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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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水妖姫と炎と恋心 3

 


 ヒバリが集めたギルド「クロノス」の助っ人たちは、崩落しつつある天空の大秘境ニエ・バ・シェロで人知れず地上のために戦い続けた英雄たちの救援に向かっている。


 この作戦は至極単純で、各地で回収した仲間を連れて拠点である脱出船に戻ってくるだけだ。そのためにクロードは仲間を二班に分けた。

 一方は戦場に出た、単体での戦闘能力に秀でた者たち。クロード、ウェンリル、ヴェルヴェットはギルド「クロノス」における戦闘能力最強組であり、大陸でも名の知れたほどの猛者たちだ。彼らは経験豊富で、戦場に単身派遣させても戦果を挙げることができるほどの個である。



 そしてもう一方は脱出船に残って拠点を防衛する、各々特化した能力を持つスペシャリストたち。防御に特化したマオを筆頭に、様々な能力を駆使して防衛という仕事をこなすのだ。


 鳥の背に乗り脱出船の周りを飛んでいるのは、大きなコートに身を隠しフードを深々と被った小柄な青年ルーカス。


「ううう……やっぱり無理だよ……」


 消え入りそうな声で弱音を吐く彼は、クロードに無理矢理連れてこられた己の不幸を嘆いている。

 人探し任務だと、少数精鋭が望ましいと、見知ったミツキやマオがピンチだと言われ、その勢いに流されるままに来てみればこの状況だ。


「断るべきだった……ああでもあの時のボクが断れなかったのが悪い……」


 はためくフードから垂れる、柔らかにカールしたクリーム色の前髪。その向こうの瞳が一層曇る。


「ボクが悪い……!」


 この内罰的な青年に任されていたのは、敵艦への攻撃だった。

 ぽん、ぽんと魔力の塊がコートの袖から射出されると、彼を中心とした渦状の軌道に乗って回り始める。


「やるしかないのかなぁ……帰ってくれないかなぁ……」


 数多の魔力弾を衛星のように展開する、独特の戦闘態勢に入ってからも弱気は変わらない。

 しかし接近する敵の船からは容赦なく魔力砲撃を放ってきた。


「ちょっとルーカス!! 何してんの!!」

「ひぅっ! マ、マオさんが怒ってる~……」

「あなたが頼りなんだからね!!」


 砲撃は外れたものの、こんな空中でまともに直撃すればその末路は想像に難くない。

 マオ一人ですべて防ぎきることも当然不可能のため、脱出船が無事に地上に逃れるには敵船への攻撃が不可欠である。


「怖いよぅ……前も後ろもぉぉ……」


 このどこまでも気弱な青年は、こう見えて強力な魔力砲撃能力を持つ破壊力特化のスペシャリストなのだ。


「や、やるしかないぃ……」


 ルーカスの気持ちを感じ取ったか、彼を乗せていたアイは鳴き声をひとつあげると強く羽ばたいた。

 ヒバリの鳥たちの中でも勇敢なアイは、敵船からの射線を躱しながら突っ込んでいく。


「敵の船……ち、近づかないでぇ……!」


 アイとルーカスの姿は夥しい数の魔力球で繭のようだ。

 ルーカスが敵船に向けて手をかざすと、渦を巻いていた魔力弾が凄まじい速度で射出された。


「あれでなんであの性格になったの……」


 呆れるマオの目に映るのは、船体にぽっかりと空いた大穴から黒煙を吐き高度を落としていく敵船だった。

 ミュウが翼竜部隊を崩壊させたことで、今や飛び回る小さな的(ルーカス)を船からの攻撃で落とすことはほとんど不可能になってしまっている。例えるならば小石を弾いて羽虫を撃ち落とすようなものだ。もっとも、この羽虫は巨大な船を破壊するほどの攻撃力を秘めている危険なものだが。


「うう、硬いし薄いバリアみたいなものもある……。一点に集中しないと……」


 指先まですっぽりと覆い隠す袖口から、再び魔力弾が放たれては彼の周りをぐるぐる渦巻く。

 触れると強烈に炸裂するそれは、ルーカスの敵を恐怖し拒絶する精神に応えるかのように次々と敵にダメージを与えていくのだった。




「お、激しくやってるねぇ」

「ジハイドさん」


 船室から顔を覗かせたのは、ジハイドと呼ばれた男だった。

 形の良い筋肉を持つ男で、手足に鉄のリングを付けている。さらに目を惹くのは子供心をくすぐるデザインの大きなベルトである。


「船は?」

「ああ激しく危なかったがもう大丈夫だ! 地上までなら空中分解せず済むぜ!」


 この男が得意とするのは金属加工だ。彼はその力でフィアードがこの船にあけた大穴を塞いでいたのだ。


「代わりに剣から鍋まで使い切ったがな! この船に武器は残ってないぞ!」

「まあ……いらないわよね。地上までもうしばらく、ルーカスが頑張ってくれれば……」

「激しく不安そうな顔だ! だが問題ない!」


 言いながら、ジハイドは懐から鉄の仮面を取り出しその彫りの深いハンサムな顔に当てがった。


「俺も行こう! 船を壊すような攻撃はできんが囮くらいはできるだろう!」

「ええ……!?」

「変っ! 身ん!」


 仮面がドロリと波打ったかと思うと、それは瞬く間に頭を覆う兜に変形した。

 そしてベルトに手を当て拳を掲げると、ベルトは体を覆う鎧に変わる。さらに手を交錯させると腕のリングは手甲に、脚のリングはブーツへと変形した。


「激しく参上! 鋼鉄戦士アイアンマスクぅ!!」


 最後に両手を広げるポーズをキめて、ジハイドの「変身」は完了した。

 金属に魔力を流し込みそれを変形させる能力。それがジハイドの魔導であり、この力で船の修理や「変身」を行ったのだ。


「ちょ、鉄なんて着たら負担になるんじゃっ」

「さあグレイ! 俺を連れて飛べぃ!」

「ああ~……行っちゃった……」

「うおお! アイアンマスク・フライングフォームだーー!」


 ヒバリの鳥に乗せてもらう都合上、今回のジハイドの変身は纏う金属の量を削減した簡易バージョンだ。そうまでして鎧を纏っても敵船からの砲撃に命中すれば撃墜を免れないのだが、魔導士は強く思い込むということでパフォーマンスを向上させるので、あながち無意味な変身でもないのだ。


「はーっはっは! 助けに来たぜ!」

「ひぃぃ……ジハイドさんが来ちゃったぁ……!」

「ジハイドさんじゃない! 今の俺はっ!」


 グレイとアイが空中で交錯し敵船からの攻撃をさらに分散させる。


「鋼鉄戦士! アイアンマスクぅ!」


 口上は何度でも繰り返す。


「さぁ! ルーカス君よりも俺を狙え! 激しくなぁ!」


 それが彼の生き方。熱く濃ゆい男ジハイドなのであった。




 ルーカスとジハイドが敵船を撹乱しているうちに、ウェンリルがミツキを連れ帰った。


「やあ。先生は?」

「ミっ……ミツキ!!」

「息はあるよ。あとは先生に託そう」

「はいはい~!」


 マオの悲鳴が聞こえたか、船室の中から黒いとんがり帽子を被った女性が飛び出してきた。彼女がクロノス組から「先生」と呼ばれる人物ヨルテアである。


「おっと、うわぁ! これはひどいね!」

「ああ。頼むよ先生」

「ウチもやれるだけやるよぉ。みんな、船室まで運んで」


 ルーカス、ジハイドと続き彼女もスペシャリストだ。ただし前二人とは異なるのはその得意分野が魔導に基づくものではないことで、つまり彼女は先人たちの研究と己の研鑽で確立した技術を保持する「医者」なのである。


「先生っ、ミツキはっ……!」

「医者として言うなら“厳しい”ね」

「……っ」


 のほほんとした雰囲気の彼女だが、腕は確かだ。その彼女が医者として言えるのは下手な慰めではなく、残酷なまでの真実である。

 ミツキの容態は極めて危険。助かる見込みは薄い。


「……でも“助ける”よ。仲間としてねぇ」

「うん……うんっ。お願いします!」


 医者は神ではない。救える命しか救えない。彼女が救えなかった命もあったからこそ、それは断言できる。

 それでもミツキは同じギルドの仲間だから、マオにはこう言うのだ。


 そして言ったからには死力を尽くす。ここからはクロノスを守る凄腕医師の戦いだ。




 一方でミツキを送り届けたウェンリルのもとにはベルとグラモールが駆け寄ってきた。


「ちょっ、ちょっといいか!」

「うん?」

「……っ!」「そ、その」


 しかし言葉に詰まる二人。


「ほ……他には、誰か……」

「ああ」


 それでウェンリルは二人が言いたいことを悟った。


「残念だけど、他には誰も」

「……っ。そう、か……」


 二人も覚悟はできていた。それでもミツキがまだ生きていたのだから、もしかしたらという思いを抱いてしまったのだ。


「呼び止めて、すまなかった……」

「気にしないでくれ。心中察するよ」

「ありがとう……」


 戦場には手遅れになった数多の命も存在する。

 ウェンリルは背負いきれない命までは背負わない。だからせめて掬える命だけは。


「ロールマリン」

「ウェン君、ミツキ君をありがとう!」

「礼は不要さ。助けたかったのは俺も同じだからね」

「んまっ、イケメン~」


 ウェンリルは内外隙のない男前であった。


「すぐにソリューニャを探しに行くよ。これ以上はもう」

「ん、お願いします」

「見つけたら伝えるよ」

「ええ、困ったことがあったら助けも向かわせますね」

「ありがとう。頼りにしてる」


 ウェンリルは再び戦場に舞い戻る。

 ソリューニャとやらが生きているのならば必ず助け出す。そう決意を固めて。





 ◇◇◇





「あー了解。こっちはまだかかるよ」

『急……でくだ……ねー』

「あはは、声遠。聖域仕様の改造は必須だな」


 ロールマリンの能力を応用した「通信」を終えて、クロードは自分でデザインした魔導具を白衣の懐に仕舞った。


「さて、と。ヒバリ!」

「もう少しで終わるわ!」


 自分でしがみついていられる状態ならばいつものように背に乗せれば済むのだが、生きてるのが信じられないような怪我の彼らにそれは不可能だ。そんなときは鳥たちがレンたちを運びやすいよう、全身を包む布でハンモックのように吊り下げて運ぶのだ。


「いいや、しばらく動くな! 鳥も避難させておいてくれ!」

「わ、わかったわ!」


 ヒバリが魔力を纏った指で指笛を吹くと、ぽっぽたちは一斉に飛び立って上空で旋回を始めた。

 クロードはそれを確認すると、自身の魔導を発動する。


「誇りの魔神ガウス。せっかくこうやって会えたというのに言葉も交わせないのが残念だよ。生きてりゃ聞きたいこともあったけど」


 墨のようだった。光を呑み込む漆黒の魔力が、彼の足元から立ち昇り鎌首をもたげる。


「勝敗はついたんだ。死人が生者の足を引くなんてみっともない真似、あなたには耐え難い仕打ちじゃあないか」


 漆黒の魔力に触れられた瓦礫が塵となって消える。


「僕から敬意を表して。“誇り”をこれ以上汚さないよう止めてあげようじゃないか」


 不敵に笑うクロード。


 しかし、響き渡る悲痛の嘆き。


「雷帝さまっ!! あああああっ!!」


 四天ローザ=プリムナードが満身創痍の体を引きずって塔を登って来ていた。


「仕留めそこなってたな、ハル……」

「…………」


 陽炎のローザの恐ろしさは文字通り骨身に染みるほど味わっている。


「が……ガウス様は……!」

「これ、は……!?」

「生きている! 加勢するぞ!」

「待て、様子が……」


 ガウスの兵たちは戸惑った。


 様子のおかしい王の姿。まるで絶望の淵に立っているかのような四天の悲鳴。ボロボロでも生きている四人の男たち。そして情報にない二人の人間。

 それらすべてが彼らの足を止めた。


「はは、鬱陶しいから退場願おう」


 クロードは兵たちとの間を隔てるよう漆黒の壁を作り出した。


「有象無象を一度に処理するのはなんて気持ちいいんだろうね!」

「あなたのそういうとこ本当に気持ち悪いわね」

「ひっでぇ。ま、事情は知らないけどね、きっと僕たちは見届けるべきなのさ。それは無闇に晒すものじゃない」


 漆黒の壁が消えたとき、その先の景色はなかった。あったはずの床は風化したようにボロボロに崩落している。

 壁で隠している間に何があったのか、それを理解できたのはクロード本人とヒバリだけだった。


「……すごく強いのは分かっているんだけどね。能力は本当にえげつないのよ」

「はははっ。誉め言葉」


 クロードの魔導は「侵蝕」である。

 この魔力に触れたものは超高速で朽ち果て崩壊する。黒鉄の塔だろうとその足場を崩壊させ有象無象を奈落に叩き落とすことくらいわけないことである。




 再び静かになったその場所で、幕は下ろされる。


「あああっ……。雷帝……様ぁ……」

「あいつも強ぇぞ……! モジャ眼鏡……!」

「見りゃ分かるよ。大丈夫」


 ローザはその黒真珠のような瞳に涙を溜めて、ふらふらとガウスへと近づいていく。

 そしてふらふらと近づいてくるガウスとの距離がゼロになったとき、ローザは彼を優しく抱き止めた。


「あの子……!」


 触れた瞬間閃光が弾ける。

 体に強力な雷を浴びながら、ローザは目の前のガウスの胸に顔をうずめて泣いた。


「雷帝様……置いていかないで……」


 死した者に言葉が届くはずはない、それが常識だからこそ。

 それは“奇跡”と呼ぶにふさわしいのだろう。


 ガウスが歩みを止めていた。


「私も……連れて行って……」


 魂が抜けたかのように崩れ落ちるその身を抱き止めたローザは、ガウスの冷えゆく唇に己の冷たい唇を近付けた。


「私を……一人にしないで……」


 その世界にはただ、二人だけ。ローザとガウスはただ静かに唇を重ね合わせていた。


(なんだか、素敵……)


 ヒバリが言葉を失って見とれるほど、崩壊した塔の上で紡がれた愛の世界は美しかった。




 どれくらいの間そうしていたのか。

 ローザの身から立ち昇った黒炎が揺らめいて。


「雷帝様……」


 炎はガウスの身にも燃え移り、やがて抱き合う二人を優しく包み込む。


「私……離れない……」


「ずっとずっと……離れない……」


「ねぇ。雷帝様……」


 幼き日、彼女の世界を変えた恋。初めて名前を呼ばれた。抱き上げてもらった。零れるほど胸にいっぱいの喜びをもらった。夢のような生を生きた。

 恋をして美しく育った少女は、二人だけの世界、幸せに満ち溢れた愛の世界で最後の言葉を紡ぐ。


 誰の耳にも届かない、世界中でただ一人へと向けたその言葉と共に。



「大好き」



 水妖姫は想い人とともに炎に抱かれ眠りにつく。

 二人の灰が交じり合って風に舞った。




 やがて最後の灰が空に消える。


 ガウス=スペルギアの物語を、レンたちは確かに見届けたのだった。


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