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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編1 嵐の夜に
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ミュウの涙

 

 

 ミュウと途中で合流した数人の兵士たちが、セレナーゼの部屋にたどり着いたとき。すでに立っているのはリカルドとフェイルだけであった。


「おにぃ……お兄様っ!」

「王子!」

「ミュウ、無事だったか!」


 ミュウがここに来るまでに見た惨状はすべてあのリカルドの仕業だという。あの温厚で知的な人物がまさかと思う気持ちもあったが、いざ直視してみるとすんなりと納得することができた。


「おやおや、マルーはしくじったみたいですねぇ。あとでお仕置き、ですかね?」

「う…………っ」


 凄まじい殺気。人が人にここまでの悪意を発することができるのがミュウには信じられなかった。


「ミュウ、戻れ! ここは危険だ!」

「それはできないのです! お母様は毒を盛られていたかもなのです! だから、私が治癒魔導で……」

「はぁ、それを防ぐための刺客だったんですけどね」

「なに!? どういうことだ!」


 リカルドは前後を固められたこの状況下でも特に慌てることなく淡々と説明した。


「簡単ですよ。女王が仕事の邪魔だから毒で弱らせた。するとそれを治せる王女が帰って来てしまった。だからどちらかを消すことにした」

「待て。まさかミュウが失踪したのも……」

「ええ、作戦のうち。殺すと足がつきかねないので、まあ団長は子供に情けもかけたのでしょうが、国外に連れ去りました」

「そうだったのか、ミュウ……!」

「今はいいのです!」


 もはや隠すことも取り繕うこともなく、忠実なる従者の仮面を剥ぎ捨てたリカルドはかつての主人に向かってナイフを突き出した。

 フェイルがナイフをよけると、兵士たちがすぐさまフェイルを守ろうと集まる。


「お兄様!」

「いい、お前は母さんを頼む! 部屋に入るんだ!」

「させません」


 リカルドの手の中で魔力がナイフを形作り、そして無造作に投げ放たれた。


「ミュウ様をお守りしろ!」


 ナイフがミュウたちの行く手を阻んで、ミュウたちは足を止めた。僅かに気が逸れたリカルドをフェイルの魔導が襲う。


「ブレイズストーン!」

「それはもう見ましたね」


 リカルドが懐から紙を取り出して破り捨てる。

 するとリカルドの体を赤い光が包み、飛来する石を八方に弾き返した。ミュウを守っていた兵士たちが吹き飛ぶ。


「なにっ!」

「逃げろ!」

「やれやれ。国の頭をると言うのに、一人で来るなりの準備くらいしないわけないじゃないですか」


 リカルドは肩を竦めると、今度は二枚の紙を取り出した。

 これには魔方陣が描かれていて、魔力を通すことで様々な効果が得られる。利点はコンパクトなところ、欠点は効果が単純かつ大きくないことで、使い手の機転が試されるのだ。


 だがその点でもリカルドは申し分ない能力を持っていた。


「もう時間もなさそうなので、サービスですよ」

「!!」


 リカルドが二枚を重ねて魔力を込めて破り捨てると、床に魔方陣が広がってそこからピンクの煙幕が吹き出した。


青風の巻星(ブルーブロー)!」

「ウィンドフォール!」


 咄嗟に動けたのはミュウとフェイルの二人。ともに風系の魔導で視界を遮る煙を吹き払うが、少しでも煙を吸ってしまった兵士たちはたちまちのうちに倒れてしまった。


「毒ガスですっ!?」

「くそ、リカルドはどこだ!」


 催眠ガスの煙が晴れたとき、そこにリカルドの姿はなかった。

 この短い時間に姿をくらます方法に即座に気づいたミュウは、女王の寝室に飛び込んだ。


「ミュウ!?」

「たぶん、こっちなのです!」


 広い部屋、そこにあるベッドにはミュウの母セレナーゼが眠っている。ミュウは油断なく部屋を見渡してリカルドの姿を探した。


「リカルドは……いないです?」

「はっ、そういうことか!」


 フェイルも遅れてミュウの考えが解り、部屋に入った。こんなところでも妹の優秀さに嫉妬する自分がつくづく嫌になるが、それを表情に出すことはしない。


 そのとき、爆発音とともに壁が吹き飛んだ。

 この城は中にいても魔導が使えるように壁はただの石でできているため、魔力の力で破壊するのはいとも容易い。リカルドは煙に紛れて近くの部屋に入り、そこから壁を壊して女王の寝室に侵入したのだ。


「くふふ! 一瞬で見破られてしまったとは!」

「やっぱり別の部屋に隠れてたですか!」

「母さんはやらせないぞ、リカルド!」

「ふふ、ならば守ってみなさい」


 リカルドが魔力のナイフを大量に作り、そのすべてを女王に投げつけた。一本でも刺されば今の女王には致命傷たりえる。

 フェイルが女王を守るように体を滑り込ませ、魔導を発動した。


「クイックウォール!」


 魔力の壁が女王とフェイルを守るように囲む。


 しかし。

 フェイルは失念していた。この場におけるリカルドの勝利条件は女王の暗殺だけでないことに。


「ホーミング」

「────っ! 違う、ミュウ!!」

「え?」


 その大量のナイフが一斉に方向転換して、ミュウに襲いかかった。

 これはミュウが初めて見る攻撃だ。完璧な防御などできるはずもなく、ミュウはただ立ち尽くす。

 今回は身を呈して守ってくれる人もいない。


「え……っ」

「ミュウーーーー!」



 そのまま胸に刺さるかと思われた刹那。

 ミュウの前の床が抜けて、竜巻がナイフを巻き上げた。

 穴から二つの人影が飛び出す。


「よっしゃぁあ! 見つけたーーっ!」

「レンさん……!」

「よぉ、無事だったか! ミュウ!」

「ジンさん……!」

「人間!?」


 レンとジンである。

 安心で全身の力が抜けたミュウがへたりこんだ。


「ど、どうしてここが」

「いやぁ、上から爆発音が聞こえたからさ」

「無事でよかったよ」

「ミュウ、離れろ! 人間族だ!」


 フェイルが親しげに会話する三人に割り込んだ。彼はレンとジンと面識もなく、普通に考えて敵の増援が来たと勘違いするのは自然なことだろう。


「ま、待つのです! この人たちは違うのです!」

「どういう……っ!」


 このとき、レンとジンに戸惑ったのはフェイルだけであった。

 リカルドは一瞬で状況を判断すると、場が混乱しているうちに女王を殺そうと動いていた。


「あっ、しまった!」

「ジンさん!」


 ミュウに名前を呼ばれたジンが脊髄反射で飛び出す。


「邪魔です……よ!」

「うるせぇ!」

「ぐぁ!?」


 無駄のないリカルドの動きのさらに上を行く動きで、ジンがリカルドを蹴り飛ばした。


「やっぱりすごい、あんな簡単に……!」

「ふん、おととい来やがれってんだ」

「ぐふ、くくく! 団長、あなたの読みは当たっていましたよ! これは野放しにしておけない! 確実に殺すべきだ!」


 リカルドは懐から残った紙を全て取り出すと、三枚を重ねて床に叩きつけ、その中心にナイフを突き立てた。

 さらに別の紙をナイフにくくりつけ、女王に向かって投げる。


「させないっ! クイックウォール!」

「まず一手!」


 魔力の壁と紙を柄に巻いたナイフが衝突して、壁が消滅した。フェイルの魔力はナイフを伝って紙に吸い寄せられていく。


「魔力を吸収した!?」

「なんか知らねーが、ミュウはやらせねぇぞ!!」

「もう一手!」


 床に仕込んだ紙から巨大な魔方陣がリカルドの前に現れる。

 リカルドはナイフを一本握ると、それを魔方陣の中心に投げ込んだ。


「増えたっ!」

「っ、コピー魔方陣なのです!」


 魔方陣が魔力でナイフを複製し、バリアを失ったフェイルたちに殺到する。


「流れ弾によー注意、な!」

「レンさん!」

「なにっ……くっ!」


 レンが風でそれを迎え撃った。渦巻く風がナイフを砕き、逸らす。

 あまりの圧力に、リカルドは吹き飛ばされぬようこらえている。ジンには見えていた。ここが最大のチャンスだ。


「行けぇーーっ、ジン!」

「くーらぇえーー!!」

「ぐっはっ!」


 ジンがリカルドを蹴り飛ばした。リカルドの体は壁を突き破って隣の部屋にふっ飛んでいく。

 ジンもそれを追って飛び込んだ。

 しかし、リカルドも即座に対応してきた。ギリギリかわせるかというスピードでジンの目の前にナイフが迫る。


(この隙に一度仕切り直して……)


「はんっ!!」

「噛ん……!?」


 リカルドの読みは外れた。ジンは避けるでもなく突っ込み、ナイフを噛んで止めたのだ。

 完全に仕切り直しに気をとられていたリカルドは、ジンの突進に為す術もなく無防備な姿をさらしていた。


「バカな……! 狂ってる、イカれてるッッ!!」

「上等ぉッ!」

「がぼっ、ごぁぁあああ!」


 ジンの拳がリカルドの顔面を捉えた。





「ジンさん……! 助かったのです!」

「おー、ソリューニャが心配してたぜ。テメーの身が危ねーかもってさ。まったく、大当たりじゃねぇか」

「ごめんなさいです……」

「あーもう、いい加減どうなってやがる」


 もともと考え事が苦手な彼らだ。ここのところ説明のないことが立て続けに起こっており、そろそろ我慢も限界であった。


「そうです……! ホムラを……アルデバランを止めないと!」


 はっとミュウが顔を上げたのと同時、巨大な爆発音とともに大きな揺れがフィルエルムを襲った。


「うおっ!?」「地震か!?」

「な、なんなのですっ!?」


 ミュウやフェイルすら驚いているところに、一人の兵士が血相を変えて部屋に転がり込んできた。


「王子! ミュウ様!」

「どうした!」

「それが……」


「ホムラ=イズモとその仲間一人が神樹へ攻撃を加えております! 凄まじい火力で…………神樹がっ、傾きました!!」

「!?」「!?」


 その兵士を含めた五人は慌ててテラスに出て、神樹の方を見た。


「あ、あぁ……っ」

「うわ、マジでか!」

「し、神樹が!!」


 五人がそこで見たものは、わずかに傾いた神樹と飛び立つ無数の鳥たち、そして赤黒い煙が立ち上っている光景だった。


 悪い知らせは続く。

 さらにもう一人が、息を切らしながらさらなる脅威が近づいてきていることを伝えた。


「伝令! 例の盗賊団、恐らくアルデバランが南西方向から向かってきております! 人数およそ50です!」

「なにっ!?」


 まさに最悪。

 フィルエルムに未曾有の危機が迫っている。


「くそ、このタイミングで……! まさか、リカルドたちと繋がって……!」

「そうです! ホムラもリカルドも、みんなアルデバランだったの です!」

「なんてことだっ! 完全に僕の失態だ……!」


 先の襲撃で兵力も削られ、女王も戦える状態にない。残された人数だけでフィルエルムも神樹も守り、フィルエルムの住民たちも避難させなければならない。

 どう贔屓目に見ようとも、フィルエルムに残された力での達成は不可能であった。


(絶望的だ……! ホムラたちに対抗できるまともな戦力もほとんど残っていない! 今から貴族たちに声を掛けるか? いや、間に合うはずも……)


 口に出さずとも分かりきっていた。空気が一気に重くのしかかり、心を折りにくる。


 リカルド一人にも苦戦したくらいだ。戦いになればまず勝てない。


「…………」

「…………」


 そんな中、おもむろにミュウが口を開いた。


「レンさん、ジンさん……。助けて、ほしいのです……」


 ズルいのは分かっている。みんなには正体を秘密にして、事情も伝えないまま巻き込んで、また事情を説明する暇もないまま危険なことに巻き込もうとしているのだから。


「みんな神樹を大事にしてて、だから私は、みんなも神樹も大好きでっ……! けど私だけじゃ何も……何もできないからっ!」


 ボロボロと涙が落ちる。情けない、申し訳ない、辛い、悲しい。そんな感情がミュウをかき乱す。

 だが、言わねばならない。アーマングに約束した、初めて自分で決めたことなのだ。


「守りたいのですっ! どんなことをしても、全部守りたいんです!」


「お願いなのです! 私たちを……助けてっ、助けてください!」



 ミュウの叫びに、今まで黙っていた二人は。



「「仲間の頼みだ! 断るわけねぇだろうが!」」



 力いっぱい叫び返した。


「いいか、お前が守りたいものは全部守ってやる! 樹だろうと国だろうと、全部だ!」


「お前が最後まで戦うなら、俺たちも最後まで付き合ってやる! だからお前はまだ泣くなっ!」


「…………!」


 叫び終わると二人は、どこかすっきりとした顔で笑っていた。


 フィルエルムに到着するなり捕らえられ、断罪の森でも理由もわからず命を狙われた。ソリューニャの言葉を信じて来てみればなるほどミュウがピンチで、それにしても危機の理由すらわからない。


「ふん! ちょっとすっきりしたぜ!」

「ずっと訳分かんねぇまま戦ってたからな。やっぱ仲間から頼まれるのはこう、違うな!」

「ああ、燃えてきたぜ!」


 今は違う。

 大事な仲間が涙をこぼすほど苦しんで、そして助けを求めたのだ。

 それに応えたい。それだけでいい。二人が戦う理由に、これ以上のものはきっとない。


「へへっ! もう一丁、暴れっか!」

「よっしゃああ! 樹の方はオレが行くぜ!」

「じゃあ俺は外だな! ちょっぴり走らねーと間に合いそうもねぇし、俺は先行くぜ」

「おー! 負けんなよ!」

「余計なお世話だよ! ミュウ、南西ってどっちだ?」

「あ、は、はいっ。あっちなのです!」

「サンキュ。じゃーまた後で!」


 ジンはテラスから飛び降りると、あっという間に見えなくなった。


「オレも行くか!」

「あっ、ちょっと待ってほしいのです!」


 ミュウはふと思い付いて、ローブのポケットを探って木片を取り出した。そして手のひらに収まる大きさのそれをレンに手渡した。


「その、ありがとうなのです。それで、あの…………無事でいて欲しいのです! もし失敗しても、その、だから……」


 止まっていた涙がまた溢れた。ミュウが守りたいものの中には、レンもジンもリリカもソリューニャもいるのだ。心配でたまらないのだ。


「泣くなっつーの」

「怪我しないで、ください」

「……分かった。約束する」

「はい、です」


 レンはミュウの頭に手をのせて、ぽんぽんと軽く叩いた。

 ミュウは涙を拭うと、大きく頷いた。


「神樹のカケラで、お守りなのです。きっとレンさんを守ってくれるのです……」

「うん、ありがとな! 行ってくる!」

「お願いします……!」


 レンの背中もあっという間に見えなくなった。

 遠くて頼もしい背中を見送ると、ミュウはぎゅっと杖を握った。フェイルが、ミュウの隣に来て言った。


「ミュウ、僕は彼らを知らない。でも、信じていいんだな」

「はい、ありがとうなのです……!」


 彼は、レンとジンの力強い声に勇気を貰っていた。たった二人の少年の在り方がフェイルの心を支えたのだ。


「僕もすぐ兵士たちを指揮して向かわせる。そして守ってみせる。だからミュウはまず母さんを治してくれ」

「はいっ、分かったのです!」

「ミュウにしかできないことだ。頼む」

「はいです!」


 フィルエルムの反撃が始まる。神樹の国が今、危機に対して一丸となって立ち向かうのだった。

お読み下さり、ありがとうございます! 今後は、しばらく書き溜めに入ります。いよいよ終盤に向けて加速していくのでお楽しみに!

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