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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
羊のひづめ亭編
55/256

リリカとミュウの、用心棒

 



 唐突だが、酔っ払いどもで賑わう大きな酒場にメイド服を着た少女が一人。時間帯は深夜。

 何事もなく終わるわけがなく、しかしドートはそれを失念していた。


「イヤッ! 離して!」

「いいじゃねぇかよぉ~。ちょっとくらい付き合ってくれたってよぉ~、ヒック!」


 ミュウが料理を数人の男たちのところに運んだとき、その中の一人にいきなり手首を掴まれた。そして男たちは、酔った勢いのまま非力なミュウに絡み始めたのだった。


「なぁ、いいだろー?」

「うぃ~~、ひひひ! 嫌がる表情もかっわいーな!」

「へへ、こぃつぁいいや!」


 他の仲間たちもミュウを取り囲み、彼女の逃げ道を塞いだ。男たちは誰もが屈強な肉体をしており、その風貌からは乱暴な気がにじみ出ている。

 これを見ていた客たちも何事かと集まりはじめ、その輪は徐々に広がっていく。が、誰一人として助けには入らなかった。

 当然だ。ミュウを襲う男たちは明らかにこういった荒事に慣れており、もし邪魔をすればただでは済まないことなど簡単に伝わってくる。


 この騒ぎにいち早く気が付いたドートが輪の中に飛び込んできた。


「てめーら、その子を離せっ!」

「ああん? なんだオマエは?」

「あっ、ここの主人じゃねぇか?」

「うひひ、ちょうどいい。オイ、この子俺らに譲ってくれや」


 ドートも一般人には充分な威圧感があるが、しかし今回は相手が悪かった。


「馬鹿言ってんじゃあねぇ! 早く離せ!」

「んだよこら、逆らうってか!?」

「おらおらおら、ナマ言うなよコラ!」

「ぐわっ!」

「ああっ、ドートさんっ!」


 蹴り飛ばされたドートが他の客を巻き込んで吹っ飛んだ。慌てて顔を出したミケノがうずくまるドートに駆け寄る。


「ひゃはははははっ!」

「さあさあ行こうぜお嬢ちゃんよぉ!」

「いやーーーーッ!!」

「るせぇな。おとなしくしやがれ!」


 暴れるミュウを無理やり連れて、男たちが店の外に出ようと一歩踏み出した。客が慌てて下がり、道を作る。

 すでに酔いも醒め、しかしそれでも男たちを止めようとする人はいない。ドートが蹴り飛ばされたことは他の客に対する威嚇にもなっていた。


 しかし、客が割れてできた道。その真ん中に立つ人影。

 そしてそれは、この場でこの無法者たちを止められるただ一人の人物。


「あんだぁ? どけよ」

「…………て……な」

「はぁ? 何か言ったか?」

「だから…………」


 リリカだ。


「汚い手で触るな! って言った!」


 リリカが男たちの真正面に立って彼らを睨み上げた。


「なんだとォ? オマエに用はねぇ!」

「俺たちに逆らうってんなら、女だろうと容赦はしねーぜ!」

「り、リリカさんっ!」

「ぐ……リリ、カ……!」

「だーかーらー…………」


 一人の男がリリカに掴みかかる。リリカは苛ただしげに呟くと、その男に強烈なパンチを見舞った。


「離せってんでしょーーがーー!」

「ぐぁぁあ!?」

「てめ、ナメてんじゃねぇぞ!」

「知るかッ! いいから、ミュウちゃんを離せ!」


 怒って殴りかかってきた男の右ストレートを余裕をもって見切り、その腕を掴んで力任せに投げる。男は弧を描いて床にたたきつけられた。


「とやーー!」

「ぐはっ!」

「なに!? くそ、やっちまえ!」

「ふぅ。ごめんねミュウちゃん、すぐ片付けるね」


 リーダーと思しき男の指示で、男たちが二人同時にリリカに迫る。しかし、二人はリリカに触れることもなく、気づいたら壁にたたきつけられていた。


「く、そがぁっ!」

「やーっと手離した。でも……」


 最後に残った男が、ミュウの手を離してリリカに飛びかかる。


「許さないから!」

「ぐぼぁっ!」




 リリカは男たちを酒場から放り出し、一仕事を終えたと言わんばかりに一息ついた。


「リリカさんっ!」

「あは、ミュウちゃん。やっつけたよ!」

「ありがとうですっ!」

「えへへー」


 リリカは抱きついてきたミュウを満足げに見下ろし、サラサラの銀髪を撫でた。


「お、おおおお!」

「すげぇ、あの子すげぇ!」

「てか、あんな子働いてたか?」

「怪力娘だ! いいぞ!」


 沸き立つ客たち。リリカは今の活躍で一気にその知名度を上げた。



 ドートがやってきて、リリカの肩に手を置いて言った。


「いや、見直したぜ。ありがとうな、リリカ」

「へっへーん。ミュウちゃんのためだからねっ」

「そうか。いや、もうお前は立派にここの従業員だ」


 それを聞いてリリカは目を輝かせた。


「ホント!? なら、あたしもミュウちゃんみたいに……」

「ああ、そうだな。今からお前は……」


「用心棒だ」


「看板娘じゃなかったーー! あたしも看板がいいよ!」

「バカ、おめー。用心棒っつったらアレだぜ? ほら……アレだ。な?」

「なにそのもやっとした説明! あれってなんなの!?」


 ということで、リリカは用心棒の称号を得た。



 ちなみにこの事件が原因で、街にこんな噂が流れるようになるのをリリカはまだ知らない。


『おい、羊のひづめ亭知ってるか?』

『もちろん。常連だぜ?』

『そこでな、滅法強い女の子が働いてんだってよ!』


『なに? 怪力娘?』

『ああ。大の男を次々と投げ飛ばしたらしいぞ』

『嘘だろ、ははは。ゴリラかよ』


『おいおい、その話って本当かよ』

『この目で見たんだって!』

『ほぉー。それなら魔導士なのかな?』


『怪力の、女の子?』

『ゴリラみたいな姿してる』

『怪力ゴリラだって?』

『女の子って、ゴリラのか!?』


 多少の紆余曲折はあったものの、羊のひづめ亭には「いる」ということだけは広まった。


「よぉ、ドートの旦那ぁ。雌ゴリラ雇ったんだって?」

「誰がゴリラ!?」


 ◇◇◇





 ミュウを気遣ってか、二日目は少し早めに終わった。今日も大変な一日だったが、慣れもあり昨日ほどの疲れはない。

 そうして二人が店の片付けを手伝っているとき、野暮用で二階に上がったミケノがソリューニャを連れて下りてきた。


「リリカちゃん、ソリューニャちゃんが起たわよ」

「えっ!? ソリューニャ!」

「……ああ、はは。迷惑かけたね、リリカ」

「ソリューニャー!」


 リリカは雑巾をほっぽりだしてソリューニャに飛びついた。ソリューニャは包帯が巻かれた腕で受け止める。


「よがっだ~~。うぇぇ~~ん」

「お、おいおい。リリカ……」

「あの、ソリューニャさん。無事でよかったのです」

「うん。えと、ミュウ、だよね? アンタにも迷惑かけたみたいで、すまないな」

「いえ! 助けてもらってこちらこそなのです!」


 リリカはしばらくわんわんと泣き続けた。ソリューニャはそんなリリカを、困った顔をしながらも愛おしげに抱きしめた。


(心配されることなんて、久しぶりすぎて困るな。なんか照れるよ……)




「そうか、そりゃよかった」

「うふふ。また一段と騒がしくなるねぇ」


 リリカたちが上がって、残されたドートとミケノは今日も仕事終わりの乾杯を楽しんでいた。もう何年目だろうか、この習慣もすっかり当たり前になってしまった。


「嬉しいね。子供が一度に五人もできたみたいで」

「ふん。屋根ぶち抜くようなガキどもに育てた覚えはねぇな」

「あら。なんだかんだですっかりお父さんの気分じゃない」


 その当たり前が昨日から特別になった。子供がいる夢を肴に飲める酒は、最高に美味い。


「……あたしがこんな体じゃなきゃあ、夢で終わらなかったのに」

「バカヤロ! お前のせいじゃねーって、何回も言ってきたろ?」

「でも…………」

「気にすんな。ガキが欲しくてお前と一緒になったわけじゃないんだからよ」

「うん……」


「……俺ぁこうしてお前と酒が飲みたかっただけさ。俺ぁただ、今こうしていたくって、ここにいてくれてるお前を、愛しただけさ……」


 ドートは、苦味の中のほのかな甘さを味わいながらビールを飲み干した。


「だからよ、こいつが最高の酒なんだぜ……」


 ◇◇◇





 場所は変わってソリューニャたちの部屋。

 部屋に入ると、レンもジンもすでに目を覚ましていた。というかだいぶ前から起きてはいたのだが。身体がボロボロすぎて降りては来られなかったのだ。


「レン! ジン! よかったぁ……」

「よぉ、リリカ」

「遅かったじゃねぇか。下でなにしてたんだ?」

「な、なんでもいいでしょ!?」


 リリカは慌てて目をこすった。泣いていたなんて恥ずかしくて言えない。

 ほのぼのとした空気が部屋に充満する中、ソリューニャが一つ咳払いをした。この状況やカキブでのこと、今後の予定など話さなければならないことがたくさんあるのだ。特に、お互いについての情報のすり合わせは急ぎの議題である。


「……さて、と。まずは話をしないとね」

「おう、そーだな」

「あー。とりあえずリリカ。ここどこだ?」

「あっ、それ私が答えるです」


 ソリューニャの質問に答えたのは、ミュウだった。彼女は隣の部屋から紙を持ってくると、床に広げた。


「今日、買っておいた地図です」

「うわ、準備がいいな。助かるよ」

「えへへ。えーと、私たちがいるのがマーラ王国のチアン……地図だとここですね」

「マーラ王国!? あの魔方陣、国境渡ったのか!」


 全員がミュウの指さすあたりを凝視した。地図の左あたり、そこには確かにチアンとの記述がある。


「カキブがここだね」

「おお、だいぶ離れてら。これならしばらく追っ手も来れねーか?」

「それ以前にアタシたちを捕捉できてるかも怪しいよ。場所が分かってるなら、兵隊送り込むくらいのことはするだろうしね」


 事実この時点ではまだ解析は済んではいない。そもそも解析自体がとても難しい作業なので、普通は魔方陣からの捕捉はないと思ってもいい。


「でもバレたらおんなじ方法で飛んできそうだな。そうなりゃすぐだぜ」

「うーん。でも気をつけるくらいしか対策ないからねぇ。それに何の断りもなくいきなり越境とかはないと思うよ。さすがに問題だろうからね」


 また万が一に捕捉に成功したとしても、無闇に追ってきたりはできないはずだ。他国に兵隊を送り込むなど、下手すると宣戦布告と変わらないからだ。しかるべき手順は経てくるだろう。


 と、ここでリリカが声を上げた。


「ねぇ、ここ……」

「ああ、こっちでは未開の海原なんて書かれてるのか」


 リリカが目をつけたのは彼女の故郷クラ島と、クラーケンが守る海域である。


「前にも言ったろ? ここは近づくことすら許されない危険な海だって。誰も探検に成功したことはないし、だから島があるのかないのか、どんな生き物がいるのかすらも確認されてないんだって。ま、アンタたちのことは誰も知らないし」

「そうだね」

「あ、ちなみにパルマニオじゃあ暗黒海域なんて呼ばれてたよ。海の魔物が巣くってるなんて噂でね」

「あの~。どういうことでしょう?」


 ミュウが尋ねた。このなかではミュウだけが知らない情報だ。


「レンージンー。言って、いいよね?」

「ああ。これくらいスルメも怒らねーだろ」

「ミュウだけ仲間外れっていうのもな」

「海の話です? 聞きたいのです!」

「じゃ、話すよ? えっとね──」


 リリカは自分がクラ島出身ということ、レンたちはそこに落ちてきたこと、クラーケンのヴィシュニヤの守る海域のことなどを語った。そのうちレンたちも海の上で起こったことなどの話をはじめ、ちょっとした冒険物語になった。


「ってなわけで、オレたちゃあそこでソリューニャに会ったんだ」

「…………」


 ジンとリリカがセルフ拍手をする中、ミュウは驚きで何かが抜けたような表情をしていた。


「なんか、すごすぎて言葉が見つからないのです……」

「アタシもおんなじこと思ったなぁ」


 遠い目のソリューニャ。

 さすがカキブ城に殴り込んできた輩は違う。巨大な鳥たちを追っ払ったり、まだ誰も渡れたことのない海を渡るという偉業を人知れず為したりと、ミュウはまさか自分と会う前からこんな大冒険をしていたことに驚きを隠せないのだった。

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