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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編2 喧嘩と救出
45/256

LIMIT 4

 


「ミュウちゃん、大丈夫?」

「はいっ! まだまだいけますっ!」


 リリカは群がる兵士たちを蹴散らしながら、後方で支援火力を送るミュウを見た。

 そのミュウはというと、威力の調整に四苦八苦しているところだ。


「なるほど……。少しやりすぎってくらいでちょうどいいですか。一撃で無力化って、難しいです」


 ミュウが戦場の渦中にいながらもこんなのんきに物騒なことを考えていられるのは、リリカが前線で暴れまわっているからに他ならない。

 そして、当のリリカはといえば、


「レーーン! ジーーン! どこだーーっ!」


 消えたレンとジンを探すのに必死になっていた。




 少し前のこと。

 ウラとの戦闘が終わり、リリカとミュウはレンたちのいる部屋へと戻った。

 しかしそこは、だれもいない空っぽの部屋だった。


「みゅ、ミュウちゃん! あいつらがいない!」

「ぇ、えぇ~~っ!? ありえないですっ!」

「本当にこの部屋なの!?」

「は、はい。あの、考えられるのは、敵に見つかったとか、治癒が終わって出て行ってしまったとか……です?」


 とっさに思いついた考えを二つ言ってみたミュウだったが、特に後者はありえないと思っていた。それは早すぎる。


「で、でもっ! この部屋が荒れてないのは暴れたりしてないってことです! きっと自分で部屋から出たんだと思うです!」


 それを聞いてリリカは、黙って部屋をあとにした。


「…………」

「り、リリカさん? どこに……」

「……決まってるわ。バカ共を捜しにいくのよ。こんなに心配かけて、許さないわ」

「は、はい! ……正直リリカさんなら『一発殴る!』とか言うかと思ったですよ」

「それ、採用ね!」

「わーー聞こえてた! ごめんなさいですレンさんジンさん!」


 こうして、二人を捜して彷徨さまよううちに兵士たちに見つかってしまったのだった。




「魔術兵! 前線を固めろ!」


 隊長とおぼしき兵が指揮をして、それに合わせて魔術兵と呼ばれた筋骨隆々の兵士たちがリリカに襲いかかる。


「どけっ! 筋肉お化け!」


 それを回し蹴りで文字通り一蹴するリリカ。


「簡易汎用付与魔導、準備完了!」

「よし、発動しろ! 小娘二人ごとき、なんとしても食い止めろ!」

「はあっ……っ! 硬くなった!」


 後衛魔導兵の魔導でパワーアップした前衛兵たちが再びリリカに飛びかかる。

 リリカも体当たりで応じるも、筋骨たくましい大男のタックルと互角。

 その隙に二人目、三人目がリリカにぶつかってくる。


「ぐ……っ! 重いっ!」

「今だ! 取り押さえろ!」

「リリカさん危ないっ! 速撃の飛星(ソニックスター)!」

「うぉわ!?」「ぐぬぁ!」

「やった! うまくできたです!」


 それを、撃ち落とすのが後衛であるミュウの仕事だ。

 そしてリリカも、数秒で強化が切れた兵士を蹴散らす。


「ありがと、ミュウちゃん!」

「はい、どういたしまして!」


「ぐっ、強い! これが子供の、しかも女の力か!?」

「た、隊長! 前線、維持できませんっ!」

「魔術兵が全滅しました! 魔導兵も!」

「くそ、残った槍兵で止めろ! 槍で縛り付けるんだ!」


 槍の先から細長い魔力が射出されて、リリカとミュウに迫る。が、それが二人を止めることはない。

 リリカが力ずくで引きちぎり、ミュウは自身に届く前に撃ち落とすからだ。


 年端もいかぬ少女の二人に、武装した大の大人たちが倒されていく。

 これが圧倒的な個の力なのである。


 ほどなくして、兵士たちは誰一人として立っている者がいなくなった。


「ふぅ。おつかれ、ミュウちゃん」

「強いですね、リリカさん。すっかり助けてもらったです」

「お互い様だよ!」


 ひとまずの勝利にほっと息を吐く。



「……きゃっ!?」

「あ、っ! なんです!?」


 上から爆発音が聞こえて、床が、いや城全体が揺れた。

 そして、遠くから少年の雄叫びが聞こえてきた。


『……ぉぉぉ……ぉ!』

「レンの声! 上にいるっ!」

「ですけどっ、この大きなお城が揺れるなんて、何かすごいことが起こってるですよ!? 危ないです!」

「だから行かなきゃ! もう逃げないって決めたの!」

「……私も行くですっ!」


 近くの階段に急ぐリリカだったが、階段前で足が止まった。ついでにミュウがリリカの背中に顔からつっこむ。


「わぶっ! リリカさん?」

「……気をつけて」


 階段の上には、一人の女が立っていた。


「……これ以上は、行かせない……っ!」


「敵……です?」

「すごく、強そうだね」


 その女の名は、ファーリーン。ジンを仲間と三人がかりで迎え撃ち、そして敗れたH7の壁。


「あれ、でも、怪我……してるですか?」

「確かにボロボロ、痣だらけだ。まさか、もう戦った後?」


 二人がそう呟いたとたん上で再び爆発音が鳴って城が揺れた。

 すると、ファーリーンは二人の疑問を肯定するかのようにふらつき、階段を一段踏み外した。


「あっ、危ない」

「く……っ! 絶対に、通さない!」


 それでもなんとか踏みとどまったファーリーンを見て、リリカの心には迷いが生じていた。


「あたしは、行くよ! だからどいて!」

「すごく、甘い……っ! 通さないって、言った……!」


 ファーリーンを戦闘不能に追い込むことへの抵抗である。

 すでに立っているのもやっとな彼女の身体に、さらなるダメージを与えられるほどの覚悟が、リリカにはなかった。

 リリカは、ファーリーンと戦わずに階段を駆け抜けてしまおうと走った。


「あたしは……戦えないっ!」

「あっ、まっ、待ってください!」

絶対領域ハイ・バリアー!」


 しかし、いかに肉体が疲弊していようとも基本的に魔導に影響はない。

 リリカは突然現れた燈の魔力に足止めされた。堅牢な壁は階段の端から端に広がり、道を完全に塞いでいる。


「通してよ! どうせそんな体じゃ戦えないでしょ!?」

「馬鹿にする、なっ! 情けは、いらない!」

「強がらないでッ! そんなことしても、痛いだけだよ!?」

「こ……の! お前には、覚悟はないの!?」


 リリカがどれだけ殴りつけても、壁はびくともしない。


「覚悟ってなに!」

「自分の意志を貫く覚悟! お前に目的があるなら、ブレるな! あたしを、倒して行け!」

「そんな覚悟なら、いらないッ! あなたが敵でも、怪我人殴ったりできるわけないじゃん!」

「お前のその考えが、あたしを苦しめる! 腹括って来てるのに、中途半端な同情で逃げるな!」


 ファーリーンの意志もまた、堅かった。

 例え絶対領域を割ったとしても、再び展開されてしまう。確実に突破するにはファーリーンを止めるしかない。

 そしてファーリーンには自ら屈するつもりは微塵もなかった。


「ほら、あたしを倒さなきゃ通れないんだ! 通すつもりもない! けど、通ってみせてよ!」

「こ、このぉぉぉぉ!」

「……っ、ぐふっ!」


 ひとりでにファーリーンが血を吐いてうずくまった。

 その生々しい赤に怯み、思わず攻撃の手が緩まるリリカ。


「やっぱ嫌! もうやめてよ! なんでそこまでして邪魔をするの!」

「ぅ、うぅ……。意志がある……から! 守るために、あたしの魔導がある、から!」

「わけ、わけ分かんない! 痛いの我慢してまですることなの!?」

「それは、お前にも言えること! 死の危険っ、冒してまでお前はここに来た! あたしもお前もっ、変わらないはずだッ!」

「…………っ!」


 つまるところ、意地である。


 ファーリーンがわざわざ痛む体に鞭を打ってまでリリカの前に立ちはだかるのは、意地があるからだ。

 そしてそれは、ファーリーンの過去に起因する意地だ。とてもリリカでも理解できるような簡単なことではない。


「それでも、おかしい! ソリューニャは助けたいと思うけど、あんたみたいな怪我人とは戦いたくない! よく分かんないけど、でも心からそう思ってる!」

「無視をされたら! 眼中にないように振る舞われたら! あたしが駄目なんだ!」

「全然分かんないよ!」

「分からなくてもいい! あたしの事情がある! だからあたしはここを通さない!」


 そして、リリカも意地になっていた。

 上に行くことと、怪我人を殴ること。ファーリーンはそれらをイコールでつなげた。上に行くには、ファーリーンが抵抗できないようにするしかない、と。

 リリカはそれを認めたくなかった。どうにかして、戦わず、かつ迅速に階段を上がりたかった。

 もう幾度目かの爆発音と、本当にびくともしない壁がその焦りに拍車をかけてくる。


「リリカさん、これで突破できます!」


 どちらも一歩も譲らない意地の張り合いは、唐突に終わりを迎えた。


「純魔力を破壊するワザです!」

「ぐぅ……ぎ……っ」


 ずっと黙っていたミュウがようやく完成させた攻撃と、ファーリーンの限界。この二つが重なり。


「はぁぁぁあっ!」

「ぐ、く……そ……」


 杖の先端から放たれた攻撃が絶対領域に穴をあけ、貧血で倒れたファーリーンがその修復に手間取る。

 それは僅かなタイムラグだったが、リリカとミュウがドームを通り抜けるには十分な時間でもあった。


「……なんか、口を挟めない空気だったですけど、心を鬼にしてぶち壊したです……」

「ううん、ありがとうミュウちゃん。とりあえず通れたんだし」


 広い階段の半ばでは、ファーリーンがうずくまって震えていた。

 リリカはそれを一度だけかえりみて、それっきり振り返ることはしなかった。

 ただ、そのとき見えたファーリーンの眼は、しばらくリリカの頭から離れなかった。


「そっか……。あっちにはあっちの気持ちがあるんだ……。考えてみれば、当たり前だった」

「どうかしたです、リリカさん?」

「ううん、なんでもないよ。急ごう」

「はいですっ!」


 リリカとミュウは爆発音と怒号の響く上階へと急ぐのだった。


 そして……






 リリカが黒こげで穴だらけの部屋に突入し、それから、


「捜したぞぉ、ばかぁぁぁあ!」

「うおぅ!?」「リリカ!?」

「心配かけて、かけて……ふざけんなぁぁぁあ!」

「おごごごっ!?」

「それ! それめっちゃ痛いんだけど!?」


 まずはレンとジンの首にしがみつき、


「うわぁぁーーん! ソリューニャァァ!」

「おぐっ!? リ、リリカ……?」 

「ごめんなさい! あたしのっ、あたしのせいでっ!」

「あ、ああ。気にしてないよ、本当に……」

「うぅっ、ぐずっ……ごめんね……」

「……ああ、来てくれて、ありがとうね」


 次にソリューニャを力いっぱい抱きしめ、


「なんか、いいですね……。少し、感動したです」

「よお、み……ミー?」

自分ミー、じゃなくてミュウなのです……」

「そうそう。サンキューな、ミュウ!」

「あっという間に治ったぜ!」

「えぇぇ!? あれで完治とか、ありえないですよぅ!」

「あ、そうだ。えい」


 ミュウと話すレンとジンに拳骨を落とした。


「あばぅ!」「ぎゃっ! なんで!?」

「うっさい! 心配させるからだバーカバーカ!」

「ごめんなさい……。私のせいなのです……」

「あれ、アンタもしかして地下牢にいた?」


 と、ソリューニャがミュウを見て気づいた。


「はいっ! ミュウです。助けてくれてありがとうございましたです!」

「……鍵、投げただけなんだけどね」

「……まあ、助かったのは事実ですから」

「はは。ソリューニャだ、よろしくね」

「こちらこそですっ!」


 しばしの安息。今は再び全員無事に生きて再会できたことを喜び合うのだった。

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