嵐の前の一騒動 5
天然の滑り台から放り出された二人、ジンとミュウ。彼らの前にもまた、敵が現れた。
部屋の中央から盛り上がるようにして現れたのは、巨大なゴーレムだ。
「ぬぅおお!」
「きゃあ」
岩の拳が二人を襲う。
「くそ、ゴーレムもここまでデカいと強いな。いや、面倒くせぇ」
「それよりも、やっぱり行き止まりですよこの部屋! 道は私たちが滑ってきた上にしかないです!」
「関係ないね! とにかくあのデカブツをぶち壊す!」
下半身はなく、上半身だけが地面から生えてきたようなフォルム。それでも重たい身体を支えるために片腕は常に地に着けている。
無言の巨人は、ゆっくりと首を動かしてジンたちの姿を追う。
「壊すって 、無茶なのです! 一度に全身を粉々にするくらいじゃないと……いえ、それでも再生するなら時間稼ぎにしかならないのです!」
「くそ、俺ぁそういう派手なタイプじゃねぇからな。ミュウは何かないのか?」
「あったらやってますです。とにかく……きゃっ!」
巨大な質量がかなりの速度で振るわれる。その攻撃力にしろ範囲にしろ厄介極まりない攻撃である。
「ふぅ、危な」
「あ、ありがとうです」
「で、とにかく何?」
「術者を捜すです!」
ゴーレムが動いて、再生もするならば必ずどこかに術者がいるはずだ。ゴーレムを止める方法はそれしかない。
「でも、ここには隠れるところなんかどこにもないぞ?」
「それは……」
「いや待て、あるか」
「え!?」
ジンが指差したのは、ゴーレム本体である。つまり。
「術者があん中に隠れてる可能性」
「でも、はじめはゴーレムなかったですよ。私たちが来てから出てきたのに、いつ中に隠れたりなんかできるのです?」
「んー、知らん! が、この部屋で隠れるならもうそこしかねぇだろ」
「うーん……」
ミュウには分かった。何を言っても止まらない、ジンはとにかくあれを破壊したいのだ、と。
「はぁ、分かったのです。それで、どうするです?」
「全部壊す」
「わあ。分かりやすすぎて具体的なことが一つも分からないです」
また拳が降ってきた。ミュウにあれを防ぐ術はないため、彼女は迷わず逃げる。しかしジンは、トンファーを創造して真っ向からぶつかった。
「ちょ、何してるです!?」
「んぎぎぎぎっ! いや、少し触っときたくて、さ!」
「速撃の飛星! ジンさん、早く抜けるです!」
ミュウの魔導が巨人の腕に直撃するが、煙が収まるまでのわずかな時間で修復は終わり、傷一つ付けられない。
だが、そんなわずかな時間を捉えてジンはするりと拳の下から抜け出した。
「ジンさん! 何考えてるですか!」
「いてて、いやー、壊すとなるとどんなもんかなーって。うん、あれならいけるぜ」
「そうですか? なら私も手伝うです」
「いや、なるべく離れてな。さすがに守る方にまで手はまわんねー」
ゴーレムのパンチが再三ジンを襲う。それを先程のように受け止める。
「ジンさん! なんでまた……!」
「あーそうそう。俺の魔導、見たがってたろ?」
ジンがそう言った瞬間、ミュウには何が起きたのか分からなかった。
ふらりとジンが揺れたかと思うと、ゴーレムの拳は地面にめり込んでいる。
受け流したのだ、とミュウが理解する前にジンの言葉が聞こえてきた。
「俺の魔導はトンファー作るだけじゃねぇ、とは言ったか。まあ、使い方だ」
ジンはいつの間にか岩の腕の上に立っている。そして、トンファーを捨てて何も持たない両の腕で上段に振りかぶった。
「ふぬおおおお、らぁっ!」
創造されたのは、巨大な鉄のハンマーだった。その無骨な鈍器を力任せに振り下ろす。
「わ、すごいです!」
派手な音を残して、ゴーレムの左腕が砕け散った。
「はい、王手」
その巨大な身体の支えを失ったゴーレムが倒れ込み、洞窟が揺れた。
そしてゴーレムはその頭を差し出すかのように無防備だ。
「出てこないと死ぬぞー」
いつもと変わらない、どこか気怠げな口調で最期通告をすると、しかし逃げる間も与えずに鉄の塊で頭を粉砕した。直後、魔力になって消えていくハンマー。
「ふぅ、頭にゃいなかったな」
「ちょ、えぇ~……? 最後の、脅しにすらなってないですけど……。せめて、猶予とか……」
「いやぁ、ほら。トンファー以外は数秒しか保たないって言ったろ?」
ジンの魔導は「鉄を創造する」というものだが、普段はトンファーの創造にしか使わないことが多い。
そもそも創造型とはイメージを形にする魔導であり、メジャーな魔導である。が、なんでも自由に創造できるのか、と言われればそうではない。無限の可能性がある反面、その制約やデメリットもそれなりに存在しているのだ。
「だいたい3秒ちょいってところか」
「ぇぇ~……。本当にやりましたよ、逃げる時間もなかったのですよ」
イメージが強固であればあるほどそれは確かに存在し続けられるし、よりイメージに近づいていくし、馴染む。これが創造の常識であり同時に究極でもある。
イメージは現実の物質でも、架空の存在でも、なんでもいい。ただ一つ、それを疑わないこと。信じて、見つめて、揺らさないこと。それさえできれば、魔力は想像力に応えてくれるのだ。
「ま、練習不足かな」
「やっぱり少し苦手なのです……。ジンさん怖い……」
しかし、これこそが最大の制約でありデメリットである。
ジンが普段はトンファーしか使わないのは、常に出し続けていてもブレないからだ。たくさんの練習がありはじめて、長時間の顕在が可能になる。
逆に、それ以外はまだ練習中。創造のたびに微妙に形が変わってしまうほどのものでしかない。だから、存在しうる時間も数秒だけ。創造にかかる時間にもムラがあるし、強度もトンファーに一段劣る。
「俺はトンファーを軸に多彩な武器で適当に……って戦い方だからさ。まぁ、練習中だけど」
「ええ、はい。それは、その、分かったのですけど……」
ミュウの視線の先で、ゴーレムの頭が再生していく。つまり術者はまだ、生きている。
もっとも、ここでぴくりとも動かなくなればそれはそれで問題があるのだが。
「んー。次は胴いくか?」
「いえ、それよりも気になることがあってですね」
「なんだ?」
「さっきゴーレムが倒れたときに……地面に亀裂が入ったです」
「お、おぅ……」
バキッ、と不吉な音がして、ゴーレムを中心に蜘蛛の巣状に亀裂が走った。それは部屋中の床に広がり、つまり二人に逃げ場はなく。
「……ああ。こりゃ諦めろ」
「落ちてばっかりですねぇ、本当に……」
床が抜けた。
◇◇◇
屍人を相手に無双するレンの背中で。リリカは静かに目を覚ました。
「ふあ……」
「しつけーーなーー」
「くぼぇ!」
なぜ激しく揺れているのか、何が起こっているのか、ぼんやりする頭で記憶を辿る。
(あれ、レン? えと……あたしなんで……)
そして、思い出した。
「きゃあああああああっ!」
「うわぁっ! 耳がーーっ!」
「あたしやっちゃったーー!」
「キンキンうるせぇ! 起きたんなら降りろーー!」
リリカの記憶の中では、人の腕を千切り飛ばしたことになっている。それが、レンが屍人の首をはね飛ばす光景と重なった。
「きゃーっ! 何してるのーーっ!?」
「うるせぇぇ! てめぇこそ何してんだ! 鼓膜破りたいのか!」
「もうやめてーーっ!」
「何をだぁぁ!」
リリカはレンが人を殺しているように見えた。意味もなくそんなことはしないことくらい分かるだけの付き合いがあるが、パニックでそこまで頭が回っていない。
「あたしも一緒だから! 一緒に罪を償うから!」
「罪ってなんのことだ!?」
「だからもうこれ以上はやめてーー!」
「だから何がだよ、って聞いてんだろうがぁ!」
話が全く噛み合わない。だがそんなときでも群がってくる屍人を殺していくレン。
それがリリカの目にどう映ったのかは想像に難くない。
「ダメーーーーっ!」
「さっきからなにをぉぉぉああああ首絞まってる!」
「はやく止まれぇーーーー!」
「心臓がか!? ちょ、マジで苦し…………ぃい!」
全力で首を絞められて、レンの顔からみるみる血の気が失われていく。
「人殺しはダメだよっ!」
「今まさにオレが死にそうなんだよバカヤローー!」
「いいから止まれ言ってんでしょーーがっ!」
「ぎゃぁ! 助け……ソリュ……ニャ……っ!」
背後を取られていたのが最大の失敗だった。いかにレンといえどもこれは振りほどけない。助けたのに殺されそうになるという不幸である。
遠くで騒ぐ彼らを見て、ソリューニャは軽く額を押さえた。
「なにやってんだアイツらは……」
『グオオオ!』
「あー。なんか見ての通り、たて込んできたしさ」
まっすぐ突進してくるバケモノに、ソリューニャは一歩も動かないままカトラスを向けた。
「もう終わらせるよ。竜の鱗」
『グクァ……ア?』
ソリューニャの全身と武器を赤い鱗模様の魔力が包み、足元の小石が弾け飛んだ。
直後の衝突。砂埃が勢いよく舞い上がる。今までで最も強い手応えを感じて、バケモノはニヤリとそのおぞましい表情を歪めた。
しかし霞が晴れたとき、バケモノは信じられないものを見る。
『バカ、ナ……!』
「はじめからこれじゃあつまらないだろう?」
ソリューニャは、カトラスを突きつけたままの姿勢で微動だにしていなかった。カトラスが頭にめり込んでしまいそうなほど力をいれても、ただの半歩も動かない。
焦るバケモノは、横なぎに腕もとい前足を振るった。
『グ、クォオオ!』
「いくよ、竜式二刀流──」
腕に手応えがない、逃げられた。バケモノは急いで赤い光を探す。
逃げられた、つまり哀れなバケモノはこのときまだ「狩人」の気分でいた。はじめから「狩人」はソリューニャだったというのに。
「尾撃!」
『背中ニッ……!』
バケモノの背中に軽やかに着地したソリューニャが、振り上げた二本のカトラスを頭に叩き込んだ。
『グクアアアアア!』
赤い一撃はバケモノの頭蓋を叩き割り、その先の地面にまで大きく傷跡を残した。
そして赤の衝撃波は今まさに死にかけているレンと錯乱するリリカのところにも届いた。
「わっ!」「ぶ、はっ!」
その衝撃でようやくリリカも我に返り、レンは命拾いしたのだった。




