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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
番外編1 ファーリーン
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ココロノカベ 3

 

 H7が発足して数年後、あたしたちの生活には大きな変化がいくつもあった。


 中でも特に大きな変化は、半分は実験だった「H7育成計画」の成功をもとに「次世代H7育成計画」がすぐに始動したことだ。

 あたしたちのときとは違い、今回はあたしたちが監督として魔導を教えることになった。師としての仕事が増えたわけだね。


 ああ、そうだ。「チーム戦女神アテナ」は発足後も特に変わらず戦闘中心の訓練を続けていた。ただでさえ高い戦闘力をこれ以上あげてどうするんだ。ってずっと思ってた。



 その疑問はさらに数年後に解けることになる。


 あたしたち7人は昼から王の寝室に集められた。そこで待っていたのは、王と三人の美女。

 はじめは戦女神たちかと思ったけど、違った。全く見ず知らずの女たちだった。


 あたしたちを代表してウイリラが口を開いた。

「ただいま参上しました、陛下」

「……うむ。少し、大事な話があってな。まずこの三人は我が雇った、傭兵たちだ」

「雇った……? お言葉ですが陛下、私どもに至らぬところがあったのでしょうか」

「案ずるな、そうではない」


 王が別の女、それも美人な女を連れてきたとなれば、内心で不愉快に思ってしまうのもしかたない。特にウイリラは心底から王に入れ込んでいるため、それが顕著に表れた。


「我はこれからしばらくここをあける。その留守をお前たちに任せようと思ってな。この者どもは戦力の補強などが必要との判断で雇ったのだ」

「あけ……!? どういうことでしょうか! 我々は王を御守りするのが使命です!」


 このあと、ウイリラが詳しく理由を聞いていたけど、長かったから要点だけ。


 王は極秘で出張。その間の影武者は用意されている。

 この三人(以後「派遣」)はあくまで補助的な存在であり、留守を守るために呼んだこと。出所は出張先の組織とのこと。

 王の護衛には「チーム戦女神」がつくから心配はいらないとか。で、あたしたちは城に残る女王陛下およびミッセ様の護衛。

 そして、

「近々、戦争が起こるかもしれん」

「……は!?」

「詳しいことは言えん。本当はそれすらも言ってはならないのだが、特別な相手には特別に教えておこうと思ってな……」

「陛下……!」


 巧いなまったく。政治の綱渡りもうまいけど、人を掌握するのはもっとうまいと思う。ほら、ウイリラの奴、耳まで真っ赤だよ。


 ……って、違う違う! 戦争って言ったよね!?


 戦争といえば、あたしが生まれる少し前。あたしたちの住む大陸全域を巻き込んで大規模な戦争があったらしい。戦後しばらくはごたついていたけど、今は落ち着いて戦争の記憶も風化しているこのタイミングで、戦争?

 あたしには戦争が起こる要因が何なのか全くわからない。国は(表面上は)平和だし、外交関係も悪くはないはずなんだけど。


 けれども後日、王は少数精鋭の護衛を引き連れて城を発った。本当に戦争の関係なのか、はたまたどこかの娼館にでも行くのかは分からないけど、嫌な感じがした。


 ◇◇◇





 こうして王のいなくなった城を守りはじめてしばらく。この日、カキブ王国の歴史に残る大きな事件が起きた。

 竜人族の生き残りを捕らえた翌朝、彼女の仲間と思われる少年たちが竜人族の救出のために城に乗り込んできたのだ。


 この国が、どれだけ表面を偽られ飾られて成り立っているのか、知らないとは言わない。あたしたちがどれだけ理不尽で恨まれることをしているのかは理解しているつもりだったし、仲間のために国に喧嘩を売る彼らが眩しく見えたのも確かだった。


 だけど、あたしはこの国に忠誠を誓い、この城にしか居場所がない身だ。正しくないことは理解していても、あたしは彼らと戦わなければならなかった。ここで少年たちを止めなければ、どれほどの被害が出るのか知れなかったし、最悪この国が崩壊する可能性すらある。ないとは思うど、たかだか数人の子供に陥落おとされたとあれば、威信にも関わる。


 あたしも急いで迎撃に向かった。


「────っ!」

「ハーミィ! 大丈夫か!」

「え、ファーちゃん!?」


 間一髪、敵の放った竜巻からハーミィを守ることに成功した。あたしは防御一辺倒だから、これしかできない。


「はぁぁ。助かったと安堵するのと受けてみたかったのとで揺れる私」

「……ちっ。そんなこと言ってる場合か。くだらん葛藤を垂れ流すな」


 この非常時に、大概にしろよ?


 砂ぼこりが収まって、初めて敵と目が合った。その少年は無垢でまっすぐな目をしていた。そして、目が合った瞬間にあたしは一度負けた。あたしがここを守ろうとする意志は、彼らが竜人なかまを救おうとする意志より弱かったのだ。


 このままじゃ、また失う。居場所を、失う。


 その恐怖があたしの魔導の枷になった。

 魔力とは、精神より生まれるもの。心に広がる波紋はそのまま魔導にも影響を及ぼす。


「ファーちゃん、大丈夫?」

「いいから、集中しろ……!」


 どんなに大丈夫だと言い聞かせても、どんなに虚勢を張ろうとも、魔導に嘘はつけなかった。

 全力が出せないことに焦り、焦りでさらにバリアの硬度は下がり、もがいているうち。再びあたしは負けた。

 命は取られなかった。ただ、肋骨が複数本砕かれ、内臓にもひどいダメージが残ったあたしはリタイアを余儀なくされた。


 ……悔しかった。


 確かに、敵は強かった。満身創痍になりながらも、1人であたしたち3人を相手に勝利するほどには。あれだけの若さであの強さに至るには、幼い頃から休みなく己を鍛え続けても果たして足りるかどうか。あれは、天才を不断の努力で武装させたような化け物だったのだろう。

 だけど、そんなことは関係ない。あたしはたとえあれがどれだけ強かろうと、全力をもって迎え撃たねばならなかった。全力を出せないのが、死ぬほど悔しかった。


 あたしは、ロナウとともに救護室に運ばれた。すでにチイタバーナが寝ていた。


 彼らは竜人の救出に成功して、誰一人仲間を失うこともなく順調に暴れ回っているようだ。伝令が慌ただしく出入りして近況を残していくのを、あたしは横になったままぼんやりと聞いていた。


「ファーリーン……どうしたの? なんだかすごく調子が悪いみたいだった」

「……ロナウ、ごめん。あたし、ダメだった……ッ!」

「詳しいことは分からないけど、うーん。よしよし」


 あたしはロナウにすがって泣いた。けどこれは、甘えだ。





『コード1592を発動せよ! 繰り返す……』


 あたしは敷地内に響きわたるその放送で目を覚ました。設置型の魔方陣から発せられるその音は定められた範囲外には漏れないという、なんとも高度な技術だ。

 城の異常を外に出さないためのものでもある。


「……っ!?」


 なんて、のんきに考えてる場合じゃない!

 この国は二つの高等魔方陣を保持している。一つは非常用の転移魔方陣。まさに今、城内の貴族や女王陛下が使っているだろう。嘘の回路(フェイク)を組み込まれた、あたしたちくらいしか正しく起動できない魔方陣だ。

 そしてもう一つが、この「コード1592」。あたしも話にだけは聞いていたけど、まさか発動する瞬間に立ち会えるなんて思いもしなかった。


「ファー、リーン?」

「ロナウ。あたし、行ってくる」

「待ちなさい! その怪我でなにをしようとしてるのかは知らない。けどアレが発動したらあたしたち、そこらの兵隊にも勝てなくなるのよ!」


 その効果は、特定範囲内で魔法を封じるというもの。これからあたしたちは魔導士でないただの人間、それも非力な女になる。でも……。


 あたしは痛みをこらえて立ち上がる。


「そう、だから行く。たった数人の子供のためにこれが発動するということは、それだけ彼らが脅威ということ。そんな奴らなら、発動する前に逃げられる可能性だって十分にありえる」

「だからって、そんな体で行っても無駄でしょう! 自分の身も守れないようなら、今度こそ殺されるわよ!」

「一つは、時間稼ぎ。少しでも足止めできれば、彼らを無力化できる」

「だから、その足止めすら満足にできないでしょ!? あなた、立ってるのもやっと……!」

「もう一つ。これは、ただの意地……! たとえ無謀でも、やらなきゃいけない。あの目に、負けられない……!」


 あたしは止めようとする周囲を無視して、部屋を出た。ハーミィがいた。


「…………」

「止めないよ。納得するまで好きにしておいでよ。」

「っ…………!」

「でも、死なないで」

「…………うん、うん」


 ハーミィとは長い付き合いだ。ハーミィはあたしが全力を出せなかったのも、その理由も、全部分かっていたのだろう。


「ありがと。もう、持ち場に戻って。ハーミィの魔力量が抜けてるのは痛いから。きっと」

「えへへ~。叱られちゃったよ」

「ちぇ、嬉しそうにするなよ……この変態め」


 いや、笑っているのはあたしも同じか。




「ファ、ファーリーン様!?」

「どうしてここに!?」

「そんなことより、状況を教えて!」

「は、はっ! ただ今上階では敵の少年二人と竜人がいると思われます! また陛下もおられるので恐らくミラプティ様たちが交戦されているかと!」

「なら今からその増援に?」

「はっ! その通りであります!」


 ミラプティがいる。ウイリラや次世代たちもいるだろう。戦力的には申し分ないけど、敵はあたしたちが束になっても勝てなかった相手バケモノだ。


「命令だ! お前たち、今からこの中央階段の守りを固めろ! コード1592発動に備えるのだ!」

「し、しかし上にはまだ陛下がおられます」

「H7が……あたしの同僚たちがいる。きっとなんとしても守ってくれる」


 次々と隊長格がやられて、判断力が鈍った兵がふらふらとしていることが増えているのか。そのへんの指揮系統は訓練してあったはずだけど、いざ実戦となるとその混乱も大きかったりするからな。


「だったら退路をふさぐべき。逃げてくる奴があるかもしれないから」

「な、なるほど」

「よし、全員配置につけ! ここの守りを固める!」


 さあ、来い。これがあたしのケジメだ。

 王子ミッセは王と王妃の間の子供です。王はH7とは別に王妃を迎えていました。H7を孕ませると国の戦力を削ることになり、問題が大きいわけです。それ以前の問題でもありますが。

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