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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編2 喧嘩と救出
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経験は武器 2

 


 蹴り飛ばされた。そんな、まさか。

 ディーネブリは壁に背中を叩きつけられ、ずるずると尻餅をついてうずくまった。

 心中にあるのは、“油断”の二文字。


「げほっ、げほっ!」


 激しくせき込み、胃液を吐き出すディーネブリ。

 リリカはそんな彼女に近づきながら言う。


「あのままソリューニャの所に行かれたらどうしようかと思ったよ。だからあたしを狙ったことに、安心した」

「げほほっ! ……はぁ、はぁ」


 その足どりに、怯えはない。確固たる意志をもってリリカは立つ。


「あなたはあたしがここで止める! ソリューニャを守るために!」


 リリカの胸中にあるのは懺悔の気持ち。

 ソリューニャを助けるために覚悟してきたはずなのに、みっともなく敵を怖がった。逃げることまで考えた。


「そんなの、ソリューニャに合わせる顔がないから! だからもう、あたしは逃げないよ!」


 リリカの心は決まった。


「お前はあたしがここで止める!」

「っ、転移!」


 リリカの蹴りはディーネブリに当たることなく、後ろの壁を砕いた。

 うずくまっていたのは、少しでも隙をつくろうとしたディーネブリの演技だ。


「……! そこか!」

(速い! それにあの蹴り、二度とくらえない! 死ぬ!)


 しかしリリカは油断しなかった。あのまま攻撃に転じては再び返り討ちにあっていただろう。自棄にならず、まずは相手の出方をうかがう。


(さっきの攻撃を防ぐのに魔力を使いすぎた! あまり遠くに飛べない!)


 ディーネブリは確実に先手を取れた。だからリリカはその一手を回避して、その後でカウンターを叩き込むしかなかった。

 しかし今、ディーネブリにとって圧倒的に有利な条件は崩れた。


「行かせるかぁーっ!」

「っ、転移!」


 ディーネブリの魔導は正確には「瞬間移動」ではない。「転移」と「転送」である。


 「転移」は、ソリューニャやリリカのの背後を取ったときに使っていた、「自分」と、「自分と同体積の物質」の場所を入れ替える魔導である。

 リリカの背後をとるときには、「リリカの背後の空気」と入れ替わっているのだ。たとえば水中に移動するときには、ディーネブリがいた場所に「ディーネブリと同体積の水」が現れることになる。

 しかしこれには、距離に比例して必要な魔力の量が増えるというルールがある。そのため、ディーネブリの残りの魔力ではあまり遠くに飛ぶことはできないのだ。


(だめだ、やっぱり魔力が足りない! だったら……っ!)


 堅実な戦いをしてきたディーネブリだったが、ここにきて転移の効果がほとんどなくなってしまった。本来の動きを取り戻しつつあるリリカは、どこに飛んでも即座に反応してしまうからだ。

 ……ならば転移は使わない。もとより、ただ触れるだけで勝ちという戦いである。

 相応のリスクこそ負うものの、勝てなくなったわけではない。


(やってやるわよ! こそこそ敵の背中をとるだけの女じゃないってこと、見せてやる!)


 ディーネブリがリリカを迎え撃つ。


「いいわ、来なさい! 一瞬で終わらせる!」

「逃げないっ! 負けないっ!」


 リリカが見違えるような動きでディーネブリに迫る。迎え撃つは油断なく構えるディーネブリ。


「はぁぁあ!」

「っあ! 重い……っ!」


 一度目の交わりは、引き分け。双方はいったん距離をとり、次のチャンスを窺う。

 先手を打ったのはディーネブリだった。


「負けないわよ。わたしはあなたに触るだけでいいもの。わたしの方が有利なのは分かるわよね?」

「ふん。一回もあたしに触ることもできなかったくせに」

「ええ。あなたは速い。だからこうして正面からの戦いに切り替えたのよ」


 余裕な態度を見せて、相対的に相手を焦らせる。

 改めてディーネブリの有利を強調し、相手を慎重にさせて後手に回らせる。

 「正面から」という単語を使うことで、相手の意識を正面に向かせる。など。


 この短いやり取りの中でディーネブリが仕掛けた心理トリックは、大小含め約20個にも及ぶ。

 ディーネブリはどんなときも頭を使うことで、幾度となくピンチを乗り越えてきた。その経験が活かされているのだ。


「ちなみに触られたが最期、あなたの負けなのよ」

「…………」

「まっ、一瞬で終わるわねっ!」


 ディーネブリがリリカ目掛けて走りだした。リリカも前に出る。



 彼女のもう一つの魔導「転送」は、右手で触れたものをあらかじめ決めておいた“場所”へと「転移」させるというもの。ソリューニャを消したのがこれである。

 この“場所”とは、左手で触れることで設置できる魔方陣の上のことだ。ただし魔方陣は一つしか設置できず、新たに作ると前のものは消えるようになっている。

 現在、魔方陣はまだ牢屋の中に仕掛けてある。飛ばされればそこは封魔の檻、脱出は不可能である。


 だがなによりも「転送」は、消費魔力が少なく済むのだ。右手で触れるだけで大きな消耗もなく勝てるというメリットがある。



「はぁぁぁあ!」


 突き出した左手をリリカがはたく。

 もちろん弾かれた左手は囮。ディーネブリは本命の右手でリリカに迫る。


「させないっ!」

「うまく、捌くのねっ!」


 本命の右手首も掴まれ、止められてしまう。ギシギシと骨が鳴く。

 しかしそれも想定済みである。ディーネブリは焦った表情を見せつつ、心の中でほくそ笑む。


(……かかった!)


 ディーネブリは転移する距離が近ければ近いほど正確に飛ぶことができる。そしてディーネブリとリリカとの距離はほぼ零だ。

 さらにリリカには右手を掴むことに力を入れさせている。右手首は折れそうだが。


 ディーネブリは最高のタイミングで、飛んだ。

 一瞬で入れ替わった場所は、リリカの背後。リリカとの距離は、いままでになく近い。

 その上彼女の重心は前に傾いている。振り返ることすら許さない。


 ディーネブリは今度こそ勝ちを確信して叫んだ。


「終わりよ!」

「…………っ」




 ──どこで。どこで間違えた。


 正面からの戦闘に応じたところからか。

 つまらない意地で彼女との戦闘を優先しようとしたところから?

 彼女を追い詰めたところから?



「っぁぁぁあっ!」

「な、バカな………………っ!?」


 絶対によけることができないはずの攻撃だった。

 それなのに何故。


(反応できるのよっ!?)


 リリカの裏拳は綺麗に敵の頬に吸い込まれていき、勢いよく殴り飛ばした。


「きゃあぁぁ…………!!」


 勝負あり。

 ディーネブリが壁に半身めり込ませて気を失い、カクリと頭を垂れた。


「はぁ、はぁ。怖かったぁ~~……」


 リリカもそれを見届けると、へなへなと座り込んだ。初めての命がけの戦闘で格上に勝ったのだ。

 どっと恐怖と疲労が押し寄せてきた。気丈に振る舞っていたが、リリカもかなり無理をしていたのである。最後などは野生の勘と類い希なる反射神経での勝利だ。

 後ろに来ることに懸けた。それだけの、綱渡りもいいところであった。



「…………あう。腰抜けて立てないや」



 ◇◇◇





 先手をとったのはアルマンディア。

 アルマンディアが指を鳴らすと、一直線に走ってくるレンがいきなり爆発に巻き込まれた。


「ぐわっ!」

「うふふ。あなたはもう鳥かごの中よ」


 ゴロゴロと転がった先で、再び爆発。レンが背を反らして吹き飛ばされる。

 ディーネブリが指を鳴らすたびに起こる爆発がレンを苦戦させる。


「くそ……、どうやって爆発を」

「怖いでしょう? うふふふ」


 集中すれば、わずかに魔力を感知できなくもない。だが、目に見えない以上完璧によけることは叶わない。


「なんだと!? こんなもん怖かねーぞ!」

「バカみたいに突っ込んできちゃって……」

「ぐぁっ!」


 まただ。アルマンディアが指を鳴らすと、レンは爆発に巻き込まれる。

 直前でわずかな魔力を感知できるためとっさの防御はできているが、万が一防御が間に合わなかった場合、レンは大ダメージを受けるだろう。


「くそっ! どうなってやがる!?」

「わたしに近づくことはできないわよ?」

「それならこれでどーだ!」


 レンは両手に風を集め、それを合わせて横なぎの竜巻を起こす。

 地を舐めるように進む竜巻だったが、


空爆エアボム!」

「なっ!?」


 同じように指を鳴らすだけで大規模な爆発が竜巻をかき消した。竜巻をかき消すほどの威力に、さすがのレンも驚く。


「よかったわね。下手に突っ込んできていたらあなたがこうなっていたわよ? 風の魔導士さん」

「くそ……!」


 高まる緊張。睨み合う両者の間に風が吹き、砂ぼこりが舞い上がる。



 そのときだ。瓦礫の中から一人の男囚が出てきたのは。

 彼は、解放された囚人の一人である。地上には命の危険があると聞いていながらも、カビ臭い地下に耐えられず出てきたのだった。


「うおおおお! 俺は自由だぁ!」

「な!?」

「空気がうめぇぇーーーー!!」


 思わず振り返るレン。口の端を釣り上げて笑うアルマンディア。

 男が大きく深呼吸をした。

 ……それが最後の呼吸となるとも知らずに。


「バカヤローーーー!! 出てくんなーーーー!!」


 慌ててレンが怒鳴るが、遅かった。


「すぅぅーーーっ、ぐ、むんんん!?」


 男の体が一回りほど膨らんだかと思うと、


「ぎぃあぁぁぁぁぁぁ…………!」


 血肉が飛び散り、臓物をぶちまけて、断末魔の叫びとともに破裂した。即死である。


「やめろぉーー!」

「うふふふ。雑魚に用はないわ。わたしが殺してあげる」


 目の前で起きた惨殺に、地上に出ようとしていた囚人たちはパニックになり、その結果二つの行動集団に別れた。

 一つは、地下へと逃げ戻る集団。

 そしてもう一つは、地上に逃げようとした集団。

 その選択が、囚人たちの命運を分けた。



「うわぁぁあ!」

「ぎゃーーっ!」

「全員殺してあげるわよ。あははははは!」

「テメェーーーー!!」



 後者は、快楽殺人狂アルマンディアによって皆殺しにされた。


 レンだからこそ目の前で爆発が起こっても軽傷で済んでいたのである。それを、魔力も保たないただの囚人たちが受けた場合。言うまでもなく、それは致命傷となる。

 彼らは至近距離での爆発に巻き込まれ、腕が吹き飛び、鉄臭い血飛沫を飛ばし、熱風に肉を焼かれて絶命した。

 一瞬で築かれた屍の山。それは、あまりにも凄惨な地獄絵図で。


 嗤うアルマンディアに、レンは声を失った。


「な…………っ!!」

「うふふ、あはははははひっ! あら、興奮しすぎて変な声が出たわ」


 レンの瞳の奥で燃えるものは、怒りだ。目の前の凶人に対する怒りだ。


「な、んで……!」

「うふふ。怖いの? あなたもすぐああしてあげるわ」

「違ェ!! なんでこんなこと……! てめぇはなんで笑ってやがるんだ!」

「うふふふ、そんなの決まってるわ……」


 アルマンディアは両手を広げて空を仰ぐ。それは、全身で高まる興奮を表現するようで、悦びに酔いしれるようで、その欲望のままに彼女は言い放つ。


「最っ高に、気分がいいからよ!」


 この一言で、レンは完全にブチ切れた。

 大量の空気が勢いよく両手に集まっていく。高まる密度はとどまることを知らず、圧倒的な気圧が武器になる。


「あらあら。まだ魔力が上がるのね」


 恐怖を感じず、怒りを感じる。それは、戦闘において諸刃の感情図である。

 恐怖を感じないことと怒りを感じることは、動きが鈍らないということ。怒りによるアドレナリンの分泌は、本人に出せる最高以上のパフォーマンスを引き出すのだ。

 対して恐怖を感じることと怒りを抑えることは、冷静かつ慎重に体を動かすことに繋がる。


 だから、アルマンディアが指を鳴らしたとき、レンは己の未熟さと失策を悟った。


「ぐあっ、がぁぁあ! ぐぁーーっ!」

「うふふ、そうよ、その顔よ!」



 レンの右腕が、爆発した。



 とっさの魔術で腕が千切れ飛ぶことだけは避けたが、あまりの痛みに気を失いそうになる。

 服は焦げ、袖は吹き飛んだ。露わになった腕からは血があふれ、肉が焼けて煙があがる。


 そんな痛々しい姿を前にして、アルマンディアは上気した表情カオで指を鳴らす。


「これでも体が残るの!? すごく丈~夫!」

「あがっ、ぅあ! ぐあああ!」

「けど、とどめよ!」


 ぱちん。


 無慈悲な爆発がレンを飲み込んだ。


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