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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編2 喧嘩と救出
33/256

経験は武器 3

 


 王宮の、広く豪華な庭園に現れた小さなクレーター。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 砂埃が収まり、その中心に黒髪の少年は立っていた。爆発に巻き込まれ、しかしそれでも彼は立っていた。


「…………!!」

「ぃいっ、てぇーーーー!」


 始終余裕の表情だったアルマンディアも、これには驚いた。

 少年の異常な耐久力、そして痛みに屈しない意志。アルマンディアが殺してきた者たちの中にも、これほど耐えた人物はいなかったのだ。


「いでででっ、痛ぇーーーー!!」

「直撃……はしてるわね。その上で、あの子は立っている……」


 アルマンディアにとって、こんなことは初めてのことである。

 ……興奮するわ。アルマンディアは思わずそう呟き、唇を舐めた。





「あ、危ねぇーー。腕がトぶところだった……。怒ったときこそ落ち着けって父ちゃんに言われてたのに、忘れてたぜ……」


 右腕の爆破がレンにもたらしたのは、二つ。

 一つ目は、冷静さ。

 あのときもっとよく注意していれば、空気の吸収段階で敵の魔力を感じることができたはずだ。その場合、彼の右腕は使用不可にならなかったかもしれない。


「はぁ、はぁ。でもまあ、その代わりにテメェの爆弾の正体も分かったぜ。……イテテ」


 二つ目は、アルマンディアの魔導の正体。

 息を吸い込んだ男の体は内側から弾けた。

 風を集めていたレンの右腕が爆発した。

 このことから推測される爆発の仕組み。それは、


「“空気”か? 目に見えないワケだ」

正解ピンポン!」


「空気が爆発する」ということだ。


「わたしの魔導、『空爆エアボム』は空気の爆弾をつくりだす魔導。目にも見えないし、まして火薬の匂いもしない、派手なのに不可避の爆弾!」



 空爆。

 これは「爆発する空気」を生み出すという魔導である。

 生み出された空気はアルマンディアの操作により、おおざっぱな移動と好きなタイミングでの起爆ができる。



「分かっても無駄! 見えるようになったわけじゃあ、ないでしょう!」

「残念、見えなくてもけられるぜ!」

「何!?」


 自信満々に言い放ったレンがその場を飛び退くと、さっきまで立っていた所が爆発した。

 ハッタリではないことに驚くアルマンディア。レンは確かに爆発を察知した。


「お前の空気バクダン、丸いだろ? 動かす時に独特な空気の流れができるからすぐ分かるぜ」

「へぇ、そんな僅かな気流を感じられるの? その年齢としで?」

「ああ。訓練したからな」


 レンは風を司る魔導士。空気の動きを肌で感じる訓練はすでに修めているのだ。

 爆弾の正体が分かった今、これでアルマンディアの攻撃を回避することが少し楽になった。


「うふふ。それで見切ったつもり?」

「あん?」

「甘いって言ってるのよ!」


 だが、状況は少しも好転していない。


 戦場において怪我とは、得てして絶命につながることが多いものである。

 それは一発だけでも強烈な攻撃が当たれば、ダメージによる運動能力低下や、痛みや恐怖による戦意喪失などの要因で一気に勝ち目が減るからだ。仮にそれが急所に当たっていれば、そのまま致命傷となる。


 レンは右腕を使用不能にされた。出血でスタミナも減っているし、死角も増えた。

 これは、非常に苦しい。レンがアルマンディアに勝つためには、右腕使用不能というハンディを背負って戦わなければならないからだ。

 余裕のあるアルマンディアと手負いのレン。しかも元々アルマンディアの方が殺す戦いに慣れている。

 言うまでもなく、レンの勝機の方が圧倒的に薄かった。


「……囲まれてる!」

「逃げ場がなければ関係ないわ! さあ、死になさい!」

「けっ! 誰が死ぬかよっ!」


 レンが跳ぶ。

 だが、上はアルマンディアの作った逃げ道であり、罠だ。アルマンディアがパチンと指を鳴らす。


「ぐぁ!? いってぇ……!」

「バカね! こんな単純なのに引っかかるなんて!」


 レンが空中で爆破されて墜落する。さらに落ちた先にも爆弾が用意されていて立て続けに三度、吹き飛ばされる。


 だが。

「がはっ、げほげほ! いつ~~っ!」

「…………!」


 レンはそれでも立ち上がる。


「痛ってーー! ああもう、右腕いらねーよ!」

「う~ん。何気に強力な攻撃だったと思うんだけどなー。仕留めきれないのね」

「くっそー。なら、こいつぁどうだ!」


 ドン!

 空気の振動とともにレンの足下の砂煙が吹き飛んだ。

 レンは脚から空気を噴出し、その力で加速したのだ。原理は瞬身とよく似ている。


「速いだけじゃだめなのよ!」


 アルマンディアがパチン、パチンと指が鳴らす。が、レンはさらに加速して爆発を置き去りにする。


「な! まだ速くなるの!?」


 アルマンディアはレンの進路を先読みして指を鳴らすように切り替える。


「けっ、遅ぇなっ!」

「くそっ、すばしっこい!」


 しかしレンはアルマンディアが指を鳴らした瞬間、その驚異的な反応速度で爆発を右へ、左へとよける。

 レンはさらに、加速と減速を繰り返すことで爆発のタイミングをずらすというかなり難度の高い技術をも使っている。


 そして、とうとうアルマンディアの爆弾はレンに当たらなくなった。

 レンはここぞとばかりにアルマンディアに迫る。ただ一つの目的のために、拳をぶちこむために。


「こんなワザ隠してたの! やるじゃない!」

「もう二度と食らわねーぜ! あとはテメェをぶっ飛ばすだけだ!」

「うふふ。やってみなさいな!」

「おおおお!」



 ジンやリリカの相手と同様、レンの相手も経験という点においてレンに勝っていた。

 経験の差、つまり踏んできた場数の違いであるが、それは戦闘において非常に重要な意味を持つ。

 慣れだけではない。対峙する敵の心理状態を推測し、正確な判断を下し、そして敵を手玉にとる能力が向上するのである。


「……あなたは罠に嵌まっている。最初からね。うふふふふ」


 アルマンディアが仕掛けた罠は、経験によって培われた戦闘技能が張った罠である。

 しかもレンは、知らず知らずその罠に捕らわれていたのである。そして決定的なその瞬間まで、全く気づくことができなかったのである。


「そこだぁーーー!」

「うふふふふ」

「っ──!? な、ぐああ!」


 レンが巨大な爆発に、自分・ ・から(・ ・)巻き込まれた。

 アルマンディアはただ笑っていただけだった。レンを目で追うことすらしていなかった。それどころか完全に隙を見せてすらいた。


「あははははは! 引っかかったわね!」


 そう。彼女は()らさな(・ ・ ・)かった(・ ・ ・)のだ。

 つまりそれは。


「もう分かったと思うけど、わたしね。指を鳴らさなくても起爆はできるの」


 アルマンディアが起爆時に指を鳴らしてレンに教えるような真似をしていたのは、このときのため。

 初めから指を鳴らしていたのは、「指を鳴らすことが起爆サイン」とレンの意識に刷り込むためであった。

 そしてレンはまんまとそれに嵌まり、最大規模の爆発の直撃を受けた。攻撃の瞬間という、ひどく気の緩む一瞬に。


 この鮮やかなテクニックがアルマンディアとレンの「差」を表しているかのようで。彼女はたまらなくなって叫んだ。


「ああああっ! 気分がいい! 最高に気分がいいわぁ!」




 ……しかし。

 ただ一つだけ。彼女の誤算は、レンの力量を見誤っていたことだった。

 そして、その油断が勝負の行く先を決めた。



「その気分、すぐにぶっ壊してくれるわぁぁぁあ!」

「……え?」



 煙の向こうから、レンの声が聞こえた。

 アルマンディアが驚いたのは、レンが生きていることに対してではない。

 レンが爆発を食らった位置から無傷で不動を貫いていたからだ。


「おおおお!」

「がっ、はっぁ!?」


 そして気づいたときには、アルマンディアの鳩尾に拳がめり込んでいた。

 どうやって一瞬で距離を縮めたのか。アルマンディアの思考が追いつく前に、さらなる攻撃が襲う。


「うおおおお!」

「ああっ、がふァァア!」

「おおおああああ!」


 アルマンディアが身体をくの字に折って吹き飛ぶ。


「ァァァ……!」


 かろうじて飛んではいない意識が自衛のために働き、レンの姿を視界に収めた瞬間。


 ──レンが、消えた。


「……ぇ? なっ、きゃぁぁ!」

「おおおお!」


 同時に強い衝撃が背後から貫いた。


「痛みをッ!」


 蹴られたのだ、と理解できるほどの余裕がアルマンディアにはなく。

 あるのは身体中に走る痛みと呼吸できない苦しみ、そして感じる恐怖だけで。


「あああ……あ……っ!」



「知りやがれぇーーーーッ!」



 レンの怒りの鉄拳がアルマンディアの顔面を捉えた。


 ◇◇◇






 ジンは幹部三人を相手に苦戦を強いられていた。

 人数の問題ではない。敵にロナウという「決定力」が加わったためだ。


「あらあら、鉄砲壊しちゃってー」

「いいのよ。どうせもう使えないくらいボロボロにされちゃったしね。あの子に」

「その魔導、久しぶりに見るわ」


 得物えもののライフルを爆破してしまったことも、あまり気にしていない様子のロナウ。

 そして彼女は久しく使っていなかった魔導を発動した。


「魔力を球状に展開」


 ロナウの周囲に黄色い球状の魔力が現れ、振動を始める。



 狙撃手ロナウは二つの魔導を使う。


 一つは、この球状の魔力を展開するもの。

 同時に最大10個ほど展開できるこれは、魔力の弾丸である。ハーミィスタのものとは違って数こそ少ないものの、一発ごとの威力が高いのだ。


「術式付与、発動、貫通式!」



 もう一つは、術者が「弾丸」と認識できるものに術式を施す「貫通式」というもの。

 この術式には弾丸の貫通力を高めるという効果があり、その効力は小石大ほどの弾丸でも3cmの鉄板をぶち抜けるようになるほどだ。

 ロナウはライフルにこの魔導を使うことで、己の腕と合わせて一撃必殺の攻撃を行うのだ。



 そしてこれら二つを合わせた魔導、それこそがロナウの魔導「熱線弾ピストンショット」である。


「撃ち抜け、熱線弾!」

「うおう!?」


 いくつもの黄色い弾それぞれが、一筋の線となって一斉にジンを狙い撃つ。

 それは、ライフルよりも命中率や速度で劣るが、威力と手数で上回るビーム。


「援護するよー」

「してよ! 遅いでしょ!」

「あ、あん。ごめんなさーい」


 ジンは殺傷力が桁違いなビームだけをよけて、なんとか命と反撃のための体力を繋ぐ。このビームが光速でないとはいえ、それをよけ続けるジンは紛れもなく手強い。

 だが、ロナウの魔導の方が一枚上手だった。自分の魔導にライフルほどの速度がないことなどしっかり理解しているのだ。


「あっちちちちぃ!」

「ちぇ、外した」

「掠ってるから! いてーんだよコノヤロ!」

「……まだまだ元気ね。早くヤられなさい!」


 だから彼女はその魔力を、振動させることで高温のビームにして用いていた。

 直接触れなくても、ダメージを与える凶弾。それが彼女の武器であり、本来の彼女の力である。


「出血もやべーし、っと! 近づけもしねえ、っお!」

「すばしっこいね」

「それだけじゃない。あれだけ出血してるのに、タフだ」

「肩とかお腹とかは貫通してるしねー。はああ~、痛そ~」

「羨ましそうな表情カオしないで」


 ジンは再びジリ貧な状況に陥ってしまっている。いや、すでにギリギリの状況といっていい。

 一発でもいいのを貰えば、その時点で即、戦闘不能もしくは死亡だからだ。


 そのとき、遠くで爆発音が響いた。

 ロナウのライフルは彼女専用の一点物。

 精密な射撃には限りなく歪みがない部品を正確に組み合わせた銃が必要で、その技術のある職人が少なすぎて銃そのものが貴重なのです。

 だから銃の全てが職人による手作りかつ大変に高価、また精度もピンキリなので使用者はごく一部の物好きのみです。魔導を使う方が簡単ですし。

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