。勝手に殺すな」

「レン、レンか。俺はミカゲ=イズモ。盗賊団アルデバランの団長だ」


 炎は一度強く燃え上がると、ミカゲに取り込まれるようにしてその勢いを小さくしていき、


「死んでくれるなよ」


 その言葉の直後、ミカゲの背中から翼のような一対の炎が吹き出した。

 それは今までのそれとは明らかに異なる迫力があり、ある種の禍々しさを感じさせた。それに呼応するようにミカゲの双眸から理性の光が消え、白眼は赤く染まる。


「っ! あいつ……!」

「アア、アアアッ!」

「髪まで燃えてる! どういうことだ!?」


 今までの戦いでは炎を纏っても自身にはまったく影響がみられなかったが、今ミカゲの長い髪はその大半を燃やし、炎の翼がミカゲ自身にも完全に制御できていないことを示唆している。


「なんだ、この乱暴な感じは……!!」

「ハァァァ……くく、一年ぶりか」

「テメェ、そりゃなんの力だ」

「無論、俺の力さ。他の誰でもない俺が自分で勝ち得た、俺自身の力!」


 ミカゲはレンを見て、不敵に笑った。


 ◇◇◇






 いち早く行動を開始したジンだったが、実は間に合う確率は限りなく無に等しかった。


「はぁ、はぁ。くそ、全然着かねぇ!」


 なぜなら、単純に遠いからだ。この調子で走り続けても絶対に間に合わないだろう。

 だが、ジンは走る先に兵士の一隊を見つけた。向こうもジンに気付き、代表者と思われる一人が前に出てきた。


 ジンはその人物を知っている。


「あっ、お前は!」

「見つけた! お前、あの距離を走るなんて無茶なマネを……」

「あんときのガキ!」

「なんだと貴様ぁぁぁ!」

「隊長! 今は話を進めましょう!」


 その隊を率いていたのは、数時間前に牢屋で会ったリエッタだった。この一大事にも関わらず顔を真っ赤にして怒る姿で隊長というのは想像もつかない。


「ぐぅー! とにかくっ、王子から我々に案内の命令と許可が降りたっ! 着いてこいっ!」

「あん? 方角は合ってるだろ。ちゃんと神樹を目印にここまで来たぞ?」

「むぅ、さすがに説明が雑だったか。そうだな、かいつまんで言うとだな。この森にはいくつもの転移魔方陣があって、まあ道のりの短縮が可能なんだ。分かったか?」


 これはミュウも失念していたことだったが、ジンが向かう方角は少しばかり距離があって普通ではかなりの時間がかかる。だから緊急時の移動にはフィルエルムの各地に点在する魔方陣を使用するのだ。


 そのことに遅れて気がついたフェイルが増援とジンの案内を兼ねて遣わせたのがこのリエッタ隊というわけだ。


「なんでそれを早く言わねぇ!」

「ひゃっ! いい、いきなり怒鳴るなっ!」

「お前、魔方陣の場所は分かるのか!?」

「ふ、ふんっ! これでもフィルエルムの平和を任された隊長だからなっ、当然」


 リエッタが最後まで言う前に彼女の体が浮いた。


「オイ、ちょっとこのチビ借りてくぜ!」

「え? お、待て、ちょ、離せーーー……」


 呆気にとられる兵士たちを残して、ジンとその脇に抱えられたリエッタは深く森の奥へと消えていった。

 



「お、お、下ろせーーーっ!」


 ジンの小脇に抱えられながら、リエッタはじたばたと暴れる。

 しかしそんな事はまったく気にせずジンはただ走る。


「おい、次の魔方陣は!?」

「う、このまま進んだところに」

「そうか」


 ジンはさらにスピードを上げる。


「大人一人抱えてまだ速くなるのか!?」

「お前なんか誤差だ、誤差」

「く、こ、このっ……やっぱり下ろせぇーー!」

「いでっ! 暴れんな!」

「うるさいっ! だいたいなんで抱えてるんだ! 自分で走れる!」


 ジンが見つけた魔方陣に飛び乗った。そして魔法を使って魔方陣を起動させると、次の瞬間には別の場所にいる。

 ジンは遠くなった神樹を確認するとまた走り出した。


「こらっ、勝手に行くな! 部下ともはぐれたじゃないか! まずは下ろせ!」

「ヤダ。だってお前ら足遅いじゃん」

「う……」


 確かにダークエルフは人間より小柄で非力であり、人間の中でもさらに上位の身体能力を持つジンには敵わない。

 それなりに装備を整えたリエッタを抱えても尚この速度なら、彼女が全速力で走ってもジンにはついていけないだろう。


 少し頭が冷えた。


「この姿勢は屈辱だが……今だけは許してやる。次の魔方陣はもう少しあっちだ」

「さんきゅ。あと何回だ?」

「二回だ」


 言っているそばから魔方陣が見えた。ジンは飛び乗って魔法を発動しようとして、リエッタに静止された。


「なんだよ」

「まぁ、待て。貴様は腕に自信があるようだが、疲れを知らないわけでもないだろう?」

「じゃあ歩けってのか!? ふざけんなよ!」

「最後まで聞けっ。正直私はあまり役に立てないかもしれないからな、癪だが貴様にその……頼ろうと思う」

「あん? どういう……」


 リエッタは魔法を発動してそれに答えた。景色がぼやけ、輪郭を取り戻したときには別の場所に立っている。


「魔力くらいは温存してもらう。ほら、あと一回だ」

「お前……」

「“リエッタさん”だ。分かったか貴様」

「ははは、なら俺はジンだ」


 ジンはリエッタを下ろすと、その小さな手をきゅっと握った。


「え、えぇ? ここ、これは……!?」

「温存させてくれんだろ? 離すなよ、リエッタ!」

「わっ、ぬわぁぁーーーー!」


 ジンが走り出した。そのスピードはさらに上がっており、リエッタを荷物を引きずるようにして森を駆け抜けていく。

 木々はだんだんとまばらになり、森も明るくなってきている。光を目指して二人は走るのだった。

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