リリカ 2
「はあ……」
帰路につくリリカの足取りは重い。
閉鎖的な空間に住んでいる仲間たちだが、外からの来客に対してあそこまで敏感だとは思ってもいなかった。
怪鳥にしろ、人にしろ。
あの後は結局、
「実際に様子を見ないことには判断できんじゃろう。下手に押さえつけて、跳ね返る輩であっても困るしの」
という村長の一声でしばらく様子見することとなり、その場は一旦静まったのだった。
村長は言外に「二人の正体が何であれ、お前が上手くやってみろ」とリリカに言っているのだ。
リリカは村長からの信頼と期待が素直に嬉しかったが、反面その責任の重さに不安を募らせる。
少女のため息が夜空に溶けていった。
「……ってなんでこんなところで寝てんのよ」
二人は、リリカと話していたその場所から動くことなく寝ていた。
わざわざこんなところで寝なくてもと呆れる。
その無垢な寝顔を見ていると、さっきまで責任の重みに恐々としていた自分が馬鹿に思えるから不思議だ。
心配しなくとも、村人に危害を加えたりする事はないだろうと、そんな気になってしまう。リリカは二人をよけて我が家に上がり、薄い毛布を引っ張り出してきて二人に掛けた。
リリカは静かに寝室の扉を閉めると、布団に寝転がって昔の事件に思いを馳せる。
空から来たという言葉が、ここまで自分に影響を及ぼすとは我ながら意外だった。
二人を家に上げ、毛布を掛ける。
異常な行動ではないが、二人に優しくするのには、やはりあの事があったからという気がしてならない。
「ん……寝よ」
今日という日は、少年たちだけでなく少女にも特別な一日であった。
翌朝。
レンとジンは早くに目が覚め、日課のように瞑想をはじめた。二人の体からは魔力が発生し、淡い光が彼らを包み込む。
修行であると同時に、彼らは魔力に対する違和感の原因を探っていた。
「やっぱ変だ」
「もう慣れるしかねえか」
「そうだな。別に悪いこともなさそうだし」
「……なにやってんの?」
そこに、寝ぼけ眼をこすりながらリリカが起き出してきた。
「おう、おはよ。ちょっと瞑想してんだ」
「めーそー?」
「こうやって心を落ち着かせて、魔力を出すんだ」
「魔力の元が心だからな。修行にもなんだぞ……って教わった」
「へぇ。あたしもやってみようかな」
リリカも見よう見まねで座り込んだ。質のいい魔力が静かに漏れる。
そうしてしばらくして、リリカが立ち上がった。
「ふぅ、なにやってんだあたし。あんたたち、何か食べる?」
「いいのか? ありがてぇ!」
「自力で虎でも狩って食わなきゃいけないのかと思ってたぜ! ありがとう!」
「そんなことしたら、あたしがあんたたちを狩るからね!」
腹を満たした後は、村長に挨拶に行くことになった。
直接会って話がしたいそうだ。
なんでも、レンとジンが村にいられることになったのは、その人のおかげらしい。
「リリカです。二人を連れてきたよ」
「おお。入れ」
「はーい」
「「お邪魔しまーす」」
軽い調子で村長宅に乗り込む二人。
外見に相応い、広い空間である。
「うむ。そこに座れ」
「ほら、あんたたちも!」
「ほほ。よく躾ておる」
村長と二人の会話は、至って普通だった。
村長がどこから来たのか、そこはどんなところだ、二人は何歳だ、などと聞き、二人がそれに答える。
リリカはと言うと、敬語を使えだの、ばあさんではなく村長さんと呼べだの、つっこみに大忙しである。
結局、村長の気を損ねるのではないかというリリカの心配をよそに、何事もなく小一時間ほどで話は終わった。
三人は一旦リリカの家に戻った。
少し狭いが、これからはここに三人で寝泊まりすることになる。
「はあ……。疲れた……」
「お前、なにもやってねぇじゃん」
「あんたらのせいよっ! 少しは感謝なさいっ!」
ハアハアと荒い息を吐くリリカは、黒髪の二人を見てふと思い出す。
「ていうか、あんたたち双子だったのね。……言われてみれば確かに似てるわ」
村長宅で二人とも15歳と知ったときは驚いたが、妙に納得もしていた。
なるほど二人は友達にも兄と弟にも見えなかったはずである。
ちなみに、リリカも15である。
そんなことを考えながら、リリカは物置部屋に入った。
レンとジンもそれに続く。
「うーん。あんたたち、釣りとかできる?」
「うん、できるぞ?」
「ならよかった! 人数増えて足りなくなる分しっかり釣ってきてよね!」
リリカは一人暮らししていて、今の備蓄も多くない。
「まっすぐあっちに行けば川があるから。あっ、あと動物いじめたら許さないから!」
「分かった!」
「よし行くか!」
「どっちが多く釣れるか競争な!」
「おう!」
レンとジンはまっすぐ川へ向かった。
道中、様々な動物を見かけたが、向こうから近づいてくることはなかった。図体は大きなくせに行動は慎ましい。
「しっかしここはどいつもこいつもでけぇなぁー」
「まったくだ。まさか魚まででけえってことはねぇだろうな」
「だったら腹一杯食えるな!」
「それもそうだな! っと、川ってあれか」
二人は整備されていない川辺に腰を下ろして、使い込まれた魚籠を置いた。
そして餌となる虫を探し始めたとき、唐突に声をかけられた。
「何をやってんだ! お前ら!」
「んあ?」
「誰?」
振り返った二人を見て怯んだのは、大きな籠を持った男だった。
「お前らか。空から来たガキってのは」
「そうだけど」
「どうかしたか? おっさん」
まるで意味が分からないとでも言うように聞き返してくる少年たちに、苦い感情を抱く男。
「……ひとつ言っておく。村のみんなに手を出したら絶対に許さないからな」
「え?」
「はあ?」
男はそれだけ言うと、川に入って黙々と仕掛けた罠を引き揚げていく。
そして、掛かった魚を籠に放っては、その罠を川に戻していく。
「「??」」
二人はしばらく顔を見合わせていたが、特に心に残ることもなくすぐに作業に戻るのだった。
「……と、二匹目!」
「甘い! 三匹目だ!」
男が帰ったあと、ようやく二人は十分な量の虫を確保した。
そして、父親直伝サバイバル術を駆使して、瞬く間に一匹ずつ釣り上げたのだった。
蠢く虫に躊躇する事なく針を通していく姿は、なかなか様になっている。
魚籠がいっぱいになったところで、二人は引き上げることにした。
「引き分けだった」
「魚のサイズが普通だった」
「魚籠が小さかった」
「残念だった」
「……まさかいっぱいにしてくるとは思わなかったわ」
二人の腕前にリリカは目を丸くする。
とともに、これからこの量の魚を捌くことを思ってため息をつくのだった。
夜。
「まさか風呂まであるとはな」
「なんかボロっちい感じの村なのに、変なとこですごいよな」
二人はこの島のことをすっかり気に入っていた。
とても過ごしやすい。ただし村人に会うたびに変な目で見られたりしなければ、だが。リリカには世話になっているため我慢してはいるが、いい加減暴れたくなるのは性分だ。
「あたしはちょっと出掛けてくるから、先に寝てて」
「ばあさんとこ行くのか?」
「そうだけど、ばあさんって言うな!」
「ふむ。なるほど」
リリカは村長に、今日一日二人には変なところは見られなかったと報告し、村長はそれを静かに聞いていた。
そして大人たちは今日もうるさかった。
「あのガキ、訳が分からないって顔しやがって! 白々しい!」
「堂々と村ん中歩きやがって!」
大人たちは、二人が怪鳥と繋がっているという体で話している。
理不尽だと思いながらも、リリカは動じなかった。今日一日で、彼らは関係ないという確信にも近い考えに至ったからだ。
あえて言葉にするなら、あんなにも無邪気な二人が敵であるとは思えない、だろうか。少なくとも怪鳥と繋がりを持ってここへ来るようには思えないほど単純でまっすぐなのだ。
その晩、リリカは早々に村長宅を出た。
翌朝、事件は起きた。
カンカンカンカンカンカン!!!!
「来たぞぉぉぉぉぉぉ! 避難しろぉぉぉぉぉぉ!」
何が「来た」のかは、言うまでもない。
それは、うっすらと明るくなり始めた空に突如として現れた。
寝ずの番をしていた男は銅鑼を叩き、声を張り上げて怪鳥の襲来を知らせている。
悲鳴が上がる。
静まり返っていた村は、瞬く間に喧騒に包まれる。
村人たちは、怪鳥が降りてくるまでの20分以内で、村のすぐ側にある洞窟へと避難をするのだ。
「うわあ」
「俺たちも逃げるか?」
「何やってんの! 着いてきて!」
悠長に空を見ていた二人は、血相を変えたリリカに連れ出された。
「戦っても勝てないのか?」
「うーっ、無理! 強いし、数が多い! それに……」
「ふーん」
「いちにぃ……13羽いるな」
リリカはキョロキョロと村を見ながら走っている。
取り残された人がいないか確認しているのである。
「お婆さん急いで!」
リリカは最後尾のお婆さんに追い付くと、お婆さんを抱えて走る。
「うわーん! ママァーー!」
「急げよ、ガキィ!」
「泣いてんじゃねぇ!」
「こら! 怖がらせてどーすんの!」
「おーい、行くぞー」
レンとジンも、迷子になったのか泣いている子供を見つけて抱えた。
「急げ!」
洞窟の中から男が急かす。
三人が洞窟に飛び込むと同時、取り付けられた木の扉が閉められた。
レンの髪は、柔らかな感じで無造作です。対するジンの髪はやや鋭いというか、トゲトゲしているというかそんなイメージの違いがあります。二人は似ていて似ていません。




