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怪鳥ククルクス 2

 


 リリカが覚悟を決めて敵と向き合っていた頃、ジンは少し離れたところで怪鳥を圧倒していた。


「はっはっはー! 父ちゃんの方が千倍は強いぜー!」

「クケェェェェェ!」


 嬉々として戦うジン。怪鳥と比べると体は小さいが、それでも相手を圧倒している。


 怪鳥も魔力を持っている、いわゆる魔獣だ。

 恒常的に魔力を纏い、身体能力と防御力を上げているのだ。それがそもそも巨体を維持する基盤でもあり、その巨体で飛べるカラクリでもある。

 しかし結局はジンという個の持つ力が怪鳥にまさっていて。


「クケェェッ!」


 怪鳥は苛立たしげに鳴くと、喉に魔力を集め始めた。

 魔力が込められるほどそれ(・ ・)は硬く大きな岩石となっていく。


 ジンからすると特に注意することもない、怪鳥からするととっておき(・ ・ ・ ・ ・)の一撃が放たれた。

 単純な構造と言えど岩である。

 十分な速度と質量を持った岩石砲は人間にとって立派な脅威だ。


「遅ぇし脆い! ちょっと期待してたのに」


 それを同じく速度と質量のあるトンファーで真っ向から殴り砕いたジンは、残念そうに独りごちる。

 トンファーには傷一つ付いていなかった。砕けた岩が魔力に戻り消えていく。


 ジンは連続で放たれる岩石砲を、すでにトンファーすら使わずに砕き続けていた。

 岩を飛ばすだけの単調な攻撃に飽きたのだ。

 やがてそれは、岩をトンファーで砕かずに受け流す遊びへと変わっていった。


 ◇◇◇





 一方レンとリリカは、2対2の状況で怪鳥と戦っていた。


「おおおおお!」

「はああ!」


 リリカと合流してすぐ、相手が二羽ともがレンに岩石砲を飛ばしてきた。

 相手としては、速く走れるだけの少女より強力なパンチを使う少年の方が脅威だったのだ。

 それは愚策だったと思い知るのは、がら空きの背中に少女の蹴りが入ってからだった。


「「クェェェエ!」」

「ああもう! どっちがオレの獲物だよ!」

「どっちでもいいでしょ!」


 一発蹴ってから分かった。

 今の自分なら、たとえ三羽同時であっても勝てるだろう、と。


 リリカは、自分の成長を実感していた。

 もう、怯えることもない。逃げることもない。

 それが、たまらなく嬉しかった。


「ぉおらぁぁぁあっ!」

「グケッ!!」


 硬いとさかのある頭突きをひらりとかわしたレンが、怪鳥の横っ腹に手のひらを当てる。

 そして、凝縮した風を一気に解放する。

 手のひらから放たれた風は球状に膨れ、怪鳥を吹っ飛ばした。


「はあああああっ!」

「クケエエエッ!」


 それとほぼ同時に、リリカも勝負を決めていた。

 巨大なくちばしを抱えて、力任せに投げ飛ばしただけだが。

 踏み込んだ足元がひび割れ、リリカの踏み込みの強さとそこにかかった重量を物語っている。


「おお~。見事な背負い投げですなぁー」

「拍手してないでさっさと戻るわよ!」

「え? まだ十羽も残ってるのにか?」

「十羽()残ってるからよ!」


 リリカがレンの手を取ったとき、遠くで甲高い叫声が響いた。

 二人はそれが怪鳥のものだとすぐに分かったが、さっきまでとは様子が違うこともまたすぐに分かった。


「あっちでなんかあったみたいだな」

「嫌な予感しかしないんだけど……」


 不意に足音が複数近づいてきた。

 そのうちの一羽が他より早くレンたちに向かってきた。

 が、様子がおかしい。


「おーい!」

「お、ジン!」

「あんた何やったの!?」

「遊んでたら逃げやがったから、追ってるとこだ!」

「アホかっ!」


 元凶は、ジンだった。

 適当に遊んでいたところ、力の差にようやく気づいた怪鳥が仲間を呼んだのだ。


「でかした、ジン!」

「だろだろ?」

「もー、アホかーーーっ!」


 リリカの叫び虚しく、二羽目、本日四羽目の怪鳥が現れてしまった。

 ちなみにジンから逃げてきた怪鳥はレンによってあっさりダウンさせられた。



「「「クケェェェェェェェエ!」」」


 続々と現れて三人を囲むように立つ怪鳥たち。

 彼らは十羽目が到着すると、一斉に鳴き始めた。

 その音量に、気を失っていた三羽もふらふらと立ち上がる。


「うるせーなー」

「いいから早くかかってこいよなー」

「仲間を呼んだ……? どーすんのよこの状況!」

「あん? 吹っ飛ばすだけだ」「おうよ」


 ジンが頷いた直後、鳴き声がんで一斉に岩石砲が飛んできた。

 四方八方からの逃げ場のない攻撃である。

 一瞬の迷いが命取りだと、リリカは瞬時に頭を切り替える。

 今は目の前のことからだ。


「はっはーっ! そうこなくちゃなぁ!」

「これで少しは楽しめるな!」


 レンが岩を殴り、蹴り、片っ端から粉砕していく。巻き起こる砂煙は風で取り払っていくため、視界は常にクリアだ。


 ジンも両手に携えたトンファーで、舞うように岩を砕いていく。

 ある時は回りながら、またある時は足も使いながら、驚くほど軽い身のこなしで襲い来る岩を塵にしていく。


 リリカは迫る砲弾を全て、パンチで落としている。尋常でない速度の拳は少し傷付きながらも確実に岩を砕く。


 全員が味方の背中を守るために。一発でもかわしたり、落とせなかったりしたら後ろの二人に当たる。


「おいレン! そろそろ攻めるぞ!」

「よしゃ!」

「リリカもいいな!」

「……いいよ!」

「せーのっ!」


 合図と同時、三人はそれぞれの前方へ飛び出した。


「おらぁぁぁぁあ!」


 レンは高速で怪鳥の足元を駆け抜けると、跳んだ。

 慌てて振り返った怪鳥のくちばしに、風を纏った裏拳を食らわす。

 その巨体が嘘のように吹っ飛ぶ怪鳥。


 着地と同時に、再び高く跳び上がる。

 別の二羽の個体がレンに岩石砲を撃つが、レンは風を放出することで、ふわりとこれをよけた。

 さらにレンは高速落下のエネルギーを利用してのドロップキックで一羽を沈め、巨体を足場に真横へ跳んでさらに一羽を殴り飛ばした。




「ぅれやぁぁぁぁあ!」


 ドン!

 という音を立てて吹っ飛ぶ怪鳥。

 真っ正面から無策で突っ込んだだけだが、その分シンプルに、迅速に押し切った。


 殴った直後で空中にいるジンに、岩石砲が左右から放たれた。

 ジンはトンファーを岩に軽く当てると、エネルギーを殺さないように岩を受け流す。

 岩はトンファーとの接面で火花を散らしつつも、ほとんど素の威力を保ったまま飛んでいき。

 怪鳥たちはジンが直接手を下すまでもなく、互いが互いの攻撃いわを受けて倒れたのだった。




「はぁぁぁぁあ!」


 リリカも二人に劣らぬスピードとパワーで、速やかに一羽目を片付けた。

 リリカは未だ恐怖心と警戒心を持っており、決して相手の正面に入ろうとはしない。


 実際にはあの岩石砲の雨すら無傷で受けきったのだから、大きなダメージを受けることはなかっただろうが、長年抱き続けてきた相手へのイメージはそうすぐには振り切れるものではなかった。

 その結果、リリカはいい動きで巨大な怪鳥を翻弄し、一度も危なげのある行動をしない堅実な戦いで怪鳥を制したのだった。



「ふぅー。言うほどでもなかったな」

「やっぱり1対30くらいでちょうどいいくらいだな」

「はぁはぁ。あんたたちすごいね。なんでそんなに余裕があるのよ」

「お前がびびりすぎてんだよ」

「……確かにそうかもね。実際にやってみてそんな気もしたような」


 まだ立っている個体もいるが、無事な個体はいない上に戦意もない。

 これが人間なら、降伏か逃走の二択だろう。

 そして鳥ならば、


「クケェーーーーーーーッ!!」


 迷わず逃走の一択だった。


 高らかに鳴いたのは一際大きな、群のボスだ。

 鳴き方が特徴的なのは恐らく、仲間を呼ぶ、撤退を伝えるなどの使い分けがあるのだろうと、リリカは見当をつけてみる。


「「「クケェーーーーー!」」」


 リリカの予想通り、怪鳥たちは傷ついた体を重そうに持ち上げると、一斉に飛び立った。


「おお!? 次はなんだ!?」

「上から来るか!?」


 ワクワクと身構える二人は、次の攻撃を待つ。


「…………」

「…………」

「……あり? なんもしてこねぇぞ?」

「あれ……? 逃げられた?」


 ようやく気づいたようにレンとジンは言う。

 彼らなら逃がさないこともできたが、勘違いのため結局は逃がしてしまった。

 怪鳥たちは、二人が好戦的で馬鹿であるがために命拾いをしたということになる。


 だが、次に羽を休めることのできる地はかなり遠くにある。

 今度は疲れた体で海を渡らなければならないということだ。

 怪鳥たちにとっては散々な日だった。










 男は、洞窟の中でトトを抱きしめながら外の様子が気になって仕方がなかった。


 あの少年たちが、自分たちのかたきを軽々と殴り飛ばした光景が頭から離れない。

 男は激しい葛藤を抱えていた。

 それはつまり、二人は本当に自分たちの敵の仲間なのかという迷いである。男はだんだんと、二人は関係ない、それどころか味方であるとすら思えてきたのだった。


「……リリカ、無事かな」

「おい、誰か見てこいよ」

「いや……」


 時々聞こえる地響きに悪い想像を掻き立てられ、不安はますばかりだ。

 リリカが出て行ってからたったの数分であっても、1秒1秒数えるようなもどかしさが村人たちに悠久の時を思わせた。


 だからリリカが木の扉を叩いて無事を知らせたとき、洞窟内に静かな歓喜が湧き上がったのだった。

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