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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編2 喧嘩と救出
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好敵手はいつだって隣に

 


「げほっ、げほっ!」

「わぁ、耐えた」


 たった一撃。たった一撃でソリューニャは死にかけた。

 力の差が大きいと、一瞬で決着がつくことも珍しいことではない。

 部屋のひどい有り様が攻撃の凄まじさを物語っている。壁は砕け、絨毯は焦げ破れ、装飾品などは見る影もなく粉々である。

 暴走する魔力による圧倒的な破壊。それがウィミナの武器である。


「ぐ……っ」

「なら、もう一度」

「ぐ、くそっ!」


 ソリューニャはふらつく体を無理やり動かして攻撃をかわす。

 ウィミナの放った魔力砲撃バーストがソリューニャのすぐ横を駆け抜けていく。

 それは、軽くだが耐魔コーティングされているはずの壁すらぶち抜き、三部屋ほど先まで大穴をあけるほどの威力。


「逃げるばっかり、つまらないわ。他にも仲間がいるみたいだし、もう終わらせていい?」


 そう言うとウィミナは両手を上げて魔力を高める。

 ソリューニャの全身が警鐘を鳴らし、冷や汗が吹き出る。


「今度は骨も残さないよ。タワーバースト!」

「やば……ぃ!」


 ウィミナが両手を勢いよく床に叩きつけた。

 ──刹那、破壊と熱を伴う巨大な魔力が床から噴き出し、ソリューニャを包み込む。


「うあぁぁぁぁぁ…………っ!」

「あっ、久しぶりだったから調節しくじった……。床抜いちゃったよ……」


 床には穴があき、さらにその下から噴き出る魔力は天井を突き破り、城を縦に貫く。

 耐魔コーティングすら無視した圧倒的破壊力はさらに倒れていた兵士たちまで巻き込み、容赦なく命を奪っていく。


「ぅぁぁ……ぁ……」


 ソリューニャは攻撃に当たる直前に竜の鱗を纏ったおかげでなんとか生きていた。

 が、それも僅かな延命にしかならないだろう。

 城の屋根よりもはるか上。打ち上げられたソリューニャは青空を見ながら、迫り来る死をひしひしと感じた。

 それでもなお、抗おうとするも身体が動かない。


「あ……ぁぁ……っ」


 空中に投げ出された身体が上昇をやめて静止し、重力に引かれて落下をはじめる。

 赤い髪が風になびく。


「……く、そ」


 ふわふわと、どこか夢心地。

 ソリューニャはウィミナが掌に大量の魔力を集めるのを見て、今度こそ本当に死を覚悟した。


(あ、死んだ……)


 ついにソリューニャは、せいを諦めてまぶたを閉じた。 

 ──刹那、閉じたまぶた越しに魔力の輝きが伝わった。


 ◇◇◇





 ミラプティはソリューニャに蹴落とされたあと、下階の窓の縁に掴まることに成功していた。

 ひとつ上の階では今にも王、いや、影武者が殺されようとしている。


「まずいですわ……! 急がなくては!」


 そうなれば、かなり面倒なことになる。彼が保身のために正体をばらすだけならまだいい。知った者を排除すれば秘密は守られるからだ。

 しかし、そもそも代わりなど簡単には立てられない。アレの出所はまったくもって不明だからだ。


 と、そのとき外に人影が見えた。


「と、飛んでる!? しかも、近づいてきますわ!」


 新手か。一瞬頭をよぎった悪い予想だったが、それはすぐに消えた。


「あれは……、派遣のウィミナ!」


 派遣のリーダーであり、現在この城内にて最強の戦力といわれる彼女が、場外探索から戻ってくる。

 普段はいけ好かない女だが、この状況の中それは希望を運ぶ女神のように見えた。


「あとは影武者あいつが少しの時間さえ稼げれば……!」


 その言葉を待っていたかのように、女の怒鳴り声が聞こえてきた。

 それは、影武者がすぐに殺されずに話ができているということの証明。


「きっと間に合いますわ……!」


 ミラプティは急いで上に通ずる階段を目指して走り始めた。

 しかしそのとき。


「こっちだ!」

「おお!」

「な! こんなときにツいてませんわ……!」


 同じく上を目指して進むレンたちと鉢合わせしてしまった。


「え、敵か!」

「急いでんのに!」

「ジン! やるぞ!」

「しゃーねぇ、ソッコー決めたるぜ!」


 そして、出会うやいなや問答無用で襲いかかってきた。戦闘を選択するまでが早い。


(どうする……!?)



 ミラプティは「相思束縛(スレイヴ)」という魔導を使う。

 相手がミラプティに対して強い敵意を持っていることと、その相手が複数人であること。

 この2つの条件さえ整えば、ミラプティは相手に仲間どうしの戦闘を強要させられるのだ。


 しかしこの魔導にはデメリットもある。

 条件が整っている場合、相手は抵抗することができず確実に発動できるのだが、これを発動するとその間中ミラプティは魔法が使えなくなるのだ。

 それは魔術や魔導、ひいては魔導具の使用すら封じられるということ。ただの人間になること。そうなるとあの竜人のもとにたどり着いても何もできない。


(それでしたら、適当にやり過ごしてしまうのが手っ取り早い……? いえ、ハーミィも認める実力がある。そう簡単ではなさそうですわね)


 最善手を求めるが故の僅かな逡巡。


「……やむを得ないですわ。少々危険な橋ですが、ここを突破するのが先決ですものね……!」

「いくぞぉ!」

「っらぁ!」


 迷いは即座に振り払い、ミラプティは魔導を発動する。


「相思束縛!」


 ミラプティの身体から魔力が消えた。


「うおお……お!?」

「だらぁ……っあれ!?」


 ピタリ……と。ミラプティの目の前で二つの拳が止まった。

 今このときから、ミラプティに向けられる敵意は全て強制的仲間割れの条件であり原動力となる。


「う、お! レン!」

「ぶっ! 何しやがる!」

「違ェ……体が勝手にべっ!」


 ジンの裏拳がレンの頬を捉えた。

 そしてジンが弁解の言葉を言い終わる前にレンの蹴りをくらう。


「オイてめぇ! 俺たちに何しやがったァ!」

「うふふふふ。そこでずっと戦っていればいいわ」

「おい待て!」


 ミラプティは自分の魔導が好きだ。

 仲のよい友人や仲間が、自らの意志に従わない身体に苦しむのが好きだ。

 やめてくれと叫びながらボロボロの味方を殴り続けるときの、その泣きはらした表情が好きだ。

 つまるところ彼女はサディストなのである。


「肉親か、親友か……。情があればあるほど面白いのに、見られないのはとても残念ですわ……」


ミラプティは名残惜しそうに呟いて踵を返した。


「おおおおおっ!」

「あああああっ!」


 レンの蹴り。ジンが腕でガードをしつつ前に出る。

 ジンのパンチ。レンのボディーにキマるかと思われたが、片手で止められる。


「ガァァア!」

「うおおお!」


 レンがジンの拳を掴んだまま仰向けに倒れようとする。


「くっ!」

「どらぁ!」


 手を引き抜こうとジンが力を入れるタイミングで、レンは手を離す。

 そして、反動で仰け反るジンを蹴り上げようとしたが、ジンはわざと踏みとどまらないことでこれを回避。

 ミラプティに対する攻撃は不可能だが、こと戦闘に関する行動選択は可能のようである。


「くっそ!」

「いつまで続けるんだこんなこと!」

「知るか! あーもう、次あいつ見つけたらぶっ飛ばしてやる!」


 そのとき、上で壁の崩れるような音がした。

 ウィミナが乱入した音であるが、レンとジンがそれが何なのか知るわけもなく。

 だが、直後に巨大な魔力だけはソリューニャの危機とともに感じ取った。


「こりゃ、やべーな」

「ああ、そうだな」


 語り口は穏やか。しかしその最中も意志に反した殴り合いは続いている。



「……ふふっ!」

「……ははっ!」


 このままでは、勝手に動く体を止めることもできない。ソリューニャを助けにも行けない。

 そう、このままでは。


「ふはははは!」

「あはははは!」


 蹴りと蹴りがぶつかり合い、脚が交差する。

 そんな中、二人は笑った。


「簡単なことじゃねーか! なあ、ジン!」

「ひひひ! まったくだぜ、レン!」

「恨みっこなしだぜ!」

「あったりまえー! やってやんよ!」


 あまりにも無茶苦茶な作戦だった。

 もしこの場にリリカがいたなら、全力で止めるような。そんな作戦とも言えない作戦。


 二人の脚力は互角。弾かれるように離れ、間髪おかずに距離が縮まる。

 身体が意志に反していたときとは違い、今はむしろ身体の方が意志についていけていない。


「勝った方がーー!」

「ソリューニャんとこに!」



「「……ってことで?」」


 全力戦闘。

 これが二人の出した結論だった。

 最後に立っていた方が、ソリューニャの救出に行く。ただそれだけのための結論だ。

 片方が戦闘不能になれば魔導が解ける保証などどこにもないのに、二人はそれを選んだ。


「うおおおおお!」

「はあああ!」


 否。選んだというより、直感したというべきだろう。

 これしかない、そう感じたのだ。

 意志が先走っていくにつれ、だんだんと体の錆が落ちるように動きもよくなっていく。


「こんな形で決着つけることになるたぁなぁ! ジン!」

「まったくだ! 敵陣の真ん中でとか、正気じゃねーぜ、レン!」


 全戦を通じて戦績は互角。

 彼らの力比べに決着がついたことはなかった。……今までは。


「うひひ、楽しいなぁ!」

「ひゃはは。おう!」


 不要な意識は深く心に沈む。

 次第にここが敵地であること、ミラプティに対する敵意まで忘れ、ただ目の前の兄弟との力比べにのみ没頭していく。

 その精錬された集中状態は、上から響いた爆音すら遮断した。


「おおお!」

「はああ!」


 拳と拳が、意地と意地がぶつかる。

 ひたすらに高みへ。

 そして、何度目の交錯だろうか。

 レンの拳はジンの、ジンの拳はレンの頬を打つ。


 ──相討ち。


 仰け反る体を脚に力を入れて無理やり止めて、からの二発目(カウンター)

 極限まで意識を絞った、渾身の拳。


「かっ! まだまだぁぁぁあ!」

「ぐっ! こなくそぉぉぉお!」


 そのとき、二人の真上の天井が崩れて熱が降り注いだ。

 同時に、二人の身体から何かが消えた。


 偶然にも重なったその瞬間に、二人は今にも届きそうな拳をピタリと止めた。


「…………」

「……なんかわかんねーけど」

「ああ。解けたな」


 体に自由が戻ってきた。

 二人が上を向くと、見えたのは丸い青空とその中心に舞う一つの影。


「ソリューニャ……!」

「行こうぜ、レン。もう自由に動けるみてーだ」

「あーあ。また決着つかなかったなー」

「どうせまたすぐやるだろ」



 ミラプティに対する感情を全て捨てること。そうすればミラプティの魔導発動条件は満たされなくなり、解除される。

 言うほど簡単な手段ではない。ミラプティの存在すら忘れるほどのことがなければならないためだ。


 これは単純なレンとジンだからこそできたことだった。ミラプティの存在を忘れるほど熱く戦闘に没頭した、二人の単純さはミラプティの魔導に対抗できる貴重な存在であろう。


 そう。二人の直感は偶然にも、ミラプティの魔導を正しく解除する唯一の方法を掴み取っていたのだった。



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