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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
羊のひづめ亭編
54/256

リリカとミュウの、看板娘

 


「仕入れに行ってくる。ちょうど泊まりの客もいねーし、留守、任せてもいいか?」

「あら、そうねぇ。あたしも二人を連れて買い物行こうかしら」


 店はまた夕方からだ。そこで午前中は買い物に出かけることになった。ドートは酒を仕入れに、ミケノとミュウとリリカは居候にあたって必要になる品々を買うために。


「いってきまーす」

「まだみんな起きないですか?」

「うん。出がけに見てきたけど、寝てたわ」

「大丈夫さ。お医者さんも大丈夫って、太鼓判押してくれたからね」


 さしあたって必要なのは、着替えである。まずは服屋だ。


「おーい、この子たちにおそろいのエプロンこしらえてくれないかい?」

「おや、どうしたんだいその子たちは」

「今度うちで雇ったのさ」

「へぇ。デザインはいつものでいいかい?」

「ああ。開店前までに持って来て欲しいんだけど……」


 ミケノが店主らしき人物と話しているとき、リリカたちは店に並んだ衣類を見て回っていた。カキブで行ったそこの数倍広いここは種類も多く、リリカのテンションはいきなり高い。


「ねーねーこれは?」

「それもちょっと。なんでそんなのばっかり選ぶですか?」

「きっとミュウちゃんに似合うからよ!」

「いつもそんなのばっかりじゃ、疲れるのですよ!」


 ミュウのメイド服に味をしめたリリカがすすめる服は、自然と派手な衣装に偏っていた。ちなみに今はメイド服は着ていない。目立ちすぎるからだ。


「それよりレンさんたちの服も探すです」

「そうだね! レンは帽子が付いた服がお気に入りって言ってたから……」

「帽子……フードですね?」

「ジンはすっきりした感じの……」

「このTシャツとかどうです?」

「ソリューニャは動きやすくて……」

「こんなのです?」


 付き合いの長いリリカが好みを思い出し、ミュウがそれに合うものを選んでいく。


「で、ミュウちゃんはこーいうのが好きって」

「言ってないですっ! 私のは自分で選ぶです」

「え~~~~」


 しばらくして。


「……さすがにこれは、です」

「そうね。持てないわ」


 五人分の服である。さすがに、持ちきれないほどになってしまった。

 しかし、ミケノがすでに手回しを終えていた。


「ああ、そうなることは分かってたからね。あとでひづめ亭まで運んでもらうことになったよ」

「こんなにかい!? 人使い荒いよ相変わらず……」

「ありがとおばさん!」「ですっ」

「へ、へへっ。お安いご用だね」


 安いという言葉を聞いたミュウが、はっとしてミケノに尋ねた。


「お、おばさん。その、お金って……」

「あー、いやいや。気にしなくていいんだよ、ミュウちゃん。サービスだよこれくらいは。ま、その分しっかりお店やってくれればそれでいいよ」

「あのっ、あのっ、ありがとうございますですっ!」


 正体の知れない子供たちに部屋を貸してくれた上、さらに決して安くない買い物までしてくれるというのか。その優しさにミュウは涙が出そうなほど感動した。


(いい人たち過ぎて…………逆に怖いです)




 そして、さらに今後必要になってくるだろう雑貨を買った後、三人が立ち寄ったのは、


「大きいですーーーー!」

「きゃーーーー!」

「あら、貸し切りか運がいいね」


 銭湯である。


 風呂ならリリカの故郷クラ島にもあった。村長が伝えた大陸文化だ。また、ソリューニャの小屋にも彼女自作の風呂が付いていた。

 そう。風呂という文化はいまや大陸の隅々にまで広まっていて、数日に一度は風呂に入るという人は多い。

 しかし貴族でもない限り浴室など滅多に造れない。そこで、大きな街には銭湯施設が作られることがあるのだ。


「ねーねーおばさん。こんなにたくさんの水、どこから?」

「ああ。近くの川から引いてきてるんだよ。他には湧き水を使ったり、あとは街中に水を引いてあるようなすごい技術のある街もあるって聞いたことあるよ」

「うん……? つまりこれは川の水なのね!」

「リリカさん…………」


 熱いお湯が体の隅々まで優しく癒す。

 リリカとミュウは昨日の疲れを汚れと一緒に洗い流したのだった。


 ◇◇◇






 リリカは羊のひづめ亭Tシャツ、ミュウはメイド服。その上に直前に届いたおそろいのエプロンを着ける。これが早くも二人の正装となったコスチュームである。


 リリカとミュウの職業体験アルバイト二日目、スタート。



「……ってなんだこの異常な客足はっ!」

「リリカちゃん、あっちでお客さんが呼んでるわ!」

「は、はいぃっ!」


 この日は夕方からいきなり昨晩ほどの客が入った。おかげでミケノから様々を学ぶ予定は崩れてしまった。三人に増えても忙しさはそんなに変わらないじゃん、というのがリリカの感想である。


 して、この大繁盛の原因は……。



『メイドちゃーん!』

「ひぇ、こ、怖いですっ!」


 ミュウだった。



 実は、ここらの男たちの間である噂が立っていたのだ。


『おい、羊のひづめ亭知ってるか?』

『知ってるも何も、常連だぜ? オレぁ』

『実は昨日な、新しい子が入って。それが超カワイイエルフのメイドだったんだよ!』


『おい、聞いたか? ひづめ亭のおやじ、いたいけなメイドちゃんをさらってきたらしいぜ?』

『マジか! 旦那め、許すまじ!』

『とか言って今日行くんだろ? 嬉しそうな顔してるぞ?』


『メイドの天使がいるらしい』

『美少女エルフ?』

『ダークエルフが、ロリロリ?』

『天使がメイドコス?』

『メイドだ、メイド』

『メイドぉーーーー!』


 男の悲しきサガかな。多少の湾曲は経たものの、

 貴族のお高い趣味、メイド服!

 見た目が幼く愛らしい、ダークエルフ!

 天使と形容されるほどの、美少女!

 という三拍子は、単体ごとでも男のハートに大砲を撃ち込むレベルの威力がある。

 そしてその威力は遺憾なく発揮され、その結果がこの、


「だはーー、なんちゅう奴ら! ミュウを一目見るためだけにっ!」

「旦那ーーっ、結婚……じゃなくて決闘しろーーーー!」

「気持ち悪い間違え方するんじゃねーっ! 帰れ!」


 大繁盛なのだ。


「はい、はい! お待たせしましたです! 何を頼み……」

『スマイル!』

「え、えぇ~~……?」


 中にはこんなアホな注文をしてくる男たちもいて、ミュウの精神はガリガリと音が聞こえるほど激しく削られていく。結局、見るに見かねたドートが厨房を空けて助けにくる。


「変な注文すんなバカヤロウ! ほれ、ミュウもぼさっとしてねーで早く仕事に戻れ!」

「は、はいです!」

「なんだと!? てめ、おやじ! 人さらいが!」

「ああああ、ミュウちゃ~~ん」

「うるせーよ、ボケ! それからあいつは娘だってんだろーがーー!」


 さすがに無理がある。が、ドートはどうやらそれで押し通すつもりだ。


「あれー!? メイドちゃんって聞いてたのにー!」

「あたしで悪かったわねっ! ご注文はっ!」

「はあ、じゃあもう適当に……」

「テンション急降下ッ! そんなに不満か!」


 一方、ミュウの影に隠れて、というか噂にすらならなかったリリカが不憫である。普通なら傷つくような状況だが、屈せず噛みついていくのはさすがリリカとしか言いようがない。前向きは美徳だ。



 忙しいと時間はあっという間に過ぎる。はたしてそれは忙しさに比例するのだろうか、などとくだらないことを考えながらドートは店を見渡した。


「うーむ。すっかり看板娘だな、ミュウは」


 何気なく呟いた言葉に反応して、空のジョッキを運んできたミュウが首を傾げた。


「看板娘、です?」

「ん、ああ。この店の顔のことだ」

「顔……? ……はっ! 羊さんみたいな格好するのです!?」

「やめてくれ……。これ以上あいつらを刺激するなよ……」


 真っ白なモコモコ衣装をまとって働くミュウを想像して、ドートは頭を抱えた。

 ……流行はやる。間違いなく、流行る。


 とにかくこうして、ミュウは看板娘の称号を得た。



「あっ、リリカさーん」

「ミュウちゃん。いやー、そっちは大変だね!」

「ほんと、疲れるです。あ、でも看板娘になったです!」

「看板……娘?」


「看板娘」を知らないリリカの脳内で危険な想像が膨らんだ。


「だだだだめだよっ! そんなっ、看板娘なんて……っ!」

「どんな想像したのです!? 看板娘って、お店の顔らしいのですよ」

「おおおお店の顔おおおお!?」

「あ、これはもうダメですね。ミケノさーん、看板娘って説明してほしいのですー」


 目を回すリリカを見て説明を諦めたミュウがミケノに助けを求めた。ミケノはてきぱきと働きながらそれに答えた。


「ああ、みんなの人気者ってことさ。アイドルだね」

「だ、そうなのです」

「ふーん、へー。いーなー看板いーなー」

「ひゃっ」


 羨ましそうな表情だが、声が弾んでない。普段の単純なリリカには不可能なほど器用な芸当である。

 だから、怖い。よく見れば目も笑っておらず、ますます恐ろしげである。


「……と……て……」

「は、はい? リリカさん?」

「なんであたしの扱いばっかり雑なのよーーーーっ!」

「わわっ!?」


 どちらかといえばミュウの人気が異常なのだが、どうしても納得できないのも当然というものだ。


「ま、まあまあ。きっとすぐリリカさんも看板娘なれますよ」

「本当!? あたしもなれる!?」

「なれるですよ! ……多分」

「ミュウちゃーーん!」


 小さな声で付け足した言葉に被さるように、客がミュウを呼ぶ声が重なった。

 ミュウは元気よく返事をしてから、とてててとその客の方へと向かっていき。そして、何もないところで躓いて転んだ。それを見て沸き立つ酔っ払いども。

 しっかりしている反面、まだまだおっちょこちょいでドジなところもあるのがミュウだ。そしてその姿には小動物的な愛らしさがある。


(あたしも転んでみるかなーー)


 いかにも単純なリリカらしい思考だった。


 風呂。湯浴という文化はあまり普及しておらず、知識はあっても家に備え付けられる人は一部だけです。

 ちなみにリリカの家は村長が村長になる前の家を譲ってもらったものなので、風呂が付いています。村長のちょっとした贅沢ですね。

 またソリューニャ小屋の風呂は、修行くらいしかやることがなくなってしまった彼女の暇つぶしで作られたものです。とある街の湯屋に興味を持ったことが始まりだったり。


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