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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編2 喧嘩と救出
46/256

LIMIT 5

 


 ウィミナは仰向けでレンたちの声を聞きながら、物思いにふけっていた。


(これが、あいつらが戦っていた理由……友情、絆)


 最終的に負けはしたが、知りたかったこと──彼らの戦う理由が分かり、すっきりとした気分だ。

 レンとジンがボロボロになりながらも挑み、幾度となく立ち上がってきたのは──。


(ま、私ならたとえ友人が捕らわれていてもこんな無謀なことはしないけど)


 そしてそれは本当に踏み切るのが難しいことでもある。普通ならその無謀さに呆れ絶望し、諦める。

 しかし彼らは、おそらく何の躊躇いもなしに踏み切ったのだろう。


(ホント、運がよかったわね。この時期でなかったら……いえ、この時期でも奇跡的な成功率に違いはないけれど……)


 僅かに残った意識も遠のいていく。

 最後に、ウィミナは小さく笑った。


(でも、まだそれを掴んだとは言えないわよ……? 足掻いて、生きてみなさい。生きて、脱出してみなさい…………)


 ウィミナが気絶する刹那、何を思って笑ったのか。

 彼らが知るよしもない。







 ようやくまた全員が揃うことができた。あとは、脱出するだけ……というときになって、敵側の切り札が切られた。


『コード1592、発動!!』


 城の外が白く光る。

 窓から外を見下ろしたミュウが、驚愕の声をあげた。


「う、そ……! こんな、こんな大きな魔方陣が!? これが、コード1592!?」

「どうしたのミュウちゃん!?」

「気をつけるです! 何か……何かが、来ます!」


 敷地いっぱいに広がる超巨大な魔方陣と、その淵にずらりと並び立つ兵たち。魔方陣は彼らの魔力で発動しているようである。

 そして、魔方陣の効果は不明。


 レンたちの、それからの行動は迅速だった。


「とりあえず、降りるぞ!」

「待って! 何があるかも分からないのに!」

「バーロー! 分からねぇのはどこにいても変わらんだろうが!」

「……ここはレンの言うとおりだ。こんなところにいたんじゃどのみち逃げられない。もし機会があればすぐに逃げられるように降りておくべきだ」

「でも、もしあったとしてどうやって!? あの兵隊さん全員倒して門から出るの!?」

「いや……、地下にある緊急脱出用転移魔方陣を使おう」

「なんでそんなの知ってるですか!?」

「建築当初の設計図を見たことがある。確かな情報だ!」


 と、ここでレンがソリューニャに、静かに一言だけ問うた。


「ソリューニャ。いいんだな?」


 聞くまでもなく復讐のことである。

 それに対するソリューニャの返答は。


「……ああ。ここにはもう何もない。未練も、仇も」

「よし、なら急いで脱出だ! ソリューニャ、案内頼むぜ!」

「任せろ!」




 急ぐ一行が階段に着くと、眼下にはたくさんの兵士たちがそこにいた。

 すでにファーリーンは保護されて、彼女がいたところには小さな血のしみがあるのみである。


「つっこめ!」


 しかし、どれほどたくさんいようとソリューニャたちの敵ではない。ソリューニャの号令のもと、五人は全速力で階段を降りる。

 しかし。


「おおおおお!」

「敵は無力だ! 捕らえろ!」

「誰が無────え?」


 先陣を切ったソリューニャの拳は兵士の着る鎧に当たり、甲高い音を立てた。

 そして、それだけだった。


「へへ、捕まえたぜ!」

「な、痛ぅ…………!?」

「魔力がなけりゃ年相応のガキどもにやられることもない!」

「くそぉ! 離せェ!」


 体格のいい兵士たちに取り押さえられて、ソリューニャがもがく。


(まずいまずいまずいまずい! 魔法が使えない!? あの魔方陣のせいかっ!)


 しかし、どんなに暴れてもその手が離れることはない。

 魔力がなければ、兵士を一人倒すことすら難しくなる。素の肉体では兵士たちのほとんど誰にもかなわないのだ。

 まして、それが何十、何百といれば。


「ああああああ!」


 絶望的である。それを分かりつつも、ソリューニャはじたばたと足掻いた。



「おい、離せや」

「は……?」「え?」

「こちとら忙しいんだよ馬鹿野郎が!」


 ソリューニャを捕まえていた兵士たちが、揃って吹っ飛んだ。


「え、どうして……?」

「知らん。が、俺は魔力が使えるぞ」

「あたしは使えないよ!」

「わ、私もですっ!?」

「オレも使えるみてーだ、ぜっ!」


 白い竜巻が兵士たちをはじき飛ばして道をつくった。

 敵も味方も総じて魔力を封じられたはずの戦場で、ただ二人のイレギュラー。


「ほら、立って。行くよ、ソリューニャ」

「道はレンさんたちが作ってくれるです!」

「あ、ああ……」


 リリカの手を借りて立ち上がる。

 そして、蹴散らされていく兵士たちを見て、思わず笑ってしまった。


「まったく……。どんな無茶苦茶だよほんとにアイツらは……」

「よく分かんないけど助かったね! やるぅ!」

「無事だからよかったですけど、もし誰も魔力がダメになってたらと思うとぞっとするです。あの魔方陣、辺り一帯の魔力を封じる類のものみたいですけど、このサイズ。ものすごい技術ですよ」

「分析は後でいい! 道ができた!」

「よーし! 二人に続けー!」


 その「ものすごい技術」を歯牙にもかけず突破し、降りていくレンとジン。


「バカな! 突破されたというのか!?」

「どけどけどけぇ!」

「ぐぁぉ!」「話が違うぞ!」

「おわぁぁぁ!」「化け物か!」


 そして制圧。




 あっという間にたどり着いてしまった、地下二階。

 ここに来るまでに隠し扉やら罠やらが行く手を阻んだが、設計図を見たことのあるソリューニャの記憶に従って進み、場合によっては壁を砕き、特に何事もなく着いてしまったのだ。


「いやー、楽勝だったな!」

「魔力を封じたのが裏目に出たとはいえ、夢みたいに順調に突破したね……」

「レンさんもジンさんも、まさかここまで強かったなんて……」

「すごいね! 何というか、すごいねっ!」


 そこは、暗い空間だった。

 魔方陣が発動するまでは動いていたのだろう照明の魔導具が点々と奥まで続いている。


「あれ……扉だ?」

「開いてるです」

「多分、城にいた貴族とか非戦闘員とかが使ったんだろうね」

「人、いる?」

「いないわ……」


 その奥にある大きな扉のさらに向こう。

 その広い部屋の中央に幾何学的な模様の魔方陣が彫られていた。確認したのは夜目の利く野生児リリカ。


「すごい、本当にあった!」

「ああ。こっちにはレンとジンがいるから発動もできるぞ!」

「ちょっと待ってください」


 突然制止をかけたのはミュウである。


「これ、座標固定されてないです。ただ魔力流しても発動はできないです。ほかにもいろいろと……とにかく王様が使うにしては不安いっぱいです!」

「なんだって?」

「え? え? どういうこと?」


 ちなみに驚いたのはソリューニャで、いろいろ分かっていないのがリリカである。


「つまりな。どこに飛ばされるか分からないってことだよ。最悪、雲の上だったり海のど真ん中に落ちたりする……かも?」

「ええ!? 雲の上にいけるの!?」

「そう、ですね……。ほぼ間違いなく死ぬですけど……」


 雲の上を歩けるワケではない。


「きっと正しく起動させられるのは一部の偉い人たちだけで、何も知らない私たちみたいのには使えないようになってるです」

「かなりヤバい状況じゃないかこれ。レンたちの魔力もいつ使えなくなるかも分からないし」

「………………」


 ミュウも深刻な顔で魔方陣を睨んでいる。


「……けど……うん、最低でも二人いれば起動できるようになってるです……。これなら偽物フェイクにさえ気をつければ!」

「ミュウちゃん?」


 しかし、ミュウの顔に浮かぶ表情は絶望ではなかった。


「これ、分かります。多少のズレはあるかもですが、ある程度なら座標も絞れるですよ」

「なに、本当かい!? すごいじゃないか!」

「はい! 今度は私がみなさんの役に立つ番ですっ! 転移ぶならどこらへんがいいです?」

「なるべく王都ここから離れたところ。方角はあっち」


 ソリューニャの指差したのは東の方角。カキブ唯一の隣国の方角だ。

 ソリューニャはこのときすでに、パルマニオを離れる決心をしていた。力を溜め、仇を探すのはカキブにいたのではやりづらい。

 そのとき、たくさんの足音が近づいてきた。兵たちが追い付いてきたのだ。


「解読に少し時間がいるです!」

「よっしゃあ! こっちは任せとけぃ!」

「おお! 何人たりとも通さねー!」


 まず部屋に飛び込んできたのは、中型の狼である。

 肉食獣なら、魔力が使えない状況下でも人間以上の戦力になる。


「王国め……! さすがに馬鹿じゃないな! 大丈夫か、レン、ジン!」

「勝てるけど、数が多い!」

「兵隊も混じってら! 鬱陶しい!」


 白い輝きが闇の中を駆け回る。

 が、ここで狼とは、厄介な存在であった。


「あ……!」


 取りこぼしの狼がミュウに迫る。

 二人で抑えるには厳しく、数の問題でどうしても数頭には抜かれてしまうのだ。


「あちょー」「たらあぁぁ!」

「おお、サンキュッ!」


 それを、迎撃するリリカとソリューニャ。一頭ずつならば、魔力がなくともなんとか戦える。

 先の修行期間中、魔力が尽きた状況を想定しての訓練を行っていたのだが、それも活きている。


「ここ、と、ここが、二重接続……。なら、最大飛距離はそう長くはない……? いえ、問題は方角です……。少なくとも高度調整は易く作られてるですが……」


 ミュウも集中して魔方陣の解析を行っている。背中を出会って半日もない少年たちに任せ、真剣な眼差しで正確な情報だけを読み取っていく。

 そして。


「……だいたい、分かったです!」

「本当か!?」

「はいですっ!」


 銀の髪を煌めかせてミュウが振り返った。


「じゃあ、指示を!」

「はいっ! まずはこことここに一人ずつが立って……」

「って、無理! 隙だらけじゃんか!」


 発動に必要な準備をしていれば、時間もかかるし隙もできてしまう。敵もそう易々と見逃してはくれない。


「何秒いる?」

「えっ?」

「何秒くらい稼げればいいんだ?」

「あ、えと、10秒!」

「10秒だな? 任せろ!」


 自信満々に言い放つと、レンは魔力を高めて白い風を両の掌に収束させる。

 レンが何をするのか、ジンはいち早く気が付いた。


「およ? あれ、やんのか?」

「おお! 今度は加減がいらねーから、とにかく全力でぶっ放す!」

「わはははは! なるほど、簡単だな!」


 盛り上がる二人。置いてきぼりの三人。


「うっし、行くぜっ!」


 限界まで押し込められた空気が掌の周りで渦巻く。

 レンは腕をまっすぐ敵の群れに向けて、不敵な笑みを浮かべた。


「吹っ飛べ! はっはっはーーっ!!」


 圧縮された風の爆弾が破裂した。

 瞬間、破裂音とともに襲いかかる風圧が部屋の中を蹂躙し、片っ端から敵をなぎ倒し押し流す。


 被害はそれだけに収まらず、


「きゃっ!?」

「ミュウ!」


 ジンが飛ばされかけたミュウの手を掴み、


「伏せろ、リリカっ!」

「へぶっ」


 ソリューニャがリリカを掴み伏せた。

 味方にも被害は及んだが、とにかく敵との距離は大きく開いた。

 あとは、時間との戦いである。


「ミュウっ!」

「はいですっ! 魔力の出せない二人は真ん中に立つですっ! レンさんとジンさんはそことそこにっ!」


 テキパキと、ミュウが指示を出す。


「絶対に、逃がすな!」「走れぇーー!」

「あいつらに発動できるわけないだろう! あれの起動は国の機密情報だぞ!?」

「だからって、ただ見てるつもりかっ!? いいから、走れ!」

「うおおおおっ!」


 部屋の壁まで飛ばされた兵士たちの中で、動ける者たちが魔方陣のもとへと走る。

 ここで大きな痛手だったのは、狼たちが軒並み戦意を無くしてしまったことだ。

 狼は序列がしっかりした動物であり、群のリーダーに従って動く。そのリーダーが適わないと諦めてしまえば、その群は屈服するか逃げるかしかないのだ。


「レンさんっ、魔法を!」

「おお!」

「少し強すぎるです! もっと抑えて……そう、そんな感じですっ! それを維持するですっ!」


 レンの足下から白い光が魔方陣の溝に沿って広がる。


「ジンさん、足下に三本の線が見えますか! その一番細い溝には流さず、残りの二本には全力の魔法を!」

「そんな難題、簡単に言ってくれるな! こうかよ!?」

「足りません! そこ少ないと高いところに飛ばされるですっ!」

「なにぃ!? ならばこうかーーーーっ!」


 ジンの足下からも魔力が流れ出し、やがてそれがレンのそれと交わり、魔方陣全体が白く輝く。

 魔方陣に正しく魔力が行き渡り、刻まれた魔導が発動する。


「お、おい、あれ!」

「まさか本当に起動できるんじゃないだろうな?」

「ば、バカ言え。オレたちですらコードを知らないのに、初見の奴らなんかに……」

「だ、だよな! ありえないよな!」

「ああ、ありえ、な……い…………」


 驚愕の兵士たちは、眩い白が閃いたのを見る。

 そして、部屋に再び闇が戻ったとき、彼らの前にはもう五人の姿はなかった。


「バカ、な…………」

「これは、夢か…………?」

「ああ……。これは……」



「…………現実、だよ」




 大陸の西端に位置する小さな国カキブ。この日、カキブ歴史書に新たな出来事ページが刻まれた。

カキブ編、またの呼び名をチュートリアル、完結です。お読みくださった皆さま、ありがとうございました。

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