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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編2 嵐の中で
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フィルエルム事変

 

 

 レンとジンが森から脱出したころ、一方でソリューニャとリリカも謎の声を聞いて脱出に成功していた。


「うっ、なんだったんだ? あの声……」

「ソリューニャも聞こえてたの?」

「リリカも? どういうことなんだろう」


 二人は平原に立っていた。背後には森。と、そびえる巨大な樹。そしてもうもうと立ち昇る黒い煙。


「ソリューニャ、あれって!」

「うん、神樹だ。もう攻撃が始まってるのか」

「急いで戻らなきゃ! ミュウちゃんが心配だよ! もぉ~っ、なんでこんな所に出ちゃったの!?」

「それは分からないけど……」


 ソリューニャがかぶりを振る。

 ただ、この二人はレンたちと違って情報を持っていた。ソリューニャがニースから聞き出したものだ。


 その中に断罪の森からの脱出の方法もあった。

 断罪の森には外から出口を出現させられる仕掛けが存在し、リカルドという仲間が出口を出現させてくれる予定だったらしい。


「もしそのリカルドが出口を出現させたのだとして、なんで森の外に繋がっているんだ? 神樹の破壊が目的ならここのはずがないし、あの声の説明もつかない」

「とにかく行こ、ソリューニャ!」


 ニースの言葉を信じるなら、ミュウの命も危ない。それが分かっていて行かない理由はなかった。

 だが。


「ソリューニャ、待って! うしろから何か来てる!」

「え?」


 森とは反対側。ソリューニャは遠く見えるいくつもの人影が近づいてきているのを見た。


「……あ、もしかしてアイツら」

「え、知ってんの?」

「いや、そうじゃないけど。しまったな、聞き出しそびれた……」


 ソリューニャの脳裏に消極的に質問に答える騎士の姿が浮かぶ。

 アルデバランといえば、大陸の端で生活していたソリューニャですら噂を聞いたことのある盗賊団だ。ソリューニャはそれほど大きな組織を前にして、増援の可能性を聞かなかったことを悔やんだ。


「まあ、明らかに友好的じゃないよね。恐らくはアルデバランの援軍じゃないかな。潜り込んだのは7人だけだって言ってたし、そこで気付くべきだった」

「えんぐん……? え、何のこと?」

「敵が増えたんだよ、はぁ。これは見過ごせないや。アンタはどうする? リリカ」


 ソリューニャがちらりと見ると、リリカは自信ありげに頷いた。


「ソリューニャがやるんなら、あたしもやりたい。でも、ミュウちゃんが……」

「ミュウならきっと大丈夫。簡単にやられるほど弱くないし、レンたちにも守るように頼んであるし。だからアタシはあれを食い止めるべきだと思う。そうするのが今から戻るより絶対にいいはずだ」

「……うん、分かった! ミュウちゃんの所へは誰も通さないんだから!」


 そうこうしているうちに、人影はおよそ50ほどの人間の姿になっていた。手には様々な武器。表情にはいかにも暴れてやろうという雰囲気が見える。

 もっとも敵の掲げている旗にはソリューニャも見たことのあるアルデバランのエムブレムが描かれており、ソリューニャの予想を肯定していた。


 向こうもこちらに気づいたのだろう。声は向こうからかけられた。


「おいおい、人間がそんなとこでなにしてんだぁ!?」

「どきな、こっちは急いでんだよぉ!」

「こっちの台詞だね。アンタらこそここがフィルエルムって分かって来てんのかい?」

「ああ、神樹の国に用事があってなぁ」

「よく見たらえらい美人じゃねぇか! ついでに連れて帰りましょうや!」


 男が下卑た笑みを浮かべて近づいてくる。そしてソリューニャの隣に立つリリカにも目を向けると、驚いたように笑った。


「おい、よく見たらこいつも女じゃねぇか! ひゃはは、遠くから見たときにはスカート穿いた男かと思っ」

「せいやぁあ!」


 涙目のリリカの正拳突きがクリーンヒットして、男が宙を舞った。


「もーーっ、あたし怒った!」

「んな……っ」


 一瞬ぽかんと呆けていた男たちが我に返って、一斉に飛びかかってきた。


「舐められてるんじゃねぇぞっ!」

「やっちまえ! 女二人だぁ!」

「おおおおおお!」


 ソリューニャに湾曲刀サーベルを振り上げた男たちが迫る。


「うおおお!」

「湾曲刀か……。カトラスの代わりには、なるかな?」

「なじっ!? いででで!」


 ソリューニャは最初の一振りを難なくかわすと、剣を握る男の手首を掴んで捻り上げた。男が悲鳴を上げて湾曲刀を取り落とす。


「はぁ!」

「む」


 背後からもう一人。ソリューニャの背に剣を振り下ろす。

 ソリューニャは湾曲刀を拾うと同時に振り向き、敵の剣を弾き上げ、間髪おかずに男を蹴り飛ばした。


「せっ!」

「ぐぁあ!」


 くるくると頭上で回転する剣を掴み取ってソリューニャは構えた。本来のスタイル、二刀流である。


「バランス悪い……。ま、我慢しようか」

「この女、なかなかやるぞ!」

「任せろ。オラが叩き潰してやるど」


 両手に握った湾曲刀が小さく見えるほどの大男が前に出た。その男はソリューニャを睨め付けると、両手の剣を振り下ろした。


「ふんぬっ!」

「ぐ……っ」


 振り下ろされた剣には体重が乗っており、そのままソリューニャを押し潰そうと力を込めてくる。

 あまりの重量に耐えきれずに、受け止めたソリューニャの剣が二振りとも砕けた。


「くそ、そっちのは魔力も通せるのか……!」

「これで潰れろ!」

「やばっ、竜の(ドラゴン)……」

「危なーーい!」

「ぶごぉおっ!?」


 ソリューニャは身を守れるものを失って、苦し紛れに竜の鱗を発動しようとした。

 だがそこにリリカが乱入し、何倍もの体格差がある大男を蹴り倒した。


「ナイス、リリカ!」

「ぐぐ、このぉ!」

「大丈夫だった?」

「ああ、使える武器も手に入れたし、助かったよ」


 ソリューニャの手には、いつの間にか大男の湾曲刀。さっきのとは違い、魔力が通る素材で作られている湾曲刀だ。


「あっ、返せ泥棒ぉ!」

「盗賊に言われるとはね……」


 言いながらソリューニャは大男に湾曲刀を振るった。


「うぎゃあああ!」

「う、手入れが下手だな。完全に刃先が潰れてる……」


 湾曲刀は大男の腹に十字の切傷を作ったが、切れ味が悪かったためにキズは浅い。だがそれでも大男は痛みで気絶した。


「本気でやってもいい感じに手加減できるってことか……」


 ソリューニャは胸の前で両腕を交差させると、姿勢を低く構えた。ぐるりとソリューニャを囲んだ敵が今がチャンスと襲いかかる。

 湾曲刀から赤い光が漏れた。


「それなら遠慮なくやらせてもらうっ! 竜式たつの二刀流にとうりゅう翼切ハバラ!」


「「!!」」


 ソリューニャが両腕を広げるように切り払う。

 赤の衝撃波は囲んでいた敵のほとんどを弾き飛ばした。


 さすがの荒くれたちの集団も、予期せぬ抵抗に遭い怯んでいる。


「お前たち、何をしている!」


 ざわめきに被せるようにして声が上がった。


「あっ、チャオロンさん!」

「すんません、つい油断しちまいました……」


 バンダナに袖の広いチャイナ服、ダークエルフのような色黒な皮膚。チャオロンと呼ばれたその男は、この集団の中での臨時のリーダーである。


「こいつらの相手は俺に任せて行け」

「リリカ! 気を付けて、少し強いかも」

「ソリューニャもいてくれるなら、だいじょーぶ!」

「そういえば、アタシたち二人での実戦は初めてだね」

「うん。心強い!」

「アタシもさ。一人じゃないっていうのは……悪くない!」


 先んじてソリューニャが飛び出した。それに続くようにしてリリカも走る。


「集団なら頭を潰すのが鉄則!」

「いっけーーー!」


 ソリューニャはまっすぐチャオロンに迫る。

 ソリューニャを迎え撃たんと、チャオロンが魔導を発動した。


「させるか! 召喚、ディノニクス!」

「召喚魔導か!」


 ソリューニャとチャオロンとの間に魔力のゲートが現れて、中から二足歩行の大トカゲが次々に出てきた。


 召喚魔導。

 言葉の通り、様々な物体を「召喚」する魔導である。

 それは別の場所にストックされた武器であったり異世界に存在する生物であったりと多岐に渡り、例えばこのチャオロンが召喚するのは恐竜である。


「行け!」

「ちっ。爪に牙、機動力と連携、こんな生き物が……!」

「ソリューニャっ! うわわっ、ちょっとこれ何なの!」

「恐竜だ。この世界では既に絶滅したと言われている、太古のハンター」


 ソリューニャは湾曲刀で応戦するが、その数に対応するのは少し骨が折れる。ちらりとリリカを見ると、リリカも慣れない相手に驚いているようである。


「リリカ!」

「大丈夫だよ! ふんっ、おりゃぁーーっ!」

「はっ、本当に大丈夫そうだね」


 だがリリカはディノニクスの尻尾を掴まえると、それを振り回して他を寄せ付けない。決して上手な戦い方ではないが、生物相手なら野生児リリカに幾分かの分があるようだ。


(むしろ厳しいのはアタシか。なるべく消耗は避けたかったけど……仕方ない)


 ソリューニャも負けじと竜の鱗を発動した。

 魔導を発動するということはすなわち魔力の消耗を激しくすることで、数的不利の状況にあるときは早期の決着が望ましい。


「ギーギィーィ!」

「並の攻撃は通さないさ、化けトカゲ」

「その魔導、聞いたことがあるぞ。その耳、瞳。竜人族か」

「そ。時間かけずに行くよ!」


 ディノニクスがソリューニャの腕に噛みつくが、皮膚の僅かに上、赤い鱗に阻まれて牙が届くことはない。ディノニクスを振り払って、ソリューニャはチャオロンに突進した。


「まだだ。召喚、アロサウルス!」

「う。さすがに簡単じゃない、か!」


 ソリューニャの前に立ちはだかったのは、全長がソリューニャの何倍もある恐竜。大きな顎には鋭い牙が並び、全身が鱗で覆われている。


「ソリューニャ!」

「いいさ、面白い! 戦いはこうじゃなきゃ盛り上がらないからね!」


 竜人族の血が騒ぐ。ソリューニャは楽しそうに構え直した。

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