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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編2 喧嘩と救出
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「ん…………」


 数刻前までの記憶がない。


「あ……れ」


 気絶していたのだろうか。していたのだろう。

 ぼんやりとした頭で濁った水のような記憶を遡る。


「────!!」


 はっと、思い出した。ソリューニャの頭の中で記憶が澄んでそして繋がった。敵の攻撃を受けて、死を覚悟して眼を閉じたのだった。


(アタシ、敵にやられて……!?)


 なら、これが死んだということだろうか?

 なんて柄にもないことを考えた。


 不意に、ソリューニャを奇妙な浮遊感が包んだ。

 足が地に着いていない。それどころか上昇しているように感じられる。


 ほどなくして、自分を抱きかかえるレンと目が合った。


「よぉ、ソリューニャ」

「……え、なんで」


 思わずなんでと言ってしまったが、即時にソリューニャは状況を理解した。

 レンの向こうの背景が流れていく。


「ったく、なんでおめーの方が死にかけてんだよ」

「あ、ぁ、ごめ……」

「いや、いい。強ぇ奴と死闘ったんだろ?」


 二人の体が下降を始める。落ちる恐怖を感じて、ソリューニャは弱々しく呻いた。


「……逃げよう」

「うん。断る」

「こ……! レンもボロボロじゃないか! 勝てっこない!」

「そんなに強ぇのか?」

「強いよ!」


 それを聞いてレンは。


「…………ワクワクする」

「え……っ?」


 二人分の体重がかかっているとは思えないほど軽やかにレンは着地した。


「よし、じゃ今度はオレの番な!」


 レンはソリューニャを下ろすとそう言った。

 ソリューニャはレンの心底楽しそうなあの表情を見て、何も言えなくなってしまった。

 強い奴と戦うことがどれだけ楽しいことなのか、ソリューニャにも覚えがあったから。





「ふぅ、これで脱獄竜人は始末した」


 ウィミナはソリューニャの疲弊具合から考えて、当たれば即死であることを確信していた。



「……と思ったんだけどね」



 煙を突き抜けて宙に躍り出たレンを見て、前言撤回。レンの腕の中には、ソリューニャもいる。

 ギリギリのところで命拾いした竜人の強運に感心しつつ、両手を空中に向け照準を合わせる。


「けど、今度こそ。空中なら動けな…………っつ!」

「っだらぁ!」


 上を向いていたのがまずかった。

 煙を突き抜けた二つ目の影は、床すれすれを駆け抜けながらまっすぐウィミナに迫ってくる。


(二人目! しかもこの子、慣れてる!?)


 タイミングばっちり、盲点を突き、スピードにも乗っている、見事な奇襲。

 だからウィミナは咄嗟に防ぐことしかできなかった。同時にバーストを吹いて後退することで、衝撃を減衰させる。


「自分から退いて……!? なんてヤローだ!」

「すごいわ。私じゃなきゃ今のでやられてた」

「不自然な動きしやがって! 無理な姿勢だろうが普通はよ!」


 ジンは自分とウィミナとの戦闘力の差を得心していた。

 だから、この一撃で決めるつもりだった。そのための奇襲である。

 だがウィミナの用いたのは、明らかに動けないような姿勢からの移動術。


 突飛な移動術やほぼノーダメージだったことに驚きを隠せないが、しかしジンの身体からだは予定に忠実に動いた。


「っだ!」

「あら、二段構え」

「ち、余裕かましやがって……!」


 ジンがさらに一歩踏み出して拳を放つ。それを、ウィミナは涼しい顔でかわす。

 初撃と二撃目では有効性がまるで違う。

 ウィミナが意識さえしていればジンの攻撃に当たらないことなど造作もなかった。


 二人はウィミナが壊した壁の瓦礫を踏み越えて隣の部屋に。

 二段構えの攻撃の直後だが、ジンの身体は動きを止めない。

 あらかじめの三段目、本来ならとどめの一撃がウィミナを狩りにいく。


「おおおお!」

「三段! やっぱり慣れてるわね」


 回し蹴りが空を切った。

 ジンが準備していたのはここまでである。初撃を当て、追撃からの追撃。

 それで仕留めるつもりだったのだ。


「どれも見事、素晴らしい」

「けっ。簡単にけときながらよく言うぜ!」

「あら、褒めてるのよ。戦闘力はアルマンディアといい勝負よ」

「誰だよ!」


 最も仕留めやすい機会を逃したのは厳しかった。


 と、そこにレンも部屋に入ってきた。


「よぉ。ソリューニャは?」

「無事! だいぶ無茶したみてーだけどな」

「そりゃよかった」

「んじゃ、あとはそいつか」


 現在のレンとジンは、連戦もあってかなり消耗している。

 快調時を基準にすると、おおよそ三割ほどの魔力も残っていない。


「ずいぶんお疲れみたいね。おとなしく降伏すれば命は助かるかも?」

「おっ断りー」

「おめーと戦闘るの楽しみにしてたんだからよ」

「バカなの? 命知らずにもほどがあるわよ?」


 すっとウィミナが手を突き出す。

 油断なく警戒する二人。


「どのみち逃がすつもりはねーんだろ?」

「逃げ切れるとも思わねぇしな。結局こうするしか他にねーだろうよ」

「あら、意外とよく分かってるじゃない。じゃ早速死んで(バースト)


 放たれた魔力が二人を襲った。

 二人は左右に散開してこれをかわす。


「当たらん!」

「────そうね、罠よ」

「うお!? 何が……っ!」


 ウィミナがいつの間にかジンの背後をとっていた。

 防御する間もなく強烈な蹴りを受ける。


「ぐはぁ!」

「ジン!」

「────大丈夫。あなたとも遊んであげるから」

「うあ!」


 今度はレン。同じく背中を蹴られて地に叩きつけられる。


「こんのぉぉ!」

「バースト」

「ばっ……ぶぁあ!」


 ウィミナに襲いかかるジンだったが、手が届く前に高密度の魔力に呑まれる。


「てめ……!」

「キーック」

「ぅがはぁ!」


 ウィミナの足下からレンが強襲するが、それより早くつま先がわき腹に刺さる。

 たまらず空気を全て吐き出し、受け身も取れずに堅い床を転がる。


「げほっ、げほっ!」

「レン!」

「ぐ、大丈夫だ……」


 ジンが駆け寄ってレンに手を貸した。レンがふらつきながらも立ち上がる。


「うわぁ、すごくタフ。これだけ好き放題暴れたのにまだそんな体力が?」

「へっ。生身も鍛えてっからな」

「並みの幹部クラスじゃ相手にならなかったのも頷けるわ」

「ああ、弱かった。信念が揺れてたからな」


 ウィミナがバーストの魔力を身に纏う。


「ならあたしは強いわね。死んでもこの城を守る覚悟があるもの。意地もある」

「あっそ。興味ねぇな」



 バースト。(ただしこれは多々ある呼称のうちの一つでしかない)

 魔力を放出するだけの単純な魔導である。

 しかし、侮ってはいけない。この魔導の恐ろしいところは、魔力や工夫次第で際限なく強くなることである。

 その使い勝手の良さと単純ゆえの簡単さからこれの使い手は多く、ウィミナもその一人である。


 しかしウィミナは多くのバーストの使い手とは一線を画す。


「終わりにするわ!」


 まず、工夫。

 彼女はバーストを推進力として用いることで、高速機動とそれと組み合わせた近接格闘能力を得た。またジンの奇襲を避けられたのもこれがあったからである。


「速……!」

「レン、後ろだ!」

「っ、うがっ!」


 簡単にレンの背後を取り、スピードの乗った蹴りを放つ。

 そして、間髪おかず上方からジンを急襲。


「ぐ、お、お、お!」

「がっ、ぐは!」


 息をつく間もない連続攻撃。

 その一撃ずつがスピードの乗った殺人的な攻撃力を持っている。


「とどめ!」


 そして、魔力。

 ウィミナの潤沢な魔力量は消耗の激しいバーストとすこぶる相性がいい。

 一発一発が強力な魔力放出を連発できるのだ。

 そのため、ウィミナは本来ならばバーストの弱点である連戦や長期戦にも強い。


 高速機動で二人の周りを回る。ウィミナの残像が一つの輪となり二人を囲む。


「タワーバースト・回昇フルスピン!」


 直後、二人の足下が赤く光り、彼らを魔力の渦が飲み込んだ。 

 轟々と唸る赤い奔流は城を再び貫く。


「ぐぁぁぁ!」

「ジン!」

「しつこい」

「がっ! あああああ!」


 辛うじて渦を振り切ったレンだったが、ウィミナにバーストの中へと蹴り入れられた。

 身体が、巻き上げられる。


 そして、たぎる魔力柱が細くなり、消えたとき。

 ボロボロになって倒れ伏す二人の少年が真っ黒に焦げた床の上にあった。


「はぁ、はぁ……。今度は床を抜かずにやれたわね……」


 二人を見下ろしながらウィミナはホッと息を吐いた。

 高速機動はコントロールの点において相応の負荷がかかる。そのためしぶといレンとジンを倒すのにかなりの消耗があった。

 それを是として短期決着に持ちこんだのは、ウィミナの戦士としての勘が告げるからだった。


「とりあえずは安心ね……。でも、なんなのかしら。この寒気、不安感は……」


 ──この二人は危険だ、と。


 ◇◇◇






「はぁ、はぁ……」


 ミラプティが戻ってきたとき、部屋の有り様は酷いものだった。


「な、なんですの! これを、ウィミナが!?」


 上品に仕立てられていた内装は見る影もなく、床には大穴があいている。

 さらにもとは人だった黒こげの物体があちこちに転がっている。

 すると、驚くミラプティの後ろから声がかかった。


「待ってたよ」

「な!? 竜人、生きてるじゃないですの!」

「死ぬに死ねなくってさ、いや、死にたくもなかったし」

「何を……!?」

「アンタのことは知ってる。多人数制圧型の陰湿魔導士ミラプティ」

「いん……! し、失敬ですわね!」


 ソリューニャが不敵に笑う。

 壁に空いた大きな穴から爆風が吹き出してきた。

 さらに穴の向こうにはレンとジンが暴れる姿も見える。


「あ、ありえませんわ! なんでウィミナと彼らが! 確かに“相思束縛”で拘束したはずですのに!」

「……ホント、無茶苦茶でデタラメだねアイツら。どんな手を使ったんだか……」


 「相思束縛」のことは調査済みである。それだけにソリューニャの驚きもひとしおだった。

 ただ一つ思うことがあれば。


(例えどんな手を使っていようがそんなこと関係ない。大事なのは……)


 彼らは今も戦っているという事実。


 そして彼らが戦う限りソリューニャも戦い続けるべきなのだ。共に肩を並べる仲間として。

 レンたちに二度も救われたこの命、彼らより先に諦めていいはずもない。

 さっきはそれを失念していた。生を諦め、死を受け入れようとした。


 それは、恥ずべきこと。しかし反省はあとだ。

 今は戦うとき。それがきっと償いにもなる。


「アンタはここで止める。二人きりの、今がチャンスだからね」


 ソリューニャが構えた。

 それを見てミラプティも腰の鞭に手をかける。

 一対一サシの勝負に得意の魔導は使えない。

 しかし退くという選択肢もありえない。

 ミラプティも覚悟を決めた。


「魔力が戻ってきた……! 本当に解除されてますわね……!」


 ミラプティの体を魔力が満たす。

 「相思束縛」の発動中は魔法が使えないが、それが使えていることはつまり、魔導の発動中でないということだ。どうやら本当に解除されたらしい。


「……仕方ありませんわね。先ほどのお礼差し上げますわ!」

「来な! 今度は地獄まで落としてやる!」


 ミラプティは確かに対多数を得意としているが、なにも一騎打ちに備えてこなかったわけではない。

 対多数型という記号にばかり目を向けていたソリューニャは、それを思い知らされることになる。


「行きますわよ! はっ!」


 リーチで勝るミラプティの先制が、どこか緩やかな動きでソリューニャを襲う。


「遅い……っつ」


 ソリューニャは半歩右へ。しなる鞭が左を通り過ぎる。

 ……と思われた。


「甘いですわ!」


 ミラプティが手首を少し捻ると鞭の軌道が大きく変わり、ソリューニャの左腕に当たる。

 パチンと小気味よい音が出た。


「な、いぎぃぃぃっ!?」


 その瞬間、尋常ならざる激痛がソリューニャを襲った。

 不可解で強い痛みに、不覚にもソリューニャは膝をつく。


「いっ、いあああっ!」

「嗚呼、それですわ……! その声、その表情……!」


 ミラプティが恍惚とした表情で呟いた。

敵キャラの個性うんぬんを模索していたら、変態サディストになりました。

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