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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編1 嵐の夜に
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VSアルデバラン 4

 

 

 フクロウを倒すと決めたリリカだったが、具体的な作戦があるわけではなかった。


「ホホー。戦うつもりか」

「当然! えーと、あんたなんか焼き鳥にしてやるっ! だっけね、レン?」

「無謀な、後悔するぞ」


 拳を振り上げて迫るフクロウに、リリカは内心大焦りだった。

 ただ、それは恐怖からのものではなく、倒し方が分からないからというものである。


「とにかくっ、目を見ないで、近づいて、殴る! うん、難しい!」

「何をぶつぶつとぉ!」


 リリカはフクロウの目を見ないために下を向いた。これ以上フクロウの目を見たらもう、次はない。


「ホホー、甘いぞ! その程度、対策くらいしていないわけがない!」

「!?」


 リリカは光る板を見た。フクロウの魔力でできたそれは、よく見ると僅かな光を反射しているのが光っているように見えているだけで……


「!!」


 その正体をリリカは知っている。

 瞬間、リリカはその目を閉じていた。


「ホホー、いい反応だ! だが、思惑通り!」

「くっ、かぁっ!」


 目を閉じることでフクロウ本体への対応が遅れ、リリカはまたしてもフクロウの攻撃を受けた。ただし、今回は魔術を完全な状態で発動できていたためダメージは思ったよりも小さい。


「口切った! うう、でもさっきより痛くない」


 大陸に来てから知ったそれの正体、それは鏡だ。そして鏡はものを映す。

 あれがあるなら、下を向いても無意味だ。あれに目を反射させて催眠術をかけるつもりだったのだろう。


「なら、一か八か!」

「ホーウ?」


 むしろそれに気をとられて反応が遅れる方が危ない。


 ここで完全に視覚情報を捨てる決断ができる思い切りのよさが、リリカの武器である。

 普通なら、視覚を捨てるのにはかなりの躊躇がある。人間は視覚に頼る側面が大きいからだ。


「やはり貴様、副団長と同じ!」

「知らないわよ!」


 リリカは背を木に預け、目を閉じたまま肩の力を抜いた。

 そして、いつでも対応できるように魔術を発動しておく。


(落ち着いて……。聞いて、感じて、あいつの居場所を)


 重たい足音が聞こえる。

 敵は正面から。距離は、分からない。空気の流れは、まだ弱い。何もない暗闇の中で、リリカはただ待った。


「…………!」


 それは、刹那。突然目の前に魔力を感じて、反射的にリリカは腕を振り抜いていた。

 手応えは……。


「甘い。目を閉じられたときの対策もしているぞ」

「っ、きゃああ!」

「素人が、慣れないことをするから簡単なフェイントにひっかかる」


 リリカの拳は鏡を砕いていた。そして、リリカが無防備になるそのときを待って、フクロウが攻撃してきたのだ。


「視覚だけでなく、五感を全て惑わす。我が戦闘スタイルは無欠である!」

「あ、あう。そろそろ、やばいかも」


 蓄積されるダメージがリリカの動きを鈍らせ、反撃のための余力を奪う。これがリリカだったからこそ、未だに立っていられるのだ。

 そんなリリカにも、限界はある。


「ホホー、そろそろ終わりだな。なかなかにタフな小娘だった」

「く……っ」


 それでも目を閉じたままなのはいい判断だった。まず催眠術に対処すること、それが勝利のための一歩目であることは事実。

 ただ、フクロウを倒すにはまだ足りないのもまた事実である。


「…………」


 最後の一発となるだろう攻撃を前にして、リリカはそのあと一歩を埋めた。


「ホッ?」

「あ、これいいかも」


 それは、第六感とも言うべき感覚。魔法が使えるなら誰しも備えている感覚器官センサー

 “魔力を感じる”その能力を最大限に引き出すために、リリカは魔術を解いた。全身の魔力が消え、敵の魔力が鮮明に浮かび上がる。


「ホホウ? 魔力を消したか。だがそれは悪手」

「…………」

「それを知る頃にはもう手遅れ! 終わりだ小娘っ」


 確かに魔力を消すことで周囲の魔力からの影響は強くなる。

 しかしそれは魔力の抵抗力を手放すということでもある。弱体化した状態で一度でも攻撃を喰らえば、もうその先には希望はない。


 だがリリカは追い詰められたことで逆に集中力を高め、腹を括っていた。


(左から来てる……。あ、音が増えた)


 鏡が音を反射してリリカを惑わす。


(音は大丈夫……。鏡が二枚? 敵はまだ……いや速くなった!)


 フクロウがあと数歩のところでスピードを上げた。


(っ、落ち着け! まだ、まだ……)


 そして、手を伸ばせば届く距離。攻撃できるその距離にまで近づいたフクロウは、あえてそこで立ち止まった。待ち伏せが分かっているなら攻撃を誘発して隙を作ればいいのだ。

 リリカの腕がぴくりと動く。


「な……!」


 しかし、リリカは動かなかった。

 否、これはフクロウのフェイントに合わせて止まっただけだ。


(こいつ……! まさか逆にこの私を……!)


 そして急な静止の反動で動けないフクロウに代わってリリカが自ら前に出た。


「嵌めたのかっ! 小娘ぇ!」

「はぁぁぁああっ!」


 だがまだフクロウは勝機を伺っていた。

 魔術で魔力が巡るまでには少しのラグがあるのだ。そうなれば受ける攻撃の威力はそこまで高くはない。

 弱い攻撃を耐えて、反撃する。それはむしろチャンスとすら考えていた。


「あああああ!」

「ホボッ!? ホォーーッ!!」


 フクロウは知らない。リリカは魔術だけならレンやジンにも劣らない、練度の高い魔術師であることを。

 ほんの一瞬で最高の状態にまで達した魔術。顔面に食い込む拳。


「あああっ、たぁーーっ!」


 とどめの蹴りをモロに受けて、フクロウの巨体が嘘のように吹き飛んだ。


「やたっ! あたしってばやればできる子っ!」


 勝者、リリカ。


 ◇◇◇






 ニースとソリューニャの剣術対決は一方的な展開が続いていた。


「…………っ」

「どうした、どうした! その程度か!」

「…………」


 ニースの腕は確かなものだった。流れるように剣が舞い、ソリューニャを追い詰めていく。誰が見ても優勢なのはニースである。


(見栄え優先の剣。まだ殺す気がない、遊び)


 ただソリューニャは冷静だった。


「……お前はホムラの仲間で、ミュウが目障り」

「ん? 考えごとをっ、していたのかっ?」

「くっ……答えろ」


 ソリューニャが集中していないと分かり、ニースは不愉快そうな表情を見せた。それに伴って剣が激しくなる。


「ここはおれの舞台だ。しっかりしてくれよ」

「疑問が解ければすっきりするんだけど、あいにく全然わからなくってね。残念だ」

「……ふん、いいだろう。おれに勝ったら答えてやる」

「言ったね?」

「ああ。約束は、守るのが美しいからなっ」


 ソリューニャは内心でほくそ笑んだ。


(プライドが高い、ナルシスト。しかも騎士かぶれときた。約束はきっと守るから、これでいろいろ分かる……)


 ニースの剣がさらに激しくなった。ソリューニャは相変わらずギリギリで受け続ける。


「攻撃しないのはなぜかなっ!」

「いや、もういいよ」

「なんだと!? 降参はいけない! 儚き命にすがるのは美しくない!」

「いやいや。そうじゃなくってね……」


 言うと同時、ソリューニャは大きく踏み込んで大きく剣を振った。技量も何もないが、威力はある。ニースは少し距離を取った。


「アタシ、小綺麗な剣術は専門外だからさ」


 その隙にねじこんで、ソリューニャが剣を投げた。剣はうねりをあげて空気の層を突き破ると、奥の木に突き刺さって止まった。

 驚いて仰け反っていたニースはその威力に肝を冷やす。


「……っ! バカな、剣士が剣を捨ててどう……」


 目の前にソリューニャがいた。彼女の今の武器は、魔力が込められた拳。


「ぐっはぁっ! ぐぅ、剣士が何を!? 美しくない!」

「美しい? これは命がかかった戦いだ。茶番ショーじゃない」


 蹴りがニースの手首に当たり、彼の剣が飛んでいく。


「剣が! 騎士の魂がっ!」

「よそ見するなんて、アンタは素人かい?」

「ぐぁ!!」


 自分がやられることに慣れていないのだろう。動揺がひしひしと伝わってくる。


「君にはプライドがないのか! 剣士が剣を捨てて肉弾戦だと!」

「プライド、ねぇ。確かに剣はアンタに負けるよ。だけどそれで勝ち負けが決まるんじゃないだろう?」

「ぐ、く、このぉお! おれをなめるなぁぁ!」

「アンタこそ舐めるな、目の前の敵を」


 ニースは無様に背を向けて剣を拾った。そしてそれを振りかぶってソリューニャに飛びかかる。

 剣はソリューニャの首を狙っているのに、ソリューニャはそれをよけることもしなかった。


「うおおおお!」

「勝負あったね」


 剣から伝わってくる衝撃は確かに当たったことを証明している。

 そして剣は大きく弾かれた。


「なぜ斬れない!? なぜおれが弾き飛ばされているっ!?」

「アンタが弱ってるからだよ。魔術が不安定だ」


 ソリューニャは首に竜の鱗を発動していた。しかし弾けたのは魔導のおかげではなく、ニースの動揺で剣のキレが落ちていたのが原因だ。

 ソリューニャは鱗を纏った素手で刃を掴むと、膝蹴りでそれを折った。


「けけっ、剣が……」

「ガードくらいしなよ?」

「がっ!」


 ニースの腹にソリューニャの一発が入り、ニースは地に沈んだ。

 ソリューニャは抵抗されるのを防ぐために封魔の手枷をかけた。


「か……は。君は、剣士でありながら……なぜ、そんな戦い方ができる……!?」

「そもそもアタシは二刀流だからね、一本で戦うのには慣れてないんだ。剣の腕じゃ勝ち目もないみたいだったし、だから殴った」

「バカな……! あんな無茶苦茶で、美しくない動き……どの流派にもない! できるわけが……!」

「あれはどんな敵とも戦えるように組み上げた独自のスタイルで、要は我流だから。とにかく負けないための」

「その若さで、独自のスタイルだと!?」


 ソリューニャのスタイルの根底にはちゃんと型がある。昔パルマニオで父から習っていた剣術がそれだ。

 パルマニオが滅んだあとで、ソリューニャは独自のスタイルを研究した。土台があるから、独自のスタイルを組み上げることも上手くできた。

 それが今のスタイル。後衛も前衛も、ナイフも弓も相手にできるオールラウンドなスタイルである。


「アタシのことはいいのさ。順序が逆になったけど、次はアタシの質問に答えてもらうよ。誇り高ぁ~い騎士さん?」

「ぐ……」


 ◇◇◇






 一方、ソリューニャと別れたレンは来た道を戻っていた。ソリューニャには出口を探せと言われたが、まずはリリカが心配だったのだ。


 だが。


「リリカっ!」

「うわっ!? 無事だったんだね、レン!」

「うん。それよりお前、一人でやったのか」

「へへぇーん。あたしってばやればできる子なのよっ!」

「……お前、少し変わった?」

「え? なに?」


 褒めてと言わんばかりに、ない胸を反らすリリカ。


「それより、あの剣の奴は? 倒したの?」

「いや、ソリューニャが相手してる。そろそろ勝ってる頃じゃないか?」

「えっ、心配だから見に行く! どっちにいるの?」

「オレが来た方にまっすぐ戻ればいい。オレは出口探せって言われてるから」

「そっか。じゃまたあとでね!」


 リリカと別れて、レンもまたあるのか分からない出口を探しはじめた。


「うーん、ねぇな!」


 レンは廃墟を調べたり、木のうろを覗いたりしてみたが、出口らしきものは何も見つけられなかった。


「つーか変な場所だなここ。風も吹かねぇ」


 上を見ればぼやけており、あれが空なのか、どれくらいの高さなのか分からない。動き回っているはずなのになぜか同じ場所をぐるぐると回っている感覚がある。景色は暗くて靄がかっているようで光源も見えないのに、仄かに明るい。

 まるで夢の中にいるような感覚である。



 そして、どれくらい歩き回っただろうか。

 レンはここに来てはじめて木や石ではないものを見つけた。


「あれは……光!?」


 輝く小さな球がレンの行く手に浮かんでいた。光はゆっくりとレンに近づくと、ぱあっと弾けた。


「ぬぁ、眩し……!」


 直後、落ちていくようで浮いているような無重力感覚に襲われて、レンは恐る恐る目を開けた。


「真っ白……いや、真っ暗? なんだ、ここは?」

『驚かせてすみません』

「!?」


 突然、全方位から女性的な声がレンを包んだ。


「誰だお前? ここはどこだ? みんなは?」

『他の方々も無事、す。ですが、も、時間が……り……ません』


 声はすぐに弱くなり、途切れ途切れになった。それに合わせるように空間も明滅する。


「おい!」

『お願……しま……』

「まだ消えんな! 全部答えろ!」


 最後の力を振り絞るように、その言葉だけははっきりとレンに届いた。


『助けて下さい』

「え?」


 それきり声は完全に消えた。

 そして空間は一際強く輝くと、次の瞬間には。


「……ん、ここは」

「つつ、あれ。レンじゃねぇか」

「ジン!」


 ジンとともに仰向けに転がっていた。


「お前も変な声聞いたか?」

「ああ。訳わかんね」

「オレもだよちくしょう」


 草木の香りが鼻をくすぐる。鳥のさえずりが耳を撫で、木漏れ日がちらちらと目の上で揺れる。


「あれが出口だったってことか?」

「出てこれたってことは、そうなんだろ。リリカたちはどうしたかなぁ」

「たぶん大丈夫さ。それに、もしものときはミュウに頼めばいい」


 ここはダークエルフの国フィルエルム。神樹を守り、神樹に護られ、神樹とともに歴史を歩んできた国。


「ソリューニャが言ってた。なんかミュウが大変かもしれねーから、助けろってさ」

「よしゃ、そんじゃ行くか!」

「ああ!」


 ミュウに会うために、二人は眼前の城に臨むのだった。

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