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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
屍の洞窟編
63/256

嵐の前の一騒動 6

 


 バケモノが止まり、ゴーレムも屍人もその動きを止めていく。これは確かにこのバケモノが操っていた証拠であった。

 ソリューニャの魔力はその残骸をもまとめて吹き飛ばすほどの威力があった。リリカが風に翻るスカートを押さえながら目を輝かせる。


「今のブワーって、ソリューニャ? すごいねっ、赤いのがバァーって!」

「ああ、アタシたちは魔力の放出が得意ってね。そっちも無事みたいでよかったよ」

「…………どこ、がだ?」

「ふっ、ご愁傷様だね、レン」


 竜人族は魔力の放出が得意な傾向がある。今のようなこともできるし、竜の鱗も魔力を放出して維持する魔導だ。

 射程圏だけならレンにも劣らないが、繊細な制御はせず力任せにぶっ放すだけでやや隙のあるところは否めず、先のリリカ保護でもやはりレンより向いていなかった。


 ちなみに当のレンは青い顔で倒れ伏している。役目が逆だったらソリューニャもこうなっていたかもしれない。

 もっともソリューニャはリリカが倒れたときから、目覚めたときにパニックになる可能性に気づいていていてレンに押し付けたのだが。


「ああっ! そうだ、聞いてよ! レンが人を蹴り殺してたの!」

「リリカ、あれは初めから生きてないんだ」

「へ? でも動いて……」

「屍人っていう、人間の死体でできた魔物さ」

「へー、ほー、ふーん、なるほど」


 ソリューニャは分かりやすく言ったつもりだが、リリカには通じなかったようである。


 と、会話する二人のすぐ隣に拳大の石が落ちてきて、破片を散らした。


「うわぁ!」「危な! 上から石!?」


 それに続いて次々と石が降ってくる。


「今度は……って、嘘だろう!?」

「きゃーー! 天井が……!」


 天井にひびが入ったかと思うと、石どころではない巨大な岩が加速しながらソリューニャたちに迫ってきた。


「逃げるよ!」

「待って! レンが動けなさそう!」

「しまったここで祟ったーっ!」


 仕方がない、とソリューニャは足を止めて上をにらんだ。そして、


「リリカ、レンは頼んだ」

「どうするの!?」

「こうするっ! 竜の息吹(ドラゴンブレス)!」


 ソリューニャの口から二次魔力が唸りをあげて放たれる。

 竜の息吹。あらゆる物を破壊すると言われる、伝説の生物“ドラゴン”の咆哮をイメージに生まれた竜人族に伝わる秘術である。


 ソリューニャの持つ最大威力の遠距離攻撃が、三人の頭上の岩をすべて吹き飛ばす。そして、三人の周りを避けるように岩が降り注いだ。


「うわわわわ! うるさいーー!」

「くっ! いったい何がどうなってるのさ!」


 すぐ近くにいる互いの声も聞こえないほどの轟音がやむと、リリカは恐る恐る目を開けた。


「うわぁ!」


 山のようだった。リリカたちを囲むように岩が高く積みあがっていたのだ。


「ああ、これはひどいな。とりあえず登らないと」

「うっ、つつ。何だ何だ……?」


 いまにもここになだれ落ちてきそうな岩の重なりを見て、ソリューニャが苦い表情になる。


(危な……。想像以上にやばかった)


 ソリューニャは壁にヒビがなかったのを見て、部屋が崩れるわけではなく落石トラップほどのものを想像していた。

 だが、半分正解。落石トラップは落石トラップでも、規模が想像以上に大きかった。


「さーて、どう登るかねぇ……」


 見上げるソリューニャの視界に、二つの影がひょっこり顔を出した。


「お、声がすると思ったら。いたいたー」

「本当なのですっ!?」

「えーー!? ジンとミュウちゃん!?」

「あーーっ! なんで!」


 こうして約半日ぶりに五人が再会したのだった。


 ◇◇◇





「ふんふん。てことはつまり」

「その怪物さんが大部屋に仕切をつけて上下に部屋を分けたってことですかね。だからやられたときに天井……床が崩れたです」

「さん付けって」


 先へつながる通路の入り口は岩で塞がれてしまっており、それの除去作業に足は止められてしまったものの今は無事に洞窟を進んでいる。

 会話の内容は、今回の出来事についてだ。


「きっとあの崖崩れもアイツの仕業だよね。なんかそれを匂わせること言ってた気がするし」

「命なきものを操る魔導……ですか。私たちが上で戦ったおっきなゴーレムもその怪物さんが操ってたのです?」


 命なきものを操る魔導。真実どこまでやれるものなのかは分からないが、少なくとも確実に屍人の大群とゴーレムは操っていたし、かなりの確率で崖崩しや袋の鼠天井もバケモノの仕業だろう。


「うーん。これ、すごく奇妙なんだよね。アイツが何だったのか全く分からないんだ。生きているのか、死んでいるのか」

「自分で屍人って言ってたんじゃなかったのです?」

「そう。自分ではそう言っていたけど行動がまったくもって生物のそれだった」



『グクゥ。食ウニハ惜シイナ……! ソノ通リダ!』


『けど、魔力を使っていけばいずれお前はただの屍に戻るぞ!』

『グクッ、ドウカナ』



「食べる……。でも、殺す気でしたよね。捕まえるのでなくて」

「あ、それもおかしいな。でも、確かに“食う”って言ってたんだ。崖から落とすなんて、下手すれば食べる肉体なんて残らないはずなのに……」

「何を食べるつもりだったのでしょうか……。魔力を食べるなんて魔物も聞いたことあるですけど」

「う~~ん」


 頭を抱える二人。だが、どれだけ考えても分からないままだ。

 そうこうしているうちに、先を行く三人が騒ぎ出した。


「空気の流れがある!」

「本当かレン! どこ、どこ!」


 レンが空気の流れを感じたということは、どこからか外に続いているということだ。


「ソリューニャさん。出口が近そうなのです」

「うん」


 洞窟に入ってから、上って降りて、曲がり道も分かれ道もあって、今ここがどこなのかは全く分からなくなっていたが、いつの間にか地上に戻ってきていたようである。


 やがてレンが足を止めたのは、とある通路の途中である。そこにあるのは、コケの生えた土と岩の壁。


「この壁から」

「おおぅ……。どっかに隙間があるのか、壁が薄いのか」

「ほんとだ、少しだけ感じるよ!」


 ということで、再び岩の撤去作業。


「ねーねーソリューニャ。またあのブワワーで壊してよ」

「バカ、こんな狭いとこで撃ったら危ないから! 頼むから慎重にね!」

「おりゃああ!」

「くらえーっ」

「アンタらは話を聞けーーっ!」


 多少の揉め事はあったが、やがて。


「あっ、光だよ!」

「よしゃ、もうすぐだ!」


 壁が崩れ落ちて、陽の光が5人を差した。ついに地上に出たのだ。


「眩しーーー!」

「おおおおーー!」

「うわぁ、久しぶりにあったかいのです!」


 心を満たす充足感に任せて、思い思いに叫ぶ。太陽のありがたみを改めて知ることになった彼らだが、目が慣れると同時に信じられないものを見ることになる。


「は……?」

「嘘……」

「ここは……っ!」


 眼下に広がる大森林。と、その中心にそびえ立つあり得ないほどの大樹。あまりに巨大で手を伸ばせば届くような錯覚を与える存在感をその樹にはある。


「でっ、けぇぇーーーーーーっ!?」

「んじゃありゃーーーーーー!!」

「きゃーーーーっ! すっごーーーーーーいっ!」


「ミュウ。ここって……」

「はいです。私の故郷、フィルエルムなのです……」


 ここがミュウが生まれ育ったダークエルフの里。神樹に護られた森の国、フィルエルムである。


「帰って……来たのです」




 山を抜けてしばらく経ち、レンたちは森の中を神樹を目印に進んでいた。神樹が目印になるのは、ミュウの家がある里が神樹の下に広がっているからである。


「あんなデッケェ木があるんじゃあ、道に迷うこともねーだろうな」

「はいです。だからご先祖様たちは神樹の下に住み始めたのだと言われているです」

「それにしてもデケェ! クラ島のもデカかったけど、ありゃそんなもんじゃねーぞ?」

「クラ島ですか。たしかリリカさんの育った場所ですよね。今度行ってみたいのです!」

「うん! 行くときになったら連れてってあげるねっ」


 ちなみにその神樹は雲がかかることがあるほど高く、幹もそれ相応に太い。この巨大な木が日の光を遮り、また根が辺り一帯の養分を独占するため、神樹の下には木が少なく人が住みやすかったのだとか。


「とはいえ人里はフィルエルムでたった一つ、そこにしかないのですけどね。だからフィルエルムと言ったら里のことを示していることもあるのですよ」

「一つしか、へー。でも枝とか葉っぱとかが落ちてくるだけでとんでもないことになりそうだけどな。あのデカさだし」

「それがそうでもないのです。神樹は幾千もの木が絡み合っているような構造ですから、葉っぱも枝も普通のものと変わらない大きさなのです」

「あ、たしかに! よく見たらなんか細いのがたくさん捻れてる!」


 故郷に戻ってきた興奮からか、いつになくミュウはフィルエルムについて饒舌に語った。それを見ていたソリューニャは内心で安心していた。


(ふーん。今まではなんだか帰りたくなさそうな雰囲気があったけど、いざここまで来てみるとやっぱり楽しそうじゃないか)


 親の気分でミュウを見守るソリューニャだったが、次の話題が爆弾だった。


「でも、変なのです。フィルエルムにはトゥレントがたくさん生息してて、森に危険な動物が発生したりしないようにしてるはずなのですけど……」

「へぇ、トゥレント」

「フィルエルムのトゥレントは珍しく群れをつくるのです。複数のエリートをリーダーにして」

「ぶっ!! それまさか、カキブの……!」


 ソリューニャが含んでいた飲み水を吹き出した。複数のエリート、大群という異常事態に心当たりがあるのだ。

 すでに忘れたか、レンやジンやリリカは気にせずはしゃいでいるが。


「何代か前の王様が特別に組織して、今では国を守る宝とまで言われているのです」

「宝……王様……」

「だからフィルエルムではトゥレントが大事にされてて、何かしようものなら大罪なのですけど……変ですね、みんないないなんて…………」

「大……罪……」


(うわ、駄目なやつだこれ。狩っちゃったよもう、狩っちゃったよ!)


 ソリューニャから言葉が消えた。


 しかし。さらに歩き続けて里に近づくにつれ、ミュウの口数も減っていった。


「……どうかしたのか?」

「…………いえ」

「ソリューニャは?」

「…………打ち首」

「??」


 次第にミュウとの会話も続かなくなり、静寂が訪れる回数も増えてくると、今度はリリカの口数も減っていった。リリカも気づいたのだ。

 ミュウとはあと少しでお別れだということに。


「…………っ、あの……」


 重苦しい空気の中、おもむろにミュウが声を上げた。


「な、なあに? ミュウちゃん」

「あの、えっと。……言わなきゃ、いけないことがあるのです」

「ん? どうした改まって」

「その……」


 ミュウはすごく言いづらそうに言葉を濁した。口を開いては閉じ、また意を決して開いてもすぐにまた閉じて。言葉を咀嚼するように、何度もこれを繰り返して。


「あの…………」


 ミュウは羊のひづめ亭でついてしまった一つの嘘を思い出す。いずれかはバレるときが来るのを分かっていて、それでも言えなかった真実を。


「あのっ、実は私っ…………!」


「っ、伏せろーー!」


 だが、ようやく覚悟を決めたミュウの告白は突然の爆発によってかき消された。

 地面にへばりつく5人の頭上を高温の空気が吹きすさぶ。


「アチっ! おい、なんだこれ!」

「知るか! 敵襲だろ!」


 火力が一旦落ち着くと同時に、レンとジンとソリューニャがミュウとリリカを庇うように背中合わせに構えた。


「……お前たち、どこから侵入した?」

「てめぇ、大層なお出迎えじゃねーかコノヤロウ!」


 陽炎の向こうから現れたのは、長く無造作、炎のように朱にも黄色にも見える髪の青年だった。顔には右目の下から左目の下を結ぶように線が描かれており、腰には錆びた剣を差している。

 その青年をミュウは知っていた。


「ホムラさん!」

「ん? なぜ俺の名を……」


 ホムラと呼ばれたその青年は僅かに目を細め、そしてミュウを確認した瞬間驚いたように目を見開いた。


「まさか。あなたは……」

「おい、何事だ!」


 ミュウと顔なじみらしい青年が最後まで言い終わらないうちに、派手な爆発を見たダークエルフが集まってきた。


「ちっ……。やれ、フクロウ」


 青年は小さく舌打ちをすると、虚空に呼びかける。すると誰もいないはずの空間にいきなり気配が広がり、フクロウと呼ばれたそれ(・ ・)が現れた。


「ホホウ、了解だ」

「鳥だーー!?」

「おおおおお! フクロウだ!」


 その筋肉質な人間と梟を合わせたような姿の、いわゆる鳥人間を見てレンとジンが沸き立つ。しかしその直後、二人の体が力を失い地に崩れ落ちた。


「ホホー、眠るがいい」

「だ…………」

「ぅ…………」

「レン、ジン…………っ」


 鳥人間の目を見たリリカもまた彼らのように崩れ落ちる。歪み流れる視界の隅にリリカは、いつのまにか伏せっているソリューニャとミュウを見た。


(なに、これ……。ち……から、が…………っ)


 遠のく意識の中、最後にリリカは聴いた。


「まさか帰ってくるとは…………ミュウ王女(・ ・)


 結局ミュウが言えず終いだった「真実」を──。

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