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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
神樹の森編1 嵐の夜に
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ミュウ、未だカラの中 2

 



「女王様! 人間の集団がにフィルエルムに向かってきております! 武器を持っています!」

「人間ですか? 武器とは、物騒ですね」

「まだ民には知らせておりませんが、いかがなさいましょうか!」

「分かりました。対処しましょう。下がって」

「はっ!」


 女王セレナーゼは報告に来た兵士を下がらせると、部屋の壁に飾られた美しいフォルムのワンドを手に取った。


「魔導を使うのは久しぶりですね。鈍っていなければいいのですけれど」


 彼女は静かに目を閉じると、魔導を発動させた。薄緑の魔力がワンドの先端に集まり、そして広がっていく。

 純魔力のバリアをはるだけの簡単な魔導だ。名前も必要がない。


「あきらめて、帰ってください」


 だが、凄まじく強力な魔導である。女王の魔力をもってすればフィルエルムを丸ごと包み込むこともできるし、さらにファーリーンの一点特化バリア並みの堅さだ。


 球状に広がる薄緑色の膜はフィルエルムを越えて、人間たちの手前にまで届いた。これで、彼らはもう一歩も進めない。


 …………はずだった。






「シドウさん! 気づかれたみたいでっせ! 魔力の壁がありやす!」

「がはは! お前らぁ、そんな薄い膜なんか破っちまいな!」

「あいあいさっ! いくぜっ、貫通式!」


 武器の槍を構えた男の前に魔方陣が展開する。

 そして、突き。穂先は魔方陣の中央を通り、大幅に貫通力を高めてバリアに衝突する。


 が、

「う、堅ェ!」「ダメだ! びくともしねぇ!」

「さすが、聞いていた以上に女王ってのはヤバいみてぇだ!」


 当然だ。女王も王族の血を引く、魔道の才は凄まじいものを誇る。フィルエルムが長く外部からの干渉を受けつけなかったのは、彼女のような大魔導士が常に国を守り続けてきたからである。

 そのうち人々はフィルエルムを畏れるようになり、滅多なことでは近づかなくなっていった。


 だが、そんな彼女にも誤算があった。


「しょうがねェ……いきなりオレ様の出番だな! よく見てろよ、雑魚ども!」

「おおおおお!」

「シドウさんのアレが見られるぞ!」

「むん…………ッッ!!」


 シドウと呼ばれた筋骨隆々の大男が腰を落として正拳突きの構えをとる。

 ──直後、上半身を包む黒いタンクトップが弾け飛んだ。


「「うおおおおおっ」」


 沸き立つ男たち。シドウは満足げに口の端をつり上げると、カッと目を見開いた。


「よく見ろ! これが魔術を極めんと鍛え抜いてきた一撃! 全てを砕く無敵の拳だァァーーーーッ!」


 放たれた右の拳がうねりをあげてバリアに叩きつけられ、凄まじい衝撃波を出してそれを砕いた。


「グレイトォォォオオ!!」

「「フォーーーー!」」


 天に拳を掲げて決めポーズをとるシドウが叫んで、男たちがそれに続いた。


 女王の誤算とはこの人間の実力。女王のバリアを打ち砕くには並々ならぬ一点火力が必要になるが、それを備えた怪物が彼らの中にいたことである。


 障害を粉砕して、進撃は続く。






 三度、強度を上げてバリアを展開したにもかかわらずその全ては無駄に終わった。


「しくじりました。ですが、ここからではバリアを張るくらいが限界です」

「女王様! およそあと数分で森へ侵入されるとのことです!」

「ええ、どうやらとても強い者があの中にはいるようです。大至急兵士たちを向かわせなさい。私もすぐに向かいます」

「はっっ!」


 失態である。彼女がベストを尽くしたのは間違いないが、このままでは彼らの侵入を許してしまうだろう。

 また、身体的な点で近接戦闘では不利な兵士たちの中からも犠牲者が出てしまうだろう。


 だが、事態は再び急転する。



 フィルエルム内に設置されている転移魔方陣を使ってセレナーゼが現場についたとき、現場から焦げ臭いにおいを感じた。


「火……? 奴ら、森に!」

「いいえ、違いますね。これは」


 そこには数人の兵士が倒れており、遠くに逃げ去る襲撃者たちの姿が小さくあった。

 さらに見覚えのない人間が数人そこにいた。セレナーゼは少し警戒しつつも敵意は無さそうだと判断した。


「こ、これは!」

「おい、お前たち! しっかりしろ!」


 増援の兵士が伏せった仲間を介抱する。幸いにして死者はいないようだった。

 そんな中、立っていた若い人間が膝を折って女王にひざまづいた。荒ぶる炎のような黄色い長髪のその青年は、かしこまって言葉を並べる。


「お初にお目にかかります、俺はこの商隊を率いる者。名をホムラ=イズモと申します」

「ホムラ、イズモ。あなたたちが彼らを追い払って下さったのでしょう。まずは感謝を。そして聞かせてください、ことの経緯いきさつを」

「は。我々は商売のためにフィルエルムに向かっていました。そこで偶然にもあの者たちとの戦闘が行われており、助太刀に入りました」


 うつむいていて表情は見えないが、セレナーゼはこのホムラという青年を誠実な人物だと感じた。商売のためにフィルエルムというのもなかなか度胸があり、そのことも彼女の関心を惹いた。


「あなた方の勇敢なる行動のおかげで死人は一人も出ませんでした」

「恐縮です」


 この後ホムラたちは、療養と商売を兼ねてフィルエルムに滞在することになった。また彼らが撃退したのは大陸で最も有名な盗賊団、アルデバランだろうということが知らされた。


「お母様、聞いたです。盗賊に襲われたんですか?」

「ええ、ミュウ。アルデバランと名乗る集団だそうです。けど、同じく人間が追い払ってくれました」

「人間が? それはまた」

「不思議? フィルエルムで商売がしたいって、たまたま通りがかったところでぶつかったらしいです」


 今回の事件。フィルエルムには外の知識が足りていないことがはっきりとわかったと言える。



『アルデバラン副団長、シドウ。B級賞金首。魔導は持たず鍛え上げた肉体と魔術で戦うことで有名です。ご存知ありませんか』

『恥ずかしながら、我々は外の世界に疎いところがあるのです』


 ホムラが話したことはそれこそ大陸では広く知られていることである。


「それで、その人たちは今どうしてるです?」

「人の少ないところにある空き家を与えました。仲間の怪我が治り、また旅を続けられるようになるまでの約束です」

「お母様の治癒魔導は使わないのですか?」

「あれはそう無闇に使うものではないのですよ。もし誰かが虫の息だったりしたなら迷いはしなかったでしょうけど」


 ミュウの治癒魔導はフィルエルムに伝わる秘術である。また、セレナーゼが直接ミュウに教えた唯一の魔導でもある。

 それをなぜ使わなかったかといえば、治癒魔導があまりに珍しい反則のようなものだからだ。安易な手段に頼ってはいけない、とセレナーゼは考えているのである。


「また後日、正式に挨拶に来るそうです」

「わぁ! 話を聞かせてもらうです」

「商いの相談が先ですよ」


 ◇◇◇






 それから数ヶ月が経ち。フィルエルムの姿は大きく変わっていた。

 まず、あれからアルデバランはたまにフィルエルムに襲撃にくるようになり、その度にホムラたちがそれを追い返すようになったのだ。前衛としてまともに戦えるホムラたちの存在は大きく、たちまち彼らはセレナーゼらの信頼を勝ち得ていった。



 

「なるほど! そんなこともあるのか!」

「ええ、王子」


 ミュウの兄、王子フェイルはよく人間といることが多くなった。

 人間の名は、リカルド=クロントン。オールバックの黒髪にメガネという理知的な風貌で、いつもにこやかな表情の男である。城で執事として手伝いながら、フィルエルムについての勉強をしたりフェイルに知識を授けたりしている。


「しかし、物知りだなリカルド」

「これでも各地を見て回って来ましたから」


 城で働けるようになるまでの経緯は割愛するが、ともかく彼はそこでフェイルと仲良くなり、よく連れられて歩くようになっていたのだった。



 またミュウにも同い年の人間の友達ができた。


速撃の飛星(ソニックスター)!」

「うっ、く! 今日こそは貰わないぞっ」

「逃がさないですっ!」


 戦闘訓練の相手は、マルー=クロントン。リカルドの息子らしく、彼もまた執事見習いとして働くうちにミュウと仲良くなった。

 今では立場の違いも越えてミュウ唯一の同年代の友人になり、話し方もお互いに気を使わないようになっている。


「くっ、うわっ!」

「また、私の勝ちなのです。大丈夫ですか?」


 木でできた刃のないナイフが転がる。怪我の防止のための訓練用の武器である。同じく訓練用に作られた威力減衰の杖を下ろすミュウに、マルーは悔しげに呟いた。


「あーあ。やっぱり勝てないなぁー。自分じゃ割と強いつもりだったんだけど」

「距離があるうちは私だって負けないですよ。近づかれたら負けると思うですけど」

「そもそも近づけないよ。くそう、もう一度!」

「もぉ、いいですよ。もう一回なのです」


 各地を旅しながら商売をするにはそれなりの危険がある。各地の珍しい物品を運ぶのだ。盗賊などから襲われたことも少なくない。

 そんなとき、隊員たちの戦闘能力がそのまま自衛に必要となるため、マルーも含めそれなりに強いようである。





 さて、マルーが来てからミュウは変わった。いや、戻ったというべきか。

 彼女は再び外の世界を求めるようになった。それを深く胸の底に押し込めなくなった。


 そしてついにその日、ミュウは真夜中に城を抜け出した。満天の星空を見るために少しだけ、森の外に出たかったのだ。

 だが。



「マルーっ!」

「来るな、ミュウ!」


 マルーと待ち合わせていた森の外に出たとたんに、複数人の男たちがぐるりと彼を囲んでいるのが見えた。

 初めての実戦にしてはミュウはよくやった方だ。だが、いかんせん数が多い。後衛として攻撃に専念できる訳でもない。

 ミュウはたちまちのうちに捕まった。


「は、は、離して!」

「ミュウーー! くそっ、どけよおま……うっ!」


 マルーは鳩尾を殴られて大人しくなった。ミュウはボロ馬車に詰め込まれた。


 それからミュウは訳も分からぬうちにどこかへ運ばれ、そこでディーネブリに引き渡されてカキブへと連れられることになる。


 ◇◇◇






 ミュウの失踪は大きな衝撃を与えた。

 女王の命令で民には伝えられず国全体の混乱は避けられたが、それも一時的なものだろうことは簡単に予測できた。いつかは必ず伝わるのだ。


 悪いことは続く。


 セレナーゼは重なる心労でついに病床に伏した。フィルエルムでは見ない症状で、フェイルに呼ばれたリカルドは一目で病名を当てた。


「これは、なるほど、珍しい病気だ」

「リカルド、母さんは治るのか!?」

「……薬の在処は知っています。知り合いが調合できたはずです。ただ、しばらく時間はかかりますが」

「頼む! 必ず持ってきてくれ!」

「はい。すぐに仲間に取りに行かせます」


「神樹よ……どうか、母さんをお守りください」


 国を治めていた女王が倒れ、内政はまだ若いフェイルが務めることになった。いきなりの大仕事だが、政治面で女王を支えていた大臣や貴族たち、そしてリカルドの力も借りて上手くこなしていった。

 特にリカルドとは気の置けない関係になっていたことと、彼の政治的手腕もかなりのものだったことからフェイルはリカルドに頼ることが増えていった。


 また、心のどこかには自分が妹にはできないことをやっているという満足感もあった。



 こうしてどこか穏やかにフィルエルムは傾いでいく。静かに、しかし確実に。津波の前に潮が引くように……。


 ◇◇◇




 アルデバランの襲撃からこれまでのことは、後に語られる「フィルエルム事変」の前哨とされている。


 嵐は、すぐそこに迫っていた。

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