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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編1 嵐の夜に
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VSアルデバラン

 

 

 慌ただしい城内、フェイルが廊下で見かけたリカルドはいつもとどこか違っていた。

 平和ボケした兵士にも分かるぐらい殺気立っている。


「お、おい、リカルド……? どこか悪いのか?」

「ああ、これはこれはフェイル様。……様、さま?」

「お下がりください、王子!」


 初めて見る生の殺意。本能まで浸食してくる恐怖。

 思わずフェイルをかばうように前に出た護衛の心臓に魔力のナイフが突き立った。


「あが、が、逃げ……お……」

「お、おい! しっかりしろ!」

「さまさまさまさま? ああ、もう止めです。あなたのような無能に敬語を使うたびこんな気持ちを募らせてきたんですから」

「リカ……ルド?」


 いつもニコニコと細い目はうっすらと開き、眼鏡の奥で光っている。


「王子! ここは我々がくい止めます!」

「危険です! 下がってください!」


 一瞬、信じがたいのと慣れないのとで反応が遅れたのだろう。ようやくその場にいた兵士たちが動き出す。


「フェイル。私はね、あなたも殺すつもりでここに来たんです。半年以上も我慢しましたよ……! 幕としましょう……! くっふふふふ!」

「リカルド! お前、どうしたんだよ!」

「軽々しく私の名前を呼ばないで下さい。覚えておくといいです、私が仕えるのは私が認めた強者のみだと。今はミカゲ=イズモ。彼だけが私のボス……」


 いち早くフェイルの前に出た数人が声も出せずに一斉に倒れた。驚愕する兵士たちが見たのは、喉に深々と刺さった魔力のナイフが消えていくところ。


「う、うわぁぁぁぁ!」

「バカ、浮き足立つな! 敵は一人だ!」


 慣れていない兵士たちのなんと脆弱なことか。リカルドの本物の殺気に当てられて、すでにリカルドに屈服しているのだ。


「くそ! 何が目的だ! リカルドぉお!」

「ふふふふ、そうか。この苛立ちはあなたを殺すだけでは消えない。もっと深く絶望させなければ……」

「おい、リカルドっ! お前、本当にどうして! 何がしたい!」

「……女王の、暗殺。ま、せいぜい部屋の前にいるといいですよ。すぐに全員片付けて追いかけますから」

「な……!?」


 会話の合間にもリカルドは戦闘を続けている。いや、もはや一方的すぎる。血飛沫が凄惨なアートを床に描き、芸術家はナイフを片手に舞い踊る。


「さあ、死にかけの母親と最期の刻を過ごして来るといいですよ。本当にすぐに行きますから」

「ぐ……っ、お前たち! なんとしてもリカルドを……この裏切り者を……っ、止めろ!」

「ふふふふ! みじめな王子! 兵士を贄にわずかでも死を先のばす、人の上に立つ資質のない弱者!」

「貴様! 王子にむがっがぁぁあ!」

「騒ぐな、ゴミ」


 一切の慈悲がないいっそ清々しいほどの冷血。これがミカゲすら警戒しているあまりに衝撃的なリカルドの本性だ。


 ◇◇◇





 兵士たちは謎の騒ぎを止めるためにその多くが出払っていた。王女の部屋の前だというのに、立っているのは二人のみ。


 その守備の薄さはマルーには好都合だった。


(ふぅ、少し助かった気分……いや、一人でも大丈夫だったけどさ!)


 マルーは強い。魔導はないものの、同年代と比べるなら十分に強い。

 だが、さすがにリカルドほどではないのはよく分かっている。癪だが、リカルドは優秀だ。頭脳も、ナイフの扱いや演技すら全てが高水準。


(さて、兵隊が2で、多分だけどあとはミュウが一人だけ。うん、いける)


 そしてそのときはすぐにきた。


「では、ミュウ様……」

(あれ? あいつもいたのか。まあ、老いぼれ一人じゃ何もできやしないけど)


 部屋の扉が開いて、中からミュウとアーマングが出てきた。少し意外に思ったが、それよりミュウに目を引かれた。


(少し見ないうちに変わった?)


 記憶にある彼女とは何かが違う気がするが、あいにくマルーにはそれを言葉にできるほどの人生経験はない。しかし今それは大事ではなく、作戦通りマルーは偶然を装って顔を出した。


「ミュウ!」

「あっ、マルー!」

「無事だったみたいでよかったよ! ゴメンな、あの時は僕が不甲斐なかったせいで……」


 奇跡の生還。感動の再会。このまま自然に近づいてあとはミュウの胸を一突き。

 まだマルーが敵であると知らないようで、二人の兵隊は完全に警戒を解いている。ミュウは……


「……止まるのです。マルー」

「へ?」

「そのまま大人しくしてるです」

「……ミュウ?」


 伏し目がちにしてマルーに杖を向けた。


(うわ、もしかしてバレてるのか? 嘘だろ? だってあんなに仲良くしてて、久しぶりに会ったんだ。感動の再会みたいになってもいいだろうに……どうする?)


「私は全部知ってるです。だけどひどいことはしたくないですから、抵抗しないでほしいのです」

「…………」

「あなたたち、彼を捕らえるです」

「え? マルー君を?」

「……はい、です」

「わ、分かりました……」


 戸惑いながら命令に従って近づいてくる彼ら。マルーは覚悟を決めた。


「じゃ、じゃあマルー君。ちょっとごめんよ」


(今だ!)


 じっと動かないマルーに油断していたのだろう。二人とも不意討ちで急所を殴られて悶絶する。

 そしてミュウに向かってナイフを投擲した。


「え?」

「残念だったね、ミュウ!」


 一直線に飛来するナイフにミュウは反応できていない。直撃を確信して、ただミュウは身をこわばらせた。


 そして、ナイフは──


「……か……っ」

「じ……っ、じーじ!」


 ミュウをかばったアーマングの腹部に深々と刺さっていた。


 ◇◇◇






 体が歪むような感覚が終わると、ジンは薄暗い森の中にいた。


「む……。どこだここ? フィルエルムじゃねぇな」


 そこがどこか遠い場所なのはなんとなく理解できた。

 かなりの歴史を感じさせる白い石の建造物と石畳。しかし人の気配はなく、それら人工物も風化が進み、苔やツタで覆われている。


「あーあー、またはぐれちまった。探さねーと」


 ジンは普段の気だるげな目で周りをぐるりと見渡すと、大きなため息をついた。


「っつーわけで、お前、出てこい。」

「にゃっ!?」


 木の裏から驚く声がして、出てきたのは猫耳の獣人マーキィ=マーティー。


「な、なんで分かったにゃ!?」

「なんか獣臭かったから」

「うにゃぁ~! レヂーに向かってそんな……最低、最低だにゃお前ーー!」

「うるせーな。不自然な口癖しやがって」

「これはどうしてもつい出ちゃうにゃ! なんかしっくりくるのにゃ!」


 マーキィが木から出てきて、その全身が露になった。

 まず目につくのは、ピンと立った猫耳と尻尾。彼女が猫の獣人族であることが一目で分かる。そして、艶のあるぴっちりとした黒い衣装を身に纏い、くっきりと締まったボディーラインが強調されている。


 ちなみに彼女は獣臭くはない。


「も~~怒った! 女の敵はこのマーキィが許さないのにゃ!」

「どうするつもりにゃ?」

「お前にだけは真似されたくないにゃーっ! ふふふ、その生意気な喉を引っ掻き裂いてやるにゃ~~……!」


 マーキィは鋼鉄の爪を両手に装着すると、ジンに飛び掛かってきた。


「ち……! こいつで魔法が使えねぇ!」

「ふふ! 無力なまま死ぬがいいにゃ!」

「ぬわたっ!?」


 この勝負はもうほとんど決まっている。ジンは勝てない。

 魔力のあるマーキィと封じられたジンでは、遅かれ早かれマーキィの勝ちという決着がつく。


「ちっ、これさえ外せりゃ……」

「無駄にゃ!」

「くっ!」


 ジンの頭上を爪がかすめ、髪を数本落としていく。なんとかよけ続けられているが、魔術で強化されたスピードが相手ではそれもいつまで保つかわからない。


「うにゃぁ!」

「あ……っぶねぇ!」


 爪が足元の地面に突き刺さる。マーキィはそれを支点にジンに足払いをかけると、無防備に浮いた体に向かって腕を振り上げた。


「うにゃっ」

「あっ、ぬぁぁ!」

「にゃあ!?」


 爪はジンのシャツを引き裂くと、その勢いのままジンの喉を狙う。が、ギリギリのところで顔を反らされて頬に三筋の傷をつけるだけに終わった。


「いってぇ、な! 猫野郎!」

「にゃ、手枷! なかなかやるにゃ、お前も!」

「ぬぬぬぬぬ!」


 頭に血が昇った勢いでジンが両腕を振り下ろし、それをマーキィの爪が受け止めた。ジンの手首の枷とマーキィの爪が押し合う。


 だが、拮抗も振り下ろしの勢いのあった最初だけ。身体能力の差で、ジンが徐々に押されはじめる。


「ぬぬぬぬぬぬ!」

「無駄、なの……にゃっ!」


 素の身体能力だけでよく耐えた方だろう。ついに両腕を弾かれ、またも無防備に差し出すようなその腹にマーキィの回し蹴りが炸裂した。


 ◇◇◇






 その頃、別の場所では。


「ん? どこだ、ここ?」


 レンも一人で森を彷徨さまよっていた。

 あるのは古い遺跡と草木ばかり。動物の気配も、水も食べ物もない。


「くぁー。またバラバラかよ……」


 レンは嘆息しつつ、握っていた拳を開いた。


「あいつらのも外してやろうと思ってたのに」


 そこにあったのは、手枷を解く鍵。アーマングと向かい合って話したとき、彼が誰にも見えない角度で素早く握らせたものだ。




 レンが選ばれたのは、立ち位置がよかったからだった。バレる危険を最小限に抑えたかったアーマングの、知るものは少ないほどいいという判断で、誰からも見られにくい立ち位置の人間にそれを託そうと思っていた。


『レン殿。あなたは…………いえ、ミュウ様は。ミュウ様は楽しまれていたでしょうか』

『んー? 聞いたことねぇけど、オレは楽しかった。あいつも笑ってた』


 しかし、アーマングはレンと目を合わせてからは、彼に託せてよかったと思ったのだった。


『しゃ、べ、る、な』


 小声のそのメッセージはレンだけに届いた。


『お前……』


 怪しまれるのを避けるため、アーマングは早々に会話を切り上げて部屋を出た。

 あとは、信じるのみ。レンならきっとうまくやってくれる、と。


(わざわざあそこに送られたということは、単に隔離か、刺客を放ってくる可能性があるでしょう……。私が脱出させるまで、どうにかご無事でいてください。巻き込んでしまって申し訳ありませんが、お願いします。レン殿……)


 これが年の功。アーマングは敵の策を見越して最善の、しかし自身すら危険に晒す手を打った。


 うまくいくかは運次第。

 しかしそれでもアーマングは全てがうまくいくようにと、信じてレンに託したのだった。




 そして今、レンの手枷が解けて落ちた。

 レンは自由になった両手をぐっと握って、魔法を使う。体からくすんだ白の魔力が溢れた。


「よしっ!」


 透明な白(クリアホワイト)ではないが、これがここに来てからずっと使って来た色だ。


「あのじーさん、いい奴だな! 不便でイライラしてたとこだったから、ありがてぇ」


 アーマングの意図を汲み取ったわけではないが、アーマングの願った通りにレンは仲間を探して走りはじめた。

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