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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
屍の洞窟編
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嵐の前の一騒動

お待ちいただいた方へ。

ぼちぼち再開します。またよろしくお願いします。

 

 燦々と輝く太陽の下で、山を登る一行。登りはじめた今朝方には草木の生えた道を歩いていたが、気づけば石や岩ばかりの道を歩いている。


「ふあーあ、登るだけってのも飽きてきたな」


 退屈そうに呟いた毛先のハネた黒髪の少年、レンが欠伸をした。いつものパーカーを羽織ったおおよそ登山にしてはラフな格好をしているが、その足取りはしっかりとしている。


「バ~カ。足元しっかり見とけよ」


 気だるげな猫目と刺々しい黒髪で少年、ジン。レンと共に、拾った棒を杖代わりにつきながら危険な足場を回避していく。彼らは何度か、サバイバルで生き残るための訓練として山に登らされたことがあるのだ。


「なにをっ。見てるぞ!」

「うそつけ! 欠伸してたじゃねーか」

「しながら見てた!」

「まだ言うかこの!」

「かかってきやがれぇ!」


「やめいっ!」


 声を上げたのは、二人のあとに続くミニスカートに旅装という格好の少女リリカ。これまた黒髪だが癖っ毛で、肩に掛かるくらいのショートにしているのは伸ばすと手に負えなくなるからである。


「はぁ、はぁ。リリカさんたちは、体力あるです……。羨ま、しいのです」


 少し離れて荒い息のまだ幼い少女、ミュウ。灰色のローブを羽織って、武器の杖をある意味正しく使いながら進んでいる。彼女はダークエルフという人種で、人と比べて年齢より幼い容姿と褐色の肌をしている。


「はは、たしかにありゃ化け物だけど」


 腰までの長い赤髪を一つに束ねた、ソリューニャという竜人の少女である。長身とマントの下に覗かせる豊満な肢体が大人の色気を醸しているが、実際はまだ二十歳はたちに満たない。


「おお、見ろよジン。もうこんなに登ったってよ」

「本当だ。景色がちっちゃいなー」

「ちょっとあんたら、前見て進んでよねっ!」

「おいリリカー。そこ危ねーぞー」

「え、わわっ!」

「あっははは」


 先頭の3人は、どこだろうと何だろうと自然体で楽しむ。これはクラ島で出会って以来ずっとのことである。


「はぁ、はぁ……私も一緒に、鍛えながら旅してたのに……。なんでみなさん、こんなにも……」

「気にしなくていい、というか比べちゃダメだと思うよ。ダークエルフは人間より身体能力が低めだってのは有名なことだろ?」

「そう、ですけど。悔しいの、ですよ……」


 後ろ2人は共に亜人族ということもあり、他とはまた違った親密さがある。


「はぁ、馬車の旅が、もう恋しいのです……」



 さて、5人がなぜ山を登っているのかというと、話は少し前。




「あー暇。リリカ、なんか面白いことしろよ」

「……なんで、あたし? よりによって、この気分悪いときに?」

「退屈なんだよ~。なんか声出すだけでもいいからさー。頼む」

「動物扱いかコラ! あんた覚悟しときなさい!」


 ごとりごとりと馬車の中。向かう先はミュウの故郷、フィルエルムである。


「船が苦手とは聞いてましたけど、乗り物はみんなだめなのです?」

「意識あるからまだ大丈夫な方だ。……っつーわけでなんか鳴け」

「鬼か!」


 フィルエルムはマーラの端の方、国境付近にある。

 国境とはいっても、未開拓で人の手の及んでいない土地も多いためそれは厳密なものではない。フィルエルムも地理的にはマーラだが、マーラからの干渉は受けておらず、ほぼ独立した国といっていい。


「そうそう、フィルエルムだったな。このまままっすぐ行くと山があるんだが……遠回りすれば山越えしなくて済むがどうする?」


 フィルエルムはその周囲の半分を山に囲まれており、もう半分は馬車では通れないような地形だ。まっすぐ山を突っ切れば歩いて迂回するよりかなり早く着ける。

 どちらを行くかと言われると、


「山登り? したいしたい!」

 とリリカ。

「その……ゆっくりでもいいですよぅ」

 小さな声でミュウ。

「山の方が面白そうだ!」

 これはレンとジン。

「ま、歩きにくいだけの道を行くよりは」

 ソリューニャ。


 ということで山である。




 二頭の馬が引く馬車の旅だが、長旅を休みなしに走りつづけることはできない。馬はデリケートな動物だからだ。食事や休養、ブラッシングなどでストレスを発散させる工夫が必要になる。

 だから昼に最低でも2、3回は止まって休憩し、夜から朝まではしっかりと睡眠をとらせる。


 ではこの時間、彼らも休憩するのかと言うとそんなわけがない。


「おーい、ちょうど水場だ! 休憩するぞ!」


 御者が声をかけて馬車を止めた途端に、


「待ってましたーーっ!」

「やふぅーい!」

「ん、んんーっ。座りっぱなしはさすがに辛いね」


 レンとジンとソリューニャが飛び出し、


「ああああ、ガタガタしてお尻が痛いのです……」

「ああー、少し。船ほどじゃないけどやっぱり酔うぅぅ」


 よろよろとリリカとミュウが降りた。


「よっし、少し体を動かすか!」

「ああ、修行は継続しないとね。座りっぱなしじゃ弱くなるよ」

「あっ、そうだあんたたちそこに直れ! さっきはよくも好き放題言ったわねー!」

「わははは! 逃げろー!」


 彼らはこの時間を、修行に費やすことにした。これから何が起こるかも分からない以上、鍛えることはひたすらに得なのである。



 と、こんな感じの旅がしばらく続いたある日、盗賊とおぼしき集団に馬車が襲撃される。


「くそ、運がねぇな……! おい、お前ら! 全力で逃げ……あれ?」


 包囲を突き破って強行突破しようとした御者だったが、3人ほど姿が見えない。


「わははは! くたばりやぁ!」

「アタシもっ。はぁぁあ!」

「うりゃ、おりゃ、とりゃ!」


 この日は、武闘派の3人(レンとジンとソリューニャ)による蹂躙でこれを突破したのだが。

 馬車は次の日も襲撃を受けた。そして言うまでもなく、敵は壊滅。


 さらに次の日には、

「うわ、昨日までの倍はいるぞ! さすがに逃げ……」

「とやーー」


 返り討ち。


 またさらに次の日には、

「うわー、今日だけで三度目だ! さすがにもう疲れて……」

「とやーーー」


 殲滅。


 挙げ句の果てには、

「うわーー、デカいトカゲがわらわらと! でもどうせ……」

「とややーーーー」


 このころになってくると、御者も慣れた。


 が、レンたちがいかに強かろうとも馬が感じるストレスはどうしようもなく。山がはっきりと見えるところまで来たその夜、とうとう御者は引き返すことを決めた。


「すまね、馬の限界が近いんだ。どのみちこいつで山は登れねーし…………おれはここで引き返すよ」

「おお、そっか! ここまでサンキューな!」

「アタシたちは大丈夫さ。それより帰りに気をつけなよ」


 見放されるのと同義だが、この一行にとっては大した問題ではなかった。盗賊だろうとトカゲの怪物だろうと敵ではない。むしろここら一帯で最も安全な場所が彼らのいるところである。


「あっさりと、はは……。今度はこっちがお前たちを雇いたいぜ……」


 乾いた笑みを浮かべる御者が印象的な、馬車の旅の最後の夜だった。




 ◇◇◇


「うわ、すげーな!」

「おお、崖になってんぞ。深ぇーー!」

「ひゃあ! 霧がかってる!」


 日が傾きかけた頃、一行は広くたいらな岩場にたどり着いた。岩場の中央あたりにはそれを真っ二つに分ける巨大な裂け目が見える。


「明日はここ迂回して進まねーとな」

「そうだな。繋がってて運が良かった」


 裂け目はしばらく先までは続いているがそこで終わっていて、足場そのものは繋がっている。


「今日はここまでだな」

「ああ。夜営の準備しねーとな」

「わぁ、こんな高いところで寝るのなんて楽しみ!」

「お前、寝相悪いからな。気をつけねーと崖から落ちるぞ」

「怖いこと言わないでーー!」


 夜の登山は素人には危険が多いため、彼らはまだ明るいうちにここにキャンプを張ることにした。遅れてようやくミュウたちも顔を出す。


「はぁ、はぁ。やっと、着いたのです~……!」

「お疲れ、ミュウ」

「おーい、ミュウちゃーん」

「くた~~……」


 夜営の準備とはいえ、やることはそう多くない。

 まず、探索。一晩過ごすだけだが、ここにどんな危険があるのかは知らなければならない。

 そして、火。旅の途中で身体を冷やしてしまうのは少々まずいからだ。

 たきぎはここに来るまでに拾ったものを使う。ここは乾燥した土地で、水気のないいい薪には困らない。


「じゃ、ジンとミュウは火起こしといてくれ。オレたちはこの辺見てくる」

「りょーかい」


 薪を詰めた鞄を開けると、ジンは手早くそれを組んでいく。組み方にもコツがあり、火を一定の強さで長持ちさせるにはこの技術が欠かせない。

 ちなみに、着火は簡単だ。海岸でやったように摩擦熱で、というのもできなくはないが、今はミュウがいる。


「じゃ、ミュウ。いつもの頼むぜ」

「はいです。深紅の燐星(クリムゾンフレアー)っ」

「おお、いつ見ても便利だな!」


 杖の先に小さな火の玉が生まれ、放たれた。火の玉は薪の中心で弾け、薪に移って燃え上がる。

 これが便利だった。摩擦熱より簡単で、しかもより確実に火が起こせる。


「おーい、この辺なんにもなかったよ」

「崖以外の危険といえばリリカの寝相くらいだな!」

「何よ、あんたも似たようなもんでしょうが!」

「いつの間にか消えてるお前ほど悪くはねぇぇえ!」

「きゃーーっ、言うなバカーーッ!」

「ぷげらっ!」


 ここは良くも悪くも何もない。あるのは見渡す限りの岩と、まばらに生えた植物くらいだ。


「さーて、食事の用意でもするかな」

「おーー、メシだーー!」


 しかし、本当の危険はいつも見えないところに潜むものだ。


「お?」

「うわ……!」

「きゃっ」


 何の前触れもなく、レンとソリューニャとリリカを巻き込んで、崖が崩れた。


「あぁっ……!」

「ミュウ、離れろ!」


 いち早く、ジンはミュウと手近にあった荷物を掴んで避難した。

 ガラガラと大きな音を立てて、崖近くの岩が崩れていく。


「いやーーーー!」


 その音はミュウの悲鳴もかき消して、奈落の底へとこだましていった。


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