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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編2 喧嘩と救出
30/256

救出作戦 3

 


 独立三人部隊、通称「派遣」。戦力の補強のため王が雇った三人の魔導士である。

 やはり好色な王の独断で三人とも女性から選ばれた。

 そしてH7との最大の違いは王に抱かれるか否か……ではなく、単体での能力の高さであった。

 すなわち派遣の一人一人が単独での行動を想定した魔導士なのである。必然的にチームのH7とは個人単位で抜きん出ている。



「はぁ、はぁ、はぁ」

「ずいぶんと頑張るのね、リリカちゃん」

「く、この!」


 リリカはディーネブリを相手に劣勢を強いられていた。

 さすが「幹部」以上と聞いていただけのことはある。経験も手札もリリカの比ではない。


 しかし何よりも厄介だったのが、


「私ね、こう見えても派遣の頭脳って呼ばれてるのよ」


 その聡明な頭脳であった。

 リリカは、ディーネブリの計算された攻撃をなんとか避け続けることしかできない。

 すでに満身創痍。リリカには全く余裕のない戦いである。


「ほら、あの子たちが真っ正面で暴れていたでしょう? みんなそこに向かったけど、私だけよ? もしかしたら囮かもって思ったのって。で、裏に来てみたら案の定あなたが来たわ」


 戦闘にはまったく関係のないただの自慢話。しかしそれも彼女の作戦である。


(うふふ。私が強く見えれば見えるほどあの子の動きは硬くなる……)


 相手を追い詰めており、順当にいけば間違いなく勝てるのはディーネブリである。

 だがしかし。ディーネブリには今すぐリリカを倒すことはできなかった。背後をとっても逃げられる、あの反応速度は実際かなりの脅威なのだ。

 だからこそ、彼女はリリカを確実に倒すための罠を張る。最速かつ効率的にリリカを落とす知謀の罠だ。


 心理戦の圧倒的強者ディーネブリ。単純思考のリリカはいい獲物だ。

 リリカは目に見えないところでじわじわと追い詰められていくのだった。


 ◇◇◇





 ファーリーンの命令により、地下牢に繋がる建物には多くの増援が集まっていた。

 そしてそれはレンに対してソリューニャの居所を教えるようなものである。

 が、それを理解できるかどうかはまた別の話。


「ふー。しつこかったなー」

「う、うわ!」

「逃げんなこら」


 レンの足下には大量の兵士たちが転がっている。

 30人もの人数で、足止めできたのはたったの五分であった。


「わらわらと出てきやがって。ここにお宝でもあんのかぁ?」


 レンは改めて小さなレンガ造りの建物を見る。とても厳重に守られるような重要な建物には見えない。

 それもそのはず。それはただの地下牢への入り口なのだから。


「ま、中に入りゃあ分かるか」


 知らず知らず当たりを引いていたことに気づかないまま、レンは鉄の扉を蹴破った。




 期待して入ったレンだったが、部屋の奥には見るからに頑丈そうな扉があるのみだった。

 調べると、どうやら魔法を封じる類のもののようだ。この分厚さでは蹴破ることもできないだろう。


「あん? 鍵かかってんじゃねーか」

「ひ、ひぃっ!」

「あ、おっさん。鍵知らね?」


 あれほどの兵士たちがあっという間に蹴散らされたのを見た直後だ。

 中にただ一人残っていた見張り兵は震えながら壁を指さした。そこには鍵の束が掛けられている。


「お、これか。ありがとな、おっさん」

「ひぃぁあ! たたた助けてくれぇ!」


 レンがお礼を言うと、その兵は慌てて飛び出していった。

 レンは首を傾げながらも鍵穴に鍵を合わせていく。


「……おし、はまった」


 カチャリと音を立てて鍵があいた。重たい扉を開け、意気揚々と一歩踏み出すと、


「お邪魔しまーす……って、おお!? おわああぁぁぁ……!」


 そこには地下牢に続く階段があり、見事に一歩目を踏み外したレンは薄暗い地下へと転がり落ちていった。





 レンは冷たい石の床に叩きつけられてようやく止まった。


「いて~。……ん?」


 そこは、冷たい空気が漂う暗くカビ臭い部屋だった。

 ところどころ石造りの壁に松明が掛けられていて、炎が揺れるのに合わせてレンの影も揺れる。


「鉄格子……? あ、ここ牢屋か?」


 奥まで続く通路の両側に鉄格子がはまった部屋がある。

 ここまできてようやく、レンはここが地下牢だということを理解した。同時にここにソリューニャがいる可能性にも気づく。

 レンはソリューニャを探して薄暗い地下牢を歩き始めた。


「ソリューニャー、いるかー!」

「おい、お前」


 すると、囚人の一人がいきなり声をかけてきた。


「あ?」

「お前、どうやって入ってきたんだ?」

「転がり落ちて」

「…………」


 絶句する囚人。そういう意味じゃない。

 だが、ここに来たということは鍵を持っているはずである。ここから出られるかもしれないと、囚人は思った。


「ふ、ふん。ここにきたということはつまり俺を助け……」

「あ、おっさんソリューニャって知らないか? 尖った耳で赤い髪の女なんだけど」

「あ、ああ。それなら昨日ここ通ったぜ。いい体してた……」

「そっか、ありがと!」

「え、ちょま、おいぃぃぃ……!」


 ソリューニャはここにいる。レンはその報せに喜び走りだした。

 囚人が叫ぶ声はレンに届くことなく、湿っぽい地下牢に響きわたった。





「ソリューニャ!」


 ソリューニャは地下牢の最奥の部屋に繋がれていた。

 長く綺麗だった赤髪はほこりまみれになり、ボサボサになっている。

 レンはもどかしく鍵穴に合う鍵を探し当てると、ソリューニャに駆け寄った。


「おい! ソリューニャ!」


 どうやら深く眠っているようだ。レンに肩を揺すられても目を覚まさない。


「起きろ! 助けに来たぞ!」

「……う……っ」


 ゆっくりと、ソリューニャが薄目を開けた。

 ぼんやりとしていた意識がはっきりするにつれ、だんだんとその瞳の焦点もはっきりとしていく。


「……ここは……?」

「牢屋だ」

「……!!」


 思い出した。あのときソリューニャは敵に飛ばされ、そこで上品な雰囲気の女に眠らされたのだ。


(あれはたしか、チイタバーナ……んっ!)


 事情が飲み込めてきた。レンと、おそらくあと二人も自分を助けるために乗り込んできたのだろう。

 そして今、自分は助けられようとしている。


 しかし、ソリューニャの口から出たのは感謝の言葉ではなかった。


「……なんで助けに来たんだよ」

「ほへ?」

「……あまりに危険だろう」

「ああ?」

「なんで、そんなバカなことをしたんだ!」


 ソリューニャは思わず声を荒げた。たかだか自分一人のために、なぜそんな危険を冒すのか。ほとんど死にに来たようなものだ。

 ソリューニャは三人を大切に思っているからこそ、それを辛いと感じていた。


「来なくても、よかったのに……。逃げてくれれば、よかったのに……」

「…………!!」



 ソリューニャが言った瞬間、空気が冷えた。



「おいてめぇ。もういっぺん言ってみろ。ぶん殴るぞ」


 レンが、怒っていた。

 声を聞かずとも、顔を見ずとも分かる。その怒りが伝わってくる。

 明らかに、ソリューニャが怒らせた。


「オレも、ジンも、リリカも、てめぇを助けるために来てんだ! どんな危険があるか分かんねーけど、てめぇのために来てんだ!」

「アタシはっ! そんなの頼んでないよっ!」


 泣きそうな声が出た。ソリューニャは三人を想うがために言っている。心配だから言っている。


「誰が頼まれて来るかよ!」

「え……?」


 だが、レンからすれば彼女は間違っている。心配されるべきは、ソリューニャなのだ。心配させているのは、ソリューニャなのだ。


 レンが吼える。


「あーもう、なんつーか上手く言えねーけど! 頼まれなくても、オレたちはここに来たんだ! 自分の意志でここに来たんだ!」



「頼まれたから来てんじゃねーし、心配される筋合いもねぇ!」



「オレたちみんな、友達だろーが! 仲間だろーが!! 仲間の間にお願いしますはいらねぇだろうが!!」



「当たり前のこといちいち気にしてんじゃねぇ!! てめぇは大人しく助けられやがれ!!」



 無茶苦茶だ。全然筋が通ってない、他人が聞けばただの暴論だろう。


「………………っ!」


 しかし、ソリューニャの心を動かすには充分すぎるほど熱かった。

 レンの言葉はまっすぐソリューニャの心に響き、ゆっくりと温めた。

 そして温まった心からは氷が溶け出し、涙となって溢れてきた。


「うっ、ううっ…………」


 いつからだろう。三人のことが眩しく見えていたのは。

 いつからだろう。三人の背中を眺めていたのは。

 ああ。いつからだろうか。


(アタシの気づかないうちに、三人がアタシを受け入れてくれたのは。アタシの隣に、いてくれたのは……)


 生まれてこのかた、こんな友達がいただろうか。

 こんなにも優しく、嬉しく、そして大切な友達が、いただろうか。


「ぐすっ…………ごめん……」

「…………」

「……来てくれて、ありがと」

「おう。当たり前だ」


「アタシの友達で、ありがとう……!」

「おう! 当たり前だ!」


 もう間違えない。

 四人の立場はみな同じ。誰かがピンチになれば、理屈もリスクも関係なく全力で助け合う。

 それが、彼らのいう「仲間」なのだ。

 そして自分も既に、彼らの仲間の一人なのだ。こんな嬉しいことはない。

 だからもう、間違えない。


「……レン、アタシを助けて」

「……へへ。最初っからそう言いやがれ」

「うん。ごめん」

「おう。そいじゃ、これで世話になった分は帳消しな!」


 レンがソリューニャの手錠と、足枷を解いた。


「ふふっ。それだけで帳消しとは随分と安いヒーローじゃないか」


 ソリューニャがホコリを払いながら立ち上がる。湿っぽくて汚い部屋に影が伸びた。


「お、そうか? なら、美味い飯でも食わせろ。あと手合わせもしたいし、また冒険もしてぇな」

「そんなことでいいのか……?」

「そんなことでいいんだよ。仲間の貸だ借だなんてさ」


 レンが楽しそうに笑っている。

 ソリューニャも涙を拭いて笑い返した。


「了解だよ。とびきりの手料理をご馳走する。修行もしよう。それから、冒険も」

「へへへ。だったらすることは一つだな」

「ふふふ。ああ、ここから生きて出よう! みんなで!」


 レンがソリューニャの救出に成功した。しかし、争いはさらに激しさを増していく。戦いはまだ終わらない。

昨晩の話。ソリューニャは一瞬で別の場所に転送され、待ち構えていたチイタバーナの微粉末を吸って眠らされたところを捕らえられました。

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