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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編2 喧嘩と救出
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竜人の復讐 6

 


 黄緑色の魔力の中で。

 少年たちは違和感に気付いた。


「…………ん?」

「どうした、レン?」

「ああ、なんかなー」



「怪我、治ってないか?」


「え、あ! 本当だ!」


 まだミュウが予想していた時間の半分も経っていない。

 だが、確かに怪我は完治している。


「おお……動く!」

「ああ、すっげぇなー!」


 レンが右手を握って、開いて、握って、開く。

 あれほど無惨に赤黒かった腕も、今では健康な肌色だ。

 ジンの外傷も全て塞がっている。


「……よし、行くか!」

「ああ。上から魔力を感じる。上だな」

「おう!」


 ちょうどそのとき、ヒールボールもその役割を終えて消えていった。


 レンとジンが戦線に復帰する。


 ◇◇◇





  近い。

 ソリューニャは標的ターゲットが近いことを理解した。


「ハッ、ァァア!!」


 気合いに怒りや怨みを乗せた拳が兵隊を次々と殴り飛ばす。

 兵隊の数が増えている。

 それはつまり、この近くに守るべきもの──恐らくは王がいるからだろう。



「……いた……!」



 そして、憎き仇の背中が見えた。

 若くはないが、老いてもいない好色の王。その表情は焦りと恐怖に歪んでいる。

 ソリューニャの待ち望んだ復讐は、もうそこまで迫っていた。全身が熱く煮えたぎるのを感じる。



竜の鱗(ドラゴンスケイル)!」



 魔導を発動し、さらに勢いを増して距離を縮める。

 間にいる兵隊たちなどもう視界にはいない。


 王の護衛についていたうちの一人が立ち止まってソリューニャを迎え撃つ構えをとった。


「ウイリラさんの仇! はぁぁぁあ!」


 彼女は、リーザム。次世代H7の一人。

 彼女の使う魔導は師のウイリラから伝授された、蠢く部屋(ワーグルーム)

 リーザムはまだウイリラに届いていないが、彼女以上の可能性を秘めた────



「邪魔だぁーーーーァァ!」

「ごふ、ぁ、ぁあ!」



 一撃。

 眼中にないとばかりに吹き飛ばされ、気を失うリーザム。

 彼女は決して弱くはない。が、怒りで暴走したソリューニャに抗えるほど強くもなかった。


「リ、リーザム!」


 もう兵士はほとんど倒され、王を守れるのはあと数人の女性陣のみ。

 そのうち一人はH7だが、残りはみな次世代。先のリーザムのようにソリューニャを止められるほどの力は持っていない。


「ひっ……、わ、我を守れ!」


 王が恐怖に縮みながら護衛に命ずる。


「おおおおお!」

「ぐ、かは!」

「きゃぁあ!」


 命令に背中を押されて二人の次世代が慌てて飛び出すも、例のごとく瞬殺される。

 迫る危険。

 捉えられれば確実に殺される、そんな気迫を感じて、王はとうとうへたり込んでしまった。


「へ、陛下! ……っ、いいでしょう。わたくしが相手になりますわ!」

「貴様に用はないっ!」

「ええこちらこそ! 退場願いますわ!」


 今世代最後の一人、ミラプティ。彼女も武器である鞭を振り上げて挑むが、


「どけ!!」

「ぐく、ぅぅ!」


 今のソリューニャにはかなわない。鞭の一撃をかわされて強烈なカウンターを受ける。


「きゃぁぁあ」


 窓ガラスを割るガシャンという音を残し、ミラプティの体は城外へと投げ出された。


「え、なん! いや!」

「邪魔するな!」


 辛うじて窓の縁に掴まることができたのは幸運だった。

 しかし相手がソリューニャだったのは不運としか言いようがなかった。

 一切の容赦も慈悲もなく。ソリューニャは壁ごと彼女を蹴り飛ばした。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ひ、ぃぃい!」


 瓦礫とともにミラプティが落ちる。それを見届けたソリューニャが、王に振り向いた。

 助からない。王の心を絶望が覆い尽くし、体の震えはより一層強くなる。


 ソリューニャが吠える。




「アタシの仲間は貴様に殺された!」

「そ、そんな証拠は!」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れェ!」

「ぎぃぁぁあ!」


 ボギン! と鈍い音がして、王の腕があらぬ方向を向いた。

 王は涙と汗と唾液を振りまきながらのた打ち回る。


「ぃぃあああ!」

「どうしてパルマニオに手を出した! 答えろ!」

「ぎぎひぁぁぁあ!」

「答えろ! なぜだ!」


 王の顔面のすぐ横の床が粉々に砕けた。

 ソリューニャにはまだ聞かなければならないことがある。わかりきったようなこの質問、返答がどうであれ関係ない。

 今あるのは、気を緩めると殺してしまいそうなほどの怒り。それを、ソリューニャは必死にこらえる。


「わひ、ひ、知らない!」

「嘘を言うなァァア!」

「ひぃぃぃあ!」


 やっと王の口から出た言葉はソリューニャの怒りに油を注ぐ結果となる。知らないはずもないのだ。ソリューニャでさえ検討のついているようなことを、「知らない」と言うのはひどく悪手である。

 眼球が飛び出てしまうくらい大きく目は開かれ、根本から折れてしまうくらい強く歯を噛む。その修羅の表情を見て、王は今まで以上に強く死を感じた。


「ほほほほととだ! ううそじゃないい!」

「今すぐ殺されたいかーーァッ!」

「しししんじてれれら!」


 その極限の状態の中、王が悟った生き残るためにとるべき行動。それは、知っている真実を全て言うことだった。



「ぉぉおれは王じゃななないんだ!」


「…………ァア?」


「本当なんだ!」


 ここで一思いに殺してしまうこともできた。

 ソリューニャがそうしなかったのは、目の前の男の言葉が本当のことであると感じてしまったためである。

 そしてそう思った瞬間、ソリューニャの心は一気に冷えた。偽物の相手などしていられない。


「なら、聞く! 王はどこだ!」

「し、知らない!」


 大切なことは知らされていない?


「~~っ! ならっ! パルマニオ襲撃についてだ!」

「な、なにも知らない!」


 ならばこれは。


「直接パルマニオを壊滅させたのは誰だ!」

「だだだから知らないんだ! この国のことも何も!」


 いっそ殺そうか。

 そんなソリューニャの考えを感じとったのか、影武者は必死に喋る。

 その要領を得ない内容を整理するとこうだ。


 王は数年前からどこかへ出掛けており、自分は魔導で王と同じ姿にされた影武者だった。

 王を演じることを強制され、実際の政治は幹部が行っている。自分が影武者であることを幹部と派遣以外は知らない。

 当然、本物という王の行動についてのほとんどを知らない。ただ影武者としての責務を果たすだけだ。


 正真正銘、真実だった。

 それを証明する術はないが、しかしソリューニャにはしっかりと伝わっていた。


「……ひ……ひ。殺さないでくれ……」

「………………」


 だからこそソリューニャは、行き場を失った激情と必死に戦っていた。


 ──こいつが嘘をついている可能性を含めて、こいつは殺すべきだ──

 ──しかしこいつの言葉が本当ならば、アタシは罪のない人間を殺すことになる──

 ──それでも王の可能性があるならば、やはり殺るべきだ──

 ──罪のない人間を殺すのは、王とやっていることが同じだ。本質を失うことになるぞ──

 ──復讐を選んだ時点でアタシは血の道を進んでいる。いまさら同じこと──

 ──落ち着け。復讐は恨みを晴らすため、ケジメをつけるためだろう──


 様々な思考が頭をよぎり、しかし最終的に浮かんだのは、父の言葉だった。



『この先、何があっても変わらないでいてくれ。憎しみも、傷も、怒りも、悲しみもあっていい』


『だが、笑顔だけは、忘れないでくれ。ソリューニャの笑顔が、俺は大好きなんだ』



 思えば父は、ソリューニャが復讐の道を歩むことを分かっていたのかもしれない。でなければこんな言葉は出てこない。


(アタシが影武者も殺したとして、その先心から笑えるか? それで父に、誇れるのか?)


 その上で父は、ソリューニャに笑顔を求めたのだろうか。


「……っ……ーーっ!」

「ひ、い! や、やめ!」

「んぁぁあああ!」


 ソリューニャは床を殴りつける。

 何発も、何発も、何発も。


「あああああああ! くそっ、くそぉっ!」


 悔しさに涙が出る。

 仲間に助けられて、わがままを言ってここまできて、結局何もせずに。




 ソリューニャの拳に血が滲みだしたころになって。

 ソリューニャは急速に近づいてくる巨大な魔力を感じた。


「あ……っ」


 忘れていた。ここは敵地。泣いている暇などない。


(しっかりしろ! こんな不安定な気持ちで勝てるほど敵は甘くないんだ!)


 涙を拭いて立ち上がる。

 魔力はどんどん近づいてくる。


(これは、強い……っ! さっきのとは桁違いの強さだ!)


 そしてソリューニャが身構えると同時、壁が吹き飛ぶ。

 砕片がソリューニャを襲うが、ソリューニャは強者の姿から目をそらさない。最悪、捕縛など無視して一瞬で殺される。そんな危険を感じた。



 砂煙が薄れ、そこに立っていたのは、長髪の美女だった。


「……陛下、助けに参りましたよ」

「ウィミナ! 助かった!」


 ウィミナと呼ばれた美女に、ソリューニャが尋ねた。


「……アンタなら(・ ・)、王の居場所を知ってるのか?」

「…………!」


 ウィミナはわずかに反応すると、ちらりと横目で王を見た。

 そして、


「消えろ」

「──────!」



 影武者は死んだ。高濃度の魔力攻撃に巻き込まれて。



「んな!?」

「役立たずが……。ベラベラ喋るようなクズは死になさいよ」

「王を!?」

「こいつから全部聞いたんでしょ? こいつは影武者。ホントに何も知らないし、できもしない」


 ソリューニャが驚くほどにあっさりと無感動にウィミナは影武者を殺した。

 たとえそれなりの地位があったとしても個人の裁量ひとつでできる行動ではない。

 明らかに異常であり、この国にはまだ何かがあると思わせるに十分な言動である。


「……さて、と。改めまして私はウィミナ。派遣のリーダー」

「……っ、アンタは何か知ってそうだ。喋ってもらおう」

「王の居場所? 私は雇われの身でね。知らないわよ?」

「…………」


 ソリューニャは向き直ったウィミナに少しばかりの恐怖を感じた。

 それを隠すように強がって挑発をするが、正直勝てる気がしなかった。


(……くそっ、やる前から何を弱気になっているんだアタシはっ!)


「でも、あなたは知りすぎた。死ぬ覚悟はできてる?」

「……ふん。上等!」


 威勢良く啖呵を切るも、受けるプレッシャーは強まるばかり。

 その圧力に屈して、先に動いたのはソリューニャだった。


「おおおおお!」

「ふふふ!」


 迫るソリューニャに、ウィミナが手のひらを向ける。


「竜の鱗!」

「バースト!」


 大きな実力差のある戦いにソリューニャは身を委ねる。

 轟音とともに閃光が二人を飲み込んだ。

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