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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編2 喧嘩と救出
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竜人の復讐 2

 


「どけどけどけぇ!」

「怪我人だぁあ!」


 城に向かって突き進む三人。


「捕らえろ! 奴らは怪我をしているぞっ!」

「なんとしても捕まえるのだ!」


 立ちふさがる兵士たち。


「こっちゃ怪我人だって言ってんだろーがぁ!」

「う、うわぁ!」

「大人しく道をあけやがれぇ!」

「怪我をしてるんじゃないのか!?」

「あ、足だけで! なんて奴ら……ぐわあ!」

「け、怪我人のやることじゃないだろう! がは!」


 そして次々と倒される兵士たち。


「だ、大丈夫なんですか? その怪我でこんなに暴れても……」

「魔力が切れそう」

「うんうん。怪我よりそっちのが心配だな」

「そ、そうですか」





「はぁ、はぁ。さすがに辛い」

「しばらく休む……」


 兵士たちを振り切り、城への侵入を成功させた三人は手頃な部屋に隠れて鍵をかけた。


「もう、無茶しすぎですよ」

「あははー……っ、いでででっ!」

「しっ! 見つかってしまうです」


 さすがに魔力も尽きた。魔力が尽きても身体的な影響はないが、魔術などの恩恵もなくなるということだ。その状態で蹴散らせるほど敵は弱くない。見つかったら恐らく捕まってしまう。

 もっともそれ以前に、一息ついて襲い掛かってきた激痛でまともに戦えるかも怪しいのだが。


「ちょっと準備してきますね! 静かに隠れててくださいですよ」

「うぐ、気をつけろよ」

「こっちが言いたいですよ。気をつけるですよ」

「できれば早く戻ってくれると嬉しい……痛い……」


 そういう意味ではなかなかに重たい「気をつけて」である。


「じゃ、行ってくるです」

「あ、そうそう。頼みがあるんだけど……」


 ◇◇◇





 “コード1592だ! 訓練じゃないぞっ!”

 “配置につけ!”

 “急げ! 列を乱すな!”


「…………ふぅ。行ったですか」


 兵士たちの声が遠ざかり、ミュウは柱の陰から顔を出した。

 まず目指しているのは、武器庫。ミュウの魔導発動には欠かせないものがあるのだ。


(コード1592って、何でしょうか……)


 不安を抱えながらも警戒は怠らない。誰もいないことを確認して、ミュウは柱を飛び出して、


「わわっ!?」

「ひゃあっ!」


 人にぶつかった。互いに尻餅をついて慌てる慌てる。


「ぶわわわわ!」

「ひゃわわわわ!」


 ぶつかった相手は、レンやジンのような黒目黒髪の、少女だった。


「ひゃわわ…………あれ? もしかして、リリカさん……ですか?」

「ぶわわわわわ!」

「ちょ、あの~。落ち着いて下さいですぅ……」

「ぶわぶわぶわぶわ!」


 その少女の容姿は、ミュウがレンとジンから聞いていたものと一致していた。



『リリカ、ですか?』

『おう! 見つけたら声かけてやってくれ! “ソリューニャはオレが見つけた”ってな!』

『はあ、分かったです』


 確か二人はリリカのことを、


『黒目でー、黒髪でー、背はオレらより低くてー』

『乱暴でー、アホでー、世間知らずでー』

『胸がねぇ! わはは!』

『アハハ! 笑うと超痛ぇぇ!』

『バカですかっ!?』



 と言っていた。半分は全く関係のない性格面の情報であったが。


(ぱっちり黒目、黒髪癖っ毛ショートヘア、どことなくアホの雰囲気!)


「そしてお胸が寒そうです!」

「あん? 喧嘩売ってんの?」

「い、いえ……」


 さっきまでぶわぶわ言っていたのに、一瞬で冷えた。これは間違いなくリリカさんだ、とミュウは確信する。



『あ、迷ったら“胸がない”って言ってみ。あいつなら怒るから。ものすっごく』

『ものすっごくですか……』



「はっ。あ、あれ? あなた、誰?」

「あ、すみません! 私、ミュウ=マクスルーです。あの、レンさんから伝言をもらってるです」

「レンから!? なになに!?」


 ミュウがレンの言葉そのままを伝えると、リリカは泣くほど喜んだ。


「よかった……。ほんと、よかったよ……」

「……リリカさん、今はお城の中ですよ」

「……うん、分かってる。ごめんね」


 こうしてリリカと合流したミュウは、レンたちの傷を癒やすために城の中を駆け回るのだった。


 ◇◇◇





 一方、ソリューニャ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ふふ、タフね。竜人」


 肩で息をしながら、ソリューニャは片膝をついていた。

 初めは怒りで冷静さを失っていたものの、今は頭が冷えている。


収縮する壁(フリーウォール)!」

「うあ!」


 膝をつけているその床さえ危険。ソリューニャは盛り上がった床に弾き飛ばされる。


「ぐ、くぉあ!」

「いい加減諦めなさい!」


 床が歪み、天井が迫り、ソリューニャの突進を妨害する。

 それでも無理矢理床を蹴り進み、ウイリラにパンチを繰り出すが、


「無駄!」

「がふぁ!」


 ウイリラの足下の床が盾のように盛り上がりソリューニャのパンチを止め、同時にその盾から棒状に伸びた床がソリューニャに突き刺さる。

 追撃とばかりにウイリラが剣を振るうが、これはソリューニャの鱗に阻まれて皮膚まで届かない。


「まだ抵抗するの? もう諦めて牢に戻りなさいな!」

「諦められる、かァ!」


 もう何度目の攻防か。ウイリラはすでに見飽きた、守って攻撃という行動を繰り返す。


 なるほど。

 ソリューニャの行動を妨害して威力を減衰させ、その攻撃を受け止め、反撃に転じる。さらに、休む間も与えずソリューニャに全方位から攻撃を喰らわせることもできる。

 これを延々繰り返していけば、確実にウイリラの勝ちだろう。


 だがしかし。


「……くっ!」

「くぉ、らぁぁ!」


 床や天井の動きが遅くなっている。ソリューニャは前よりも簡単にウイリラの元へとたどり着き、強烈な攻撃を放つようになった。


 単純な問題であった。

 魔法と魔力量では圧倒的にソリューニャが上だ。加えてウイリラの武器はソリューニャを貫けない。

 ウイリラが有利に戦闘を進めていられるのはひとえに魔導のおかげだが、魔力が尽きれば発動もできなくなる。


「おおおあ!」

「く、かぁ!」


 盾による防御が間に合わず、ソリューニャの拳がウイリラを捉えた。

 飛ばされるウイリラは衝突する壁を歪ませ、ぶつかる衝撃を殺す。

 しかしその操作も僅かに精を欠き、鈍い痛みが肩に残る。


「……魔力が足りてないようだな」

「かはっ……! よけいなお世話よ」

「いいや、最後の忠告だ。王の居場所を吐けば……命だけは保証する。……かも」

「全然、保証になってないわね……。どのみち絶対に言えないわ」


 ソリューニャが拳を固めてウイリラに向ける。


「あたしだって負けられないのよ! 意地もある!」

「……王はどこだ!」


 ソリューニャは頭が冷えていても、怒りが鎮まったわけではない。それも完全に制御できているわけではないため、気を抜くと感情が高ぶってしまう。

 ソリューニャが吼えると同時、ウイリラがソリューニャに触発されて攻撃を仕掛けた。


「これで潰れろ! 賊がぁーー!」


 天井も、床も、壁も。部屋のいたるところでそれらが歪み、盛り上がる。


「はぁぁぁあ! 室圧シツアツ!」


 刹那。

 全方位からソリューニャに向かって、それらが襲いかかった。

 部屋の中にいる限りかわすことはかなわない、不可避の圧縮。


「はぁ、はぁ。これで、少しは……」


 ウイリラは元からこの程度の攻撃でソリューニャを倒せるとは思っていなかった。

 実際に手合わせしてみて分かったからだ。ソリューニャは自分より才能に恵まれ、自分より努力を重ねていると。

 だから狙いは足止めに絞る。王が少しでも無事に逃げられるようにするための、虎の子の切り札(コード1592)を発動させるまでの時間稼ぎだ。



「こんなもので……」

「な……ぁ!!」


 だが、しかし。ソリューニャの方が強い、と。その認識ではまだ足りない。

 魔力とは精神のエネルギー。怒りという精神状態はそれを一時的に高める。


「足止めできると思うなァ!」

「く……ぅ! ここまでかっ!」


 粉々に砕かれた床や壁の向こうから、赤い光がぼんやりと漏れ出る。圧倒的な力を前にウイリラは笑った。


「ふふふ、見事! 確かに勝てないわね、ええ勝てなかったわ、ハーミィ! さすが、奴らの仲間だった!」


 赤き竜が飛び出す。


「ガァァア!」


 ウイリラは自身の敗北を認め、薄く微笑んで、


「でもね! 最後まで足掻くわよ!」


 剣を構えた。その目に表れる、覚悟の意志。


「はああ!」

「っらぁぁあ!」


 一瞬の交錯────。

 ウイリラの剣が弾かれて、がら空きの腹に拳が刺さった。


「あああああ!」

「かは……ぁっ!」



 ウイリラは空を舞いながらぼんやりと考えていた。

 自分が敵の魔力量を侮り、「蠢く部屋」を使った時点でほとんど敗北は決していたと思う。最大の敗因は魔力量の差でなく、それをうまくカバーできなかったことだ。


 ふと、冷静に敗因を認め、次に活かそうとしている自分が滑稽に思えた。

 自分はこうした事態のために苦しい修行を乗り越えて、ようやくH7の座を手にしたのに。ここで負けては本当に、何のための努力だったのだろうか。


 ウイリラはくすりと小さく笑うと、穏やかに気を失ったのだった。




「…………っ」


 ソリューニャはウイリラが気絶したのを見て、竜の鱗を解除する。あれだけの猛攻を耐えるのに、だいぶ魔力を使ったのだ。


「口を割らせるのは、無理か」


 気を失ったウイリラに白のナイフ使いや王について吐かせるのと、すぐに王を追うのでは、どちらが正解か。

 迷いは一瞬。考えがまとまると、不意に左腕が痛んだ。


「……っ、ふぅ。危なかった……」


 そう。実際はウイリラが思っていたより余裕があったわけではなかった。

 最後の一振りを受けた左腕から一筋の血が、腕を伝って指先にたまり、しずくとなって床に落ちた。


「奴らにも、覚悟がある。アタシも冷静にならないとダメだ……!」


 敵は強かった。魔力量にものを言わせる力業と怒りと執念で勝ちをもぎ取ったが、危ない場面も多々あった。最後の接近で腕が斬り飛ばされていた可能性もあったのだ。


 これは戦いだ。人は死ぬ。人が死ぬ。

 死ぬのは選択を間違えた者だ。冷静に、本当に正しい行動を選択しなければソリューニャはまた全てを失うことになるだろう。

 なぜならこれは戦いなのだから。


「……負けない。死なない」


 恐らくもうこの階に王はいない。どうやら入れ違いになってしまったようである。ソリューニャの目指すは、下だ。


「絶対に、逃がさない。待っていろ……!」


 覚悟新たに、ソリューニャは踏み出した。

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