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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編2 喧嘩と救出
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救出作戦

 


 大ピンチだ。リリカのソリューニャ救出作戦はいきなりクライマックスに突入した。


(これは夢これは夢これは夢これは夢頼むから夢!)


「あら? 敵を前にして構えないなんて、戦闘は未経験? それとも自信ある?」

「うる、さいわね!」

「あらあら、震えてるの? そんなんだったらすぐに──」


 ディーネブリが視界から消えた。

 瞬間移動。リリカの背後で僅かに空気が揺れる。


「──死ねるわね」

「うわぁぁあ!」


 振り向くこともせず、勘の叫ぶままに部屋に飛び込む。

 慌てて立ち上がって見ると、さっきまでリリカのいた空間に右手を突き出したディーネブリが。


(あ、危なかった!)


「これをけるの? 戦闘は素人でも才能はあるわよ、あなた」

「…………っ!」


 震える。いつものように動けない。

 恐怖と緊張はリリカの動きを固くしていた。全力の半分もパフォーマンスを発揮できていない。


「でも、あと何回くらい逃げられるかしら? ふふふ」

「くっ…………!」


 敵の実力は高い。場数も踏んでいるのだろう。リリカとは圧倒的に経験の差がある。

 格の違いを理解したリリカの気持ちは完全に「逃げ」に傾いていた。


 ◇◇◇






 レンは右手と左手を合わせて前に突きだした。渦巻く風が轟々とたける。


 レンがジンより優れるのは、攻撃の届く範囲である。

 二人とも前衛型の戦闘スタイルがメインだが、レンは魔導の特性ゆえに近~中距離までをカバーできる。ただし攻撃そのものは遠距離まで届いても、幾分か威力には欠けるが。


「おおおおお!」


 右手の風、左手の風、その二つが合わさることで、ひときわ強力な風を生みだす。

 地面をえぐりながらまっすぐ敵に進んでいくその風は、小規模ではあるがまさに竜巻である。


「喰らえぇーー!」


 魔力弾シードを弾き飛ばし、土煙を上げながら、竜巻が敵を襲う。

 敵が轟音とともに竜巻に呑み込まれた。


「ふぅ。どうだ?」

「攻撃が止まった。やったのか……っお!?」

「おほっ。まだまだ元気じゃねーか!」


 一度は止まった魔力弾だが、再び土煙の中から威力を増して飛んできた。


「きかねーのか!?」

「いや、見ろ! 一人増えてるぜ!」


 土煙が収まってそこにいるのは、二人。後から来た方が攻撃から守ったのだろう。


「助かったよ、ファーちゃん」

「ハーミィは油断しすぎね。さっきのでやられてればよかったのに」

「そ、そんなこと言われたら私、濡れ……」

「やめろ、変態」


 気の強そうな表情の女と、頬を赤らめる女。どちらも美人に分類される容姿だ。男なら普通は攻撃をためらうだろう。

 だが、彼らには関係ない。

 ジンが容赦なく石を投げる。レンの風をも防いだ敵を試すためだ。ジンの筋力で放たれた石は、砲撃のごとき威力をもって襲いかかる。


「バリア・ルーム!」


 しかし、うねりをあげる石が彼女たちに届くことはなかった。

 石を防いだのは、薄いオレンジ色の魔力でできた「壁」だ。レンの竜巻を防いだのも、あれだろう。


「あーーっ! あの技!」

「お前、あのときの女かぁ!」

「ち。忘れてたのかバカガキどもが」


 そう。あれは、ミッセの護衛を務めていた女だ。

 あのときは女の壁を突破できず、結局は諦めて逃げた。その女が今、目の前にいる。


「そうと分かりゃあリベンジじゃあ!」

「腹ぺこじゃねぇ今ならあんなもん一撃だぜ!」

「よーし、見てろジン!」

「はあ? 俺がやるんだ!」

「なにおー!」


 目の前に敵がいることも、ソリューニャのことも忘れて言い合いに発展。

 ファーリーンがその綺麗な顔に青筋を浮かべるくらいの「眼中にないですよ」感が漂う。


「ち。舐めやがって……!」

「えー? どのへん?」

「そういう直接的な意味じゃないっ! ハーミィは本当にバカ……」

「あ、あん。もっとキツい言葉を!」

「…………」


 ファーリーンがハーミィスタとのくだらない会話をしているうちに、レンたちはじゃんけんを始めた。

 敵の前で「じゃあ喧嘩に勝った方が!」とならなかったのは二人も成長したからか。


「あいこでショ! ショッ! ショッ!」

「……長い! 撃ち殺せハーミィ!」

「ショッ! ショッ! ショッ!」


 そして結果は。


「俺の勝ち! レンはそこで見てろ!」

「やだ。ソリューニャ捜しにいく」

「あ、そうじゃんか。忘れてたぜ。じゃよろしく」

「おお。お前があいつら叩く前に見つけてやるよ」

「お? 競争すっか?」

「当然! じゃ」


 勝敗こそついたものの、なんだかんだで平和的な手打ちに収束した。

 走り去るレン。


「あのクソガキ、逃げたか。けど、城に向かって来ない」

「あっちって、竜族の生き残りが捕まってる地下牢があるんじゃない?」

「……あ。ハーミィ、今すぐ撃ち殺せ!」

「無理ー。威力が足りないよー」

「……地下牢の警備強化。幹部でも“派遣”でもつけてもらいなさい」

『了解です!』


 ファーリーンは地下牢の警備をしている一隊のリーダーに連絡をとる。

 こいつは見捨てて地下牢の警備に当たれば良かった。とは後の祭りである。こうなった以上、目の前のジンを自由にさせるわけにはいかないのだ。


「ちゃっちゃと片付けるよ!」

「はいっ!」


 不可避の弾丸が再びばらまかれた。


 ◇◇◇





 ジンの姿はもうかなり遠くに見える。

 レンが向かっているのは、灰色のレンガ造りの小さな小屋。レンが真っ先にそこを目指したのは、ただの偶然である。

 この敷地内には城の他に、訓練所や倉庫などの建物がいくつか存在する。地下牢はそのどこかにあるのは分からないなら、しらみつぶしに探すしかない。

 城内はリリカが探しているはずなので、レンはそれ以外をとの考えからその建物を目指しているのだった。


「まずはあそこから調べる!」


 レンは気づかない。ソリューニャの居場所など兵隊から聞き出せば一発だということに。

 だからレンを止めようと群がってきた兵士たちは、


「止めろー! 捕まえろー!」

「やってみやがれぇ!」

「うわぁぁあ!」

「ぐほぁ!」


 等しく瞬殺される。槍術に長けた者も、魔術を使える者も、等しく。尋問のための手加減など全くなしに。


「ソリューニャを…………」

「うお!」「わぁぁあ!」「があ!」


 風を使うまでもなく、魔術と体術だけで敵を倒していく。回し蹴りが一人に当たり、二人目を巻き込み、三人目と共に振り切られた。


「返せぇーーーー!」

「うわぁぁーー!」「逃げろぉー!」

「ぎゃあああああ!」


 一直線に向かう先は、灰色の建物。レンは知らないが、ずばりソリューニャが幽閉されているところである。



 と、今まで果敢に攻めてきた兵士たちが慌てて退き始めた。

 それはつまり、周囲が巻き添えを恐れるほどの規模の戦闘が予想されるということ。それはつまり、相応の実力者が登場するということ。


「あいつ、幹部か!」

「幹部のチイタバーナと申します。ごきげんよう」


 兵士たちが散って、残ったのは上品な雰囲気の女、幹部チイタバーナである。この乱戦模様のなか、ゆったりとしたドレスを身にまとい、やけに目立っている。

 レンがとった行動は、強行突破。スピードを落とさずに、一直線に走る。


「邪魔すんならふっ飛ばす!」

「いいですわよ。相手をして差し上げましょう。……勝負はもう、ついてますけれどね」

「……っ!?」


 不意に、レンの視界が歪んだ。あっと思う間もなく、足ももつれて倒れ込む。


「な、くそ。身体からだが……!?」

恋の媚薬(パウダーインラヴ)・痺れる罠。動けないでしょう? 大人しく捕まりなさい」

「だ、れが!」

「無駄ですよ。竜人族の女性も三秒で大人しくなるのですから」

「てめ、ソリューニャに……」


 なにした、とまでは言えなかった。舌が痺れてきたのだ。

 全身に力を入れるが、ピクリとも動かない。硬直してしまっている。


 だが、体には何も触れていない。目立った外傷や異変などもない。


「毒……か? いつの、間に?」

「だから、無駄ですわよ」


 チイタバーナがゆっくりと、上品に歩いてくる。レンはそれを待つことしかできない。

 彼女が手に持っている銀の鎖は、扉や城壁と同じく魔力を封じる効果を持っている。魔導士を縛るときの必需品だ。

 一度縛られれば、抜け出す術はない。


「く、そおぉぉ」

「諦めなさいな。所詮は子供。その程度なのですわ」


 チイタバーナは、あと数歩のところまで来ている。


「く、ぉぉ」


 そのとき、一陣の風がレンの鼻をくすぐって、抜けていった。それは、ほんの僅かの空気の動き。

 すると、一瞬。一瞬だが身体の硬直が弱まった。


「そっか……」

「どうされました?」

「お前の、分かった……」

「あら。それがどうしたのですか?」


 チイタバーナは余裕の表情でレンを見下ろす。彼女の魔導は理解されたところでどうにかできるものではないからだ。



「いくぞ……!」

「な、え、きゃあ!?」


 レンの身体から圧縮された空気が吹き出した。思わず後ずさるチイタバーナ。

 レンがふらりと立ち上がる。少し痺れは残っているが、動ける。


「あなた、風を!」

「おうよ。もう効かねーぞ!」



 チイタバーナの魔導、恋の媚薬(パウダーインラヴ)

 それは、魔力を様々な効果を持った微粉末に変化させるというものである。そしてその微粉末は吸い込んだ者に対して強力かつ迅速に作用するのだ。

 そしてこの魔導、最大の弱点は風。

 微粉末は対象者に作用すると、魔力に戻って自然消滅をする。そのため、状態を維持させるには常時微粉末を吸わせておかなければならない。

 しかし、火にも水にも強い微粉末も風の影響は受ける。飛ばされてしまえば、効果が表れる以前の問題である。



「へへ、兵隊があんなに遠くまで逃げるわけだ。けどオレにゃあ相性が悪かったなぁ!」

「くっ! 恋の媚薬・眠りの縁!」


 硬直、昏睡、催眠、戦闘用ではないが発情など、様々な効果を的確に使用できることが彼女の強みであり、魔導の特性である。

 だが、いずれも吸われなければ効果は出ない。


「吹き飛べ!」

「い、きゃあ!」


 分かってはいたが、風を纏ったレンには効かない。微粉末が風に吹かれて散っていってしまう。

 さらに動揺した隙を突かれてそのまま蹴り飛ばされた。


「げほっ! ごほっ!」

「魔術はまだまだみたいだなぁ! おら!」

「な、舐めないでくださいな! 恋の媚薬・眠りの縁! 最大放出!」


 目の前が真っ白になるほどの微粉末。

 硬直と違って変換効率がかなり悪いため、彼女の魔力はほとんど尽きてしまった。

 だが、これだけやれば少しは吸わせられるだろう。そして睡眠は麻痺と違って吸わせ続けなくとも眠らせ続けることができる。


「甘い! オレは常に風上だ!」

「そんな、きゃぁあ!」


 勝負あった。

 みぞおちへの一撃で、チイタバーナはぐったりと気を失った。

 レンは吸収した空気を放出する魔導を使うのだ。微粉末ごときが風に逆らってレンの鼻にたどり着けるわけもなかった。




「ふぅー。実は結構やばかったな」


 例えばジンが彼女と戦っていたら、なす術はなかっただろう。レンには相性で敗れたが、実はかなりの難敵だった。


 レンはチイタバーナを鎖でぐるぐる巻きに縛った。

 適当に複雑な縛り方をしたため、簡単にはほどけないだろう。


「よしゃ、急がねーとジンに負けちまうな」


 幹部との戦いを制したレンは、再び走り始めた。目指すは、地下牢だ。

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