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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
番外編1 ファーリーン
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ココロノカベ 2

 


「H7育成計画」の進行中に新たな王が即位して三年、そのとき、あたしは19歳の魔導士だった。

 ここに集められてから10年目のその日は二回目の振り落としが行われた日だ。

 残っている者はもれなく全員が美人だったから、振り落とし対象は純粋に能力の高さだった。努力次第でどうにかできる分、前回よりは良心的といえなくもなかった……かな? いやいや、冷静になるとやっぱりおかしい気がする。騙されるな、あたし。


 みんなこの日を覚悟して頑張ってきたから、前回よりも心へのダメージは少なかった。それでも、ともに頑張ってきたライバルたちだ。皆様々な面持ちで、その複雑な心境を無言で吐露していた。


 これであたしたちは、10人にまで絞られた。ルームメイトの二人も無事クリアして、喜び合ったのも束の間。

 さらにそこからあたしを含めた七人が選ばれて、


「今選ばれた7人は、本日よりH7となった! これからお前たちには王を直接守るという責務がかかる、気持ち新たにより一層励め! おめでとう!」


 ……なっちゃったよ。H7に。

 これで、家に帰れる。胸を張って、帰れる。この10年にも渡る我慢が、努力が、ようやく報われる。

 そう思うと、全身の力が抜けて、へなへなと座り込んでしまった。ついさっきの振り落としの余韻も覚めやらぬうちに行われた合格発表のおかげで、あたしの中では様々な感情が渦巻き、名前もないような何ともいえない感情が生まれては消えた。


「ファーちゃん……! やったよ……!」

「あ、ああ……ははは。やったな、ハーミィ……!」

「きゃーー! やりました、やりましたわ! わたくし、やりましたわーーーーっ!」


 みんな複雑な心境だろうに、涙を流して喜ぶ姿を、あたしはふわふわした気持ちで見ていた。あの強がりのミラプティでさえこのときばかりはわんわん泣いていた。何もかも、夢みたいだったな。


 残った三人だけど、人選がちょっと異様だった。三人とも戦闘向けの魔導持ちで、戦闘訓練でもトップの三人だったからだ。彼女たちの中には、あたしの魔導を破れるだけの突破力を発揮できるのもいる。七人には一度も破られたことないのに。……あ、ハーミィに無力化されたことはあるか。


 で、結論。「H7育成計画」の裏で同時進行していたもう一つの計画がありました。その名も「チーム戦女神(アテナ)育成計画」。ミラプティ曰わく「知ってたら初めからそっちを目指してましたわーっ! なんですの、チーム戦女神って! かっこいい、かっこいいのですわぁーーっ!」だった。……うるさいよ。




 その夜、ふわふわした気分のままH7の七人が集められて、


「10年も待っていたぞ……! 今夜は盛大に楽しもう!」


 そのまま抱かれた。


 破瓜の痛みは、深々と根付いていたはずの夢心地すら簡単にぶち抜いた。

 H7とはなかなかに過酷な役職だと、遅ればせながら戦慄を覚えたと記憶している。




 H7は王に抱かれるという激務があった。いやホント、激務。あたしのナニは少しばかりナニだったらしく、ナニでナニをナニされるのにはなかなか慣れなかった。


 それでも王は好色なだけでなくナニも上手だったから、何回かナニをされるうちにあたしもナニの虜になっていった。「H7育成計画」ではナニとかナニとかについての講義も受けていて、それなりにテクニックを持った処女になっていたはずだったけど、もう全然だ。格が違った。


 ミラプティなんかは、


「悔しいですわ! わたくしなんて十回もイかされたのに、陛下を一回もイかせられなかったんですもの! キィーッ!」


 と、悔しさをバネに報復を誓っていたりして、負けず嫌いは美徳だとひどく感心させられたものだった。


「ということで、ファーリーン。今晩はわたくしの特訓に付き合ってくださいな!」

「ぜっっったい、イヤだ!」



 王のテクニックはすごかった。あの渋くも甘いマスクで優しく囁かれ、兵士たちに劣らないほど逞しいその腕で力強く抱かれると、あっという間に女の心は奪われてしまうのだ。


 ◇◇◇





 昼は仕事や鍛錬、夜は順番に王の相手。そんな生活が続いたある日、あたしは休暇をもらった。

 ……待ちに待った機会。10年間ずっと、ずっと求めていた。

 もちろんあたしは、家に帰ることに決めていた。きっと生活は贅沢になっているだろう。みんなあたしを笑顔で迎えて、お前は我が家の誇りだ、とか言ってくれるかもしれない。

 膨らむ幸福なビジョンを抱えて、あたしは馬車に乗り込んだ。


 しかし。



「あ…………え…………」


 あたしを待っていたのは、建て替えて大きくなった屋敷でも、綺麗に着飾った家族でもなく。


「…………嘘…………」


 まだ煙と熱を吐き続けている、真っ黒に焦げた屋敷だった。


「嘘…………嘘だ!」


 きっと何かの間違いで、火事になっただけだ。みんな、どこかに避難しているのだ。きっとそうに違いない、と。

 そう思いつつも、あたしは屋敷に向かって歩いていった。死体がないことを確認するため、と自分に嘘を吐き、でも隠し切れてないあたしの本音は事実を確認するため、だった。それがたとえどれほど苦しい結末であろうと、あたしの足は被虐的な足音をたたえながら止まることはなかった。


「…………ねえ、さん……」


 それを見た瞬間、あたしの心にはバリアが何重にもかかったみたいだった。あたしの心を抉ろうとする現実から、心を守るためのバリアだった。

 焼け残った衣服の切れ端は見るからに上質な布でできていて、確実に十年前よりも豊かな生活を示唆していた。


 死体は次々と見つかった。その茶髪はもう一人の姉のもの。このペンダントは母が肌身離さずつけていたもの。この顔は、父のそれであった。

 そのどれを見ても、バリアに閉じこもったあたしの心には何も届くことはなかった。


「そうだ、兵士は……兵士たちは……」


 うちは仮にも領主。それなりの戦力はあったはずだ。しかし、鎧を着た死体がどこにもない。どれだけ探しても使用人と、家族の死体しかないのだ。

 あたしはふらふらと焼け跡を立ち去って、うちの領地にある村へと歩いていった。


「んあ? あんた、知らんのか?」

「……ええ」

「うちの領主様はなー、隣の領主様に攻め込まれて、焼け死んでまったよ。あれにぁ、驚いたね。こう、炎がぶぁーっと……」

「もう、結構…………」


 隣の領主。昔からうちとは折り合いのよくなかった貴族だ。うちの兵士たちはきっと、全員裏切って隣の領主に付いたのだろう。それか、買収されたか。あ、結局同じことか。でも、なんでかな。不思議と怒りは沸かなかった。


 あたしは結局、二日ももらった休暇の半分も使わないで城に帰った。そう、帰った。あたしの居場所はもう、城にしかない。




 いちおう、報告の義務がある。見てきた惨状を報告すると、その日のうちからすぐに調査が行われた。特になにも思わなかった。


 夜。何も考えられなくて、ただぼうっとしていたあたしは、王に呼ばれて寝室に出向いた。


「ファーリーンよ、お前の悲しみは我には分からぬが、少しは癒してはやれるかもしれぬ。少しは紛らわせてやれるかもしれぬ。今夜、我はお前のためだけにお前を抱こう」

「…………はっ。よろしく、おねがいします」


 白々しい。

 いつもの精神状態ならば、惚れ直したかもしれない。けど、あいにくこのときのあたしは心にバリアを張った、不感症女だった。

 いつもならすぐにナニしてしまうあたしも、この日はなぜか時間がかかった。どんな言葉も、どんなナニも、あたしには他人事のように感じられて仕方がない。身体と心が離れてしまったようだった。快感も言葉の意味も、遅れて届いた。


「どうだ、我が全て忘れさせてやろう。好きなだけ、イかせてやろう……」

「…………あぁ、ありがとう、んっ、ごさいます……」


 ◇◇◇





 隣の領主がやった。うちの兵士たちもその領主に買収されていた。調査の結果、その事実はすぐに判明した。

 あたしの権限で、隣の領主一家は全員打ち首にした。正直どうでもよかったけど、とりあえず殺すことにした。少しも気分は晴れなかった。領地は、また別の貴族が治めるらしい。兵士たちはその貴族の戦力として働くらしい。これも、どうでもいいこと。


 H7の面々が事件を聞きつけて、あたしに会いにくるようになった。あたしは王に延長の休暇をもらって、自室の部屋で天井を眺めていた。でも、なんでかな。こういうときに限ってどうでもいいことばかり考えちゃって、一睡もできないんだ。ぼーっとして、目の下の隈が日に日に濃くなって、肌や髪も荒れて、間違いなく疲れてるんだけど、やっぱりあたしは眠れなくて。


 みんな、そんなあたしを気遣ってくれていた。本気で心配してくれていた。その偽りのない心が眩しくて、あたしは努めて笑顔を見せた。我ながら、空っぽな笑顔だったよ。



 その日の夜、ハーミィが初めて部屋に来た。

 彼女は何も言わず、あたしの隣に座ってあたしの手を握った。


「……温かい」

「……あ……そう」


 それっきりまた沈黙が支配する部屋の中で、30分か、一時間か。こんどはハーミィが口を開いた。


「……私は、ここにいる」

「分かってる。そんなこと」

「ううん、分かってない。あたしは何もできないからここにいるの。ファーちゃんが、どうしたら泣けるのか分からないから、ただここに座ってるの」

「……泣ける?」

「胸なら貸す。話なら聞く。だからお願い、私がここにいてもいいって、本当に友達でいるんだっていう、権利をちょうだい。私を一人に、しないでよ……」

「…………」


 切実、そのものだった。

 ハーミィはあたしの隣にいることで、逆に一人になっていた。隣にいても頼られない自分を、孤独に感じていた。


「……ごめん、泣けない。悲しく、ない」

「…………!!」


 抱きしめられた。ハーミィの胸ごしに聞こえる鼓動は音のくせに温かくて、早打ちしてるくせに落ち着けた。


「私はねぇ、一人なんだよ。最初っから、帰る場所もなかった!」

「…………?」


 初耳だった。今までなんとなくお互いの家庭事情を話したことはなかったから。きっとハーミィも帰りたくて仕方がないのだと、あたしと似たようなものだと、思ってたから。


「みんな隣に立つだけ! 私が近づけば受け入れてくれるけど、でも誰も自分から私に寄り添ってはくれなかった!」

「あ…………」


 あとで知ったことだけど、ハーミィは孤児院の出で、とある貴族の女性に引き取られて貴族になったらしい。しかし、ほどなくしてその女性は死亡。あまり折り合いのよくなかった夫と、娘だけが残された。

 ハーミィの居場所は次第になくなり、いじめをうけるようになり、心を守るために痛みを快感として捉えるようになった(あたしには理解不能だった)ある日。あの案内書が届いたのだった。

 即答だった。H7になればみんなはさらに裕福になる。私のことを認めてくれるかもしれない。そんな、淡い期待が逃げたい気持ちと半々だったらしい。


「…………ハーミィ」


 まだこのときのあたしはそんな事情を全く知らなかったけど、ハーミィの言葉はあたしの強固なバリアを全部溶かして心に届いた。


「うっ、うっ…………本当は、あたしは……っ」

「うんうん。いいよ、全部受け止めてあげるから……」

「うあぁぁぁぁ! 一人になった! 孤独が怖い! 心細い! 寂しいんだ!」

「あああぁぁっ、ファーちゃぁぁん!」


 心を閉ざして三日目の今日、あたしのバリアは跡形もなく消えた。今まで押しとどめてきた感情が一気に心に流れこんで、心は大洪水。そしてあたしは気絶するように眠り、休暇いっぱいを寝込んで過ごすこととなった。


 ちなみに反乱分子の鎮圧(という名分での殲滅)の仕事に行っていたミラプティが寝たきり休暇の最終日に来て、


「お、おお、お見舞いに来ましたわっ!」

「……その手に持っているのは何?」

「と、特別に元気づけてさしあげようと思いましたの! とと、特別ですわ! とっておきの鞭と淫靡な香りの蝋燭と愛用の荒縄とその他秘蔵グッズをたくさん持ってきましたから、好きなのを選ぶといいですわよ!」

「全部いらないから! 永遠に秘蔵しといてくれ!」


 噂だけど、ミラプティは王とともに新しい世界を拓いたらしい。もう帰ってこないだろうなと確信した。ていうか、帰ってくるなもう。

 ナニナニうるさい。内容は読者様のご想像にお任せいたします。


 ハーミィスタのように幼少期に耐え難いほどの辛い思いをすると、未熟な脳は精神を守るために様々な「騙し」をすることがあります。笑わなくなったり、暴力的になったりするのは序の口で、心に空想上の友達を生み出したり、多重人格となったりすることすらもあるようです。辛い現実から精神を守る。生きるために。生き物には生きるための機能が備わっているものなのです。


 ……要するに、ハーミィスタがドMになるのは特別おかしなことではなかったということ。

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