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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編1 嵐の夜に
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スターライト

 

 

「リリカ!」

「あー、レン!」


 ジンと別れてそう経たないうちに、レンはリリカを見つけた。

 すぐに事情を説明して、手枷をほどく。


「えぇ! 悪者がいるの?」

「さっきは猫がいたぞ」

「えー。ただでさえ暗くて怖いのに、バトルとかになったらやだなぁ」

「なんだお前、ソリューニャんときは立派に生き残ったじゃねぇか。今さら怯えんなよ」

「無理だよ! あれはあたしに責任があったからノリノリでやれたんだもん! もし今なにかあったらあたし死ぬよ!」


 これは正直なリリカの気持ちだ。冷静になってみれば何度も死ぬ目に遇っていて、今同じことをしろと言われてもできないだろう。

 触れられただけでアウトのディーネブリ戦も、長大なリーチ差のあったサリエラ戦も、毒を喰らったウラ戦も。考えてみればいつでも死ねた。


「あー思い出したら怖くなった! 敵に見つかる前にソリューニャ見つけて、はやく出ようね!」

「……残念だけど、手遅れらしい」

「え?」

「ホウホウ、また会ったな」

「っきゃーーー!」


 二人の行く手を阻むように立っていたのは、フクロウ。たくましい肉体を持つ鳥人族である。


「なぜ自由になっているのか知らないが、貴様らの結末に変わりはな」

「くーたーばーれぇぇ!」

「ホッ! すさまじい蹴りだ!」


 喋っている途中のフクロウに風を纏ったキックをかますレン。初撃は避けられたが、そのまま追撃に移る。


「おっおおお!」

「ホーホー、これは警戒した団長の眼は正しかったと言わざるを得んな」

「おおおおぐーぐー……」


 レンの攻撃をガードしながら、フクロウは魔導を発動した。彼の眼を見た者は即座に眠りに誘われる、催眠の魔眼。

 それは激しく動いていたレンをも即座に眠らせるほど強力なものである。


「わぁぁぁ! ちょ、来てる来てるレン起きてぇぇぇ!」

「ぐーぐべぼべぼべ!?」

「あ、起きた! よかった~」

「よかねーやいバカリリカ! いってぇ……」


 そこで無抵抗になった獲物を狩るのがフクロウの戦闘スタイルなのだが、幸い今のレンにはリリカがいた。

 猛烈なビンタで頬を腫らしたレンが目を覚ます。


「くっそぉ、ありゃ厄介だな。リリカ、あいつの眼を見るなよ」

「うん! 頑張れー!」

「お前も戦え」


 肩を落としつつ、レンは両手に風を集めて放った。


「へへ、そのでけぇ眼ん玉も強い風の前じゃ開けてらんねーだろ」

「ホホー、なるほど! 貴様との相性はかなり悪いらしい!」


 レンの目論見どおり、フクロウが足を止めたのが分かった。恐る恐る確認すると、やはりフクロウは大きな丸目を閉じている。

 レンはここで決めるべく、走り出す。


「ははは! 喰らいやがれー!」

「……っと、ここでヒーローの如く現れるおれ! 嗚呼、美しいっっ!」

「レンうしろーーー!」

「あっ、とわっ!」


 間一髪。

 乱入してきたニースの剣がレンの背中に振り下ろされるのを、レンは横に転がってかわした。


「てめぇ……!」

「美しくないぞ、フクロウ。子供が相手だろう」

「ホー? 侮るというのか? 奴らは強いぞニース」

「レン、大丈夫だった!?」


 さすがに2対1は手を貸すべきと、リリカが合流した。レンはパーカーに付いた土を払いながら立ち上がる。


「やるぞ、ニース。眠らぬよう眼鏡をかけておけ」

「はははっ。フクロウ、あれは美しくないからな! 持っていないさ!」

「ホホー? ニース貴様、どうするつもりだ?」


 フクロウの魔導はレンズ一枚隔てれば無効化できる。そのため団員は伊達眼鏡を持っているのだ。が、ニースは美しさにこだわってこれを拒否。


「さっき向こうでいい場所を見つけてな。円く拓けた、まるで決闘場のような場所なんだが、その中心で華々しく勝利というのも美しいと思わないか? ミステリアスな森、そこに佇む二人、そして美しき勝利!」

「貴様のセンスはよく分からん。だが、どうせやるのだろう? 仕方ない」


 言うなりフクロウは魔眼を発動した。

 レンとリリカは思わずそれを見てしまい……


「……て、あれれ? 眠くない?」

「…………」


 目をパチクリさせるリリカ。レンも眠っていない。

 と思った矢先のことである。レンがいきなり走り出した。方角は、ニースが言っていた決闘場のある方。


「ちょっ、レン!? ねぇ、レン!」

「無駄。奴はもう夢の中だ。それにしても、複雑な命令だったのに一瞬で効いたぞ。催眠術にかかりやすいのか?」

「男の方をくれるのか、フクロウ! その気遣い、美しいぞ!」

「私との相性がよくないからな、面倒だった。いいから早く追うがいい」


 レンを追って、ニースも木々の間へと消えていった。

 慌ててリリカも追おうとするが、その前にフクロウが立ち塞がった。


「レン、行っちゃだめ!」

「ホホー、仲間が心配か。だが……」

「まずっ…………きゃああ!」


 見てしまった。リリカの意識は靄がかったようになり、一瞬で眠くなる。

 ところをフクロウの拳が襲い、リリカを弾き飛ばした。その衝撃で目が覚めるが、直後に背中が木と衝突して痛みに襲われる。


「ホホー。肋骨ごと粉砕するつもりだったが、丈夫だな。副団長と同じタイプか?」

「つっ~~、いったぁ……」


 本能で無意識に魔術を使ったおかげで、怪我は打撲で済んでいる。しかし、眠り際の弱い魔術でこの威力のパンチはそう何度も喰らえない。


(う~~っ、どうしよ? 見ちゃだめなのに、見なきゃ戦えない。……逃げる?)


 少しの迷い、意識の隙。ざっ、と土を踏む音。


「ホホー? 逃げる算段でも立てているのか?」

「あ、しまっ……」


 我に返ったときはもう遅かった。よけるタイミングを逃し、考えるより先に魔術を発動する。


「あ、うあああ!」


 また殴り飛ばされて木にぶつかる。今度は頭をしたたかに打ち付けた。


「痛っつつつ!」

「諦めるんだな、小娘。貴様はここで終わりだ。あの小僧も首を跳ねられて死ぬだろう」

「そうだ……! レンが危ない!」


 その言葉で、リリカは逃げに傾いていた自分を激しく叱責した。


(これじゃあたし変わってない! 怖いけど、ここは絶対に逃げちゃだめなんだ! あたしは死んでもここで……!)


 知らず続いていた足の震えが止まった。

 ディーネブリ戦で決めた覚悟も時間とともにこのざまだ。弱い自分がつくづく嫌になる。

 リリカは額を伝う血を拭うと、強く唇を噛み締めた。


(勝たないと!)


 ◇◇◇






 ミュウをかばったアーマングの腹部からは止めどなく血が流れていた。体力の落ちた老人にこれはもう絶望的である。


「じーじ、じーーじーーっ!」

「……ぅ……さ、ま。……目を……離しては、なりませ……」

「っ!」


 はっとミュウはマルーを見る。マルーはゆっくりと歩み寄ってきているところだった。

 ミュウはアーマングとマルーを交互に見ると、目に涙をいっぱい貯めて立ち上がる。


「あれれ? 治癒魔導はしないのかな?」

「……っ。敵の前で隙を見せるな、なのです! すぐに終わらせるのですっ!」

「ははっ、舐めるなよ」


 ミュウもマルーも分かっていた。この勝負がすぐに決まることを。

 話す時間も惜しく、ミュウは杖を構えて先制を放った。


速撃の飛星(ソニックスター)!」


 今の距離は、後衛であるミュウの間合いだ。マルーがたとえ投げナイフを使ったとしても、それは逆に隙になる。

 つまりマルーの勝利条件は、接近。マルーはミュウの攻撃をかわしながら近づく必要がある。


「読めてた! 君は訓練でいつもその技で牽制してくる!」


 ミュウとマルーは何度も一緒に訓練をしてきた。互いの癖は互いがよく知っている。つまりそれを利用して相手の裏をかければかなり有利になるということ。

 だから、マルーはいつもなら横っ飛びによけるところを敢えて前に出た。

 距離が縮まる。


「それは一度広がってから目標で収束する! だから前に出れば当たらない!」

「はあっ!」


 ミュウがその足を止めようとして魔力を収束しただけのビームを放つ。速い代わりに威力は低いが、ミュウが使えば馬鹿にできない威力となる。


「それも読めてた! 焦ったときは溜めのいらない攻撃をしてくる!」


 マルーはそれをナイフで受け止めて、威力を減衰させる。ナイフが弾き飛ばされ、肩にビームを受けるがはじめからそれも計算のうち。

 威力さえ弱められれば多少のダメージは無視できるからだ。

 また、距離が縮まる。


深紅の燐星(クリムゾンフレアー)!」

「溜めるなら、それも隙になる!」


 すでにはじめの半分ほどにまで縮んだ距離だ。マルーはベルトから予備のナイフを抜くと、ミュウに投げつけた。

 ミュウは杖でそれを受け止める。杖に食い込むナイフ。

 また距離が縮まり、とうとうマルーの間合いになった。


「終わりさ!」

「みゅ……さ……ま!」

「……マルー……」


 マルーがまたベルトから予備のナイフを抜いて、叫ぶ。ここからならミュウが杖を振り回したとしても確実に刺しに行ける。

だが、ミュウの姿がぶれたと思ったその一瞬に。


「うわぁぁぁぁっ!?」

「マルーー! 私は悲しいのです! 初めてできた友達が、悪い人だったなんて!」

「なぜだ、ミュウーーっ!」


マルーは転がっていた。そこにさらに魔力のビームの追撃を受ける。


「うわぁぁぁぁ!」

「私だって……」




『近接戦闘で大切なこと? 相手をよく見ることかなぁ』


 レンは言った。相手を観察することは近接に限らず戦闘において重要であることを。


『ビビらねーこったなぁ。近いと常に命がけなんだ』


 ジンは言った。一撃が勝負だから、最後まで冷静でいるべきなのだと。


『間合いだね。自分の距離に相手を誘うんだ。ミュウなら距離はあるほどいいのかな?』


 ソリューニャは言った。自分の間合いに誘い込んだときこそチャンスだと。




「私だって、成長したのです! みんな強くて、悔しかったから!」


 ミュウはカキブから脱出してから、ずっと修行を続けていた。みんなが眩しくて、置いていかれたくなくて、ついていきたくて。


「守られるだけじゃ、フィルエルムで王女やってたときと同じだって思って、だから!」


 ミュウが望んだのは、自分で自分の身を守ることである。そのためにミュウは、苦手な魔術の練習を選んだ。


「うぐっ、くそ! 何をした!」


 マルーは前提からして間違えていたのだ。ミュウが自分の記憶のままだと思っていたこと、それを基に作戦を立てたこと。


「何も特別なことじゃないのです」

「!?」


 ただ、魔術で強化した体で杖を振っただけ。そのスピードがマルーの予想を上回っただけだ。

 すでに勝負は決したも同然。最後にミュウは杖をマルーに向けた。


「終わりなのです。これでしばらく眠っていてほしいのです」

「はは、そうだ……撃てるのか? 友達を。この僕を! なぁ、ミュウ!」

「……撃つです。……そんなマルーは、見たくなかった」

「が、あああっ……あ……」

「やっぱり、悲しいのですよ……」


 こうして、一分にも満たない勝負はミュウの勝利に終わった。


「うぐ、みゅ、ミュウ様! 素晴らしい戦いでした!」

「お怪我はありませんか!?」

「はい。二人とも、今度こそマルーを捕らえるです」

「「はっ!」」


 マルーを二人の兵に頼むと、ミュウは急いでアーマングの元に戻って杖を構えた。

 しかし、アーマングがそれを制した。


「いけません、ミュウ様……。それ、は……」

「じーじ!? なんでです!?」

「ミュウ……様、の、ご友人が……怪我をしたら…………」

「え?」

「……一度は、女王さ……に。も、一度は……取っておかねば……なりません」


 自分はもうすぐ命を失うというのに、なんということか。アーマングは万一レンたちが怪我をしたときのためにヒールボールを拒むのだ。

 そのためなら命も手放すのだ。


「わたくし、は。ミュウ様に、お仕えできて……幸せ、でした……」

「じーじ……」


 ミュウには眩しすぎる。

 自分の周りの誰もが、自分で決めてそれを貫くことができるのだ。

 自分の意思で島を飛び出したリリカも、復讐のため腕を研くソリューニャも、長年フィルエルムのために働き、フィルエルムのために死に行くアーマングも。

 ミュウには眩しすぎる。眩しすぎるのだ。


「じーじ。ごめんなさいです……」

「ミュウ様……」



「生きてください。……ヒールボール」



 ────だから、死なせたくないと思った。その光に、消えてほしくないと願った。


「ミュウ、様……!」


 ミュウは涙に濡れた顔で精一杯の笑顔を作った。


「みんななら、大丈夫なのです! 言ったはずなのです、みんな強いって。私は、信じてるのです!」

「…………」

「ずっと一人で頑張ってくれて、ありがとうなのです! 私の国は。フィルエルムは、絶対守ってみせるのです!」

「…………」

「お母様もきっと元気にするのです。だから、だから…………」


 その先はもう続かなかった。



「分かりました、ミュウ様……。お待ち、しております」


 ミュウが踵を返して走り始める。


「私の言葉に反対されたのは……これが初めてですね。ご立派に、なられました……」


 遠ざかる小さな背中は、大きく見えた。

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