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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編2 喧嘩と救出
44/256

LIMIT 3

 


「おおおおお!」

「はあーーっ!」


 初めに飛び出したのは、ジン。両の手には対人用に調節された小型トンファー。


「フルバースト!!」

「しっ!」


 ウィミナが極太魔力砲で迎え撃つ。当たれば一撃で体を消し飛ばす気概で放たれたそれを、ジンは紙一重でかわした。


ふところとった!」

「甘い! バースト、機動モード!」


 ウィミナがなんの前触れもなく下がる。ジンが奇襲に失敗したときと同じ回避方法だ。


「その首取るのに、遠慮はしないわよ! ──っつ!」

「あん? 遠慮しなくていいぜぇ? へへへっ」


 そのままジンの背後を取ったウィミナだったが、攻撃をする間もなく離脱する。

 直後、そこを通り過ぎる白い竜巻。


「オレもいるぜ!」

「囮とか……。一歩遅れれば彼の命がなかったわよ?」

「知るか。ジンがそう簡単に死ぬかよ」

「呆れた……。盲信よ、それ」


 ウィミナがギアを一段階上げ、スピードを上げる。

 二人を相手にするときはどうしても片方に対して手薄になる。それならば一瞬で仕留めればいいのだ。

 そうすれば隙ができるのも僅かな時間。


「だっ!」

「ちっ、惜しかったわ!」


 そのスピードで今度はレンの背後を取ったが、一瞬でレンが消えた。

 否、正確にはジンも、だ。


(消え……いや、私と同じ高速移動! 動きは直線的? そして今は……)


「上か!」

「あたり! くたばれ!」


 着地の衝撃でへこんだ天井を蹴ってジンが再び瞬身を使った。

 ウィミナが飛び退くと同時、目の前に盛大な砂ぼこりが舞う。


「次っ!」

「くっ!」


 砂ぼこりの中からジンが飛び出す。

 ウィミナを挟むようにレンも背後から急襲する。


「またまたお留守だ!」

「あら、そこにいたのね?」


 ウィミナは振り向き様にニヤリと笑い、床に隠されていた魔方陣を発動した。魔方陣から魔力砲が放たれ、二人を飲み込む。

 そして、逃れられずに空中に投げ出された二人を、ウィミナが狙い撃つ。


「ツインバースト!」

「当たるか! ふんっ!」

「まっ、風で空中制動! やるわね!」


 レンが風の力でふわりと移動する。間近を過ぎる魔力砲がチリリと前髪を焼いた。


「吹っ飛べ!」

「フルバースト!」


 仕返しとばかりに放たれた白い竜巻を燈のビームが迎え撃つ。

 威力は互角。しかし、ウィミナが足を止めるのは悪手だ。


「テメェ! モロ食らったろーが!」


 ジンだ。


「っ、その割には早い復活じゃない!」

「お返しだっ!」

「かっ……!」


(つくづく予想を越えてくる……。もう少しダメージとかあってもいいじゃない!)


 ウィミナがこの戦闘で初めて攻撃を食らった。

 しかし、怯んで隙をさらすほど弱くもない。

 すぐさま流れるような動きで反撃を返す。


「くっ、ツインバースト!」

「がぁぁあっ!」

「ジン! クソ、器用な!」

「機動モード、最大出力(トップギアー)!」


 ウィミナはジンに一撃いれるとすぐに離脱した。そのまま高速機動による攪乱を狙う。


「速ぇけど……そろそろ慣れた! 行くぞ!」

「おうッ!」

「……これはっ」


 壁に、床に、天井に小さなクレーターが出来てゆく。

 先ほどジンが使った攻撃と原理は同じで、しかし失敗すれば大きな隙を晒す危険な動き。


「さっきのといい、まさか瞬身!? 達人の技でしょう普通は!」

「知るかっ!」


 ブレーキは考えない。壁に当たれば止まるからだ。その代わり身体にかかる負担は計り知れない。

 しかし、ブレーキを考えないことで処理が簡単になった瞬身が、今まで不可能だった連続使用を可能にしていた。


 レンとジンが文字通り縦横無尽に部屋を跳ぶ(・ ・)。目にも留まらぬ速さで。


「バースト!」

「当たらん!」


 高速移動する砲台と化したウィミナが二人を撃ち落とそうと狙うも、そう簡単には当たらない。

 魔力を置き去りにして二人は駆ける。


 しかし逆に言えば、ウィミナは二人を狙えるのである。

 ウィミナは高速機動をするにあたって、動体視力を極限まで高める魔導も併用しているのだ。

 レンたちの相対的な速度は相当なものだが、少し無理をすれば捉えられないほどでもない。


「そこ! ツインバースト!」

「くっ、吹き飛べ! うおおおお!」


 迫る高密度の魔力砲に、レンが真っ向から白い風を込めた拳で対抗した。

 部屋の中心で衝撃波が起こり、一斉に窓ガラスが砕け散る。シャンデリアが落ちた。


(うまくごまかしているけど、荒い。こんなこと、長くは続かないでしょうね)


 その予想通り、ほどなくしてレンが着地で態勢を崩した。足場の壁が砕けて、うまく衝撃を受け止められなかったのだ。

 このチャンスを見逃すウィミナではない。


「隙ありっ!」

「あ。やべ……」



「────っらぁ!」

「がはっ!? しまっ──!」

あぶっ!?」


 そのチャンスを見逃すジンではない。

 僅かに逸れた意識の隙をついてジンが体当たりをかました。バーストの照準はズレて、レンのすぐ隣の壁を消し飛ばす。


(この子、本当に奇襲がうまい! そして……容赦もない!)


「へっへっへ! 掴んだぜ!」

「くっ、離しなさい!」

「うぉ!? ぅがっ、が、がぁ!」


 ウィミナがジンを振り落とすため壁面すれすれを飛び、ジンを引きずり回す。

 しかしその分ウィミナは減速しており、ジンが振り落とされるよりも先に、


「はろ~」

「あ、まず……!」

「そいやさぁ!」


 レンが追いついてウィミナに一撃を与える。

 しかし追い撃ちは地雷によって阻まれた。


「もういっちょあ!?」

「舐めないで! バーストボム!」

「レン!」

「いい加減、離れなさい!」

「ぶぁっ!」


 ウィミナもただ飛んでいたわけではない。しっかりと仕込みは完成させていた。

 いまや近づく者に反応して暴発する魔力の地雷が部屋のあちこちに仕掛けられている。


「くっそー、惜しかった」

「もう一回だ!」


 二人がふっと消え、遅れて地雷が次々と爆発していく。


「あんにゃろ、こんなに仕掛けてやがったか」

「──下ばかりに気をとられてちゃダメよ?」

「テメーもな!」

「そうでもないわよ?」


 ジンの背後を取ったウィミナの背後をさらにレンが取るが、それもウィミナの作戦のうち。

 三人を取り囲むように魔方陣が発動した。


「くそ、こんなもんまで隠してやがった!」

「どんな魔力量だ! 底なしかっ!」


 その効果は、僅かな時間だけ強力な防御壁を張るというもの。

 発動のタイミングが非常にシビアな魔方陣だが、その一瞬が命取りになるのが戦場だ。


「やべ、ハメられた……!」

「しゃーねぇ、耐える!」

「昇れ、タワーバースト!」

「っ、あああああ!」

「お、おお、おおお!」


 どこにも逃げられない二人を暴走する魔力が巻き込んで昇っていく。

 そして、空中。


「いてて……」

「やべ、見失った!」

「────私ならここにいるわよ」


 今度は風でよける間も与えない。

 二人が慌てて振り向くより早く、ウィミナの掌が煌めいて、球状に爆発が起こる。


「バーストボム!」

「うがぁぁあ!?」


 二人が床に叩きつけられても、ウィミナの攻撃は終わらない。

 隙だらけのこの瞬間を見逃さずに、確実に決めに来る。


 起き上がったジンの正面にウィミナが降り立った。


「おはよう、良い夢見れた?」

「目の前とか、舐めんな!」

「いいえ、すごかったわよ? フルバースト!」

「っお!?」


 ジンが反射的にかがむ。

 フルバーストは彼の頭上を薙ぎ払うが、ウィミナは当たらなかったことなどどうでもいいかのように笑った。


「狙いが違う」

「あ……」


 ウィミナの位置取りは単純に直線上だった。

 レンとジンが一直線に重なる位置。そこがジンの正面であり、ウィミナの狙い目だった。


「んあ……?」


 レンの反応はやや遅れて、しかしその遅れは文字通り致命的な遅れなのだ。

 圧倒的魔力が彼を呑む。ウィミナは今度こそ直撃を確信した。


「レン!」


 同じくジンも直撃を確信していた。

 あの威力ではさすがに、無条件にレンの無事を確信することはできず。

 そして、ジンが思わず振り返った隙はウィミナにとって好機以外の何物でもなかった。

 ウィミナが音速に近い速度でジンに接近する。今度こそ、今度こそ息の根を止めるために。


「消し飛べ」

「しまっ──!」




 ──レンと目が合った。

 レンが一瞬で、目の前に。拳を、振り上げて。


「……!!」


 同時に悟った。ウィミナほどの実力者だから見える、己の敗北を。

 完全に虚を突かれた。ウィミナにレンの拳を防ぐだけの時間は残されていない。

 しかし、思わず頬が弛んだ。


「勝ち」

「……ええ、負けね」


 そこは、強者だけが至れる空間。体感で異常にゆっくりと流れる時の中で、レンも笑っていた。


「面白かったぞコノヤロウ!」

「ふふ、そう…………」


 ◇◇◇






 ミラプティとの戦闘を終えたソリューニャが目にしたのは、溢れる白を纏ったレンとジンの姿だった。憎んでいるあれとは違う、清々しくも力強い白。

 終始押され気味なのに、二人は楽しそうに戦っていた。

 何度も危ない場面があった。敵はレンとジン二人がかりでようやく戦えるほどの格上。

 しかしそんな強大な敵を、とうとう二人は打ち破った。



「おーい、ソリューニャー。勝ったぞー」

「あ、ああ。見てた。すごいな……」

「いやー、楽しかったなー」

「全身が痛ぇけどな」


 二人も、ウィミナも、本当に楽しそうに戦っていた。それはソリューニャにもよく分かる。


「レン。最後のあれどうやったの?」

「あん?」


 フルバーストを受けたはずなのに無傷で現れてウィミナを驚かせた、あの決め手のことである。


「ああ、あれはな……」



 唐突だが、魔導や技に名前をつける行為は、魔導の発動をより速やかに、そして正確にするものである。

 技の名前を言葉にすることで、発言者自身に強く意識させて魔力がよりスムーズに操作できるようになるためだ。いわば自己暗示だが、その効果は高い。


 しかし、レンとジンは自分の魔導に名前をつけていない。決まった技のない自由な型が武器だからだ。

 ただし、レンはたった一つ。名前のついた技を持っている。というか、名前を口にしないと発動できないほど難易度が高い技なのだが。


 そしてそれこそが先の死闘やアルマンディア戦でも決め手となった技。


「“風衣(エアロコート)”」


「なんだい、それは?」

「うーん……。風で体を守る技……かな?」



 風衣(エアロコート)

 レンが持つ、唯一名前のある技であり、緩やかに流れる空気の衣を纏うという技である。

 この空気は常に外部の影響を「受け流す」ように動いており、レンと外部との摩擦すらも無にするのだ。

 また、この技の本領は防御でこそ発揮され、爆風やバーストのような質量の小さなものの奔流ならばまずレンに届くことはない。


「す、すごいな! でも、そんなのあるなら最初からやっていれば良かったんじゃないのか?」

と、ソリューニャ。


「それが、無理なんだよ。発動には集中しなきゃなんねーから、隙だらけになるし。そもそも十秒保たねーし」

「まぁ、ぶっちゃけ本番でやる技じゃないのは確かだけどなー、レン?」

「バーロー。ここぞってときの切り札なんだよ」


 あの瞬間、レンはとっさに呟いたのだ。


『風衣……!』


 そして空気が揺らめいた直後、バーストはレンをよけるようにグニャリと広がったのだ。そして爆風が無傷のレンを隠した。



 しかしこれは、質量の小さな攻撃に対しては無敵に近い防御力を誇る反面、繊細な制御が必要とされるために非常に発動難度が高いという欠点が存在する。

 そのため技名を言わなければ発動すらできず、さらには数秒しか維持できないのだ。そう、バーストを一発受け流すだけの僅かな時間だけ。


「でも、勝ったぜ!」

「まさに薄氷の上の勝利だったのか。なんというか、心臓に悪い話だねェ」

「勝ったからいいだろ!」

「はは、そうだね。本当に、凄かったよ……」


 薄氷の上だろうと勝ちは勝ち。

 レンとジンは格上を相手に、度胸と運をもって決して高くない勝率を掴み取ったのだった。

 ウィミナの魔方陣は、そういう魔導を使っています。魔力で線を描く魔導。魔方陣そのものが魔力なので、持続時間は短いですが魔力の供給なしで発動します。

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