愛ゆえに
あの日以来、リリカは毎日みんなの病室に見舞いに行っている。昨日は裏山に自分で摘みに行った花を、マオにやり方を教えてもらって四苦八苦しながら花瓶に生けた。
「きょ~うっはどっしよっかなぁ~」
ヘタクソな歌を口ずさむリリカは今日も今日とて病室を出て何をしようか考えている。生来活発の権化のような溌溂少女、日に日に傷は癒え、それに伴い活動時間も伸びていた。延びた分はきっちりリハビリがてらの散歩をしている。兎角じっとしてはいられないのだ。
「治りが早いって褒められちゃったし、あたし元気だ!」
わくわくと予定を立てていると、コンコンとノックの音がしてリリカは元気に返事をした。
「いるよー。マオー? 先生、ロールさんー?」
しかし開いたリリカは口を開けたまま言葉を失った。
「あ、あ、あ……!」
控えめに開かれた戸の隙間からひょこっと現れた丸い頭。
「じゃ、じゃーんっ。ミュウちゃんなのですっ」
「わああ!? ミュウちゃんだぁ!」
目覚めたミュウが訪ねてきたのだった。
リリカはベッドから起きるとミュウの方へと両手を広げて歩いていく。
「ミュウちゃんなのです!」
「ミュウちゃんだぁ!」
「ミュウちゃんなのです!!」
「ミュウちゃんだぁ!!」
そして二人は抱き合った。
「会いたかった! うええええん!」
「ミュウちゃあああ!」
注意をしようと入ってきた例の間延び系ナースが絶句する中、二人はわんわんと泣き続けた。
「「うわあああん! あうあうあう!」」
ミュウは昨晩目を覚ましたのだという。
「えーっ、なんで教えてくれなかったのぉ!」
「私もそうしたかったのです! でも、夜遅くて止められたのです。起きたばかりで動くのもよくないって言われていましたし……」
「そっか、仕方ないね」
「でも、一晩寝たおかげで元気なのです!」
リリカは包帯の巻かれたミュウの顔をまじまじと見つめた。
大げさな包帯と手の平みたいなガーゼはミュウの頭部の実に7割を覆い隠し、片目と鼻口だけが出ている。四天の強力な攻撃を受けてできたやけどや裂傷だという。
「ひどい……」
「戦ったからついた傷なのです。みんなと同じなのです、これで……」
少し無理をしているように、リリカには見えた。
当然だ。傷を負ったことは悲しいだろう。赤く腫れた傷は恐ろしいだろう。
「あぁ、そっか。自分が決めて、自分が戦ったから」
「……!」
「お揃いだね! あたしもこの傷は大事だもん。怪我してそんなの変だけど」
だとしてもその傷を否定したくなかったから。リリカはミュウの頭にそっと手を回すと、優しく引き寄せた。
「でも誰かが危ない目にあうのは、どうしても、やっぱヤだな~。えへへ」
ミュウはリリカの胸に頭を預け目を閉じた。
「怖かったのです。またみんなだけが前で戦って傷ついて……」
「うん」
「もしかしたらそのまま誰かいなくなったらって考えて……!」
「うん」
「怖かったのです! うああ……!」
「うん、うん……!」
傷だらけの二人は互いの鼓動を確かめるようにその身を寄せ合う。
怪我をした。恐怖にも曝された。それでも一番守りたかったものはたしかにそこにあった。そのぬくもりだけは確かに勝ち取ったものなのだ。
「あのぉ~」
「あっ」「ひゃあっ」
二人の世界に、ナースが申し訳なさそうに口をはさんだ。
「ソリューニャさん、目を覚ましたみたいです~」
「「!!」」
たとえケガ人だとしても、慌ただしく出ていくあんな表情の二人を静止することはできなかった。
「行くよ! ミュウちゃん!」
「なのですっ!」
「……待てなんて言うのは野暮ですね~。あんなに嬉しそうですし~」
ナースは苦笑した。
「病院ではお静かに~~」
ソリューニャは窓の外を眺めていた。彼女が目覚めたあと、担当のナースは二、三の質問をしたあと嬉しそうに病室を出ていった。その際ちらりと見えた仕切り越しのベッドは空いていた。
「生きている……アタシはまだ、生きている」
目覚めたばかりの割に体調は驚くほどいいが、体の各所に痛みが残る。脇腹には最後の激突であえて受けた攻撃の痕。奇しくも母が受けた致命傷と同じ位置に切創が残っていた。
自ら命を削らなければ活路は見いだせない、そういう戦いだった。二度はないと思えるほどの、危機に次ぐ危機を奇跡的に乗り越えての勝利だった。だからこの傷に悔いはない。
「生きているなら、今度は……」
そのとき、廊下の方から騒がしい足音が聞こえてきた。足音の主はこの部屋に入ってくると、慌ただしく仕切りのカーテンを開けた。
「リリカ! ミュウも……!」
既に目を潤ませている二人が、カーテンを開けた姿のまま固まっていた。
「よかった二人とも……もう動けるん」
「わあぁ! ソリューニャだぁ!」
「ああ、アタシはこのとお」
「ソリューニャさんなのです!」
「あ、うん。二人も無事でよかっ」
「ソリューニャだぁ!」
「ソリューニャさんなのです!」
「あの、どした?」
「ソリューニャだぁ!!」
「ソリューニャさんなのです!!」
「ねえ聞いて?」
そして二人は抱き合って泣き崩れる。
「「うわあああん! あうあうあう!」」
「なんなの!?」
ひたすら困惑のソリューニャだった。
「私も昨晩起きたのです」
「ソリューニャ、体は?」
「平気。もう体動かしたくなってるよ」
「絶対安静なのです!?」
「わかってるよ……」
体は動かせないが、体力は戻ってきている感じがする。もう少しすればミュウのように歩くくらいは許されるだろう。
という旨の発言をしたところ、二人に呆れた目で見られてしまった。
「ソリューニャさんは抱え込みがちだから、内緒で何かやらかしそうなのです」
「ミュウには言われたくないが?」
「ソリューニャ、わんぱくだからねー。あたしたちで見張っとかなきゃ」
「リリカには言われたくないが!?」
立場を秘密にしたままフィルエルムまで同行したミュウや活力爛漫溌溂少女リリカからの心外な評価に抗議するが、あいにく体が動かなければ数の差も覆せない。
「くそう。体さえ動けば二人まとめて」
「ぼ、暴力反対ー!」
「わぁっ盾にしないでほしいのです!?」
さっとミュウの背後に隠れるリリカ。
「……ねえ、二人とも」
「うん?」
「ありがと」
唐突な感謝。リリカとミュウは顔を見合わせて笑う。
「こちらこそありがとだよー!」
「なのです!」
「こうして一緒に話ができるの、すっごく久しぶりな気がする。嬉しい!」
「みんな頑張ったからです!」
三人は寄り集まって喜びを分かち合った。
「はぁ~。暑くなってきた」
「照れてるのです」
「あは。照れてるのですっ」
「覚えときなよ。リリカ」
「あたしだけっ!?」
恥ずかしくなったソリューニャは羽織を脱いで火照った体を冷まそうとした。上半身は包帯でほぼ隠れているので安心だ。
「わぁ出た」「こぼれそうなのです」
と思っているのは露出の気があるソリューニャだけ。
異性の目がないからと躊躇ない脱ぎっぷりには、見ている二人の方が恥ずかしくなってきてしまう。
「てダメだよ脱いじゃ!」
「病人がおへそ冷やしていいわけないのです!」
「脱ぎたがりのソリューニャめぇこうしてやるー!」
「うわあ!?」
動けないソリューニャに二人がかりで襲い掛かり、シーツでぐるぐる巻きにする。
「あっちょっ本当に動けない」
「動かなくていいのです」
「ミュウちゃん、ギルドに行こ」
「そうだ、ちょうど行きたかったのです」
ミュウはベッド脇に届けられていた彼女の肩掛けカバンを漁る。
火山湖での戦いに臨む前、ミュウたちは旅の荷物を置いてきていた。そのまま雲の上に消えてしまった彼女たちに代わり、一人取り残されたヒバリはしっかりとそれらを回収していたのである。
「今度はあたしがゆかい犯? やるよ!」
「愉快犯? ひとでなしなのです」
「じゃあソリューニャ、あったかくして寝ててね」
そういうと二人は本当に病室から出ていってしまった。
「またお見舞いに来るからね! ソリューニャ!」
「嘘ぉ」
ソリューニャはもがくのを諦めて再び窓の方を見た。そこに置かれた花瓶にはまだしおれていない花が差してある。
「起きたって、ソリューニャ。あら?」
その少し後、入れ違いで入ってきたマオは繭の主に訊ねた。
「それどうしたの?」
「愛ゆえに……」
「あらあら。ふふっ」
「あはっ」
二人は笑った。
「たすけて」
「もうちょっと観察」
ギルドに向かった二人は、そこでオーガやチュピの民たちの歓迎を受けた。日に日に元気になっていく彼らの様子にはリリカも励まされていたし、英雄の一人であるミュウの回復は彼らの励みにもなった。
「ミュウっていうのです」
「ミ、ミィカ……」
「ミィカちゃん来たよ!」
「あっ、えへへ」
すっかり心を開き仲良くなったミィカにミュウを紹介し、ソリューニャが起きたことをみなに報告し、しばし談笑ののち二人はクロードの部屋を目指した。ミュウが会いたいと言ったからだ。
「報告は聞いてるぜ、ミュウちゃんだ。同室のは」
「ソリューニャも起きたけど……まだ動けないから丸めて来たよ!」
「クロード=クロスさん、ですね」
クロードは二人を歓迎した。相変わらず黒い眼鏡の奥にクマが見え隠れしている。
ミュウは母から預かった手紙を差し出した。そこに書かれた宛名は“クロード=クロス”、まさに目の前の人物の名前である。
「君……セレナーゼの子か?」
「やっぱり! すごい偶然なのです! でもお母さまに人間の人の知り合いがいるなんて、どうして」
「はは、昔こっそり侵入して秘密裏に面会した」
「な、な、な!」
事もなげに言い放った衝撃の一言。人間族はおろか外部との交流をほとんど断っているという閉鎖的なフィルエルムにおいて、不義の手段であろうことか女王に会っているのだ。これを、知られれば大騒ぎになるのは必至な内容であると理解した上で口に出すのがクロードの性格の汚いところだ。
「これを知ってるのは僕とセレナーゼ、あとあれだ。使用人のアーマングって人に見つかったな。僅かな異変から嗅ぎ付けた鋭い爺さんだった」
「じーじー!?」
散々世話になった懐かしい名前である。
「ねえねえなんて書いてあるの?」
「んーどれどれ」
手紙を読み進めるにつれ、クロードの表情は少しずつ張り詰めていった。
「要約するとフィルエルムで起きた事件の話。アルデバランに、傷ついた神樹……そうか、そんなことが起きていたのか」
「そんな大事なことを……!」
ミュウは手紙にフィルエルム事変のことがかなり詳細に書かれていることに驚く。そんなことを伝えるほどに母親とこの男の間に強い繋がりがあるということなのだ。
「あの、昔一体何を話したのです?」
密会の話だけではクロードが一方的にアプローチを仕掛けたように思えるが、結果セレナーゼからの信頼を得てはるばるこの手紙を受け取るに至っている。
こうなると俄然気になってくるのが、密会で話した内容についてだ。
「んん、いろいろ、かな」
この問いに対し、クロードの歯切れは悪かった。話したくないことなのか、明らかにミュウを煙に捲こうとしている。
「そんな……」
「えー!? 知りたいよー!」
「リリカさん……!」
「気になるもん!」
こんなとき、素直なリリカはミュウが言い出せなかったことも簡単に口に出せる。
しかしリリカが食い下がってなおクロードの口から語られることはなかった。
「悪く思わないでくれよ。複雑な事情があるんだ」
「ずるいー! 教えろー!」
「手紙を預かったとき、セレナーゼも教えてはくれなかったんだろう?」
「あっ、そういえばそうなのです。シルフォードにいるこの人にって言い方はたしかに気になっていたのですが……」
考えてみれば、手紙を預かった時点でなぜクロード=クロスなる人間のことを知っているのかという疑問はあった。だがあの時はいろいろ急で、詳しく聞き出す暇がなかったのも事実だ。
セレナーゼも伝えようと思えば伝えられたのだろうが、それをしなかったのにはやはりクロードが渋っているように何か事情があったのだろう。
「それほど慎重にする必要があるんだ。ごめんよ」
「分かったのです……」
「ぶーっ。ミュウちゃんがいいなら、あたしも我慢する……」
「その代わりっちゃアレだが、来るかい?」
クロードはくたびれた白衣のポケットから鍵を取り出し、ジャラジャラと鳴らした。
「NAMELESSんとこ」
「行くのです」
「ミュウちゃん。じゃあ、あたしも行く」
ヘイグ支部の地下には資料室やちょっとした実験室、武器庫などいくつかの部屋が存在する。カルキとハルの部屋もその地下にあった。
鍵を使って南京錠を外すと、クロードは錆の浮いた鉄の扉を開く。
三人が入った部屋には全身包帯の男がいた。彼は重症患者でありながら、この部屋に幽閉しておかなければならない超一級の危険人物だ。全身に強い薬品の匂いのする包帯を巻かれながら、その足には封魔銀の枷が嵌められているその姿が彼をよく表しているといえる。
「ハルさん」
「…………」
ハルは無言でミュウに目をやった。
ミュウも言葉が続かず、カビ臭い静寂が部屋に漂う。
「生きてて、よかったのです」
「…………」
やっと絞り出した言葉にも、無言。
「あれ、ミュウちゃん仲良しなの?」
「仲良しではないのですけど……何度も助けてもらったのです」
「へーえ。NAMELESSの殺し屋がずいぶん懐かれたものだ」
小馬鹿にするようなクロードに対して、ようやくハルは口を開いた。
「カルキはどこだ」
「一言目がそれか! おんなじだな君たち」
「……」
「生きてるよ。治療も施して……命は助かる。まあ」
クロードは一つ溜めをを作ると、ハルの目の前までその胡乱な顔を近づけて言った。
「君次第だが」
「…………」
ハルは答えない。癪に障ったとも、何かを隠しているともとれない、氷のように静かな無を貫いていた。
彼を幽閉しなければならない理由は危険人物であると同時に、謎多き闇の組織NAMELESSへ繋がる超重要人物でもあるからなのだ。
つまりクロードはあらゆる手段を使って彼から情報を吸い上げたい。
「……くはは。さすが名前のない怪物。冷静で的確だ」
だがそれは今することではない。然るべき状況で、然るべき手札を揃えてからだ。クロードは両手を挙げて離れた。
「昨日の夜、ヨルテアさんが言ってたことが分かったのです」
「先生が? なんて?」
「“うちのマスターは性格が悪いよぉ”って……」
「あ、それみんな言ってる!」
今回のケガ人たちの手術をすべて担当したという、そのおっとりした女性からは仄かにお酒の香りがした。
「あの、ハルさん。共闘の約束はまだ……まだ生きていますか?」
「……カルキ次第だ」
「そろそろ行くよ。ホラ、出た出た」
「できれば私は、戦いたくないのです」
ミュウの気持ちをどう受け取ったか、彼女たちが部屋を出るまでハルは天井を見上げていた。
その足で向かったのは同じく地下室にあるカルキの部屋。
ヘラヘラと笑うクロードと、緊張の面持ちのリリカとミュウ。
「……やあ、待ってたよ。退屈でね。ハルは起きたかい?」
「言うわけないだろ?」
カルキにとって半身とも言えるハルの安否を、クロードは相手を挑発するにやけ面で秘匿する。
「つれないこと言うなよクロノスのマスターさん。治療はしてくれてるんだろ」
「まあ地上を救ってくれた礼くらいはしなきゃよな。名前のない怪物さん」
互いに互いの正体は知っている。人を食ったような軽薄な笑み同士が交錯した。
ミュウはそこに因縁めいたものを感じる。
「そういえばレンたちはクロノスのメンバーなのかい?」
「え、いや違うよ」
「ふーん。でも一緒にいるってことは入る気でいるのかな?」
「その予定もないのです」
「あるぜ」
「「え!?」」
クロードが口を挟んできた。それは彼の理念に基づく話だった。
「何を驚く? 君たちも彼らが希少な才を持つと分かってるんじゃないのか」
「それは、そうですけど」
「“誇り”との戦いを生き抜いた。戦闘力と生存能力は既に最上位級だ。所属するかどうかで組織間の勢力図が書き換わる、それほどの逸材なんだ」
「……!」
組織間の勢力争いを優位にしたいという理由で獲得したがる者が現れるとは、これまで5人という単位でしか動いてこなかったミュウにとって目から鱗だった。もっともミュウが気付いていなかっただけで、組織を統べる者が欲しがるというのは自然といえば自然な話だが。
「目を覚ましたらスカウトするつもりさ。君たちもどうだい?」
「僕とハルが君のギルドにか。考えておくよ」
「意外と人望ないのかな」
「僕がこだわらないだけ。強いて言えば自由に誰とも敵になれる方がいい」
カルキはへらへらと笑っている。空ではその信念が故にローザを斬り、傷ついた体を押してガウスとも戦った。
「陽炎を倒して、ガウスを倒した。次は二人とって約束……これが今の楽しみだ」
「手伝ってくれたって聞いた。でもまだ、敵なんだね」
「味方になったつもりはないよ。まあ今は協定が生きてるけどさ」
もともとカルキとハルは、逃げたレンたち五人を仕留めるようカキブからNAMELESSへ依頼があったため派遣された刺客である。そのため本来ならリリカも殺害の対象である。
「今となっちゃ仕事はどうでもいいんだ。あの湖で殺れなかったとき、僕の中で仕事としては区切りがついたんだ。あれは失敗、それでおしまい。空じゃそれどころじゃなかったしね」
「ホント? あ、でもレンたちは狙ってるなら嘘か。わかった嘘だな!?」
「もう君に興味がないのは本当だよ」
「その言い方もなんかちょっと、ヤダ!」
屈辱的、という言葉が出てこないリリカは地団駄を踏んだ。
「今はね。仕事じゃなく、僕のためにアイツらと殺し合いたいんだ」
「殺し合い! やっぱコイツ危険だ……!」
「何を言う。愛ゆえにさ!」
今回の仕事は中止だとハルから伝えられた。それがソリューニャたちと協力して空から脱出するため、ハルが飲んだ条件だった。
そして地上に来てから自分の命はクロードたちに握られている。ゆえに彼の仕事は未だに中断された状況が続いているのだ。
「約束だってしたぜ。僕がガウスを倒す手伝いをするときにね」
「そんな!?」
「あれは最高の時間だった……僕も彼らも、ガウスすら限界を超えた力を絞りつくした……」
カルキは笑うと目を閉じた。戦いの回想に身を沈めているのだ。
「だから、見ものだぜ。こっからの二人は」
「え?」
「あいつら僕たちよりもさらに上の次元の世界を経験し生き残ったんだ。ここから二人は今まで以上のスピードで強くなるよ」
「っ……!」
「それを間近で見られるんだ。少し羨ましいね」
地下を後にした。
「アイツらも誘うの? やめた方がいいよ、危ない人たちだよ!」
「元NAMELESS。実力は実績が示す通り。欲しいよそりゃ」
「でも危ない人だよ! 危険が危ないよ!」
リリカの抗議は彼女の語彙のせいで少し残念だが、気持ちだけはやたら訴えかけてくる不思議な抗議だった。
「そういうわけで、君たちも来ないかい? 特にミュウちゃんとソリューニャ」
「あたしは?」
「え、と。私、手紙を渡した後のことは考えないようにしてて……まだ何も……」
「あたしはっ!?」
「手紙の返事は本部に戻ってから書こうと思うから、一度本部に遊びに来なよ。ミュウちゃんもそこでゆっくり手紙でも書いて、僕のと一緒にヒバリに預けたらどうだい」
「それいいです。手紙に書きたいこといっぱいあるのです」
「ねえあたしはっ!?」
クロードはセレナーゼへの返事をヒバリに届けてもらうつもりのようだ。
ミュウの手紙も一緒に預ければ母親に届く。仲間のこと、立ち寄った街のこと、出会った人たちのこと。そして戦いのことと、怪我のこと。初めて書く手紙の内容はそうすぐにはまとまりそうになかった。
「でもあいつら、たぶん入らないよね」
「どういうこと?」
「え? だってあいつら、人に言われたからやるってことしないよ」
「ふむ……リリカに理屈を求めるのは不合理。かといってよく知る人物の言うことではあるし信憑性は高いな」
「なんか馬鹿にした?」
リリカは思う。クロードの命で動いたヒバリたち三人のようにレンたちが動く様子が想像できないな、と。
「ああ、確かに。それに二人は帰る道中なので。入る意味もないと思うのですよ」
「うーん、普通に勧誘したんじゃ無理っぽいな。よしわかった、ありがとう二人とも」
クロードも簡単に諦めるつもりはないらしく、彼らを勧誘する策を企てながら自室へと戻っていった。
「私、そろそろ戻りたいのです。さすがに疲れて……えへへ」
「そっか。まだ治ってないし、そうだね」
「リリカさんはもういいのです? 最近昼間はこっちにいるってヨルテアさんから聞いたのですけど」
「あー、うん。今日はミュウちゃん送らなきゃだしね」
二人は手を繋いで病棟に戻っていく。
事件が起きたのは翌日、三日月浮かぶ深夜のことだった。




