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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
番外編1 ファーリーン
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ココロノカベ

 番外編、ファーリーン視点の一人称。





 

 あたしは、とある貴族の三番目の娘として生まれた。貴族といっても様々で、うちはとてもじゃないけど裕福とは言えない貴族、痩せた土地の領主だった。もちろん、平民からすれば立派に裕福だっただろうけれど。


 でもうちは、やっぱり貧しかった。あたしはそのころまだ小さかったから分からなかったけど、借金とか、地位とかで苦労をしていたらしい。


 そんな折り、我が家に吉報が届いた。

 父は喜んだ。母も喜んだ。二人の姉も安心したような笑顔だった。


 そして、あたしは売られた。


 吉報。それは「H7育成計画」の案内だった。


 七歳以上十歳以下で健康体の貴族の娘に限りこれを募集。提供者には多額の賞金を与え、見事H7デビューすればさらに賞金上乗せ、場合によっては土地などの財産も与える。……なお、対象は純潔の処女である(ここだけ赤文字だった)。


 要約するとこんなところか。……ふむふむ、ふざけんな!


  あたしは行きたくはなかった。当然だ。

 両親と、姉二人。家族のことが大好きだったからだ。まだ九つのあたしが親元を離れたくはないと思うのは自然なこと……。というのが五割。

 もう半分はお城に行きたくない、ということだった。こっそり読んだ案内書と好色な王の噂を合わせればナニをナニされるのかは明白だ。怖かったのだ。


 けど、そのうち幼いあたしには変な義務感が湧いたのだった。あたしが行けば今までのような生活も終わる。より贅沢ができる。家族は幸せになる。ならば、行かねば、と。

 そしてきっとH7とやらに合格して、家に帰るのだ。きっと祝福される。褒めてもらえる。

 あたしはそんな勝手な想像をして、一人誇らしげに胸を張る姿を思い浮かべていたはずだ。だから、どんなしょっぱい涙も呑んだ。

 今思い返せば、ばかばかしいけどな。



 出発の日は特に変わったこともなかった。

 家族4人と少ない使用人たちの見送りを背中に、権力誇示のために申し訳程度に華やかにされた馬車に乗った。そのくせみんな別れ際になると優しく手を握ったりキスをしたり抱きしめたりするのだからズルい。不覚にも胸が熱くなってしまった。


 この日最も印象的だったのは、ようやく冷静になった頃に聞こえてきた、平民の子供たちの歌。それは嫌にあたしの耳に残って、頭の中で何度も何度も繰り返されたのだった。初めて聞いたけど、無性に腹が立った。


 ♪ドナドナド~ナ~……


 ◇◇◇






 唖然とした。城園に集められた少女たちの人数に。

 いやそれよりも。分かりきっていたことだけど、うちの馬車は他の精一杯目立てるように飾られた馬車と比べるとかなり劣っていた。

 というか付き添いで親も乗ってきているところもあった。目の前で行われる何組もの感動の別れは、無限にあたしの胸中を冷ましていった。


「ごきげんよう、わたくしはミラプティですわ。あなたは?」


 声を掛けてきたのは、よく手入れされた金髪の少女だった。一人連れてこられた不安から、あたしは友達の気配に胸踊らせ、緊張も相まってたどたどしい返事をした。


「あたしは、ふぁふぁ、ファーリーンです! よろし……」

「ずいぶんと貧相な車で来られたのですわね。まあ、せいぜい頑張るといいですわ! おーほほほほほ」


 前言撤回、誰が友達になんかなってやるか。ミラプティとやらは高笑いしながら去っていき、また別の子に同じことをやっていた。いつか仕返ししてやるって決めた。

 怒りで震えるあたしに、今度は別の子が話しかけてきた。


「あの、一人で来たんですね。実は……」

「だから何!」


 いけない、つい怒鳴ってしまった。

 慌てて訂正を試みようとすると、その子は思わぬ反応をした。


「実は私もなんです!」

「あ、うん。それで、その、ごめんなさ……」

「私、感激しました! 一人で不安もあるはずなのに気丈に、そして攻撃的に私を責めてくれるなんて……。あ、申し遅れました! 私はハーミィスタです! ぜひ私とお友達になってくださいぜひ!」

「あ、う、うん……」

「本当!? ありがとう、よろしく!」

「よろ……し……く?」


 よく喋る、それがあたしの初めての感想だった。そして、初めての友達だった。

 それになんというか、このころから片鱗はあった気がする。……何のって、性癖の。


 緊張で棒立ちの子。不安で泣いている子。積極的に話しかける子。積極的に嫌みを言う奴。

 そりゃ、70人(後に知った)近くもいればね。まあ、いろいろいるよね。

 ちなみにあたしはずっとハーミィスタと一緒にいた。ハーミィスタの提案で、ハーミィ、ファーちゃんと呼び合う仲になった。


 一晩城内の部屋で休ませられて、次の日。あたしたちは再び城園に集められて、説明を受けた。

 講師として集められた魔導士たちのリーダーが言ったことを要約すると、次のようになる。


 これから魔法の修行をして、魔術の修行をして、魔導の習得をするまでおよそ10年かかる。これは護衛としての修行期間。

 さらにその間には作法とか勉強とかもする。これは女として、付き人としての修行。

 また、修行中は帰宅などは許されないが、お城に住み込みで不自由なく暮らせる権利を保証する、と。


 …………は?


 って気分だったと記憶している。だって、九歳の少女が10年もの時間、親と離ればなれだ。信じられない、信じたくないのは至極当たり前だったろう。


 ここで泣き出す者続出。しかし、どれだけ泣こうがあの高く重たげな門は開かない。その混乱をよそに説明は淡々と進み、何もなかったかのようにあっさりと終わった。


 ハーミィがぽつりと、

「……ファーちゃん、10年って、長い?」

「長いよ、ハーミィ。だって、早くても19歳になるまで会えないんだよ」


 ここで不安にならない方がおかしいよ。


「さ、寂しくなんてありませんわっ。おほ、ほーほほ!」


 ほら。あのミラプティも昨日の態度が嘘みたいだ。

 でも、全然笑えない。



 いろいろと混乱があったけど、熱で寝込む子も出てきたけど、結局は広くて柔らかいベッド、美味しい食事、同じような境遇の友達、その他様々なサービスによって全員が籠絡されるのに時間はかからなかった。ちょろいね、女の子。


 あたしとしては、相部屋がありがたかった。さすがに一人ずつ70部屋もの空きがあるわけではなく、一部屋を5人で使うことになったのだ。

 この5人というのは連帯責任というひどく理不尽な仕置きの制度で結ばれており、寝坊から夜更かし、はたまた修行中のどんな小さなサボりまでもがその対象となった。


 いやいや、そうやって理不尽な罰がよかったわけじゃなくて。偶然ハーミィとルームメイトになれたからだ。そのほかの3人とも良好な関係を築けたからだ。友達と、いられたからだ。


 ◇◇◇






 魔法の修行が始まった。魔力という存在すら不安定な物質を生成できるようにして、その量を増やしていく。さらに体中どこからでも出せるようにしなければならない。

 同時に、勉強や戦闘訓練も始まった。忙しくて、悲しんでる暇もなくなったのはある意味幸せだったかもしれない。


 そうして三年間、魔法の修行を続けていると。ぼちぼちと合格ラインの魔法が使える、つまりは魔法使いが出てきた。あたしのルームメイトでは、というか全体では、ハーミィが最初に魔法使いになった。ミラプティが悔しそうに歯噛みしていたのが印象的だった。

 それからしばらくは合格者が出なかったけど、あたしとミラプティがほぼ同時に合格してからは次々と合格者が出るようになった。



 さらに二年を経て、あたしは15歳になった。この頃のあたしたちは大半が魔法使いになり、魔術の修行に励んでいた。留めておける魔力の限界値は修行で高めることができる。なかなか終わりの見えない修行だ。


 そんなある日のこと、帰るチャンスが唐突にやってきた。

 帰るチャンスを待ちわびていた子も多かっただろう。しかし、歓喜に沸いたのは一瞬だった。


 完全に不意打ちだった。一つ目の条件は、魔法使いでない者すべて。

 70人が、68人に減った。


 さらに残ったあたしたちは一列に並ばされた。そして、もう一つの条件が発表された。


 見た目の良くない者、すべて。


 あまりにも残酷で、非道な条件だ。今までの努力が全て無駄になる。それも、見た目という努力ではどうにもならないもののせいで。

 そして68人が、32人に減った。


 あたしも、ハーミィも、ミラプティも残ったけど、この日のことは一生忘れられないだろう。


 部屋に戻ると、もう三人分の荷物とベッドはそこにはなかった。

 まだまだ純粋さの残る心に、広くなった静かな部屋は初めての衝撃として深く刻まれた。




 こうして才能があって見た目のいい者だけが残り、「H7育成計画」は進められた。

 あの衝撃的な振り落としがあってから、残った者たちには変化があった。初めは70人いたのが、一気に半分以下に減ったのだ。次にいつ振り落としがあるか分からないけど、七人になるまで続くのは確かなのだ。みんな、目の色を変えて修行に励むようになった。



 さらに数年が過ぎた。

 魔術の習得まではトップを独走していたハーミィは魔導の習得でつまづいた。魔力量だけならダントツで高いんだけどな、ハーミィは。


 ここであたしはハーミィを追い抜かして、魔導を修得した。

 方法は、固有発現。もともと魔法使い全員に備わっていると言われる「魔導の種」を、瞑想や強く意識をすることなどによって表面化させ、魔導を得る方法だ。

 ミラプティもこの方法で二つの魔導を修得した。「魔導の種」はその人に合った性質を持つとも言われているらしいけど、それを知った上でミラプティの魔導を見てみると、


「おーほほ! わたくしにぴったりですわ! はぁはぁ……」

「うわぁ…………」


 ドン引きだった。


「ファーちゃん、おめでとう……」

「は、ハーミィもきっとすぐ使えるようになるよ!」

「うん、うん……」


 自分に言い聞かせるように頷くハーミィを見ていると、親友としてなんとかしてやりたくなる。みんな振り落としに対して敏感になっていて、少しでも遅れている子は明日にもそれがくるんじゃないかと、必要以上に怯えるようになっていた。



「えーと、昨日は確かここまで読んだっけ……」


 あたしは少しでもハーミィの力になろうと、暇を見つけては書庫で本を読むようになった。内容は、魔に関して全般。

 魔導を修得したからといって終わりではなく、魔術や魔法の腕をさらに上げるべく修行は続く。そのため、いつも疲れた体に鞭を打って本を読むのだけど、不思議と苦じゃなかった。



 そんなある日。あたしは一冊の本を抱えて、すっかり自信をなくしてしまったハーミィのもとに急いでいた。


「おーい、ハーミィ!」

「ぁはぃ! ……なんだ、ファーちゃんか。笑いにでも来たのー?」

「ミラプティじゃあるまいし、そんなわけないよ。ずいぶんとやさぐれてるね」

「ちぇー。信じた相手が急に冷たくなって、私をとことん苛めるシチュエーションなら少しは元気でるかと思ったんだけどなー」

「…………」


 この頃すでに、ハーミィは己の性癖を覚醒させていた。片鱗はあったんだよね。最初から。うん。


「そうじゃないよ。実は……」


 これは全てあたしが本から学んで立てた仮説だけど、もしこれが正しいならハーミィにとってプラスに働く情報になるはずだ。


 まず、固有発現でない、もう一つの方法。それが、魔導士になろうという人ならほとんどが知っている、学習発現という方法。すでに存在する魔導を真似することでそれに近い、あわよくば同じ魔導を修得できる方法だ。別に既存の魔導である必要もなくて、具体的なイメージさえ整っていればいいのだけど、難しいし、失敗例も多々あるからな。こっちはあまりやられない。リスクが大きすぎるんだよ。


 固有発現は発現させる魔導を選べない代わりに、それはもう高いポテンシャルを持っている。根底では自分に最も合うとされる魔導が発現するのだから、当然と言えばその通りだろう。

 一方で学習発現は、必要な魔導を選べる代わりに、ポテンシャルは固有発現ほどはない。


 ここであたしは一つの疑問を抱いた。

 学習発現では、どんな魔導も発現させられるのか?

 あたしがさっきまで読んでいた本によると、答えは否。その著者はそれを説明するために、ある概念を“キャパシティー”と呼んでいた。


 それは完全に才能に左右され、魔導の修得にはその魔導が持つ容量分の空きキャパが必要らしい。そして、キャパと相性のいい魔導に限りそれを埋めることができる。これは逆に言えば、キャパの容量さえあればその容量分だけは相性のいい魔導を好きなだけ修得できるということでもある。


 なるほど、と思った。ミラプティが魔導を二つ発現したということは、彼女にはそれだけのキャパが備わっていて、なおかつその魔導がキャパより小さな容量だったということだ。また、あたしならバリアを張るだけだから、キャパシティーには余りがあるのかもしれない。


 で、ハーミィの場合。

 あたしが考えた三つの原因は、

1 彼女のキャパシティーが小さいのではないか?

2 潜在する魔導が彼女のキャパシティー以上の容量を持つのではないか? 

3 それとキャパシティーとの相性が悪いという非常に稀な事例(レアケース)なのではないか?


 ってやつ。その本にもいくつかの前例が載ってたし。


「な、長かったねぇ……」

「むっ。いいだろ別に?」

「えへへー。わざわざありがとう!」

「ち。やめろよ照れるから……」


 あたしは逃げるように抱えていた本を開いた。

 それは、魔導書と呼ばれる類の本だった。魔導図鑑って感じの、分厚いやつ。


「だから、この中からキャパ食わなさそうな魔導を探そう。学習発現になっちゃうけど」

「なーるほど!」


 そこには、魔導とそれについての詳しい情報と、さらにそれにまつわる逸話や図解など、具体的なイメージを想起させる情報などが一つの魔導につき数ページ載っていた。

 この中から好きな魔導を選んで、学習発現させるのだ。その際に必要となる具体的なイメージを想起させる情報もバッチリ載っている。



 こうしてしばらくの後、ハーミィは無事に魔導を修得した。その日の夜には仲のいい数人でちょっとしたパーティーを開いた。


「おめでと、ハーミィ」

「ありがと、ファーちゃん」

「原因を見つけたファーリーンも、すごい早さで修得したハーミィスタも、なかなか頑張ったと思いますわ!」

「…………」「…………」


 ミラプティは自信家で、誰にでも自慢したがる奴だった。女の社会で、そんな奴が溶け込めるわけがない。孤立まではあっという間だった。

 態度を改めはじめるも時すでに遅く、ミラプティの孤立はなかなか終わらず。振り落とし後に行われた部屋の再編成で、たまたま相部屋になっ(てしまっ)たあたしとハーミィスタとだけ交流がある今日この頃である。


 まあ、改めたと言ってもこんな感じだけど。慣れだよね、慣れ。もう上からの目線が普通になっちゃってるよ。


「で、名前はどうするつもりなのですか?」


 不思議なもので、魔導に名前をつけるだけで威力が上がったり制御が楽になったりする。あたしもバリアの成長に悩んでいたとき、名前を付けるだけで「絶対領域」に近いのが使えるようになったし。


 だから、自分の魔導には名前をつける人が多い。デメリットもないし。


「う~ん。“無数の種(マシンガン・シード)”はどうかなー? 考えた奴の中じゃ一番しっくりきたんだよねぇ」

「いいじゃん、マシンガン。格好いいし、その魔導にぴったりな名前だ」

「いいセンスしてますわ!」


 こうしてあたしたちは、魔導士になった。




 ソリューニャの使う魔導は竜人族に代々受け継がれていることから、学習発現。レンジンは固有発現ではあるが、厳密には生まれつきなので未分類。ミュウの魔導は詳細未明。リリカは論外。

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