竜人の復讐
「どうした? ハーミィ」
『あ、ウイリラ? なんかすごい音したけど、そっちは大丈夫?』
「ああ。陛下は無事だよ。あの音に心当たりは?」
『うーん。たいしたことじゃないけどねぇ、竜人のいる方から聞こえて、そっちには賊が一人行ってることくらいしかー』
「十分たいした事態じゃない」
時はジンが勝負を制する少し前。
ウイリラは、正門前で襲撃者と戦うハーミィスタから連絡を受けていた。
『爆発は多分、そいつと派遣の誰かが戦ってるんだと思うわ』
「間違いなくそうね。……アルマンディアか? ウィミナはまだ城外探索だろうし」
『そうね。……はぁ、派遣が使う魔導を知っていればこんな推理いらなかったのにね』
ウイリラは、同僚であるH7のミラプティと妹分であるリーザムと共に王の護衛をしている。
王は最上階の広い自室で椅子に座って状況の報告を受けている。
情報を伝え終えた雑兵が敬礼をして、部屋を出ていった。
「とりあえず陛下の安全を確保するわ。ハーミィ、賊の詳しい情報を」
『今のところ確認した賊は二人の男の子なんだけど、二人ともかなり強いよー。今のところはまだ城園で暴れてるだけだけど』
「それはもう聞いてる。あたしが聞きたいのは実際に戦っててどうかってこと」
しばしの沈黙。
『……正直、私じゃ勝てないよ。どっちにも。派遣か、私たち数人がかりかで戦って、やっと勝てそうかな』
「……そんなに強いのね。分かったわ、ありがとう。気をつけなさい」
『はーい。じゃ、切りまーす』
ウイリラは通信用魔導水晶を仕舞うと、別の水晶を取り出した。
通信先は、ウイリラが率いる王国軍第一部隊の副隊長であるゴルティだ。
「ゴルティ」
『は、はい! ウイリラ様!』
「警戒レベルを4に引き上げなさい。それと、コード1592を発動。至急、全部隊に通告」
『了解であります! 直ちに!』
◇◇◇
『コード1592を発動せよ! 繰り返す! コード……』
「んあ? なんだぁ?」
レンは突然の放送に首を傾げた。
拡声魔導水晶を用いた広範囲への連絡。それが響いた直後、遠くが騒然となる。
「なんだろ……と、あれは」
「よぉー、レン! ソリューニャめっけたか?」
フラフラとジンが歩いてきた。全身血まみれである
「おう。あいつ今は決着つけに行ってるぜ」
「ふーん。……それにしてもお前、ヒデェなりだな。こいつにやられたのかぁ?」
ジンが足元に転がるアルマンディアを見下ろす。
「右腕の丸焼きできてんじゃねーか」
「おい、触んなイテェ! てめーこそ肩とか腹とか穴あいてんだろーが」
「不意打ちで後ろからやられたんだよ。それで増えて三人相手に戦ったんだぜ?」
にしても……と、ジンは周りを見渡す。
「派手にやったなぁ」
「まあな」
地面はあちこち抉られ、焦げている。廃墟や死体なども転がり、その戦いがいかに激しかったかがうかがえる。
「むごいことしやがるな、こいつ……」
「……はは。ビビってんのか? レン」
「バカ言えや。てめーこそ」
そのとき、地下牢に繋がる穴から人が出てきた。というより、鉄の扉が邪魔になって出られないでいる。
「……あのっ、すみませんっ! ちょっとこれっ、どかすの手伝ってもらえませんかっ!」
「ん。分かった」
よっこいせと扉をどかすと、中から出てきたのはレンから鍵を受け取ったあの少女だった。
「ありがとうごさいます!」
「あん? お前……」
「はい?」
元気よく頭を下げる少女を見て、レンが思わず声を漏らした。なぜなら、きょとんと小首を傾ける少女が、
「地下なのに日焼け?」
「ち、違うです! 私、ダークエルフなのですっ!」
褐色の皮膚をしていたからだ。
そしておかっぱに切りそろえられた銀色の髪からは、ソリューニャと同じく尖った耳が飛び出ている。
ダークエルフとは亜人種の一つで、亜人種とは、「人間」以外の「人種」の総称である。また竜人のソリューニャも亜人である。
その亜人種のひとつに、エルフという小柄で尖り耳の種族が存在する。
そしてダークエルフとは、黒の皮膚を持つエルフのことである。
「だーくえるふ? 知らねーけど、そういうもんなのか」
「そうです、そういうもんなのです」
小柄な体でぴょんぴょん跳ねながら抗議するその幼い容姿の少女は、ミュウ=マクスルーと名乗った。見た目の割にはしっかりとしたしゃべり方をする。
「それで、あの、私の名前はミュウ=マクスルーです!」
「オレ、レン」「ジンだ」
「あの、助けてくれてありがとうございました」
「いいっていいって。それにしてもよく出てこようと思ったな。あんなことあったのに」
「それは……」
激戦が繰り広げられていたのに加え、逃げようとした囚人はことごとく殺されたのだ。
出てこようとするだけでもかなりの勇気が要ったハズである。
「私、魔法が使えるんです。それで、あの魔力が消えたから……」
「ああ、なるほど」
魔法を習得すると、程度の差こそあれ、たいていは魔力を感じられるようになるのだ。
ミュウはそれで、アルマンディアの魔力が消えたことを感知したようである。
「ところでレンさんもジンさんもひどい怪我ですけど……」
「ん? ああ、痛いけど死にゃしねーよ」
「いえ、そうじゃなくてあの。よろしければ、私に治療させてもらえませんか? 私、治癒魔導が使えるです」
「え、おま、治癒魔導使えんのか!?」
「すげー! 見かけによらずすごい奴なんだな!」
治癒魔導。
文字通り怪我や病などを癒やす魔導のことである。また、その方法は「時間を戻す」や「自然治癒能力を促進させる」など様々である。
この便利な魔導だが、大変難度の高い魔導であるために術者そのものが非常に珍しい存在となっている。
それを使えるというだけでもすごいが、この少女はどう見ても10歳ほど。そんな人材、珍しいという言葉では表せないほど珍しい。
それが、目の前にいる。驚くのも無理はなかった。
「詳しくは後で話しますから、早くお城に入るです」
「え、なんで城?」
「いろいろ必要なものがあるですよ」
「うん、わかった」「っし、行くか!」
三人は城に向かって歩きだした。
「ところで、どうしてこんなことになってるです?」
「あ? 友達がさらわれたから」
「ちょっくら喧嘩しに来た」
「え、えぇ~~~~!? いえ、美談ですけど、いい話なんですけども! 無謀すぎません!?」
◇◇◇
「下が騒がしいわね。たった二人にてこずるなんて」
「そうね。ここまでやられた、しかも子供になんて前代未聞よ。軍備について考え直す必要がありそうね」
城の最上階から。
ミラプティがウイリラに話しかけた。
応えながら頭を抱えるウイリラは、この騒動が収まった後のことを考えている。
「そんなことより、いまは護衛に集中しましょうよ」
「そうですわね、リーザム」
「同かん──っ! ミラプティ、ここから離れなさい!」
「敵ですか!?」
「ええ、多分。だからミラプティとリーザムは王を連れて避難しなさい! 地下の脱出用魔方陣を使うのよ!」
ウイリラが、近づいてくる大きな魔力を感知した。恐らく、敵。
「あたしはここで迎え撃つわ」
「ですが、ハーミィスタさんも、奴らは強いと……」
「分かってる。だこらこそ護衛を減らすわけにはいかないでしょ?」
陛下をかばいながら戦うわけにも、ね。
そう言うとウイリラはリーザムたちに背を向け立ち止まった。
「行って」
「でも!」
「分かんないの!? 四人まとめて追いつかれたらそれはこっちが追いつめられたことになるのよ!?」
「……分かりましたわ。では、陛下。こちらの通路から……」
「で、でも、ウイリラさん!」
「行きなさい! リーザム!」
「っ、はい……」
仲間の声が遠ざかり、逆に扉の向こうからは騒がしい音が近づいてくる。
ウイリラは扉を見据えながら、するりと剣を抜いた。
“これ以上進ませるな!”“ぐぁぁ!”
“捕らえろ、捕らえろー!”
“ぅぁぁあ!”“ああああっ!”
“………………”
……バコォン!
扉が勢いよく蹴り開かれ、ウイリラの待ち構える大広間に飛び込んできたのは。
「はぁ、はぁ……。ここにもいないだと?」
復讐に燃える、一人の戦士。赤く、美しく、そして気高い一頭の竜。
その開かれた縦長の瞳孔が射抜くのは、目の前の敵にあらず。
「王は、どこだ! アタシの仲間を殺した奴は、どこだァ!」
家族の、仲間の仇である。
「言えないに決まっているでしょう!」
「なら無理矢理にでも口を割らせる!」
「奇遇ね! ちょうどあたしもそう思ってたとこよ! 聞き出したいことがたくさんあってね!」
お互い一歩も動かず睨み合う。高まる魔力。
「…………!」
「…………!」
その圧力で、後ろから追ってきた兵士たちは部屋に入ることすらできない。
「っあ!」
「はっ!」
先に動いたのは、ソリューニャ。魔術を発動して突進する。
迎え撃つ構えのウイリラも、魔術を発動する。
「シッ!」
「だぁ!」
素手と剣。そのリーチの差は1メートルを超える。さらに剣は刃の長さ分だけ、素手より攻撃範囲も大きい。
よほど力量の差がない限り、素手に勝ち目はない。
「だあああ!」
「くっ、か!」
ただしそれは、一般での常識。
お互いが魔術を発動し、生身での戦闘技術も互角。そんな中では、
「竜の鱗!」
「っ、きゃぁ!」
魔導がものを言う。魔導の効果によっては不利がいかようにもなり得るのだ。
(……これが竜人族固有の魔導! 硬い……っ!)
ウイリラの剣を鱗で受け止めてからのボディブロー。鱗の硬度は防御だけでなく、攻撃力にも影響を与えている。
「まだだァ!」
「ぐっ、なめないで!」
追撃。
剣を恐れず殴りかかるソリューニャに、ウイリラも魔導を発動する。
「収縮する壁!」
「くっ、ぅらぁあ!」
「無理矢理! 若いわね!」
ウイリラが魔導を発動すると、ソリューニャの足場が歪んで彼女の踏み込みを妨害する。
しかし崩れた体制でソリューニャは前へ。若さゆえの力ずくでウイリラに迫る。
ウイリラの魔導、収縮する壁。
ウイリラがいる「部屋」の床や壁、天井などを自由に隆起・陥没させる魔導である。
使いどころは限られるが、汎用性を狭めただけにハマると場を支配できるほどの効果を持つのだ。
「なっ! がぁ!」
「この場はあたしが支配した! もう思い通りにはさせないわよ!」
「くっ……!」
足下に気をとられたソリューニャを、棒状に伸びた天井が叩きつける。
ウイリラの言うように、この部屋は彼女に支配されている。ソリューニャは全方位を警戒しなければならないのだ。
ソリューニャには苦しい戦いの予感がした。




