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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
239/256

曇天に集う

 

 

 戦場が離れていく。そこにある仲間たちの命を置き去りにして。

彼らは覚悟をして居残ったが、去る者たちの全てが覚悟できたわけではない。生き残れという願いに報いるための見捨てる覚悟、当然容易ではない。今この場で割り切れるものでもない。


「巫女様……」

「すみません、すみません……! 私がもっと早くできていれば……!」

「そんなことありません。巫女様のおかげでこれだけの人がここに乗れたんです」

「でも、ウルーガさんは……!」


 ベルはかぶりを振った。


「親父には親父の戦いがあったんです」

「……!」

「俺はそんな親父が……誇らしい……」


 人にはそれぞれが選んだ戦いがある。それはレンがエリーンにぶつけた言葉と同じだった。


「……っ。だから俺も俺の戦いをするんです」

「俺たちも、でしょう。ここにいるみんな、まだ戦いは終わってない」

「リラ……ああ、そうだな」


 高度が上がったことで、エリーンたちは初めてニエ・バ・シェロの端から端まで見渡すという経験をした。


 中央に聳える、今は半分ほどの大きさになった黒鉄の塔。各地で土煙が上がり、その下からは同じように船が現れる。あれらが全て向かってくるとなると船を守り切ることは不可能に近いだろう。

 だがさらにその向こうに見えるの島の果て。そこから先は地平の彼方まで続く代わり映えのしない真っ白な雲海ではなく、深緑の大地と灰色の岸壁だ。


「あれが、地上……!」

「そうです、あそこが目指す世界……!」


 そこは希望の大陸。彼女たちにとってすべてだった大地の、何千倍も広い未知なる世界だ。


「急げ! 敵船が来る前に!」

「お姉ちゃん! レンさんたちは……!?」

「そうです! 迎えに行かないと!」

「お……おお! そうだ、あの塔をぶっ壊した勇者をおいて逃げられるかってんだ!」


 意見が食い違い、舵を迷わせる。命運を分けるかもしれない1秒が浪費されていく。

 そんな状況を切り裂く一喝が、船上に響いた。


「バカ!!」


 マオだった。彼女は敵船とは、レンたちとは逆の方角を指さして声の限り叫ぶ。


「あそこに突っ込んだら誰も生き残らない!! これまで流した血も想いも、このチャンスを作ってくれた命たちも!! ぜんぶ無意味になるのよ!!」


 レンたちを諦めろと言ったのは他でもない、ミィカたちよりも少しだけ長い付き合いの彼女だった。

 そんな彼女の言葉だからこそ、そこに込められた悲壮な決意にその場で引き返そうとしていた者たちはたじろいだ。


「エリーン。あなたはみんなの上に立つんでしょ? みんなの命を預かるんでしょう……!?」

「う……」

「だったら……正しい決断を……しな、きゃ……っ!」


 それは他でもない、自分に向けた言葉。ミツキに託されてしまったマオが、血反吐を吐くような苦悩と共に絞り出した言葉。


「……っ、船は」


 エリーンが何とか声を絞り出す。誰かを見捨てろと命じるその言葉の重みは、誰よりも彼女自身の胸に生涯消えないトラウマを刻み付けた。


「船はこのまま真っ直ぐ! 地上へ!!」

「お姉ちゃんっ!!」

「ごめんなさい、ミィカ……。こうするしか……もう……!」

「やだ、レンさん! レンさぁん!」


 信じていた姉の発する不本意な命令に、たまらず泣き出すミィカ。幼い少女にはあまりにも厳しく惨く残酷な“やむを得ない決断”だった。


 そんなミィカの泣き声も届かない。遠ざかる眼下の戦場では決着がつこうとしていた。


 ◇◇◇







 その戦場には、船までの長大な距離でも届く攻撃を持つ男がいた。


「どけ、蛮族めが!」

「ウヌア!!」


 四本の腕で隙の無い連撃を繰り出すウルーガ。

 そしてその標的となっているのが第一小隊隊長フィアード。破壊力に特化した能力は射程にも優れるが、その破壊力故に接近戦ではほとんど使えないという制約もある。


「自分も爆発に巻き込まれればタダでは済まンだろう!」

「鬱陶しい……! おい、こいつを引き剥せ!」

「そうはさせるか!」


 獣人とチュピの戦士たちの混成部隊はウルーガを守るようにして戦っている。

 フィアードの部下たちはその捨て身の気迫で固められた壁を突破できずにいた。


「接近戦なら勝てるとでも、思っているのか!」

「うぐ、が!?」


 それでも、第一小隊隊長の肩書は伊達ではない。

 フィアードの厄介なところは、決して接近戦も苦手とはしていない点である。


「力自慢か? 手数も厄介、だがそれだけだ……!」

「ぐぬぅ! 押しきれん……!」


 ウルーガの岩をも砕くほどのパワーは、当たればレインハルトにも効くほどだ。さらに文字通り手数が2倍3倍と増えればその脅威は数倍にも膨れ上がる。


「浅い! 研究されてきた技の差は歴然だ!」

「技……!」


 幾人もの達人が肉体の研鑽に励み、磨き上げ技として昇華させてきた武術。それは単純なパワーの差を覆し、ともすれば一方的な展開を生む。


「いい加減に邪魔をするな! 命を捨てれば逃がしきれるなどというまやかしに浸るな!」

「ぐああ!?」


 人体の急所を鋭く穿つ寸勁が、拳の乱打の間を縫ってウルーガに突き刺さる。

 それが人体にどんなダメージを与えるのか、すべて研究され理解の上での攻撃だ。さらには魔力が体内を侵す破壊の波紋として流し込まれている。


「ぐは……っ!」

「ブレイク・キューブ」

「ああ! ウルーガさん!!」


 チャージもそこそこにフィアードの必殺技がウルーガに命中する。威力は抑えられているが、それでも引き起こされる破壊は並大抵のものではない。

 ウルーガの胸は大きくえぐれ、真っ赤に焼け爛れていた。


「とどめだ」

「ぐ……ふ……!」


 途切れるウルーガの連撃。この時間を作り出すことが、フィアードの目的だった。


「間に合え! ブレイク・キューブ!」

「しまった、撃たれ……っ!」


 フィアードの射程の境界、際どいが範囲内に船はある。

 そして破壊の光は放たれた。


「うわあああ!?」

「そんなぁ!」


 悲鳴が上がる。

 命を捧げて望んだ未来をたった一瞬の隙で、いや、何を捨てても覆せなかった力の差で摘み取られた。その絶望の悲鳴だった。


 七色に輝く破壊の光線は狙い通りに空に浮かぶ船へと吸い込まれていった。


「なん、だと……!?」


 フィアードが愕然としたのは、爆発が発生しなかったからだった。

 事前情報ではレインハルトのように魔法を無力化する能力者はいなかったはずだ。で、あれば爆発が起こらないのはまったくもって不可解な現象だった。


「吠え面かいたかよ、ガウス軍……」


 その理由を即座に看破した、というよりこの展開を予測できていたキャングが笑う。


「奴を行かせた判断は正しかっただろ……?」


 そこにいた全員に見えていた船は、いつの間にかグラモールの幻とすり替わっていた。あまりにも鮮やかに、船はその奥の景色を映したヴェールに隠れ、かわりに船の幻が虚空に投影されていた。


「言ったとおりだ……なあ……?」


 キャングの言葉に返せる者はもう誰もいなかった。そして彼自身、もはや耳も聞こえない。

 心臓を貫く剣を血が伝う。


 キャングの絶命と共に船の幻影は薄らいでいき、そして雲の景色に隠れていた本物の船が姿を現す。


「あ、あれでは……届かない……!」


 その一発を外した時間のロスが、本物の船を射程範囲外へと逃していた。

 しっかりと目を離さなければ違和感に気付けたかもしれない。フィアードは歯噛みする。


「だが、まだだ。私も船に乗り込み、再び射程内へと追い詰めれば……!」


 諦めない。フィアードにできることはまだ残っている。

 しかしその隙をついてその戦士は立ち上がる。


「うオオオオオ!!」

「死にぞこないが……!」


 抉れた胸の痛々しい傷は、ウルーガの命がもう幾ばくも続かないことをたしかに示していた。


「遅いわ。ブレイク・キューブ」


 鈍った動きのウルーガがフィアードのもとに到達する前に、先の小さなキューブが完成する。


「死ね……!」


 虹の立方体が崩れ、その輝きがウルーガを襲う。


「ぐ、おああ!!」


 交差させた腕で防げるようなものではない。

 直撃した虹は大爆発を起こし、爆炎がウルーガを覆い隠す。ゴロリ、と二本の逞しい腕が転がった。能力による複製腕ではない、紛れもなく本物の腕だ。


「オオオオ!!」

「バカな!?」


 しかし。

 肘から先を失いその傷口から盛大に血を噴き出しながら、ウルーガは鬼気迫る表情でフィアードに体当たりをかます。


「ガア! アグアアガア!!」

「うう……っ!」


 血を噴き出すだけの無い腕で首を抱え込まれ、その真っ赤な狂気を正面から向けられたフィアードは硬直した。白目を剥き唾液を撒き散らし、今にも喉笛を噛み千切らんとする男の顔が目先に迫った恐怖。

 もはや正気を失い、執念というより怨念で動き、フィアードを殺そうとする怪物。人の言葉もなく、ただ獣の咆哮でその怒りと狂気を押し付けて、ウルーガは人生最後の力を振り絞った。


「オオアアアアア!!」


 ウルーガの背から腕が生え、フィアードの顔面を砕き飛ばす。


「がぁ!?」

「…………」


 殴り飛ばす寸前、すでにウルーガは絶命していた。それでも最後に、フィアードの意識を刈り取るという仕事を成し遂げた。




 キャングもウルーガも、彼らと共に戦った者たちはみな死んでしまった。

 最後に残ったのはミツキだけである。


「フィアードめ、この局面でしくじるとは情けない」

「はっ……はっ……!」


 そんなミツキも、もはや虫の息。


「何度も何度もしぶとく逃げて、ついにはあんな遠くまで……」


 レインハルトは隙なく構えながら、じりじりと間合いを調整する。


「認める、認めるとも。貴様らは強い。奇跡も起こした」

「はぁ……はぁ……」

「ガウス様に合わせる顔もない。私は確かに負けた」


 ぴたり、と足が止まる。ここが確実な間合い。


「だが戦いはまだ終わっていない。ここからだ、ここから挽回だ……!」


 互いに剣を構える。

 ミツキも疲労困憊だが、まだ死んでいない。愾はまだ消えていない。


「今からでも追う。フィアードも起こす。たとえ地上に逃れようと、ガウス様への背信者は必ず根絶やしにする」

「やってみろ……。地上にはおれの仲間がいるんだ……」

「……もはや自分が生き残る未来がないと言っているようなものだな。今さらお前を斬る意味もなかろうが、情けはかけん。ここで確実に息の根を止めて」


 レインハルトが話し終わる直前、ミツキから間合いに踏み込んだ。

 言葉の終わり、意識の切り替わり、そんな狭間たち。存在しない時間を狙う剣の極意。


「ふん。やはり手負いだろうと油断ならん」


 ミツキが万全ならば会心の一太刀になったのかもしれない。

 だが今のレインハルトとの実力差では、ミツキの剣は遠く及ばなかった。


「……つっあ!」

「まだ躱す余力があるか、だが」


 首を裂く返しの一刀。

 ミツキはなんとか身をよじって致命傷を避ける。刃先は首を掻くことはなく、しかし頬の肉にすぅと食い込んだ。そして刃先はミツキの眼球を鮮やかに撫でたところで肉から出た。


「右目を斬った」

「うぐ……」


 ミツキは右目を押さえた手にべっとりと付いた血糊を見て、静かに笑った。


「…………」


 レインハルトは今一度剣を握り直すと、ここまでの戦いでの疲労などないかのように軽やかな動きでミツキに斬りかかった。


「……っ、ナギサ……」

「愚か者めが」


 ミツキは半分しかなくなった視界になんとかレインハルトを収め、その一撃に最後の一振りを合わせる。


「戦いを捨てた者に勝利などあるものか」


 レインハルトは鮮やかにミツキの横をすり抜けた。

 二人の頭上を舞った、折れた秤厄双の刃がミツキの横に突き立つ。鈍い光をたたえる墓標に、ミツキの鮮血が散った。


「……は、は……」


 ミツキは静かに笑って、血だまりに沈む。




 ◇◇◇






「治療は終わったか」


 低い声で、老輩のその竜人は言った。


「隊長……いや、族長」

「族長か。本当なら族長の座はコルディエラに譲る気でいたのだがな」


 一目でただの老人ではないとわかる、筋骨たくましい肉体。皺の寄った額に、太く筋張った首に、いたるところに古傷がのぞく。戦場となったニエ・バ・シェロにふさわしい姿であった。


「まだまだ儂を隠居させる者はおらぬか」


 渓谷の竜人族族長ゴーン。彼は竜人族の長ではあるが、第二小隊の隊員ではない。

 彼はコルディエラ同様“竜の祝福(ドラゴン・エール)”を持つ。コルディエラ以上に実力もあり、漆黒の竜との契約は彼女とゴーンのどちらが行うかで意見を二分させた。

 だが彼は若くはないことを理由にこれを固辞した。竜人族の未来の隆盛というゴーンの野心のためには、若いコルディエラが力を得て竜人族を引っ張っていくべきだと。


「コルディエラには期待しておったが、残念だ」

「やはりあの時、契約は族長が……」

「言うな。儂が竜を従えても一時の繁栄だろう」


 竜という強大な力を譲り秘術を託し、未来へと繋げたはずの夢はゴーンの見上げる空の上で潰えたかに見えた。


「20年、30年と未来を戦う若き者に託す。それが間違っているとは今でも思わん」


 ゴーンもまた次世代に託す者であろうとしたのだ。


「残念だが、過ぎたことは仕方がない」

「それでこの女に?」

「ああ……これはいい拾い物だ」


 つい先ほど、ゴーンはこの赤髪の女のもつ素質に触れた。




 ゴーンが虫の息のソリューニャの前に立ったとき。

 彼女は敵を前にしても気付かぬほど弱り切っており、虚脱の極みだった。


「……紅き竜の主。まだ息はあるようだな」

「……て……る……」

「ん……?」


 それでも彼女はうわ言を呟いて。

 ゴーンは耳を近づける。


「殺してやる…………」

「…………!」


 それが誰を呪う言葉だったのか、ゴーンに知る術はない。

 だが彼女の持つその底知れぬ殺意を見た。今際の際にあって偽ることのできない本性を見た。


「この女……!」

「ころ……や……」

「死に体でこそ色濃く見えるというもの……。死の恐怖より、生存本能より! 憎悪が勝るとは!」


 秘術を携えたコルディエラですら後れを取るはずだ。


「此奴が黒竜の主でないのが惜しいほどだ!」


 これほどの精神のエネルギーを持つ者は彼の長い人生の中でもそうはいない。


「この世界に残された最後の竜。最後の契約者だ。大切に扱えよ、絶対に死なせるな」


 この逸材はもはや敵対している存在だとかそういった事情を飛び越えて、なんとしても引き込むべき強大な才能である。

 少なくともゴーンの目にはそう映った。


「こいつ、言うこと聞きますかね」

「なに。恫喝、洗脳、薬。方法ならいくらでもあろう」

「コルディエラは?」

「しばらく赤髪とは会わせるな。何をしでかすか分からない」

「この女がダメだったとき竜はコルディエラに移すかもしれん。どちらも未来に必要な存在だ」


 今やソリューニャは彼らにとって最重要の存在。それどころか彼女を利用することで得られる莫大な利潤は竜人でなくとも欲しがるだろう。


(この女は至宝……百年に一人の逸材! 絶対に、絶対に死なせてはならん!)


 竜人たちはソリューニャの治療を終えると担架に乗せた。

 これで一命は取り留めるだろう。飛竜の肝から調合できる竜人族にしか効かない生薬、それを惜しげもなく使った。

 だがこの島は今も少しずつ高度を落としている。その前に脱出しなければ、ソリューニャどころか自分たちも危険だ。


「フン、短い付き合いだったな。誇りの王とやら」


 崩壊し煙を吐き続ける黒鉄の塔を一瞥したゴーンは、小さく鼻を鳴らした。




 ◇◇◇






 崩壊した塔の上。ガウスに勝利したレンたちは、しかしすべての力を出し切ってぐったりと倒れたままだった。


「ハァ……ハァ……」

「カルキ……動けるか……」

「やぁ~……無理……」


 黒鉄の柱に体を預けて、ハルはカルキに問うた。

 だが、いかにカルキと言えど立って歩くことすらできなかった。


「レン……!」

「う、ぐう……! 平……気だ……」

「バカ……! 腕が……」


 レンは透明な白から発生する高純度のエネルギーを、オーバードライブでさらに超圧縮して使った。彼が平時に使っているくすんだ白の魔力でさえ、オーバードライブでは指を折るという反動がついたのだ。それを透明な白でやった結果が、この複雑骨折だった。


「お前こそ……雷……」

「ああ……効いた……!」


 ジンもまた完全な吸収ができないままにガウスの巨大な雷を何度も浴びたのだ。離れていてもレンにはわかる。血が焼け肉の焦げたにおいで、ジンもまたレンに劣らず危険な状態であるということが伝わってきた。


「おい、レン……ジン……!」

「アァ……?」

「……ここからの策はあるのかい?」

「んん、ねぇ」


 この状況はすでに恐ろしいほどの窮地だ。敵地のド真ん中で戦えない状態で孤立するということは、ほぼ死を表す。

 そうしているうちに、彼らの耳にも瓦礫を踏み越える靴音が届いた。


「どうすんだ……!」

「息つく間もない」


 絶体絶命の危機。

 そんな彼らを嘲笑うように、放電が襲った。


「オ……オオ……」

「うっげ! マジかよ……!」

「終わってなかった……!」


 バチ、バチと。ガウスの死体が明滅し、同時に乾いた破裂音が鳴る。


「オイ……立てるか……!?」

「くっそぉ……体が動かねぇ……!」


 そしてついにガウスがその身を起こした。


「ガウスが……! 生きてやがったのか……!」

「……違う」

「ああ、死んでるよ」

「マ……っジかよ!?」


 その絶望たるや。

 魔力も体力も尽きた彼らに、死んでも止まらない化け物が襲い掛かるのだ。


「これは……どうすりゃ止まるのかな……?」

「オオ、オ、オオオオオオ!!」

「やっべぇ……!」


 戦いに勝ったはずの彼らを待っていたのは、斃れた魔神の怨念との連戦だった。


「どうすんだ、これ……!」


 これがニエ・バ・シェロにて最後まで戦った者たちの結末だ。

 絶望的な戦力差にも屈せず戦い抜き、奇跡的な勝利を収めた。その奇跡の振り戻し、あるいは勝利の代償を、差し出した覚悟のツケを、払うときが来たのかもしれない。





 ◇◇◇






 そして場所は戻り、上空の脱出船。


「もう敵船が追ってきてる!」

「動き出しが早い! 本当にいつでも発艦できたんだ!」

「ただガウスがそうしなかっただけ……!」


 慌ただしく動く彼らには、もう戦場を見下ろす余裕もない。


「追い付かれたら終わりだ!」

「速度を上げろ!」

「損壊してるんだ! 速度が出せない!」


 この船はそもそも戦闘を想定していない。敵の目が離れた隙に発艦し、追い付かれる前に地上に逃れてしまうというのが当初の作戦だった。

 ゆえに武器や装甲の類は最低限を残し撤去してしまった。速度の確保のための軽量化だったのだが、ここにきてそれは追い付かれれば抵抗もできず即刻詰みという状況を生み出してしまったのだ。


 敵艦との距離は徐々に縮まっているように見えた。それに気付く者も現れはじめ、焦りも徐々に強く大きな波となって船上に伝播していく。


「おい、あれはなんだ!?」


 “それ”が現れたのはそんな時だった。

 その一人の指差す方角は、敵船とは逆。


 たしかに何かが飛んできていた。


「敵か!?」

「……違う」


 マオだけは知っていた。その正体を。


「ヒバリさん……!」


「ヒバリ……? マオさん、誰ですか?」

「仲間だ……みんなが来てくれた……」


 分厚い雲の下、空の大陸に結集した彼らはクロノス。

 マオの所属するギルドの仲間たちだった。

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