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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
羊のひづめ亭編
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リリカとミュウの、置き土産

 



 レンとジンとソリューニャは、軽い変装だけして二週間ぶりの外へ出た。変装がいるのは用心のためであり、万が一追っ手に見つかったときドートたちに迷惑をかけないためである。


 リリカとミュウはすでに酒飲みたちの顔なじみになってしまっているが、これはもう仕方がない。今から箝口令かんこうれいを敷くのも逆に怪しいため、5人が揃っているところを知られないようにだけ気をつけるようにしてあるだけである。ちなみにメイド服のデザインがカキブのものと判明したためにメイド服もお蔵入りだ。


 ドートとミケノには詳しくは言えないと前置きしたうえで注意をしておいた。もし誰かにリリカたちのことを聞かれても、知らないで押し通せという注意である。

 とにかくドートたちに迷惑はかけたくない。という全員の気持ちがそこにはあった。


「んんーーっ、いい天気だ!」

「ああ、気分がいいね」


 さて、三人が向かうのはなつかしきギルドだ。ギルドがあるということはそれだけ働き手の需要があるということであり、その数多の依頼の中には一発で稼げるようなものもある。


「デカい仕事で家賃も弁償代もまとめて払おうってことだったよな?」

「ああ。討伐系の依頼なら不可能じゃないはずだよ。ただ問題は受けさせてもらえるかどうか……」




「そこをなんとか!」

「規則は規則ですので」


 ソリューニャの心配は当たった。

 新入りは小さな仕事を積み重ねて実力を見せて認められなければ、難易度の高い依頼を受けさせてはもらえないのだ。


「だぁーっ! そんなまどろっこしいことしてられっかよ!」

「うん、何かいい方法はないのか?」


 レンとソリューニャが考えをめぐらしていると、ジンが画期的な作戦を提案した。


「ここで一番強ぇ奴をボコボコに叩きのめして、実力を見せつけりゃあいい。なんならそれで無理やり依頼を受けさせて俺たちが行って、報酬だけ全部ぶん盗りゃあいい」


 非常に彼らしい、乱暴で無茶苦茶な作戦だった。

 ……が、ここにいるのは好戦的な3人。


「なるほど……。一番手っ取り早くていいじゃないか、気に入ったよ」

「面白ぇ! 久々に腕が鳴るぜ!」


 唯一の常識人ポジションのはずのソリューニャも本質は戦闘狂。二週間も体を動かしていなければストレスもたまるというもので、真っ先にノってきた。


 が、この会話を聞いていた周囲のギルドメンバーたちが黙っているはずもない。


「ナマ言いやがって……!」

「いるよなぁ、自分を過信する未熟な奴ら。ムカつくぜ!」

「舐められたまま終われるかよ!」

「おろ? 雑魚が釣れた」

「ふむ、まずはこいつらから叩くか」


 一触即発。

 そこに、三人の男たちが割り込んできた。


「まあ、待ちな」

「ガキの言葉なんかにいちいち突っかかってんなよぉ。へへへ」


 すると色めき立っていた周囲が今度はその三人をはやし始めた。


「おおっ、戻ってきてたのか!」

「うちじゃ最強のパーティーだぜ!」

「イカすぜ旦那ー!」


 どうやらギルド内最強のパーティーらしい。となるとレンたちが考えることは一つ。


「なら、決まりだな! 悪いが凹させてもらうぁ」

「おいこら! その人たちに刃向かおうなんて百年はやいんだよ!」

「まあ、待ちなってよ! へへ、どうするリーダー?」

「やっちまってもいいんじゃないかい?」


 それまでずっと黙っていた、リーダーと呼ばれた男が口を開いた。


「はは。いいんじゃねーのか? これで俺たちが負けるようなことがあれば実力は本物ってこった。ギルドマスターには俺から口添えしてやるよ」



 ということで、第一ラウンド。


「ほれ、まずはオレっちからよ。危険な仕事じゃ戦闘力が大事だぜ! ルール無用、かかってきな! 三人まとめてでもいいぜ?」

「さすが元傭兵!」

「かっくいいー!」


 ドートよりもゴツい、いかにもな風貌をした男が腕を組んでニヤニヤと三人を見下ろした。

 その三人というと、無論三人でなどとは考えもせず、むしろ戦える奴がラッキーという考えのもとじゃんけん真剣勝負である。


『じゃーんけーん……ポンッ!』


「ぐぁぁーっ、負けたー!」

「それじゃまずはアタシからだね!」


 勝ったのは、ソリューニャ。


「女が一人でいいのか? いくぜっ、後悔するなよっぎゃぁっ!」


 勝ったのは、ソリューニャ。

 右フックが綺麗に決まった。


「嘘だ……」

「あいつら何者だ?」


 第二ラウンド。


「つ、次は俺だ! 男なら腕力、つまりルール無用ガチンコ腕相撲で勝負じゃあ!」

「うおおお!」

「いけー、我らが怪力ナンバーワン!」

「ただの腕相撲に大げさなタイトルつけるそこに痺れるぜ!」


 レンとジンでじゃんけん。勝者、ジン。


「くっそーー」

「へへっ。お前はそこで見てな!」


 ジンが男と手を握り、肘を酒樽に乗せる。


(へへへ、俺の魔導で一瞬だぜ!)


 男の魔導は調節の利く放出型。手から魔力のジェット噴射でパワーを上げようという算段である。


「レディ……ゴー!」


「ふははは! 一瞬で終わらせてててててて!」

「ひゃひゃひゃ、どーしたよ? 降参なら言えよ?」

「ぎゃあああああああ!」

「ふん…………ッ! よぉぉおい!」


 勝者、ジン。

 男が魔導を発動する前に男の手を握りつぶして力を出させないという。これがジンの真骨頂、彼は手段を選ばない。


「な、なんと……!」

「あの少年……出来る!」


 最終ラウンド。


「ふん……なかなかやる。実力があるのはよーく分かったが、約束は約束だからな。俺様を倒さない限りは認めてやれねーぜ?」


 で、やたらとボスらしい風格のリーダーが提案する三番目の勝負が。


「……あっち向いてほいっ。で勝負だ!!」

「地味!?」

「言葉が見つからねーぜ!」

「ファン辞めようかな!」


 散々な言われようだが、勝機は十分にあった。というのも、この男の魔導の一つに眼の強化があるからだ。じゃんけんもあっち向いてほいっ。も相手の動きが止まって見えるのでは楽勝だろう。

 なんというか、セコい。


 挑戦者は、レン。


『さーいしょーはグー。じゃーんけーん……』


 男は魔導を発動して体感時間を引き伸ばした。レンの指の動きは、チョキ。


(見えた! 俺様はグーを出せば……)


 風が男の目を撫でた。


「うわっ!?」

「ぽん」


 思わず手で顔を覆ってしまった男の手は、パー。レンはチョキ。


「あっち向いてー」

「ぶぇっくしょい!」


 鼻を風がくすぐり、男がくしゃみをした。思い切り下を向いている。


「ほいっ。オレの勝ち!」


 そのままレンは指を下に向けて勝利をおさめた。


「自信満々で提案したあっち向いてほいっ。でも負けたーー!」

「うわーー。なんだあいつら、すげぇ!」


 以上、3 勝0敗でレンチームの勝利である。





 そのころ、「羊のひづめ亭」では。


「今頃あいつらギルドにいるのかなぁ?」

「何日か掛かるって言ってたですよね。……でも、帰ってきたらもうここも出なきゃですね」


 少し寂しい空気が流れる。


 リリカにとって冒険とはずっと憧れていたこともあり、いま最大級の「楽しいこと」だ。だが、そのリリカも居心地のいいここを離れるのに未練があった。


 しかしこの葛藤に悩むことはない。それでもリリカの気持ちは決まっているからだ。世界を楽しむこと。そのためにリリカは冒険し、世界を覗きたいのだ。


 ただ、とまり木に少しだけ愛着が湧いた。それだけのこと。


 ◇◇◇





 それから数日が経ったある日の、羊のひづめ亭の前にて。


「あんがとな! おっさん! おばさん!」

「いろいろ世話んなったな! サンキュー!」

「ミケノさん、ドートさん。本当に、助かりました。改めて、ありがとうございました」


 旅装束に身を包んだ少年たちが、ドートとミケノと最後の別れをしていた。


「おう。まあ、なんだ……。その、楽しかったぜ、俺も」

「うふふ。顔が真っ赤」

「るせぇ! 酔ってるだけだ!」


 笑顔のレンたちに対して、リリカとミュウはボロボロに泣いていた。


「うぅっ、二人とも、ありがとう……」

「ですっ、ですっ……。とても……楽しかったのです」


 この二人はドートやミケノと長く一緒にいた二人だ。思い入れは、レンたちの比ではなかった。


「バカヤロウ、めそめそ泣きやがって……。とりあえず笑顔って、いつも言ってきただろ?」

「そういうあんたも、そんな顔でよく言うね」

「うるせー。お互い様だろ」

「あらやだ」


 当然、ドートたちの二人への思い入れも大きなもの。


「うええええん! ドートさん、ミケノさんっ!」

「あらあら、嬉しいねぇ。うちの用心棒さんは可愛くて仕方ないよ」

「看板娘も、用心棒も、お前たち以外にゃ務まらねー。いつでもまた、寄ってけよ」

「はいなのです……。きっと。きっとまた来るのです」


 本当に、世話になった。今、生きていられるのは彼らのおかげと言っても過言ではないのだ。

 だからこそ、この別れは辛かった。


 ドートが目をゴシゴシと拭って、真っ赤な目で声を張り上げた。


「さーて、もう行け! いつまでもこうしてるわけにもいかねーんだ!」

「おう! じゃーな、おっさん!」

「ほらほら、あんたらも。行かなきゃなんないんだろう?」

「うん……。バイバイ、またね……っ!」


 朝日に照らされた五つの影が、小さくなっていく。

 そして、見えなくなった。


 ◇◇◇





「……行っちゃったねぇ」

「ふん。やっと静かになったぜ」

「うふふ。良い夢ほど、覚めると寂しいものなのねぇ」

「だから、夢なんかじゃねぇ。寝ても覚めても忘れないだろ?」

「ふふ……そうねぇ」


 夫婦は、影が見えなくなってもそこに立ち尽くしていた。子供のできない二人に、突然空から屋根をぶち抜いて現れた夢。その余韻は寂しさだけでなく、心地よい温かさを置いていってくれた。




「……さて、そろそろ入ろうか」

「ああ。そうだな……」


 すっかり涙も収まり、二人が羊のひづめ亭に入ろうとしたとき、一人の兵隊が声をかけてきた。


「そこの二人、すまないが少し」

「んあ? ああ、どうかしたのか」

「大したことじゃないのだが、見てもらいたいものがあってな」

「なんだ?」


 こうしてドートが見せられたのは、数枚の紙束。


「これなんだが。なにか心当たりはないか?」

「…………いや」


 そこに描かれていたのは。


「知らねーな、そんなガキども」

「そうか、すまないな」

「ああ。知らねーよ……」



「そんな息子たち(ガキども)……」


 ドートはそう言って、店に入っていった。




「うふふ。立派なお父さんだねぇ」

「るせぇよ。ったくあいつら、なにしやがったんだ…………」

「たいへんな子たちを泊めてたのねぇ……あら?」


 店のテーブルの上には、いつの間にかメイド服とエプロンが畳んで並べてあった。


「あらあらあら、うふふ。どうしようかねぇ、これ」

「ふん。仕舞っとけばいいだろう」

「思い出として残しとくのかい?」

「思い出? そんなもんはもう持ちきれねーほど持たされちまったよ。もう十分だ」

「いつになくロマンチックだけど、じゃあどうして?」


 ドートはフンと鼻を鳴らすと、そっぽを向いて少しだけ口角を上げた。


「……次あいつらが来たとき、返してやるために決まってるだろう? そうだな、酒でも飲みながら……」


 羊の夢は、まだ終わらない。


 お読みいただき、ありがとうございます! 羊のひづめ亭編、これにて完結です! 


 次回より冒険らしい新章となります。

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