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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編2 喧嘩と救出
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経験は武器

 

「あの~。そろそろいいですか?」

「あん?」


 レンとソリューニャの会話に一段落ついたところで、二人に声がかけられた。

 レンが見ると、そこには鎖に繋がれた小さな少女がいて二人を見上げている。


「ここから出してくれませんか?」

「え、どうやって?」

「……鍵を持ってますよね?」

「あ。そういやそうだな」


 相変わらず能天気なレンである。


 レンの全力疾走は地下牢内の囚人たちに救助が来たという認識を与えていた。しかし、彼らは知らなかった。

 レンはソリューニャの救助に来ただけで、はじめから他の囚人などまったく眼中にはなかったのだ。

 最初の男も含め、囚人たちの希望をのせた声はことごとく無視されていた。


「んー。でもここから出るのはあんまりオススメしないぞ?」

「え、ど、どうしてですか?」

「死ぬかもしれねーから。いや、たぶん死ぬぜ。大騒ぎになってる」

「いったいどんな状況ですか……」


 まさか三人の子供が殴り込みに来たとは思いもしないだろう。

 疑問符を浮かべる少女に、レンは鍵を投げ渡した。


「まっ、出たきゃ勝手にしな! ほれ」

「え、えぇぇ!?」

「じゃ!」

「ごめんね? アタシたち急いでんだ」


 走り去る二人を、呆然と見送る少女だった。


「俺にもその鍵を!」

「ここから出して!」

「でも、死ぬかもって……」

「いいから! こんなチャンス二度とないわ!」


 ミュウは少し考えてから、その囚人に鍵を預けた。


「……です。鍵はあげるのです。望む他の人たちもそれで助けてあげてほしいのです」

「え、ええ。あなたは?」

「少し調子を戻してから行くのです。魔力を……」






 レンとソリューニャは一気に地上へ駆け上がった。

 一晩中繋がれていたソリューニャは、凝り固まった筋肉をほぐしながらレンに尋ねる。


「他の二人は?」

「リリカは城ん中のはずで、ジンは敵とやり合ってる」

「し、城!?」

「おう。お前どこにいるか分かんなかったからな。はじめは全部の建物さがすつもりだったぞ」

「そのへんの兵にでも吐かせればよかったんじゃ……」

「……ああ! お前賢いな!」


 普通は三人もいれば一人くらいは気づけそうなものだが、それがレンとジンにリリカでは微妙なところだろう。

 というか、実際に気づけなかったわけだが。


 感心しながら、レンが蹴破った扉を跨いで外に出────



「っ! ソリューニャ、伏せろ!!」

「え?」



 いきなりレンに押し倒された。

 何事、と思う間もなく轟音が耳を叩き、熱風に喉をかれる。

 音が止むと同時、今度は瓦礫が降ってきた。とっさに魔術を発動して身を守る。


「べっ! 口に入った!」

「ぷは! おい、大丈夫か?」

「うん、助かった」


 やがて瓦礫の雨も止むと、二人は瓦礫をどかして身を起こした。


「うわ、ひでーなこれは」

「天井も粉々だな」


 建物だったものは無残にも半壊、天井がなくなって太陽が見える。

 と、レンは砂煙の向こう側に人影を見つけた。ほぼ同時にソリューニャも気づく。


「あいつか」

「だね。幹部か派遣だろう」


 こんなことができるのは幹部と派遣くらいだろう。レンたちでなければ死んでいたほどの強力な攻撃だ。

 煙が風に流されて、敵の姿が露わになった。不敵に笑う短髪の女だ。


「行けよ、ソリューニャ」

「え?」

「ケジメだよ」

「…………」


 レンが敵から目を逸らさずに言う。


 ケジメとは、ソリューニャの過去にという意味だとすぐに分かった。

 ソリューニャは同胞の仇である国王と「白い魔力のナイフ使い」に復讐したい。そこにきてこの状況は、期せずして訪れた千載一遇のチャンスといえる。


 仇を、討つ──


 それは、何を失ってもいい覚悟を以て目指していたこと。人生の目標、生きる意味とすら言えることだ。

 喉から手が出るほど望んでいた絶好の機会に、しかしソリューニャは手を出せずにいた。


 それは、生まれて初めての、心から信頼できる最高の仲間たちがいたから。彼らをこれ以上危険に晒すのが怖かったから。


「行きてーなら行けよ。お前の目標だったんだろ?」

「…………」

「どのみちあいつら捜さないといけねーしな。サクッと行って帰ってくる時間くらいはあるぜ」


 ソリューニャは自分の気持ちを考える。仲間の命と二度とないチャンスを天秤に載せて、考える。

 そして、ぽつり、ぽつりと気持ちを言葉にしてみた。


「……チャンスは欲しい。けどアタシはもう、友達が、仲間が死ぬのは見たくない。怖いんだ。死ぬほど、怖いんだよ……」

「……あのなぁー」


 口に出してみて分かった。今自分が恐れているのは、せっかく追いつけた三人の肩の、そのどれか一つでも欠けることだ、と。

 それは、紛れもなくソリューニャの本心だったが、


「うん、気ィ遣ってくれてありがとうね。アタシ、やっぱり……」

「おいおい、馬鹿にしてんじゃねーって」


 最後まで言わせず、レンが言葉を遮った。


「仲間は誰も死なねぇし死なさねぇ。そのために来たんだろーが」

「う…………」

「下らねー心配すんな。お前は今、どうしたいんだ?」

「…………!」

「そんな顔してるうちは嘘だ! どっちも欲しいならどっちも掴めよ。今ならそれができるんだぜ。オレたちがいるからな!」


 どうやら、余計な心配をした。

 彼らの強さはよく知っているし、簡単には死なないことも分かっていたつもりだった。

 結局ソリューニャは、自分で勝手に二つを比べ、勝手に一つだけと決めつけていただけだったのだ。



「……復讐するなら勝手にしろ、オレたちゃ止めねー。がアンタらの意見じゃなかったかい? 手助けしていいの?」

「手助けじゃねーよ。お前が捕まったから、たまたま浮いてきたチャンスだ。お前がどうしようと知ったことかよ」

「ははは。相変わらず変で滅茶苦茶な理論だね……」



(……でも、だから最高だ。最高だよ!)


 ソリューニャの常識を大きくねじ曲げるその理論の、なんと清々しいことか。

 たとえ筋が通ってなくても、自分勝手でも、滅茶苦茶でも、それがどうしたと言わんばかりのそれに喜びを感じる。



「……あいつ、強いよ」

「おう、分かってる」


 初対面でレンたちを「できる奴らだ」と感じたように、ソリューニャは人の戦闘力の高さを感じることができる。パルマニオの竜人族の特徴の一つだ。

 そんなソリューニャが、敵が強いと言った。

 だが、言われるまでもなくレンも分かっていた。すなわち敵は格上である、と。


「……分かった。すぐ終わらせてくる」

「おう、好きにしやがれ!」

「あいつの相手は、頼んだよ」

「任せろ! お前こそ無事でいろよな!」

「ああ!」




「……で? なんで黙って行かせたんだ?」

「わたしはあなたと遊びたいの。あなたさえ逃げなければそれでいいのよ」

「はあ? 答えになってねーぞ」


 ソリューニャが見えなくなってから、レンは女に訊ねた。

 彼女はソリューニャが走っていくのを邪魔しようとはしなかったのだ。


 警戒するレンに対して、彼女──アルマンディアはすんなりと目的を明かした。


「簡単よ。彼女、陛下の首を狙ってるんでしょう?」

「それがどーしたよ。関係ねーだろ」

「深い意味はないのよ。ただ、わたしはあのスケベオヤジが嫌いなの。わたしは立場上難しいけど、彼女なら殺せるでしょう」


 国王の好みで、派遣の三人も美人を選んで指名された。また、呼ぶだけでなくH7のように抱くことすら当然のように考えていた国王は、アルマンディアにさっそくセクハラをした。

 そのときの気色悪さは、二度と忘れないだろう。

 アルマンディアはもし他の二人に止められていなかったなら殺していたところだった。


「ほんとに、それだけよ。あなたはストレス解消に殺す。彼女はスケベオヤジを殺させてから殺すわ」

「趣味で殺人たぁ胸くそワリーぜ。安心しろよ、テメェなんぞに殺されたりはしねーからよ」

「あら、強気ね。その表情が歪むのが楽しみよ」


 アルマンディアVSレン

 激しい戦いが始まった。


 ◇◇◇






 遠くで爆発音がした。


「なに…………っつ!」

「よそ見はダメよ」


 思わず音の聞こえた方を見たリリカに、ディーネブリが襲いかかる。

 ギリギリでかわしたリリカに、ディーネブリは心の中で舌打ちした。

 確実にリリカは追い込んでいる。だが、未だに攻撃が当たらない。予想外の粘りに焦りを感じるのだ。


(あの音……、アルマンディアの空爆エアボムね? 何かあった?)


 だが、ディーネブリはそれ以上に爆発音が気になっていた。

 アルマンディアとは長い付き合いである。彼女の性格も魔導もよく知っている。


「ああもう! だから不安なのよ!」

「え、何……?」


 驚くリリカに構わず、ディーネブリは小型の魔導水晶を取り出した。

 リリカに隙を見せることになるが、ディーネブリはリリカが自分から攻撃してこないことまで読めているし、そういうように誘導した。


「聞こえる? アルマンディア?」

『なーに? 今ちょっといいところなのに』

「なーにじゃないでしょ? 何したの?」

『別に? 竜人が逃げるのを見逃しただけよ? 今はいきのいい男の子と遊んでるわ』


 水晶を通して聞こえるアルマンディアの言葉に、ディーネブリは思わず聞き返した。


「なんでそんなことすんのよ!」

『あの子、王様の首を取るつもりでいるからよ。あの子がわたしの代わりに殺してくれるってんなら、見逃すしかないっしょ! いえーい』

「あなた、バカなの!? あれは偽物でしょう!」

『……あ! 忘れてた!』


 アルマンディアの声は、リリカにも届いていた。

 ソリューニャの救出には成功したようだ。それならば、あとは逃げるだけだ。

 そう思った矢先だ。その言葉が聞こえたのは。


(王様の首を取るつもり、だって!? まだ帰れないの!?)


 リリカにもその意味は分かった。

 ソリューニャは己の復讐を果たそうとしている。なるほど今はチャンスだろう。

 しかしリリカは時間がさらに伸びる感覚に果てない絶望を感じることになった。


『まーでも、幹部が二人、護衛についてるんでしょ? それでもし影武者が死んだら、あいつらの責任にすればいいし。じゃ、そんじゃーねー』

「あっ……はぁ。まったくあの戦闘狂は……」


 ディーネブリが通信を終えた。戦闘再開である。

 だが、リリカはこの通信中にかなり精神を削られていたし、それはディーネブリも見抜いていた。

 今が好機。彼女は追い討ちをかける。


「さて、リリカちゃんも聞いてたわよね? そういうことだからわたし、竜人の彼女のところに行かなきゃならなくなったわ。頭のネジがたくさん外れた同僚のせいでね」

「え……!」

「彼女、あなたほどの反応はできないと思うから楽に殺せるわね。きっと」

「だめ!」


 この瞬間、リリカは最大の隙を見せた。

 そしてディーネブリは自分が引(・ ・ ・ ・)き出した隙(・ ・ ・ ・ ・)を見逃すほど甘くはない。


「転移」


 背中を見せてからの瞬間移動。飛ぶ場所は、隙だらけのリリカの背後。



(決まった!)



 だが、その瞬間。ディーネブリもまた初めて隙を見せた。

 獲物を仕留める瞬間の、油断、集中力の低下。


「はぁぁぁあっ!」

「ぇぐっ、ごぁ!!」


 リリカのほどよく締まった脚がディーネブリを捉えた。


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