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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
238/256

サクリファイス

 

 

 塔より高く座す三人の魔神族。

 彼らはみな、ガウスの敗北という衝撃に興奮を抑えられずにいた。


「なんと……なんとっ!」

「よもや誇りの王が……!」

「オホホホ! これが驚天動地という感情ですかな! いや、見事!」

「この遊びは間違っていなかった! ここまで激しい驚きを体験することができるとは!」


 珍しいものを見たという高揚感で歓喜に手を叩く“気まぐれ”の弟、ハッター=ジャックマン。


「決して侮っていたつもりはない。が、奴が負けるとは思いもしなかった!」


 手の込んだ戯れのためとはいえ、ガウスに協力していただけにその敗北が信じられない“気まぐれ”の兄、ネロ=ジャックマン。


「…………」


 瞬き一つせずその無機質な瞳で最後の瞬間まで、終わってなお何の感情も読めないままの“無垢”。


「いやはや、ワタクシも死んだときは決まったと思いましたがネ」

「ああ、だが竜が生かし巫女が勝たせた。夢想や御伽噺よりも数奇な連なり! 興奮が抑えられん!」

「…………」

「どうです? 彼らが勝って嬉しいのではないですか?」


 ハッターが訊ねる。

 無垢の魔神はしかしかぶりを振ってそれを否定した。


「自分にはこの情動が何を示唆しているのかわからない」

「オホホ。ワタクシには嬉しそうに見えますがネ」

「本当に」

「ええ。表情が柔らかい気がしますよ」


 人間と魔族。親和派と敵対派。そのどこにも属さないことを望んだ無垢の魔神。

 心変わりのきっかけを作ったのは彼らだった。


「自覚がないだけなんでしょうネ。彼らが死んだとき、アナタ失望したように見えましたよ」

「そう」

「やっぱり気のせいかも? ホホ!」

「そう」

「むぅ……からかい甲斐がないですネ」


 そんな彼らが無垢の元鞘とも言えるガウスを倒したことは、無垢の魔神に自覚されずとも確かな熱を焚きつけたのかもしれない。


「とはいったものの、ネ」

「ああ。まだ終わっていない。奴らからすれば誇りの王が死んだだけだ」

「もともと無謀な戦いです。幸運、偶然、奇跡。どこまで思い通りになるでしょうか、現実は非情ですヨ」


 ここは戦いの結末を見届けるための特等席。

 戦いの結末を見ずして席を立つことはできない。


 ◇◇◇






 エリーンが島の魔力を解放したことで、ガウスの意志でコントロールされていた脱出船の発艦が可能になった。


「巫女様、やりましたね!」

「はい! はい!」


 船の起動は整備作業に携わっていたオーガたちがいれば可能だ。


「馬鹿が、気を抜くなッ!!」

「おおっ! 本番はここからだ!」

「えっ!?」


 では、「脱出」はどうか。


「殿はつとめる! 急いで退避しろ!」

「はいっ!」

「退け! まだ終わってないぞ!」


 ある意味それも可能ではある。犠牲を厭わないならば、一部の脱出は不可能ではない。

 レインハルトやマオ、グラモールなどはそれを理解していた。


「……ここまで押し込められた時点でこうなることは分かっていた」

「だな。同時に覚悟もできていたさ」


 敵は依然として船の破壊を狙ってくる。

 その攻撃で船は傷つき、少しずつ、だが確実に脱出を困難にしてゆく。


「早くゆけぃ! 巫女様!」

「う、ウルーガっ! あなたたちも!」

「ふっ……」


 船に乗り込んだエリーンは、戦場に残る仲間たちを見下ろした。

 敵と、仲間と、倒れた者たち。失われた命が赤く土を染める。戦いとはかくも残酷で悲惨なものだと、改めて突き付けてくる光景だ。


「あっ……そんな!」

「巫女様。これが俺の仕事です」

「まさか、ダメです! そんなことは!」


 俯瞰してみて、エリーンにもようやく理解できた。

 この場にいる全員が船に乗り込んでしまえば、誰が船を守れるのか。


「私、何も分かってなかった……!」


 生贄が必要だ。

 この場を脱出できる者たちとは別に、彼らを逃がすために残る者たちが。


「そんな! 今からでもまだ道が、何か……!?」

「それでも揺れないで。エリーン」

「マオさん……! だったら私は何のために……!」

「迷う暇があるの!? またいつガウスに奪われるかもしれないのに!」


 エリーンの場所からではマオの顔は見えない。

 マオも敵から目を離さない。

 発艦が可能になったとしても、戦いは終わっていないのだから。


「早く行きなさい! 大丈夫、私たちは直前まで粘ってから乗るわ!」

「は、い……! 必ズですよ!」

「……もちろんよ」


 マオの言葉を鵜呑みにしたわけではないが、そうやって自分を誤魔化しでもしなければ先に進めなかった。

 迷って判断が遅れてはどのみち全滅だ。


「くそ……急げ! 逃がすな!」


 焦っているのは敵も同じだった。


 やがて天井の岩壁が開くように割れ、船の土台となっていた場所が浮力を得て浮き上がり始めた。

 開けてゆく景色。見えるのは割れる大地と、同じようにせり上がってくるいくつもの船。雷を吸収する黒鉄の塔と、そして。


「見ろ、塔が!」

「うおお!? や、やったぞ!」

「アイツら、やりやがった!」


 その塔が光を放ちながら崩壊する姿。

 歓声を上げる仲間たちの声に包まれながら、エリーンは己の力がレンたちの背を押せたことに感動していた。


「レン、さん……!」


 彼らはきっと役目を果たした。

 そうして思い出す。離れていても同じ目的のために肩を並べて戦っていたはずだ。エリーンの心から迷いが薄らいでいった。


「まさか、ガウス様が……!」

「そ、そんな……!?」


 誰よりもガウスのことを信じているからこそ、塔の崩壊に最も衝撃を受けていたのはレインハルトだった。


「そんなはずはない……!」


 本来ならばありえない、今から塔に引き返すかなどという考えがよぎるほどに彼は混乱している。


「もらった!」

「ありえんありえん! 何かの間違いだ!!」

「ぐあ!?」

「あの御方は勝者と決まっている!!」


 混乱に立ち止まったのも、しかし一瞬のこと。レインハルトは襲い来る敵を切り伏せると、昇ってゆく船へと迷わず突進した。


「絶対に止める! もはや犠牲もやむなし!」


 ぽつり。

 エリーンの鼻先に一滴の雫が落ちた。


「え?」


 チュピの民たちはそれを知らない。雲の下の薄暗い世界も、そして「雨」も。


「“驟雨”」

「水!? 空から川が落ちてくるぞ!?」


 それは突然に降る強い雨。

 レインハルトの魔力が聖域の魔力を押し返しながら、ようやく戦場に充満したのだ。


「やべ、雨だ!」

「魔力が消えるぞ!」


 その名を冠する男、レインハルトは乱戦でのこの技の使用を極力封じている。

 触れた魔力を問答無用で封じるという、極めて強力な効果は敵味方を問わないからだ。魔力を消されてしまえば味方の戦い方にも歪は生じる。それがどんな被害に拡大するのかわからない。


「これが四天の本気……! 無敵の領域!」

「間近で見るのは初めてです……! これほどの圧!」

「近づかない方がいい。いつも通りの戦い方ができない奴は特に……」


 レインハルトに限らず、四天の広範囲魔力領域は極めて排他的だ。

 灼熱、極寒、濃霧。要因は違えど、その内部では術者のみが全力を出せる。


「そういうことだ。自信がない者は離れておけ!」


 雲が出ていた。雲の下に。戦場のすぐ上に。


「足手まといだ……!」


 雲が出ていた。

 レインハルトが敵の間を抜けて、超人的な身体能力に任せて空中に浮きあがった土台に剣を突き立てた。


「やばい、乗り込まれる!」

「時間がない! 早く発艦だ!」

「ばか、振り落とさなきゃまずいぞ!」


 縮まった脅威との距離に浮足立つ彼らの足場が揺れた。そして上昇が止まる。


「な、んだ!? 動きが止まった!」

「この雨に打たれたからだ……!」

「おい、落ち始めていないか!? 急いで復旧しないと!」

「どうすればいいんだよ!」


 レインハルトの雨は聖域の特殊な魔力にまで作用するということだ。


「まダ……みんなが……!」

「そんなこと言ってる場合じゃない! 全滅するんだぞ!!」

「そうだぜ。行きなよ」

「なに!?」


 レインハルトの雨の中を駆ける男は、同じように敵の間を斬り抜けながら土台へと飛び移った。


「ミツキ!!」

「行けよ、マオ。ほら、まだ縄梯子は垂れてる」

「私はここで守らなきゃ……だって!」

「それならなおさら君の戦場は船の上だぜ? 船とミュウちゃんたちは任せた」

「ダメ、ダメ。ミツキ……」

「行け!」


 迷うマオを叱咤して、ミツキはレインハルトへ飛び掛かる。


「貴様……地割れに突き落としてやったはずだ! 生きているのはいい、だが早すぎる!」

「“運悪く”服が引っ掛かってね。地獄までは行けなかった」

「ふざけている……!」


 ミツキだけだ。レインハルトの雨中でも力の減衰が小さく、いつも通りの感覚で戦えるのは。


「本当に“運悪く”なんだぜ。おれが戻ってきたってんなら、裂け目にでも挟まってた方がよかったってことなんだから」

「……貴様まさか!」

「そういうことなんだよ。秤厄双を握るってことは」


 レインハルトにもはっきりと伝わる、ミツキの不退転の覚悟。

 船から垂れる縄梯子を上りながら、マオはレインハルトと揉み合って落ちていくミツキの名前を声の限り叫んだ。


「ミツキーー!!」

「お前はおれが倒す!」

「ク……! 心にもないことを!」


 着地した二人は、船の内部から響く取り返しのつかない駆動音を聞きながら相対する。

 もはやレインハルトはミツキを倒すことでしか船へと辿り着けない。


「貴様は私に勝つ気がない! ここで捨て石になるつもりなのだ!」

「……言うなよ。あいつとの約束を破ることになるんだからさ、不甲斐なさに涙が出るだろ」

「何を笑っている! 私は船を止めるぞ!」


 ミツキの奇襲によって、もはや船を止めることは格段に難しくなってしまった。

 それでもまだ希望があるならば、レインハルトは決してあきらめない。


「ガウス様のために! 諦めるものか!」

「あの塔を見ろ! そのガウスだってきっとレンたちが倒してくれてるさ!」

「ありえん! あの方が悲願を成就されるまで倒れるはずがない!」


 レインハルトは雲の一部を晴らした。雨の範囲を自分とミツキの周囲にのみ絞り、味方の軍勢と船までの射線を阻まぬように。


「フィアード! やれ!」

「させン!」

「ええい鬱陶しい……!」


 フィアードを自由にさせないのはウルーガだった。彼だけはレインハルトが雨を降らせようと、船に接近しようと、フィアードを警戒して目を離さなかったのだ。


「貴様だケは止める!」

「ハエのように集りやがる……!」


 ミツキだけではない。

 ウルーガもまたここを死に場所と決めていた。


「そういうことだ、倅よ。お前も早く乗れ!」

「嫌だ、親父!」

「若い奴らを生かす! 未来に送り出してやるのが親の役目だと今分かった!」

「く……!」


 ベルは本当は立ち止まって父の手を引きたかった。だが父の背中に見えた覚悟はあまりに偉大だった。


「巫女様のこと、同胞たちのこと! 全て託す!」

「ごめん、親父……!」

「それでいい。生きて皆を守るお前の姿を見られんのは残念だが、信じているぞ……お前はオレの誇りだ」


 聡明なベルは己が無力だからこの場を任されなかったのではなく、己に課せられた役割はここになかっただけなのだと悟った。己の真の戦いは今この時ではないことを、慙愧の念と共に飲み込んだのだ。

 しかしそれは父との死別の覚悟を決めることと同義ではない。ベルは後ろ髪を引かれて涙もこらえられなかった。そしてそれでも振り返ることはなかった。

 ベルはリラの手を引いた。


「行こう、リラ……」

「でも、そんな、いいの?」

「行こう。行くんだ……」


 ベルたちが戦線を離脱して、残されたのはウルーガと数人の戦士たち。この地に生まれこの地に骨を遺していくことを決めた覚悟の男たちだ。


「命も何もくれてやる! だが時間だけは稼がせてもらう!」

「おおお! ウルーガさんを援護しろ!」

「すまない、同胞たちよ」


 相対するはフィアード、破壊能力に特化した魔導士。

 船が安全圏に離脱するまで彼に破壊光線を撃たせないのがウルーガたちの最後の仕事だった。


「巫女様のお姿、見ましたか?」

「……ああ。見た」

「先代様によく似てきましたよ。勇敢で仲間思いの」

「いいや、先代様よりもすごいことを為された!」


 ウルーガが仕えてきた先代巫女のエイラは人前で涙も見せなかった。

 彼はそれを強さだと思っていたし、そんなエイラを支えているということに誇りを感じていた。


「本当に強くなられた。今の巫女様ならみなを導けるでしょう」

「ウルーガさんもさすがに認めたんじゃないですか?」


 だが、そんなエイラが自死したとの報を受けて分からなくなってしまった。

 エイラは強い女性だった。娘を遺して逝くなど考えられない。これはガウスの陰謀で、エイラはまだ生きている。

 そう言ってウルーガは荒れた。


「……ふん。オレはとうに認めていた」

「嘘です。みんな口にしないだけで知ってましたよ」


 遺されたエリーンは内気で泣き虫で、強かったエイラに似ても似つかぬひ弱な子だった。そんなエリーンを、ウルーガは内心認められなかった。


 先代の血を引いているならば、なぜ先代のようにできない。なぜ泣いてばかりいる、なぜ弱いままでいる。先代ならばこういう時こそみなを励ましたはずだ。先代は、先代なら。


 ウルーガはずっと、エリーンを見ていなかった。エリーンに投影した先代の姿を見て、現実との違いにひどく落胆していた。


(エリーン様。これがあなたに仕えて最初で最後の仕事です)


 今ならば分かる。きっとエイラも強くはなかった。心の内にため込んで、涙も弱音も悲鳴も隠れて吐き出していたのだろう。

 人前で吐き出すエリーンとの間に、それはいったいどれほどの差があったというのか。そしてそれならば、エリーンに見たエイラすらもきっとウルーガの都合のいい幻想に過ぎなかったのではないか。


(あなたのため命をかけられて幸せだった)


 その幻想を打ち砕いて、エリーンは強く逞しく成長した姿を見せたのだ。


「本当だ。今まで巫女様の強さに気付けなかった自分のマヌケさも、な」

「相変わらず頑固なんですよ、あなたは」

「ふん。返す言葉もない」


 これほどの敵との正面衝突は無謀と知り、脱出計画を秘密裏に進めていたベルやリラの方がはるかに未来を見据えていた。激情家の自分をいつも制して内外のバランスを取っていたスクーリアの方が、よっぽど人の上に立つに相応しかった。初めからエリーンに寄り添っていたミィカの方が、よっぽど人を見る目があった。


(倅よ……共に次の世界を生きてやれずにすまない)


 ウルーガは確信していた。

 チュピの民は未来を作れる。その中心になるのはエリーンやベルたち若い世代だ。その礎になれるのならばチュピの守り人としてこれ以上ない働きだろう。


「本当に誇らしく思う。さらばだ、ベル」


 そしてその結果エイラと同じ大地に骨を埋められるのなら、過ぎた最期だ。




 若者は新しい地で、新しい人生を。

 それは故郷を捨てるチュピの民たちにのみ生まれた考え方ではなかった。


「行けよ、キャング。リーダーが死ねば誰がみんなを故郷に導くんだ?」

「グラモール、お前」


 互いに背を預けながら敵に囲まれていたキャングとグラモール。二人の考えも同じだった。


「俺たち二人は巻き込んじまった女子供もみんなをまとめる立場だった。俺は裏の、お前は表のな」


 地上に行っても、故郷は遥か別の大陸である。そこまで仲間を生かし導くにはまとめ役は不可欠だ。そしてそのまとめ役は彼らをおいて他にはいないのだ。


「キャング。みんなにはお前の力が必要だ。表を生きるお前のリーダーシップが希望をもたらすんだ」

「お前の口からそんな言葉が聞けるとはな……」


 キャングは敵のいない空間に親友を蹴り出した。


「阿呆め、グラモール」

「なにしやがる!」

「裏だ表だやかましいぜ。人間族との仲を取り持つならお前くらい甘い奴の方がいいだろうよ」

「馬鹿な、適任は……」

「適任か。ならば俺がここに残って指揮をするのが適任ってもんだ」


 キャングは地に拳を叩きつけ、崩す。そして周囲の敵に振動が伝わるほどの馬鹿力で差し込まれた手で、岩盤をめくりあげた。


「うわああ!?」

「それに俺はもう一人身だ! テレサのもとに行ってやれ、グラモール!」

「キャング……!」

「ああ、それと。リリカにも礼を言っておいてくれよ。あいつの言葉が、行動が俺たちを一つにしたんだってな」


 岩を投げつけ、敵中に突破口を開く。


「行けェ!!」

「ぐ……! さらばだキャング!」

「おうよ! 達者でなぁ兄弟!」


 グラモールと数人の部下たちが船から投げ出された縄梯子のもとへと駆けてゆく。

 そうして残されたキャングのもとには獣人部隊が集まってきた。


「本当はお前らだけ残る気だったんだろ。グリーディア(あいつ)に倣って」

「さすがにバレますよね、キャングさん」

「もっと早く到着できてたら俺たちだけで済んでたのに、すみません」

「謝られちゃあここまで押し込まれた俺の立つ瀬がねぇよ」


 獣人部隊の生き残りたちは、彼らのリーダーが、先に散っていった仲間たちが眠るこの地で果てることを望んだ。

 グリーディアは一度はガウスに屈服した事実に、その敗北に立ち向かったのだ。


「俺たちも負けたままじゃ合わせる顔がないッスよ」

「最後くらいはガウスの野郎に勝たねぇと」

「心が負けたままなのは嫌ですもん」


 彼の生き様には傷があった。恥もあった。それでも最後の最後には彼なりの抵抗に命を捧げたのだ。その反逆は確かな勝利だったのだ。

 だからこそ誰かが犠牲にならなければいけないと分かった瞬間、生き残った同志たちも迷わずその役目に飛び込んだのである。


「誰も犠牲にならねぇ戦い。そんなもの無いと思い知らされてきたはずなのにいつの間にか、またそんな理想を見ちまっていた」

「いいじゃないですか。理想なんですから」

「こういう甘い考えはアイツに似ちまったのかもしれねぇな……」


 一人、また一人と倒れていく。

 船はもう誰も手の届かないところまで浮き上がり、もはや飛行以外で追いつくことは不可能だろう。


「おのれ……!」

「足止めの甲斐あったね。いい気味だぜ」

「だが逃げられると思うな! 既にこちらも船は出してある!」

「そのためにマオを行かせたんじゃないか」

「あの女一人ですべての砲撃を果たして防げると?」

「できるさ。あいつは凄い奴だから」


 戦場に残されたのは敵と死にゆく味方だけ。逃げ場はない。勝ち目もない。ここは終末の袋小路だ。

 それでもミツキは後をマオに任せこの死地に残る道を選んだのだ。


「おれは仲間を信じたんだ。不運ならすべておれが背負ってやる。だから何でもいい、あとは奇跡が起こるのを待つしかないよな」

「もう何度も何度も何度も! 貴様らはその奇跡とやらで踏みとどまってきたではないか!」


 信じた先に何が待つのか。


「欲が過ぎるぞ! 人間ン!!」


 怒りとともに、レインハルトは聖域の魔力が飽和した雨でできた水溜まりを爆発させる。

 ミツキは発破に巻き込まれながらもそれに耐え、声を張り上げた。


「どれだけ欲張っても足りないんだよ!」


 実のところ、秤厄双を召喚したときから決めていたのだ。自分が犠牲となって仲間を生かすことを。


「仲間に未来を! ありったけの幸福を!」

「ガウス様の描かれる未来は! 私が守る!」


 未来に家族を、友を、仲間たちを送るため犠牲になることを選んだ戦士たち。その想いは彼らが生き残ってこそ果たされる。

 だからこそミツキは死迫る戦場で未来を見据える。荒い息を吐き出しながら希望を語る。そして刀を握る手に力を込めるのだ。

 この戦いの勝敗は未だ決していないのだから。



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