トトとリリカ 2
「ふへ~」
「びっくりした~」
四人は爆発を目くらましに利用してあの場を脱出していた。
あのとき、魔導発動の兆候を感じた四人はとっさに飛び退いて直撃を回避した。ジンはやり返そうと爆炎の中に飛び込もうとしたが、この状況を好機ととらえたソリューニャに止められる。
そして、渋るジンをひっぱって爆炎が消える前に全速力で脱出したのだった。
ちなみにこの一連の行動はおよそ5秒にも満たない。
「ったく! あんな街中で火の魔法なんぞ使いやがって!」
「魔導、ね。魔導。でも、さすがにあれは子供が持つには危なすぎるね」
「あぁ。下手すりゃ死人が出たな」
自分は天才だの数年後には最強だのとのたまっていたが、なるほど。確かにあれほどの力が使えれば天狗になるのも無理はない。
何はともあれ、結果として逃げられたのだからよしとする。ことにするソリューニャ。
その後、一行は何事もなく帰ることができた。
そして四人は、修行に明け暮れる日々を送るのだった。
◇◇◇
レンとジンとリリカが旅立つ日がやってきた。
目的の資金集め、情報収集、ソリューニャの修行などに一区切りついたのだ。
旅の資金としては申し分ない額を稼ぎ、リリカもだいぶ大陸文化を知り、四人とも修行でレベルが上がっている。
特に修行はとても実りあるものだった。
長いあいだ対人戦闘をしていなかったソリューニャは大喜びだったし、リリカは魔導の様々を学び、魔導についての知識を得ていった。
だが、カラカサについての情報は得られなかった。
これについては当初の予定通り、旅を続けながら捜すしかない。
「うんうん、いい経験になったよ。ありがとね」
「いやいや、こっちゃ飯も食わせてもらった上に寝床まで用意してもらってたんだ。全然釣り合わねーよ」
「お前も強かったしな! こっちも鍛えられたし、いやぁ、面白かった!」
レンとジンは、カラカサでは父という格上の指導を受けていた。だから、ソリューニャという実力の差がほとんどない相手との模擬戦は新鮮だった。
もっとも、レンとジンも互角の実力は持っていたが、互いを知りすぎているために新鮮味はないのだ。
リリカは魔導を習得しなかった。
魔導習得にはそれに対する深いイメージが必要だ。魔力とは精神であり、その魔力を様々に変化させるのは強い意識だからである。
また、それは自分に合った魔導を選ぶことが肝心ということでもある。
修行中、ソリューニャの「竜の鱗」に惹かれたことがあったが、
「これは無理。竜人族の血を濃く受け継いでないと使えない」
「えー? どうしてもー?」
「うーん……。過去に使えるようになった人もいたらしいけどねぇ……」
「え! ならあたしだって!」
「挑戦者の9.9割は全身から出血して死んだらしいけど」
「…………」
というやりとりがあり、諦めたのだ。
リリカはもう、自衛手段だけなら魔術だけでいいかなと思っていたりする。過剰な武力には興味がなく、むしろそれを持つことに恐怖があるくらいだ。
「荷物ぜんぶ持ったー?」
「おう!」
「ばっちりだ!」
途中まではソリューニャも同行することになっている。少なくとも、無事に王都を抜けるまで。
それは三人のことが心配だったのと、
(多分もう、会うこともないよね……)
数年ぶりにできた友達との別れを少しでも伸ばしたかったからである。
だがソリューニャは、元凶たる王と、同胞を殺した「白い魔力色のナイフ使い」を殺すまで、この地を離れるわけにはいかない。仲間たちの無念に背を向けるわけにはいかないのだ。
だけど、もし、復讐が終わっていたら。いや、初めから何もなかったとしたら。
「おーい!」
「行こうぜー!」
「ソリューニャ早くー」
(この三人と一緒に、もっと色々したかったな……)
「うん! すぐ行くよー!」
口には出さない想いを秘めて、赤の竜人は駆け足で三人の背を追うのであった。
◇◇◇
「うぇーい。懐かしいなぁ!」
「そうねー」
四人はギルドのある街に来ていた。
この国を最短ルートで抜けるには、ギルドのある街と、王都を突っ切るのが早い。しかも途中の町で王都行きの馬車が拾える。
安全をとるなら遠回りするべきだが、王都には様々な情報が集まるため、多少の危険があっても通ることにしたのだ。ソリューニャも久々に新しい情報が欲しい。
「お! ギルド寮だ」
「わー! 変わんないねー」
「しっ。知人に見つかったらどうすんのさ」
やがてギルドも遠くなり。そして見えなくなった頃に日が暮れた。
四人は今日も、手際よく野宿の準備をする。
家を発って六日目。
とうとう、遠目に王都が見えてきた。今日明日中には王都に着けるだろう。
「うわー。賑わってんなー」
「本当ね。人も車もたくさん通ってる」
「面白そー!」
まだ王都に入っていないが、行き来する人の数はギルドのあるあの街より多い。服も上質なものばかりだ。
荷馬車を引く商人も多く、リリカたちの見たこともない商品が目を引いたりもする。
「よぉ、そこの美人な嬢ちゃん! ケルバンのもも肉で作ったハム、一つどうだい?」
「え、あたしのこと?」
「ノンノン。貧乳には興味ないのさ」
「じゃあ二つもらおうかな」
「ほい、まいどぉ!」
レンに羽交い締めされているリリカをよそに、ソリューニャはハムを購入する。
富裕層の多い王都では、必然的に物価が上がる。商人が王都に行く前に買うと、少し安くなるのだ。
「きぃーー! あいつ絶対殴るーー!」
「わはははっ! 落ち着けって!」
「離せーー!」
「アハハハハ」
この三人との、楽しく短かった時間もあと少し。それは、ソリューニャにとって忘れられない思い出になるだろう。
だが、事件は王都で待ち受ける。
◇◇◇
空は薄暗くなり、立ち並んだ家からは灯りが漏れて道を彩っている。
四人は、王都に入った。
さすがに、城下町。暗くなっても、人がたくさん歩いている。それに紛れて歩きながら、四人は目的地に向かう。
「ソリューニャはここに来たことあるの?」
「何回かあるよ。……もう少しで宿屋だ」
ソリューニャは何回か王都に来ている。今は、そのとき泊まった宿屋に向かっているのだ。
「ベッド? ねぇベッド?」
「いやそうだけどさ。絶対に壊すなよ?」
「壊さないよ! ……跳ねるだけ!」
「いや、ほんと勘弁…………っ」
「え、なにあれ?」
唐突に、それは来た。
たくさんの兵士が、四方からソリューニャたちに向かって走ってきたのだ。狙いは明らかに、四人。囲まれる。
「なんで! どこから!」
「落ち着いて、ソリューニャ!」
「……っ、うん。そうだね」
「おい、どうすんだ?」
「隙を見て突破するしかないね……」
人はみな兵士たちに道を譲り、端に寄って何事かと騒ぎはじめる。家の窓を開けて、外を覗き込む者もいる。
やがて兵士たちは、四人をずらりと取り囲んだ。その中から、一際派手な鎧をまとった兵士が前に出てきた。
「我は王国軍第一部隊副隊長ゴルティ! そこの四人、顔を見せろ!」
「ソリューニャ」
「うん。合図したら全力で走って突破」
「おけ」「らじゃっす」
「どうした! 早く見せろ!」
確実に、バレている。
ソリューニャを狙っているのか、三人を狙っているのか、もしくはその両方を狙っているのかは分からないが、今となってはどうでもいい。
ソリューニャは覚悟を決めて、フードを取り、覆面を解いていく。
凛々しく美しい顔がさらされた。
「縦に細い瞳孔、とがった耳! 確かに竜人族! 捕らえ……」
「今だ!」
ソリューニャは合図をすると同時、自ら先頭に立って飛び出した。
しかし。
「ふふ、逃がさない」
「え……!?」
ソリューニャの後ろで、聞き慣れない女の声がした。
いつからそこにいたのか。どうやって背後をとったのか。
ソリューニャが何かする前に、女の手がソリューニャに触れる。
「転送」
その瞬間、他の三人はソリューニャが消えるのを見た。
ばさり、とソリューニャの荷物だけがそこには残り。
「てめ! ソリューニャに何した!」
「転移」
レンが飛びかかるが、今度は女自身が消えた。痕跡も残さず、完璧に。
「くそっ!」
「ソリューニャ!」
「お前ら! 固まれ!」
三人は一カ所に、背中合わせに固まる。バラバラだと今のように一人ずつ消されると考えたからだ。
だが、状況はかなり悪い。いつ襲ってくるとも分からない女を気にしながら、これだけの人数を相手にしなければならないのだ。
「待て!」
緊迫した空気の中、兵士たちの後方から響いた声。それを聞いた兵士たちは動きを止め、下がった。
レンたちは忘れているだろうが、リリカはこの声に覚えがある。
「トトくん!」
「リリカ! 会いたかったぞ!」
「えー……。あたしはそうでもなかったけど……」
兵士たちが開けた道を通って現れたのは、忘れようもない。トト=グーザンザだった。
兵士たちはみな一様にかしこまり、今日は上品な服を着た背の高い護衛まで付いている。改めてソリューニャの言っていた権力者という言葉を実感するリリカ。
トトの顔を見て、レンたちもようやく思い出す。
「あーっ! 思い出したぞ!」
「火を出す子供!」
「ふん。うるさい奴らめ」
二人を睥睨するトトは、以前ジンを畏れていたとは思えないほど大きな態度である。
それきりトトは、リリカに話しかける。相変わらずリリカにご執心のようだ。
「さあリリカ、こっちに来い。危ないからな」
「え?」
「君の命は助けてやるってことだよ。さあ、早く」
「……なんで、どういうこと? なんであんたがここに……」
「それは……」
続くトトの言葉は、リリカに大きな衝撃を与えた。




