ドキドキ女子会雨天決行の巻
その日、ソリューニャとミュウの病室ではリリカとマオを交えお喋りに花を咲かせていた。
「たっ、大変です!!」
「「わぁあ!?」」
大声で飛び込んできたのは、ミィカを伴ったエリーンだった。
「敵がっ……レインハルトが攻めてキました!」
「嘘、どこ!?」
レインハルトといえばガウスの懐刀、四天最強の男。ミュウやマオたちに代わる代わる挑まれ最終的にヴェルヴェットとも戦ったが、彼女でも決着をつけられずそのまま行方をくらませた。
そんな恐ろしい男が現れたと言われ、楽しい談笑タイムは一気に冷え警戒態勢に移行する。
「……ねえ待って。なんでレインハルトが来たって思ったの」
「外を見てくだサい!」
「いつのまにか降ってるのです。朝から曇ってたですから」
「あたしは気づいてたよ? 雨が降ってる匂いがしたもん!」
「あ、アメガフル?」
リリカ以外はすぐに理解した。たしかに雲の上では雨が降らないだろうし、雨という自然現象を初めて目にしたとしても違和感はない。
それからエリーンはこのままでは沈んではしまわないか、雲はなぜ雨を降らせるのかなどを質問し、雨とは何か教えられると目を丸めて感心した。
「そ、そうだったンですか、恥ずかしい……。ここにハまだ知らないことが多いデすね」
「風習に疫病、食文化とか生活の知恵。過去からの積み重ねを教えてくれる先生がいないと厳しいのは間違いないよ」
ソリューニャは天涯孤独となって最初の数年の厳しさを思い出す。一から畑を作ることや住居の確保、死に繋がる危険を把握し避けること、そして冬季を生き抜くこと。直前まで大人の庇護下にあった彼女にとってはあらゆる経験が学びの対象で、学び続けることは生命の維持と同義だった。
「じゃあエリーン、ミィカちゃん。雨の日の過ごし方をレクチャーしてあげるわ!」
ぱんと手を合わせ、マオが提案したのはティーパーティー。反対する者はいない。
かくして女子会が開催される運びとなったのである。
先日のNAMELESSとの小競り合いで小破したギルドの屋根は、匿われ時間体力そして恩を持て余していたオーガとチュピの若者たちの手により修繕されていた。
特にオーガ族は力が強く大柄な自分たちの生活にも耐えうるよう、材質を最大限に活用したものづくりが得意だ。修繕は高い建築技術を持つ彼らを中心に、目を見張るスピードで進められていたのである。
この日は雨が降ることが予見されていたので雨よけの覆いが用意されていて、本格的に降り始めてからは作業は一時中断となっていた。
「うわー、ギルドが雨合羽着てる」
「リリカさんはすごく可愛い例え方をするのです」
マオは準備をするからとエリーンを伴い先にギルドに戻っている。
三人は渡された服に着替えて、招待された部屋に向かった。
「ここかな? マオー、入るねー」
「いらっしゃーい。ようこそ女子会会場へ」
「わぁ! エリーンさんもミィカちゃんもカワイイのです!」
エリーンは紋様のついたいつもの民族衣装を脱ぎ、かわりにウエストリボンのついたライトグリーンのフリルワンピースを着ている。ミィカもエリーンとお揃いのデザインのワンピースを着て、本当の仲良し姉妹のようだ。
「えへへ、ありがトうございます。皆さんもヨくお似合いですよ」
「アタシたちの服もマオが持ってきたんだ」
「似合ってるでしょー。えっへん」
ソリューニャは髪を軽く束ねゆったりとしたワイドボトムとシャツでリラックスを演出しつつ、ショート丈のブルゾンで長身を強調し雰囲気を締めている。
ミュウはハイネックのカットソーにミニのサロペットスカート、サイドアップの髪に目を惹くピンクの花柄ソックスとガーリッシュにまとめ上げている。
リリカは前髪を思い切り短くしたので、座ってお茶を飲んでも絵になるような落ち着きと快活さを両立できるよう、白のブラウスと箱折りスカートといったファッションだ。
「ちゃんと半裸じゃないソリューニャさんは珍しいのです」
「つぎ半裸言ったら張っ倒すよ」
最近も羽織りもの一枚で出歩こうとしたところを止められたばかりのソリューニャだ。曰く「上は包帯グル巻きで隠れてるからセーフ」とのことだが、うら若き淑女たる彼女の肉体的魅力は同姓にすら目に毒なので、そもそもケガ人がへそなど出していいはずがないので、やっぱりアウトなのだった。
「おやぁ。めかし込んじゃってぇ、アンタらもマオの着せ替え人形にされたね」
入ってきたのはミモレ丈のキャミワンピにカーディガンを羽織ったヨルテアだ。黒いローブととんがり帽子という仕事着がそのままトレードマークになっているヨルテアだが、マオの手にかかればおしゃれな女性に早変わり。ローブに隠されていた豊満なシルエットが露わになると、改めて彼女が持つ素材の良さが光っていた。
「うんうん、みんな似合ってるわね。さすが私!」
「マオー! ひらひらのエプロンかぁいー!」
「今日は私がホストだからね。ご奉仕しちゃうわよ」
ティーセットを持ったマオがヨルテアの後について入室する。濃紺の服にフリル付きの白エプロンという女給っぽい格好で、妹から貰った髪留めとハートのイヤリングというこだわりは貫いていた。
「あとはロールさんだけど……と、噂をすれば」
「お待たせしました~」「邪魔をする」
最後に入ってきたのはロールマリンとヴェルヴェットだった。
ロールマリンはリブニットとマキシ丈のスカートというゆったりとした格好だ。低い位置でふわりとまとめた髪や胸元に光るブローチが、気を抜きつつも大人の余裕を感じさせる隙の無いコーデに仕上げている。
「わ、ヴェルさんも来てくれたの!? 珍しい!」
「稽古していたところを捕まってな。貸しの精算だと連れてこられた」
「何があったのよ……」
貸しとは先日の作戦中にプロトタイプの通信機を切られたあれのことである。マオに誘われたロールマリンは稽古中のヴェルヴェットを見つけ、有無を言わせず連れてきたのだった。
「うふふ。せっかくなので一度ヴェルちゃんに着せてみたかった服も着てもらっちゃいました」
「うわぁ。お茶会のこと出入りかなんかと勘違いしてない?」
「強そうなのです!」
「んふふふ! 強そうである必要ないのに……!」
ヴェルヴェットは黒いパンツスーツを着ていた。武人然としており所作の一つ一つにキレと迫力がある彼女とスーツとの相性は抜群だ。茶会というのになぜか剣を持ち込んでいるが、それすらもアクセサリで通用してしまうほどの完成度だった。
「ええ、とても似合ってる。ヴェルさん、これからもこの格好でいてくれない?」
「断る。全体的に体を締め付けてきて落ち着かん。特に胸と脚、これでは不覚をとってしまう」
「か、かっこいい! あたしも言ってみたい!」
「リリカじゃ無理だろ」「なのです」
「なにをーー!?」
リリカとは正反対に、実はかなりのプロポーションを誇る彼女だ。スーツを着たことで体のラインがはっきりと出ており、特に大きな胸部や腰のくびれたメリハリあるシルエットがかなり強調されていた。
「さ。揃ったことだしはじめましょ。みんな、座って」
席順はエリーンの右隣にミィカ、そこから時計回りにリリカ、ヨルテア、ミュウ、ロールマリン、ソリューニャ、ヴェルヴェット、マオだ。全体的に所属がばらつくようになりつつ、初めてお茶会なるものに参加するエリーンの隣にマオがいたり、奥手なミィカの横に一番慣れているリリカがいたりと配慮がある。
「ここに用意しますは温めたティーカップ。これを全員に配り~の」
「ほかほか~。でも中身がないよ?」
「お茶はこれからなのです。カップを温めておくと冷めにくくなるですよ」
「注ぎ~の~」
マオは全員の前にカップとソーサー、ティースプーンを配ると今度はもう一周、お茶を注いでまわる。白磁のティーポッドから琥珀色の液体が注がれ、白い湯気を立たせる。
「お、おお~! なんかこう、オトナっぽい! せーそ! おしとやか!」
「その発言が大人っぽさの対極にあるのです……」
「上品な香りだね。ハーブ?」
「あらソリューニャちゃん、鋭いですね。甘めで飲みやすい茶葉に香り付けのハーブを一つまみ、でしたっけ?」
「妹でも楽しく飲めるよう改良を重ねたお姉ちゃんブレンドなのです。あ、そこのお砂糖入れてね」
甘みが強く出るよう低温でじっくりと焙煎した茶葉と、大人も交えて楽しめるように香りを調整したハーブの選定には実に一年をかけた。年の離れた妹が仲間と茶を嗜むマオの袖を引いたのがきっかけである。
「ハーブの匂いって苦手な子供が多いからね。自信作だけど、難しかったら別で淹れるから言ってね」
「……おいシい、です」
「よかった! 先生、お茶菓子お茶菓子」
マオに取ってもらったシュガーポットから三つ、角砂糖を入れてかき混ぜる。そして赤く小さな唇を恐る恐るティーカップの淵につけ、中の液体を一口含んだミィカはほっとはにかんだ。
「おっとっと、忘れてた。ウチがヘイグにいた頃に好きだったお店のお菓子、後輩からたくさん貰っちゃったんだ」
「うわあパイなのです!」
「甘くておいしいね、ミィカちゃん!」
「ん、ん!」
一口かじったミィカは目を輝かせて頷いた。
茶菓子を配り歩くヨルテアは、ロールマリンやヴェルヴェットの皿にはカップケーキを乗せていく。蒸留酒に漬けた木の実を混ぜた生地を焼いた大人用の菓子だ。
「大人組はこっちねぇ」
「む。何か違うのか?」
「お酒で香り付けされてるよぉふふふ~。ソリューニャちゃんはこっちでいいかなぁ?」
「あー! おバカになるからソリューニャにお酒はダメー!」
「おバカてアンタ、飛ばしてあるから平気だよ……。ごめん、貰うよ」
口に含むと砂糖の甘みと仄かな蒸留酒の香りが舌の上に広がる。たしかにその独特な風味はちょっぴり大人向けだろう。それでいて甘いもの好きのソリューニャも満足の一品だった。
「どう? エリーンは」
「はイ、美味しいです。初めての味で……あの、アメの日はお茶を飲むんですか?」
「そういうわけじゃないんだけどね。雨の日ってのは外に出ると濡れちゃうから、部屋の中でできることを楽しむのよ」
生きる術は確かに大事なことだが、これから地上生活をしていくにはこういった文化に馴染むこともまた必要となるだろう。見方を変えれば雨の日は晴れの日に働くための英気を養う休息日であり、文化とは得てして先人たちの知恵が詰まっているものである。
「で、お喋りするの。エリーンも色々考えなきゃいけないんだろうけどね、少しくらい楽しんだってバチは当たんないわよ」
「マオー何のお喋りするのー?」
「あ、じゃあ先生のお話が聞きたいのです。この街って先生のふるさとなんですよね?」
「私も聞きたい、デす。お世話になってイる人たちのこと……」
「んじゃウチの話するかぁ。生まれはヘイグじゃあないんだけどねぇ。人生の半分はここで過ごしたから故郷で合ってるか」
この医療都市には医療の勉強をするための学校があり、大陸中から名医を目指す者たちが集まる。街には彼らが実務を通して腕を磨ける病院もあり、それを目的に難しい病に侵された患者たちも集まってくる。患者が集まって、それを治すための研究が進み、その成果が学生に受け継がれる。そうやってこの街は大陸で最も進んだ医学を蓄えるに至った。
ヨルテアはここで医術を修め、そのまま医者としての研鑽を続けてきた。やがて彼女には自分の医術を教える後輩ができ、本人も気付かないうちに崇拝されるようになったところでクロードにスカウトされクロノスに入ったのである。
「ヨルテアちゃんはすごいんですよ~。人体構造なんて隅々まで把握してますし、難しい手術も繊細な魔力操作で成功させちゃいますし。クロード君もかなり熱心に勧誘してましたよ」
「もしかして治癒魔導の使い手なのです?」
「小さな器具を動かせるだけ。あとは細々とした能力がいくつか」
ヨルテアはヘアピンを取って指先に乗せると、少し浮かせて風車のようにくるくると回して見せた。
離れた場所にあるものを動かす魔導は指の届かないような部位の手術をする際に有効な手段であるが、精密性や集中力など魔導の才能に左右される一面もある。彼女が群を抜いて優れているのはその点だった。
「ちなみに決め手になったのは酒齢50年の幻の銘酒ですよ」
「えぇ……酒で引き抜かれたのか……」
「はい。後輩たちはそれを知らないのでクロード君は憧れの先輩を連れ去った大悪党って嫌われてます。笑えますね」
「説明しても信じてもらえなくってねぇ」
一応クロードは医院長やら町長やらに掛け合って多額の資金投資やギルドとの提携などを供与した上での交換だったのだが、彼がそこまでして手に入れようとしたのと同じようにヨルテアは後輩たちにとっても無二のアイドルなのだった。
「ウチが入ったときはまだヴェルさんはいなかったんだよねぇ。ヒバリさんやナジャはいたけど」
「あれ? ヒバリさん今日いないね」
「ヒバリさんは仕事あるからって鳥連れて帰ったわ。ウェン君とジハイド君とルー君もね」
「そうなんですか……。ちゃんとお礼言いたかったのデすが……」
クロードたち主力がほぼヘイグにいるとNAMELESSに知られたので、クロノス本部の守りを固めるために一部のメンバーは帰したのだ。なおヴェルヴェットは弟子と離れたくないという理由で残ると言い張り、研究やエリーンたちの世話のためロールマリンとクロードは動けない。
「そういえばみんなクロノスっていつ入ったの?」
「んー。もう何年も前にクロード君がわたしを誘ったのが今のクロノスの始まりですねぇ。次にヒバリちゃん、ヨルテアちゃん、マオちゃん……とほぼ同時期にヴェルちゃんですかね」
「この中じゃヒバリさんは古参なのよね。たしか鳥たちのための山を買ってもらったんだっけ」
「山を買う!? クロードさんすごいのです……!」
ヒバリはロールマリンのあとに、正確にはロールマリンと並行してクロードによってスカウトされた。当時の彼女はぽっぽたちとともに街の運び屋を営業していたのだが、鳥と自分の生活のため借金もするほどの赤字だった。
クロードはそんなヒバリの事情に付け込み彼女に取引を持ち掛けた。ギルドの運び屋事業に協力してくれるならば、山一つを放牧場として提供し、さらに依頼主からの報酬に加えギルドからも契約金を出すというものだ。
「結果ヒバリちゃんは借金生活から足洗って、鳥たちを遊ばせる庭を手に入れて、その代わりたまにわたしたちを乗せて運んだりとかするようになったわけです。ほら、仕事というのも遠征で溜まった配達のことですよ」
「クロードか、アタシはまだ挨拶してないけどすごい人だね。目をかけた人を引き込むためなら手段を選ばないって感じが」
「すごいっちゃすごいですけど、好みは分かれるわね。私はヒバリさんより結構後……っていうかロールさんヒバリさんたちが創設メンバーで、あとはみんな段々と集まったって感じかな」
マオは流行り病で両親を亡くし、妹と二人、身寄りを失ったところで自身の魔道の才能を頼りにギルドの戸を叩いた。最初は魔法が使えるだけだったので魔導水晶に魔力を供給したり荷物持ちとしてついていったり簡単な雑用をしていたが、やがて危険度の高い依頼にも同行するようになっていったのだ。
「そのうちAクラスにまで昇格させてもらって、妹にいい服も着せてあげられるようになって、そんな感じ。次、ヴェルさん」
「私か。私は弟子と一緒にマスターに誘われてな」
ヴェルヴェットは弟子ミツキとの武者修行の道中でクロードと出会い、剣豪の情報が入りやすいことや苛烈な修行場の提供ができると言われて付いてきたのが始まりだ。これにより彼女は己を高めることができ、クロードは彼女を高難度の依頼に当てがえるという利の関係を築いた。
ちなみにヴェルヴェットは最初からSランクのメンバーとして異例の待遇で迎えられた二人目の女性だ。一人目はロールマリンである。
「修行のため……」
「それでそれで、強い人といっぱい戦ったんだ?」
「強力な魔物に険しい環境、そんな依頼を持ってくることが条件だからな。それに裏社会の猛者の情報はギルドに入る前の私だけでは得難いもの。マスターとは良い取引ができている」
「ま、マフィアみたいな価値観なのです……」
「すごい魔導士って変人ばっかですからねぇ。ヴェルちゃんも一緒」
背筋を伸ばしティーカップをくいと傾けるヴェルヴェットはあまりにも風格がある。ミュウが思わず口にしてしまったように、ボタンひとつかけ違えば普通に裏社会の用心棒だった未来もあるだろう。
「そういうわけで最古参がわたしですね。わたしとクロード君で今の体制を作りました。ああ創設メンバーと言っても前身のギルドがあるので、古参の方はいっぱいいますよ」
「そういえばロールさんはどんな勧誘で引き入れられたのか、聞いたことないわね」
「不思議な関係っぽいなーって思ってたんだぁ。口喧嘩多いけど信頼あるって感じで!」
「分かるのです。結局仲いいのですか? 悪いのですか?」
「そんな単純なものじゃないと思うよ、ミュウ」
ロールマリンは仲間から見ても謎が多いと言えば多い。特にマスターのクロードとの関係についてはやたら気の置けないやりとりから様々な憶測が密かに飛び交っており、果ては幼馴染の疑いまでかかったところでさすがにロールマリン本人が慌てて否定したこともある。幼馴染に見られていたと知ったときは虫唾が走って眩暈がしたそうだ。
「まあそうですね。元々わたしもヨルテアちゃんと一緒で大学に通ってたんですよ。研究者として充実した毎日でしたよ」
「それは聞いたことがあるわ。こっちも大陸で一番大きいって言われてる学舎で、遠くから秀才が集まるすごい場所なのよ」
「何言ってるか全然わかんない難しい話いっぱいしてたからそんな気はしてたんだー」
「ぜんぜん……いえ、伝わらない話をしたわたしが悪いんですけど……」
少し気分は落ち込んだが、ロールマリンは話を続ける。
「ま、まあそんな頃にクロード君がわたしの噂を聞きつけて会いに来たんですよ」
「噂って? 賢い人がいるぞって感じかしら?」
「いえ、わたしの魔導の話です。わたしの魔導が彼のお眼鏡に適ったみたいで、運命を感じたって毎日しつこく勧誘されてましたね」
「マスターってロールさんのことすこぶる評価してるものね。それで熱意に負けたって感じなのかしら」
「そんな簡単な話じゃなかったですけどねぇ。最初は毎回叩き出してましたよ」
いきなり知らない男から「能力に惚れたから協力してくれ」と言われて落ちる女性などそうはいないだろう。
「理由は分かりませんが虫が好かなくて」
「ああ、同族嫌悪……」
「なにか?」
「なんでもないですロールさん」
理由はどうあれロールマリンはクロードの誘いを時には物理的に蹴り続けた。クロードもめげずに直接交渉だけでなくロールマリンの周辺に働きかけ少しずつ外堀を埋めていき、ロールマリンもそれを察知し逆にクロードの情報を抜き取るよう根回しをする。こうして二人の戦いは対面の交渉よりむしろ水面下の牽制合戦が主軸となり、やがて国家間の戦争も真っ青な情報戦の様相を呈するようになっていったのだ。
「なんというか……うん。やっぱ似てるねぇアンタら……」
「うむ。智謀巡らす策士ぶりは真似できん」
「はは。楽しい馴れ初めじゃないか」
「楽しくないですよ! カレにもそれで振られたんですからね!?」
当時いたロールマリンのボーイフレンドはクロードとロールマリンの関係が深まると最終的に別れを切り出した。ロールマリンも最終的にはクロードを選んでいるあたり、彼の認識は間違っていなかったともいえる。
「それでもギルドに行ったんだよね。決め手は何だったのさ」
「ええと……結局わたしも同じ穴の狢というか……。共感しちゃったんですよ。クロード君の野望に……」
「男と別れてまで夢を、かぁ。切ないすれ違いだね」
「カレは最後まで優しかったんですよ……。“僕にはよくわからない世界の話だけど、挑戦したいんだろう”って背中押されちゃいましたもん……」
「キャー! 恰好いい人じゃん!」
彼との別れは双方納得の上のことだったのが唯一の慰めだろうか。ロールマリンはカップの中身を一気に煽ると、据わった目で宣言した。
「わたしだけが恋愛談のネタになるのは納得いきません! まずヨルテアちゃん、あなたも似たような境遇でしょう?」
「今のウチはこの子が彼だよぉ」
ヨルテアはどこからかボトルを取り出して頬ずり頬ずり。ティースプーンに器用にそれを注ぐと、カップに入れてかき混ぜた。湯気に乗って酒の甘い香りが広がる。
「へんっ色気の欠片もない。つまらない彼ですこと」
「うっわバッサリ。でも同感かな……」
「次。ヨルテアちゃん誰か指名してください」
「んじゃーヴェルさん」
「いない」
「でしょうね」
即答。
「ミツキ君はどうなんですか? 単に師弟関係のように見えて平時はポンコツな師を支える男の子……なんて、本なら波乱万丈胸甘結実エンド待ったなしですが」
「有望な弟子だが……ふむ、そうだな……」
「おや~? 振っといてなんだけど意外と前向き?」
「ああ。奴と為した子がどれほどの剣士に育つのか興味がある」
「「ブフゥーーッ!!」」
色気もへったくれもないどころか明け透けすぎてコイバナですらない。噴き出したソリューニャやロールマリン他、赤面者を多数出す被害っぷりだった。
「ふむ。打診してみるか」
「だ、ダメっ!」
とんでもない方向に傾きかけた流れをマオが遮る。思ったよりも大きな声が出てしまい、マオは慌てて言い訳した。
「いやっ……! 女の子がそういうこと言っちゃダメ……だから」
「いきなり迫られるミツキも災難だろう」
「その絵面は笑えますけどね。趣味がアレなのでうまくいくとは思いませんけど」
マオの焦りに気付く者はなく、ソリューニャとロールマリンが同意してこの話は終わった。
「と、というかこのテの話をするならリリカたちはどうなのよ」
「あたし?」
「き、気になリます!」
「男の子とはるばる旅をしてきたんですよね。すごく信頼もされてるみたいですし、実際のとこどうなんですか?」
三人は顔を見合わせた。考えたことはなかったが、改めて聞かれるとその答えは……
「二人とも好きだよーっ。楽しくて面白い!」
「話聞いてました?」
「情があるのは否定しないけどあくまで親愛、かな。今までもこれからも」
「取り付く島もなし」
「なのです。ま、まあ何度も助けて貰って感謝はしてるですけど……」
「あら、あらあら?」
リリカは好きという言葉を臆面もなく使えるくらいには無邪気で、ソリューニャもクールに隠す。ミュウはすこし心当たりがありそうかといったところ。
ロールマリンがため息をついた。ここまで全員コイバナは不発に終わってしまった。
「せっかく華の如き乙女どもが集まったのに酒だの剣だの……。今のところ一番オトメなのはミュウちゃんですか」
「なへぇ!? 私なのです!?」
「んーま。魔導士に変人が多いってのはロールさんが言ってた通りだし、情愛より親愛でもいいじゃないの」
「ネ、ネ。ミィカちゃんたちはー?」
と、リリカがここまでお菓子を食みながら話を聞くだけだったミィカたちに話を振った。
「あノ……えと、ミィカも好き……レンさん……」
「えっ!?」
「ミィカちゃん逆転優勝」
「異議なし」
たどたどしいながらも、頬を染めてはっきりと「好き」と言ったミィカが一番女の子で、かわいい恋をしていた。
これにはテンションだだ下がりだったロールマリンも目を輝かせ、場の空気は一気に盛り上がっていく。
「こういうのですよ!」
「空で特にレンさんにお世話になっていたんですよね。きっかけは何だったのです?」
「……酷いコとしたけど、助けてモらって……悪いお薬ガあって、善いお薬を……でモ飲めないから……」
「口で……」
「「ンッ口移しィ!?」」
無邪気に衝撃の燃料投下。
「はわわわ!?」
「これはどうなのこれ!?」
「あくまで子供のしたこと……! いやでも気持ちはアウト……!」
「適切な処置は評価すべきぃ……! せ、セーフ?」
驚いたのはミィカに一番近いところにいたはずのエリーンで、妹が自分よりもススんだ仲になっていた事実を不意に叩きつけられ狼狽える姿はもう一つの事実も雄弁に語ってしまっていた。
「ええっ……!? えっ、えっ……!?」
目に見えて取り乱すエリーンの心境を察した者たちはその初々しい恋に盛り上がり、こうして女子会は姦しく進行していくのだった。
その日、レンたちの病室にリリカやマオが押し掛けた。
「レ~ン~! アナタ子供に手出したわね~!? でも不問にしてあげる!」
「ふっ……意外とスミにおけないねアンタも」
「まったくなのです!」
「うお、いきなりなんだ!?」
バシバシと叩かれ困惑するレン。
酔っぱらいのように興奮冷めやらぬ勢いのまま絡む女子たち。
「二人も侍らすなんて罪な男ね~」
「レンー! このこの!」
「なのです! なのです!」
「イテテ、叩くなバカ!」
バシバシ、バシバシ。
「なんか匂うな。ん、茶ぁか?」
「一瞬で嗅ぎ分けんのヤバくない? さっきまでお茶会してたんだ」
「ほーん。なんか知んねぇけどそれで絡まれてんのかアイツ」
「ふっ……大丈夫、みんなジンも好きだよ」
「何でいきなり慰めてんだソリューニャてめー腹立つぅ」
ソリューニャがからかい、ジンがキレる。よく見るじゃれあいだ。
「この~この~」
「なのです! なのです!」
「だから説明しろっつってんだろーがーー!」
バシバシ、バシバシ。
レンは何もわからないまま叩かれ続けたのだった。




