救出作戦 2
幹部、ハーレムセブン。通称「H7」は、王国軍の全七部隊をそれぞれまとめる、七人の隊長たちのことである。
それは代々的に好色で有名な王の命令で組織された、「戦えて抱ける魔導チーム」がコンセプトの美女集団であり、個々の実力も高い。
例えば第五隊隊長チイタバーナは、風の少ない場所でなら一人で百人からの兵士を制圧できる。
例えば第二隊隊長ファーリーンは、副隊長を含めどの兵士にも破られない壁を創れる。
このように、魔導士というのは単体で非常に高い戦力となるのだ。
だが、そもそも魔導士は数が少ない。なにしろただの人間が魔導を習得するまでには十年以上もの修業期間がいるのだ。
手っ取り早く戦力を集めるならば、魔法使いに魔導具を持たせるほうがはるかに効率がいいし、既にそうなっている。
ジンは、魔導士の幹部を二人も相手にしながら、まったくひけをとっていなかった。
「あの子、強いわね。あたしたちが支援型魔導士ということを差し引いても、十分に強い」
「珍しく弱気ねー、ファーちゃん」
「ち。決め手に欠けるんだよ。……ロナウ、急いで」
『はじめから急いでるよ! もう少し待ってなさい!』
ジンの攻撃はファーリーンの壁に阻まれ、ハーミィスタの攻撃は当たれどもダメージは微量。
お互いが決め手に欠くというこの状況を打破しようと、ファーリーンは仲間に連絡をとった。城外でレンたちを探索中だった仲間である。
「くそ! 嫌な攻撃だ!」
長期戦は不利。そう悟っていたジンだったが、速攻で決めることができなかった。
ハーミィスタの攻撃が当たった分だけ魔力を削られる。だが、量があまりにも多く完全にはよけきれないのだ。
地味な攻撃だが、実際に戦うとかなり苦しい。
近づけばその分当たる量が増え、離れても結局いくつかは当たる。
そしてハーミィスタの技量もかなり高い。射線はじわじわとジンを追い詰めるようになっており、逃げ場が完全になくなる瞬間がどこかでできてしまう。
「やべーな。一気にたたみかけるか」
ジンは超前衛的な戦闘スタイルだ。離れていては戦いにもならない。
ジンは意を決して飛び出した。
「来たわ!」
「速い!」
ジンのトンファーがうねりをあげて二人に襲いかかる。
だが当然、透明なオレンジ色の壁によって防がれる。
「まだまだぁ!」
「守りを捨てた!」
「大丈夫よ! 突破はさせない!」
ジンの攻撃が激しさを増していく。完全に守りを捨てたインファイト。
弾丸はジンの魔力を確実に相殺し続け、魔術が弱まった部位に傷をつけていく。
だが、ジンの攻撃は止まらない。
「おらおらおらぁ!」
「ちょ、大丈夫なのファーちゃん!」
「ち。少し厳しい!」
一撃ずつが重たい、怒涛のラッシュ。壁と鉄がぶつかり、衝撃波が広がる。
「壊れろぉぉおお!」
「なっ、まず……!」
とうとう、ドーム形のバリアにヒビがはいった。ここぞとばかりにたたみかけるジン。
「もーいっちょお!」
ジンは、くるりと手元でトンファーを回して持ちかえた。
トンファーは持ち手部分で打撃を与えるという使い方もできる。リーチが延び、その分だけ遠心力も増えて一撃の破壊力が上がる。
「おおおおおお!」
そして、トンファーをハンマーのようにして叩きつけた。バリアのヒビが広がる。
そして、一際大きな衝撃波が周囲の砂ぼこりを舞いあげたとき。
「おおおおおおお!!」
パリンと音を立て、ついにドームに穴があいた。
「なっ、ぐ!」
「ファーちゃん! きゃあ!」
「仕返しだコノヤロウ!」
ファーリーンは防御特化の魔導士だといわれるが、正確には「ドーム形のバリアを創造する」のに特化した魔導士である。
もし、それを突破された場合。彼女には打つ手がない。
ファーリーンはハーミィスタともども強烈な打撃を受けて転がった。
「げほっ、がはぁっ!」
「てめーは厄介だからなぁ。先にやらねぇと」
「この! ファーちゃんから離れろ!」
痛みに耐えながらハーミィスタが弾を撃つが、先ほどより格段に威力が落ちている。ジンには当たるも、効果は限りなく薄い。
「効かねーなぁ! そんな弱った弾丸じゃなぁ!」
「だめっ! 逃げてファーちゃん!」
「ぐぅっ、げほっ!」
這いつくばりながら離れようとするファーリーンと、見下ろすジン。哀れな姿で必死に逃げるのが美女であるため、端から見たジンの悪者感が異常に酷い。
「これで寝てろ!」
ジンがトンファーを振り上げた。ファーリーンは恐怖で動けずにいる。
「────っ!? ぐぁ!」
しかし、間一髪。
何者かの攻撃が、背後からジンのわき腹を貫いた。だくだくと鮮血が溢れる。
「大丈夫!? ファーリーン!」
「来るのが、遅いわよ……」
よほど急いで来たのだろう、肩で息をするその女性は。
「ロナウ!」
ロナウ。第三隊隊長であり、H7の一人。つまり、幹部である。
「ごめん、遅くなった!」
「うぉ!? くそっ!」
言いながら、正門を背にライフルを構えるロナウ。
連続して行われる攻撃に、たまらずジンがその場を離れる。
「危ねぇ……。ライフルか」
「よくもファーリーンを! 死んで詫びな!」
「あれ? ねぇ、ハーミィスタは? ハーミィスタって言わないの?」
魔力を帯びた銃弾がジンの肩を掠めた。よけていなければ、心臓に当たっていた一発だ。
「がぁ! いってえ!」
「む、無視されるのもイイかも……」
ロナウが正門横の扉から入ってきたのは、ジンは今にもファーリーンにトドメを差そうとしていたときだった。
焦ってよく狙えずに撃ったため初発こそわき腹を貫いただけだったが、本来ロナウは優秀なスナイパーである。
落ち着いて狙えば、確実に当てることができるほどの精度は持っている。
「あいつ、確実に殺しにきやがる!」
「ち、すばしこい!」
「うお!? っぶねー!」
ロナウと距離があるのはマズい。圧倒的にジンが不利である。
早く近づかなければただ殺される。
「くそ! これはどうだ!」
「わ、きゃ!」
ジンが状況を覆すべく拾って投げたのは、兵士が落としていった槍。
単純な奇襲だが、意外にも効果は高かった。ジンの腕力で放たれた槍は高速でロナウを襲い、彼女の体勢を大きく崩したのだ。
「危な……っぁ!」
「おらぁ!」
ロナウが慌てて身を起こしたときには、既にジンが目の前にいた。
「っああ! どうして……!」
ここでライフルを使わずに接近戦に応じたのは、経験を積んだ者の勘である。
ライフルを持ち上げて照準を合わせていたら、その間にやられていただろう。
トンファーによる攻撃はなんとか防いだ。代償は、左腕。強烈な痺れがロナウを襲う。
「きゃあああ!」
「まだまだぁ!」
連続して放たれる拳を、魔力を纏わせたライフルでなんとか防ぐ。
防ぎ、防ぎ、防ぎ、そして防ぎきれずに一撃を喰らう。
「ぅあっ、きゃああっ!」
「っっ! くそ、腹が痛ぇ!」
前衛型魔導士が距離のある戦いが苦手なように、後衛型魔導士が接近戦を行うのも苦手である。
そう、一般的にはいわれているし、間違いでもない。
だが、ロナウは前衛としてもある程度はやれると自負していた。そう思えるほどには努力をしてきたからだ。
まさに今、こういう状況に陥ったときのために。
が、しかし。接近戦におけるジンの強さはロナウの予想以上のものだった。
遠くから狙撃したときは、反応がいいと思っただけであった。それが距離が縮むだけでここまで化けるとは。
「あああああっ!」
「っらぁ!」
だが、負けられない。ロナウはボロボロになりながらも、頭だけは冷静に働かせていた。
(必要なのは、距離! 5……いや3メートル空けば、充分な時間がとれる!)
ジンは常にロナウと距離が空かないように立ちまわっている。少し離れればそれが致命傷を呼ぶと分かっているためだ。
相手は自分の求めるものを分かっている。しかしそれでもロナウは勝負に出る。
「そこだぁ!」
「ぐっ!」
ロナウのわざと作った隙を見逃さず、ジンが重たい一撃を落とす。
吹っ飛ぶロナウだが、その方向すら計算されている。
ロナウがジンに勝てる分野、それは経験値。生きている時間の違いだ。
早い話で、ロナウはジンよりも小細工に長けるのだ。
「この!」
「きゃ!」
ジンも距離がひらく前に追いつき、追撃。ロナウはそれを防ぐ。
しかし、踏ん張らない。身を任せる。ふわりと身体が浮く。
殴られてかかった力積はそのまま移動のための推進力になった。
「なっ、逃がすか!」
「まだよ!」
思わぬ距離ができ、ジンはようやくはめられたことに気づく。
だが、その距離くらいならギリギリ届く。銃口を向けられる前に追撃できる。
前に出たジンだったが。
「小型魔方陣発動!」
「なに!?」
小型魔方陣。
魔力を留めておく術式が組み込まれていないため、使用直前には魔力の供給が必要な魔方陣である。
だが、その分任意のタイミングで発動ができ、小回りも利く。上手く使えば大きな効果を得られるのだ。
例えば、こういう風に。
「爆破!」
「うぉあ!」
ロナウのライフルが爆発して、黒い破片が飛び散った。
二人の間で起こった爆発はジンを怯ませ、二人の距離をさらに広げることとなる。
不意を突かれたジンと、狙って爆発させたロナウ。一瞬の反応の差をついて、ロナウは一つめの目的を達成した。
「なに考えて……」
「はぁ、はぁ……。これが経験の差、ってやつ。あなた、強いけどまだまだ経験が足りてない」
爆発で巻き起こった粉塵が収まると、そこには二つの人影とロナウの姿が。
「大丈夫? ロナウ」
「かなり危なかったわ。ギリギリだったわね」
「はぁぁ。あんな激しく攻められて、いーなー」
「……できるならハーミィに変わってやりたかったわよ」
「マゾもここまでくると尊敬ものね。死ぬよ?」
高い実力を持つ幹部が三人、合流してしまった。
◇◇◇
「おお? わらわらと!」
「よくもチイタバーナ様を!」
「捕らえろ! なんなら殺してしまえ!」
「うわなんか過激になってる!?」
幹部はその全員が美女であり、多くの雑兵たちの羨望の的である。
チイタバーナも例に漏れず、おっとり系美人として高い人気を誇っていた。
「うおお!? なんかしつこくなってる!」
「命に代えても貴様は許さん!」
「死ぬ気で止めろー!」
「おおおお!」
そのチイタバーナが殴られた。それも二発も。
それは彼女に惚れていた多くの兵士たちのモチベーションを上げるのに充分すぎる理由であった。




