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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編1 嵐の夜に
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暗躍の牡牛

 


 時はレンたちが目覚める少し前。

 フィルエルムの隅の借り受けた家で、数人がテーブルを囲んでいた。ホムラとともにフィルエルムに滞在する、アルデバランの幹部たちである。


「全員、集まっているな」

「遅いぞ、ミカゲ団長。それとフクロウ、リカルド」

「おやおや、これは失礼」

「ホホー、想定外の事態だったぞ」


 ホムラ、否、本当の名はミカゲ=イズモ。アルデバラン団長にしてA級賞金首である彼は戻ってくるなり話を切り出した。


「なになに?」

「王女が帰ってきた」

「な!?」「本当かにゃ!」


 王女の誘拐を手引きしたのは、何を隠そう彼らだ。「子供は殺さない」というミカゲの主義により誘拐という手段になったが、その目的はミュウを、特に治癒魔導を封じることにある。

 また殺してしまえば騒ぎになって、築き上げたミカゲたちの立場も危うくなる。という打算もあった。積極的にミュウを捜す姿勢を見せたのも手伝って、未だ信頼は強い。


「奴らの治癒魔導は自分にかけられない。だから安心して女王に毒を盛れたが、王女が戻った今はもういつ使われるかも分からない」

「だから急ぎ、ですか。やれやれ、高かったんですよ? あの毒」


 知的な眼鏡の男性、アルデバランの頭脳。参謀リカルド=クロントンが大げさにため息をついた。


 毒、とは女王を無力化するために使った薬のことである。

 事実として、強大な魔導師である女王は最悪たった一人でもこの場にいる全員を倒せる。正確な力量を知らないミカゲたちでさえも女王は超危険人物だと認識していたため、仕事をするにあたって絶対に無力化しておく必要があった。


「いや、正直なところかなり厳しいと踏んでいたんですがね。彼らが本当に人間のことを知らずに助かりましたよ」

「危険な仕事をさせたな」

「ええ、最初はバレるんじゃないかとヒヤヒヤしましたよ」


 毒は無味無臭かつ無色で多量に摂取するととある病気に非常に似た症状に見舞われるという代物で、毒性は弱いが逆にそれが病気らしさを演出できる。

 そして毒を盛ったのもこのリカルドである。信用を得て城内に根を張った彼なら、女王の食事に少量の毒を盛ることなど容易い。


「あれですね、副団長たちに外から襲撃させていたのが大きかった。奴ら戦い慣れしてなくて、そこにつけこんでやればもう面白いくらい信用されていく」

「お前は本当に怖いな。俺もいつ裏切られるか分かったもんじゃないぞ」

「その私を今まで使ってきたのも団長ですよ。あなたの肝も大概でしょう」

「ふっ、はははは」

「くっ、ふふふふ」


 副団長シドウ、彼の襲撃もまた作戦のうちだ。今回の仕事のほとんどはフィルエルムを騙す壮大な芝居にある。


 その芝居もそろそろ幕だ。ミカゲがぐるりとメンバーを見渡して指示をだした。


「まず、リカルドとマルーは女王と王女をやれ。なんとしても女王の復活を阻止しろ」

「今回のは大仕事だからなー。楽しかったのに、もう終わりかー、残念」


 マルー。幹部ではないが、今回の作戦の都合でアルデバラン最年少の彼が選ばれたのだ。


「お前の仕事は王女を連れ出したところでとっくに終わってますよ、マルー」

「なんだよリカルド! 君と親子のふりなんて大変だったんだぞ! 君なんて嫌いだ!」

「大丈夫ですか? いくら実戦で素人でも王女は強い。そして戻ってきた今は経験を得た可能性もある。代わりましょうか?」

「君はせいぜい死にかけの女で我慢しなよ。僕はミュウと訓練もしてたし、負ける要素がないね!」



「次。王女は四人の子供を連れてきた。詳しい経緯は分からんが、かなりの力量は見てとれた」

「その件では先ほどもう手引きしておきましたよ。あの王子を誘導して、どうにか引き離すことに成功しました」


 リカルドはミュウの生還とレンたちの存在を知るや否や、彼らが誘拐犯である可能性などからフェイルの措置を誘導。彼らを断罪の森に隔離させるように話をまとめた。


「だが、万が一もある。そこでお前たちも断罪の森へ行き、速やかに片付けてこい。フクロウ、マーキィ、ニース。ああ、それとタイヤーもだ。あとで一緒に来い」


 念には念を。敵側に未知数の戦力があるのなら封じておくのが最善手だ。


「ホー? 殺してもいいのか? 団長殿の主義に反するぞ?」

「構わん。俺は子供は殺さない主義だが、それは二の次。一番大切なのは確実に宝を奪うことだ」

「ホホー、なるほどなるほど。これは狩人の血が騒ぐ」

「ふん。それに俺の主義は俺のもの、押し付けたりはしない」


 フクロウ。レンたちを眠らせたガタイのいい鳥男である。


「にゃ~ん。団長と一緒の役割がいいにゃ!」

「くっつくな暑苦しい」

「ちぇー。スタイル抜群ピチピチの美少女だよー?」


 マーキィ=マーティー。猫耳が特徴のネコの獣人である。

 獣人族とは亜人族の一つであり、身体能力の高さやケモ耳が特徴である。その身体能力や聴覚などを武器にマーキィはアルデバランで諜報役をしている。


「久々におれの美しい剣が煌めくのか……! 今回も美しく終わらせてやろう!」

「しばらくしたらリカルドが出口を開けてくれるはずだ。それまでに四人、しっかり頼む」

「任された! このおれが四人とも始末してやるぞ」


 ニース。騎士を目指して修行していたところ、ひょんなことからミカゲに惹かれてアルデバランに入団した青年だ。幹部ではないが実力はある。


「タイヤー。お前は俺と一緒に来い。断罪の森に行くのはお前以外の三人だ」

「……うぃ」

「ずーるーいーにゃ! タイヤー、代わるにゃ!」

「タイヤーの火力がいる仕事だ。それにどっちにせよ四人を片付けたら合流することになる」


 タイヤー。無口な大男。彼もニースやマルーと同じく幹部ではないが、腕は立つ。リカルドが想定していた事態の中に彼が必要な状況があったため、今回の作戦に参加している。



「……そういえば団長、お宝って結局なんなのにゃ?」


 ここにきてのマーキィの質問はひどく間抜けに聞こえるが、そうではない。


 はじめは一つの噂だった。


古くよりフィルエルムにあるという伝説の武器、『聖盾セレス』と『神弓アルテミス』を盗むためフィルエルムの近くに来ていたミカゲたちは、こんな話を聞く。


“フィルエルムには大地を潤し民に恵みを与える宝、『神樹の至宝』がある”


 それを知ったミカゲは『神樹の至宝』を手にいれるために計画を練った。


 今回の作戦の肝は二つ。

 一つ。噂の真偽の確認とそのための環境、時間の確保。

 二つ。宝の入手後の安全な退路の確保。

 これらを同時に満たすのに最も確実な作戦が今回の大芝居であった。


 かくして計画は実行され、予定通り彼らはフィルエルムに取り入った。嬉しい誤算だったのは、民はみな至宝の存在を知っていたことだ。噂はいきなり現実味を帯びた。


 ならば次はその在処だ。リカルドは表は王子の友人兼側近として、裏は密かに至宝の在処を調べるスパイとして動いていた。その間ミカゲたちも遺跡を調べたりしていたが、手掛かりはなし。

 至宝に興味があることを悟られてはまずいのであまり大きく動けないのが辛いところだった。


 しかし。シドウたちも使ってなんとか滞在期間を伸ばしたりもして、リカルドは必死に探していたのがついに最近、見つけた。


「“神樹に封じられし大地の至宝……”このような一文をある文献で確認しました。読み込んでいくうちに至宝とは“神樹の中”に封印されていることが分かりました」

「それ、たしかなのにゃー?」

「ええ。至宝がどんなものなのかは分かりませんが、神樹の中。これだけは確かですよ」


「セレスとアルテミスは?」

「依然として分かりません。どこかに保管されているという話を聞かないのです。文献からは神樹との繋がりが強いことが分かっていますが、それは以前にも報告していますし」

「ふむ。あるいはその三つは同じようなものなのかもな」

「ええ。情報の少なさと神樹との繋がりという共通項がありますから、その仮説も有力でしょう」

「なら、やることは一つだな?」


 最後の仕事は神樹の破壊。


「ああ、それとシドウに連絡をとる。魔導水晶を貸せ」

「ホー、了解した」


ごとりとテーブルに置かれた水晶に魔力を通すと、ミカゲはそれに話しはじめた。


「ミカゲだ。シドウを出せ」

『団長!? 副団長は今、ちょうど酔って寝たところだ!』

「そうか。ならお前でいい、団員どもに伝えろ。“まもなく作戦開始。祭りだ、全員急げ”とな」

『来たぁぁぁ! 最高だぜ団長!』

「金銀財宝、貴重な魔道具。好きなだけ奪え」

『あいあいさっ』


ミカゲは連絡を終えると、テーブルを囲む全員を見回して口を開いた。大きな作戦の前にはいつもこうして、士気を高めるための音頭をとるのだ。


「いいか。俺たちアルデバランはときに力で、ときに智謀で宝を盗んできた。今回もそうだ。大切なのは手段じゃあない、欲だ! お前たち、宝が欲しいか!」


『欲しい!』


「ならば欲しい、その気持ちに素直になれ! アルデバランはそうやって生まれた! 俺たちはそうやって集まった! 違うか!?」


『その通り!』


「目的は神樹の至宝と伝説の武器! さァ、行くぞ野郎ども! 仕事の時間だ!!」


 作戦開始。


 ◇◇◇





 誰もが信頼するホムラ=イズモだが、唯一アーマングだけは彼を警戒していた。初めからではなく、きっかけはミュウの失踪だった。長くミュウを見てきた彼だからこそ気づけた違和だ。


 別に確信があったわけではないが、伊達に長く生きていない。ミュウの専属という立場からしばらく離れたのを機会に、単独で調査をはじめた。一度に多くの成果を求めず、ひっそりと。


 そして掴んだ。彼らの企みを。

彼らは、アーマングもその在処を知らない宝を狙っていた。


 しかしアーマング一人ではもう何もできなかった。セレナーゼは病に倒れ、フェイルはリカルドを疑うことができないだろう。アーマングには機会を狙いながらも自分が悟っていることを悟られないようにするしかなかった。


 だが今、状況が変わった。ミュウが帰ってきたことで敵はなんらかの行動を始めるだろう。

 その中で最も可能性のあるパターンは、強硬策。女王の復活の前に力業でことを済ませてしまうパターン。最悪、女王だけでも暗殺することで戦力的な優位を保ってくるはずだ。


 取り越し苦労ならそれでよし。だが、もしその通りになれば、それはなんとしても防がなければならないことだ。


「そんな……。お母様は……」

「はい。そこでまずはセレナーゼ様に治癒魔導をかけます。本当に毒ならそれでよくなるでしょう」


 とにかくミュウが女王を治さなければこちらに勝ちはない。逆に治せれば圧倒的戦力差が生まれる。


「じーじはどうするです」

「ふむ、私はご友人をあそこから脱出させます。ミュウ様のご友人だからというのもありますが、相手がこの機会に攻めてくるならばご友人の力もお借りしたいとも思っております。ただ、危険でしょうから、ミュウ様がダメだとおっしゃるなら巻き込むことはしません」

「……みんなは強いから巻き込まれても心配はあまりしないのですけど……協力してくれるかは分からないです」

「ふむ、分かりました。できる限り交渉はしてみます。よろしいですね?」

「でも、それでも足りないですよ」

「いや、もともとが私とミュウ様だけしかおりませぬ。気休め程度でしょうが、いないよりは……」


 運が良かったのは、ミュウが実力ある友人を連れてきたこと。とにかくアーマングの言葉を信じられる者がいないのだ。今は少しでも味方が欲しい。



「では急ぎましょうミュウ様。ですがその前にお着替えを。お召し物は机の上にご用意してあります」


 言われて、ミュウは着ている服を見た。

 チアンで買った黒地のローブ。ベッドの隣には安値の革靴。カキブで盗……手に入れたワンド


「私は……」


 ミュウは自分の机を見る。

 自分がいなくなってからも毎日掃除されていたのだろう綺麗な机と、その上に置かれた美しいドレス。足元の上品な靴。壁に立て掛けられた杖。


 対照的だと思う。そのくせ、どちらも自分のものだとも思う。


「私は……そう」


 ミュウは今にも部屋を出ていきそうなアーマングを呼び止めた。


「じーじ!」

「ミュウ様? どうかいたしましたか?」

「私はまだフィルエルムの王女、ミュウ=マクスルーじゃないのです。まだきちんと言えてないのです。だから」


 ミュウは履き慣れた靴に足を通して、派手な装飾もない杖をひっ掴んで宣言した。


「私が自分で言えるまでは、私はただのミュウ=マクスルーなのです! 王女の服は着れないのです!」


「ミュウ様…………分かりました、行きましょう」

「はいですっ!」


 決意とともに少女は踏み出した。

賞金首という単語が出ましたが、軽い概要だけ説明しておきます。


D級 名の知れたチンピラ~凶悪犯罪者レベル。賞金首としては最も下級。社会的な影響力が小さい。


C級 戦闘力が高い凶悪犯罪者~歴史あるヤクザの頭レベル。D級より社会的な影響力が大きい。それなりの犯罪を重ねて長く逃げ続けたD級もこれ。


B級 中型犯罪組織の中枢~大型犯罪組織の幹部レベル。潰されるとその組織への影響が大きい人物。裏社会では有名人だったりする。


A級 危険な思想を掲げる教団の教祖~大型犯罪組織の中枢レベル。国を上げて対処すべき人物。名は一般人にも知れ渡っていることが多い。戦闘能力に長けている場合も多い。


S級 各国が協力して迅速に対処すべきレベル。社会的な影響力が極めて大きかったり、生ける伝説的な大罪人だったり、とにかく脅威度が高い。一般人には非公開なこともザラ。


基本的には早く潰したいほど、脅威度が大きいと判断されるほど高くなります。

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